ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS楽器物語「ピアノコンチェルトは聞こえない」

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フォレストシンガーズ

「ピアノコンチェルトは聞こえない」

 
 年寄りがコンサートのお花を担当するなんてそんな、私なんかがそんな、こんなおばあちゃんがそんな、そんなそんなそんな。
 散々にそんな、そんな、を繰り返していたものの、実は嬉しかったようで依頼を引き受け、その前日、義母は私に言った。

「扶美さん、お願い、明日はついてきて」
「私はお義母さんのお手伝いができるほどでは……」
「そんなのわかってるけど、扶美さんは若いんだから、若いアーティストさんの感覚に近いでしょ」
「私の感覚なんて……」
「お願いよ。ついてきて」

 そう言われればいやだとも言えない。義母の実の息子である私の夫は、華道にはまったくの門外漢だ。身内の中では唯一、私がすこしでも知っているのだから、義母にすがられればついていくしかなかった。

 今をときめく大スターの桜田忠弘、名前に「桜」がつくためもあって、このたびのコンサートではステージに花を飾ると決めたらしい。東京公演で試験的にやってみて、好評だったら来年は全国で実施するつもりらしい。

 別に私は若くはない。桜田さんだって四十代だそうだから若くはないからこそ、七十代の華道家である義母に花に関するプロデュースを頼んだのかもしれないのだが。
 いずれにしても私は桜田さんとは年齢が近いから、華道はかじっているだけ程度にしても、なんの役にも立たないこともないだろう。観念して義母に従った。

 大きなコンサートホールではリハーサルの真っ最中だ。生ものなのだから早くから花を飾っておくわけにもいかないが、義母の頭の中ではおよそのコンセプトはできあがっている。母の指示によって今夜中に飾りつけが完成し、本番は明日という予定だった。

「……あのぉ」
「はい?」

 なんの役にも立たないほどでもないが、さして役にも立たない私は、リハーサル全体を興味深く眺めていた。そうしていると小柄な男性が声をかけてきた。

「紫村ゆかりさんのご家族の方だそうですね」
「はい、そうです。紫村扶美と申しまして、紫村ゆかりの息子の妻です」
「ああ、お嫁さんなんですね。扶美さん……やっぱ扶美さんなんですよね。僕はこういう者です」

 名刺には、司会、放送、DJ全般、酒巻國友とある。酒巻さんって……じっと顔を見た私に彼は言った。

「桜田さんのコンサートにちょっとだけ、僕も出してもらうんです。ゲストとしてフォレストシンガーズが出るんで、同じ大学のよしみで僕が彼らを紹介させてもらうんですよ」
「フォレストシンガーズと同じ大学でいらっしゃるんですね」
「ええ、あの、紫村さんの旧姓は西岡さんじゃありません?」
「覚えて……下さっていたんですか」

 私と同じ大学からは、有名人が何人も出ている。フォレストシンガーズもそう。あのころ私がつきあっていた男の子も、合唱部にいた。

 フォレストシンガーズの三沢幸生さんが、あのころの私の彼、椎名雄二くんが新入生当時のキャプテンだった。私は合唱部とはそれだけの関わりだが、それでも彼らを応援していた。酒巻さんはDJという職業柄、世間一般には有名人でもないのだろうが、私は彼を知っていた。

 大学二年生の学園祭で、中学生のときにちょっと好きだった椎名雄二くんと再会してつきあうようになった。あのとき、ファイヴボーイズという五人グループの中に酒巻さんもいた。雄二くんとは別れてしまい、彼がどうしているのかも知らないが、酒巻さんがDJになったとは聞こえてきていた。

 とはいえ、ラジオのDJだと顔までは見えない。大学を卒業してから十年以上がたつと、それほど親しかったわけでもない酒巻さんがどんな顔をしていたのかは、記憶から薄れていた。

「そっか、華道家の方とご結婚なさったんですね」
「夫は華道とは無関係ですけど、私はずっと習っていたんで、義母と先に知り合ったんですよ」
「お義母さまはかっこいい女性ですよね」
「はい、負けてます」

