ショートストーリィ(しりとり小説)

93「メイク」

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しりとり小説93

「メイク」

 リキを入れた化粧などしなくても、肌が綺麗、若く見える、と言われていた。しかし、最近は鏡をしっかり見れば目元にうっすらシミがあるようで、真剣にメイクアップをするようになってきた。

「しようがないよね、四十だもの。若く見えるったって二十代は無理でしょ? そうでもないかな? ぎりぎり、二十八くらいだったら見えなくもない?」

 鏡に語りかけるにはわけがある。
 その、わけなのかもしれない相手には今日も会えるはずだと思うと、ボランティアに出かける足取りも軽くなろうってものだ。

 仕事だけに生きているのも虚しくて、だからといってこの時代、婚活してもいい男にめぐり会える気もしなくて、趣味に走ろうにもこれといってないし、と思っていた森美は、そうだ、これだったらいいかもしれないと思い当たった。
 趣味、読書、と書くのも気が引けるが、それしかないので職場のアンケートなどにもそう書く。本を読むのは好きだ。学生時代には合唱部に入っていたので、美声にも自信がある。先日、図書館で見かけたポスターの、朗読ボランティア募集というのに応募してみようと決めた。

 なんの問題もなく採用してもらえて、ちょっとした講習を受けた。学生から子どものいない主婦、現役をリタイアしているような初老の男女、ボランティアなので四十代は参加しづらいらしくて、同じ年頃の女性は森美ただひとりだった。
 雑多な年齢のボランティアが集っているので、深くはならない交流はある。森美は中間の年齢で、二十代とも六十代ともそれなりに親しくつきあっていた。

 そんな中、気になるようになってきたのがボランティア仲間の岡本だった。
 あきらかに森美よりは年下であろうが、落ち着いた感じなので三十代半ばといったところか。五つくらいの年齢差ならば今どきたいしたこともない。

 たいしたこともないって、告白されたわけでもあるまいに、と苦笑しながらも、森美としては彼に会えるのが楽しみでボランティアに通うようにもなっている。このところは児童施設に寄贈するとのことで、みんなで童話を読んでいる。そのためなのか、今夜は小さな男の子が来ていた。

「あら、え? 岡本さんのお子さん?」
「まさか。僕は独身ですよ」
「そうよね。じゃ?」
「姉の息子です。義兄の友人が入院してお見舞いに行きたいってことで、急に預けられたんですよ」
「そうだったのね」
「はい。グラン、ご挨拶は?」

 グランと呼ばれた、三歳くらいの男の子が岡本にまとわりついているので誤解してしまった。ああ、よかった、と思うのは、岡本が子持ちだったらショックだからだろう。

「グランくんっていうの?」
「姉の趣味で、倶嵐って書くんです」
「倶楽部の倶に嵐? かっこいい名前ね」
「今どきですよね」

 恥ずかしがりらしく、グランは岡本の背中に隠れてもじもじしている。森美がにっこりしてみせると、はにかんだ笑顔を見せてくれた。

 無口なグランはおじいちゃんやおばあちゃんに声をかけられても、女子高校生や女子大生にきゃあ、可愛い、と言われてもはにかんでいるばかりで、岡本にくっついている。誰ともうちとける様子はなかったが、三歳ならこんなものだろう。岡本にはしっかりなついていた。

「グランくんの荷物?」
「そうなんですよ。今夜はうちに泊めますんで」

 大きな荷物を持ち、眠そうにしている幼児連れで歩くのは大変だろう。同情したのもあり、この機会にふたりきりでゆっくり話せるだろうと下心を持ったのもありで、森美は申し出た。

「グランくんは私と手をつないで歩く? よかったら送っていきますよ」
「いやぁ、悪いですよ」
「私は子どもが大好きだし、悪くなんかないのよ。そうさせて下さいな」
「いいのかな。森美さんがよろしいんでしたら、じゃあ……」

 あくまでも固辞されると森美としてはがっかりだっただろうが、ためらいがちにうなずいてくれたので、三人でボランティアが集まる区役所の一室から出ていった。グランはいくぶん緊張気味で、眠そうではあっても森美の手を固く握ってぐずりもせずに歩いている。
 子ども好きだと言ったのは方便だが、大嫌いというわけでもない。小さくて汗ばんだグランの手と手をつないで歩いていると、母性本能のようなものが湧きおこってきていた。

「まぁ、ボク、いいわねぇ。お父さんとおばあちゃんと一緒で」
 その声のほうを見ると、見知らぬ老婦人が微笑んでいた。岡本の知り合いなのだろうか。老婦人は歩み寄ってきてグランの頭を撫で、なおも言った。

「お若いおばあちゃんなのもいいわね。私だったらボクのひいおばあちゃんかしら。いい子ね。じゃあね、またね」
 ぽかんとしているグランに手を振り、森美には小腰をかがめて会釈して、老婦人は去っていった。今、あのひとはなんて言ったの? 森美が固まっていると、岡本が言った。

「えーっと、森美さんのお知り合いですか?」
「いえ、岡本さんの知り合いじゃなかったの?」
「知りませんよ。そしたら通りすがりのおばあさんなのかな。あの年頃の女性は子ども好きですものね。ま、いっか。行きましょう」
「ええ」

 つい今、あの女性が言った台詞の中の重要なフレーズには、触れないのがエチケットだと岡本は思っているのだろうか。彼が耳にしなかったはずがない。知らないおばあさんの言うことなんか、笑い飛ばそうとしても、森美の頭の中はくらくらしていた。

「グランくん、おなかがすいた?」
「うん、ちょっとだけ。ねえ、おじちゃん」
「ん?」
「おばちゃんじゃなくておばあちゃん?」
「いや、あの、おい……グラン」

 はじめてまとまった言葉を発したと思ったら、この台詞か。岡本も固まってしまって、困惑顔でグランを見下ろしている。グランは無邪気な顔で岡本と森美を見比べている。まだしも、おばあちゃん? と疑問形だったのが許せると笑うしかないのだろうか。

 三歳の子から見ればおばちゃんなのは仕方ないとしても、おばあちゃんとは……お若いおばあちゃんとは……あの本物のおばあさんの目がおかしいのではなくて、世間一般から見ればそう見えるのか。ならば、私が岡本さんを好きだなんて、他人が見たら噴飯ものなのか。

 そう考えそうになった森美は頭を振る。今日はグランに気を取られて化粧直しをしていないせいだ。この次はきちんとメイクをして外に出よう。岡本とグランと三人で歩いていれば絶対に、他人はこう言うだろう。

「若くて綺麗なママでいいわね。パパのほうが年上でしょ? いいわねぇ、坊や」
 きっとそうだ。化粧のせいだ。化粧が剥げかけているせいだ、メイクが、化粧が、森美は呪文のように口の中で呟いていて、岡本に怖そうな顔で見られているのには気づいていなかった。

次は「く」です。

「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
森美もフォレストシンガーズの大学の先輩ですが、初出のはずです。




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