 ステージではスタッフと義母が打ち合わせをしている。僕は独身なんですよ、扶美さんはお子さんは? 今日は夫が有休をとって遊んでくれてます、などなどの話をしていると、ステージの端のほうに置いてあるピアノの前に、男性がすわった。

「……本橋さんだ」
「フォレストシンガーズの?」
「そうです。扶美さんは本橋さんとは面識があります?」
「ありません」
「本橋さんは雄二のことは覚えてるんじゃないかな」
「そうなんですか」

 こちらが尋ねないからなのか、酒巻さんも知らないからなのか、雄二くんの彼女だった西岡扶美を覚えている様子の酒巻さんは、雄二くんについては触れない。私だってそんな遠い過去のかすかな痛みは、もうどうでもいいけれど。

「本橋さん……椎名雄二って知ってますよね」
「椎名の弟だろ。彼がどうかしたのか?」
「こちら、雄二や僕らと友達だった扶美さんです。ステージのお花担当プロデューサー、紫村先生のご子息の奥さまなんですって」
「ほぉ、それは奇遇で」

 高いところから失礼、と言いながら挨拶をしてくれた本橋さんが、ピアノを弾きはじめた。

「あの日は君の誕生日
 学生街の名曲喫茶で
 心おきなく話そうと
 涙をこらえて約束したね
 君はいつも決まって
 チャイコフスキーをリクエスト
 少し苦めのコーヒーも
 一年前と変わらない
 心なしか君が小さく見えた
 いつの間にか僕は強くなっていた
 風花舞う冬枯れの街に
 ピアノコンチェルトはもう聞こえない」

 そういえば、学生街に名曲喫茶があった。古風なたたずまいのその店に、私の誕生日に雄二くんと入ったことがあったような。偶然なのだろうけれど、本橋さんがピアノを弾いて歌ってくれて、一気にあのころへと引き戻された。

「クラシックなんてのはよくわからないんだけど、俺も合唱部だからさ、クラシックっぽい歌も取り上げるんだよ。扶美ちゃんはクラシックってどう?」
「ちょっとぐらい知ってるけど、歌詞のあるクラシックってどんなの?」
「んんと……リクエストしてみようか」

 初心者だったらこんなのがいいかな、とマスターが言って、「クラシック・歌曲の森」というレコードをかけてくれた。CDではなくレコードだったのはくっきり覚えている。大きなLPレコードだった。

「扶美ちゃん、誕生日おめでとう。今度は酒の飲める店に行こうよ」
「うん。私、シャンパンを飲みたいな」
「シャンパンって高いんじゃないの?」
「安いのもあるみたいよ。割り勘で、ね」
「そうだね」

 いつだって学生にはお金がなくて、雄二くんがくれたプレゼントも安いものだったはずだ。あのシルバーのペンダントは、どこかへなくしてしまった。
 どうして本橋さんは、雄二くんと私だけの想い出を知ってるの? 偶然だからこそ、チャイコフスキーだの涙をこらえてだのと、事実とは異なる歌詞もあるのだろうけど。

「……誰にだって学生時代には、こんな思い出がありますよね」
「そうですよねぇ。ああ、本橋さんのピアノ、いいなぁ。最高」
「私も本橋さんの歌を生で聴けて、最高でした。義母に感謝です」
「僕も感謝したいですよ。なつかしいひとに会えたんだから」

 敢えて昔の彼氏が云々などとは口にしない酒巻さんにも感謝したい。本橋さんの歌とピアノに乗せて、追憶が流れていく。今は昔の物語が。

END





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~ Comment ~

NoTitle

音楽で繋がる縁というのもありますよね。
音楽を通して友好などもあるから楽しいですよね。

LandMさんへ2

こちらもありがとうございます。

人の縁とは不思議なもので~♪
って歌もありますが、なにかしらでつながる縁というのは楽しいですね。
楽しいばかりではない、怖い縁もなくもないかもしれませんが。
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