別小説

ガラスの靴17

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「ガラスの靴」

     17・親子


キッチンのテーブルについた父。母は胡弓を連れて公園に遊びにいっているから、マンションの中には父と僕がふたりきりだ。アンヌは昨日からライヴツアーで、一週間ほどは帰らないそうだから両親に遊びにきてもらっていた。

「お父さん、コーヒーがいいんだっけ?」
「ああ、そうだな」

 わりあいに晩婚だったので、二十三歳の僕の両親としては若くはない。僕がこんな奴だから、孫なんか持てないのかと悲観していたらしいが、僕が二十歳で結婚して父になったものだから、六十歳手前の両親も祖父母になれて大喜び。父も母も胡弓を溺愛している。

 独身時代から父とふたりきりだと話題もなかった。母には、あいつは大丈夫か? と尋ね、知らないわよっ!! とつっぱねられていたらしいが、僕にはなにも言わないから、僕がアンヌとつきあっていたことも、アンヌの妊娠が判明してから知った父だった。

「お菓子、食べる?」
「いらないよ」
「僕は食べようっと。あ、そうだ」

 主人は留守なのだから、今日は子どもの好きなメニューだ。三歳の胡弓はピザやパスタが大好き。母も年のわりにはイタリアンが好きなので、ピザは宅配を頼むとして、おいしいパスタソースを手作りするつもりだった。

「二種類、ソースを作るんだよ。トマトソースとクリームソース。仕込みするから、お父さんはコーヒーを飲んでてね。僕の淹れたコーヒー、おいしい?」
「ああ」

 くつろいではいるようなので、僕はソース作りにとりかかった。

「トマトを湯むきするんだよね。皮がついたまんまだと舌にさわってアンヌに怒られるし、胡弓だと消化もよくないでしょ。そのトマトを煮込んでソースを作るんだ」
「ほお」
「トマトのほうはソーセージなんかを入れて、クリームソースはシーフードだよ。ウニも入れてみようと思って買ってきたんだ」
「ウニって高いんだろ」
「高いけど、アンヌは稼ぎがいいからさ」
「……そうか」

 トマトの皮をむいたり玉ねぎをみじん切りにしたりしながら、僕がなにをしているのかを父に説明する。母だと説明しなくてもわかるのだろうが、料理なんかしたこともない父には、これが話題になるからもあって喋っていた。母ならば手伝おうか、と言ってくれるはずだが、父は興味なさそうに言った。

「女みたいだな」
「お父さんの感覚では、料理は女のすることなのかな。僕の感覚では、家の料理は主夫が作るもんだと思ってるよ」
「おまえは主婦なのか」
「夫のつく主夫だよ。このごろはよくあるんだよ」

 テレビCMにも出てくるにはくるし、話には聞いたこともあるが、実は「よく」はいないのだろうと思う。僕の友達にだって専業主夫志望の男はいるが、実際になっているのは吉丸さんの妻、性別は男である美知敏くらいだ。

「よくあろうとなかろうと、嘆かわしいな」
「そう?」
「俺はやっぱり……俺の息子が台所で料理をして、女房の稼ぎがいいから高いものも買えるって自慢するのは、嘆かわしくてたまらんよ」
「そっかな」

 六十前の男としては、ありふれた感想なのかもしれなかった。

「そりゃあ、胡弓は可愛いさ。胡弓がいるから俺だってここに来る。おまえがアンヌさんとふたりだけで暮らしてるんだったら、絶対に来ないよ」
「そうなんだ」
「お母さんはテレビでアンヌさんを見て喜んでる。うちの息子の奥さんは芸能人なのよ、って知り合いに自慢したりもしてるらしいけど、俺はそんなのもたまらんよ。あんな格好の嫁を見たくないんだ」

 本当は世間の常識を知ってはいるが、あえてそこからずれたようにふるまう。なのだから、大人を相手にまっとうな女のふりをすることもできる、アンヌはそういう女性だ。はじめて僕の両親に会うときには、黒髪のかつらをかぶって化粧も清楚にして、服装も地味にしていた。

「派手な服やメイクは商売道具だよ。制服みたいなもんかな」
「まっとうな女房らしいことは、なにもしないんだろ」
「まっとうな旦那さんらしいことは、いっぱいしてくれているよ」

 母は僕をアンヌに嫁にやったと考えている。そうして諦めをつけているのかもしれないが、このようなことは言わない。が、父はやはり保守的で、アンヌのほうが嫁だと思いたいのだろう。

「しかもおまえは、新垣笙になったんだよな」
「今さら、なに言ってんの。新垣胡弓でも大沢胡弓でも、孫にちがいないって言ったじゃん」
「それは自分に言い聞かせていたんだよ」
「どうだっていいから、クッキー食べる? アンヌが札幌で買ってきてくれたんだ」
「どうでもよくはないんだ!!」

 まったく、今さらなに言ってんだろ。僕は呆れ、反撃した。

「僕が娘だったとしたら、笙はいい旦那さんと結婚して幸せになれてよかったな、って思えるんでしょ」
「それはまあ……」
「だったらそれでいいじゃん。僕を息子だと思わなかったらいいんだよ。お父さんのその意見って偏見のかたまりだもんね」
「しかし、胡弓がこのままでは……胡弓がおまえみたいな男に育ったらどうするんだ」
「さすが、僕の息子だって思うよ」

 がっくりと首うなだれた父に、僕は言った。

「僕は女性と結婚したんだから、とーってもまっとうなんだよ。なんてね、そういうことを言うのも偏見かな。お父さんにアンヌの世界を……いやいや、見ないほうがいいね。お父さんの狭い世界の価値観ばかりで判断しちゃいけないよ。僕たちはこれが幸せなんだから……」
「おまえ、口だけは達者になったな」

 おかげさまで、と笑ってみせると、父は大きなため息をついた。
 とにもかくにも我が父は論破できたが、アンヌの親と弟はどうだろう。アンヌの異母弟の妻、操子さんだけは僕が専業主夫だと知っているが、異母弟と継母は知らない。僕の父はこれでも都会の男だからいいけど、田舎のひとにはわかってもらえないんだろうか。

「うちの親と弟? あんなのはほっとけ」

 アンヌが言うので従ってはいるが、婚家とのつきあいも主夫の仕事のひとつだ。それを思うと気が重いのだった。

つづく








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~ Comment ~

NoTitle

料理にあまり意味はない・・・とまで言いませんが。
主夫が作っても、主婦が作っても気持ちに愛情があればいいような。
私も休みの日しか時間をかけて料理は作れないな。。。
( 一一)

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

料理は時間がかかりますから、余裕のあるときにしかできませんよね。
笙の父親は、息子には料理なんか作ってないで、男らしくしろと言いたいわけで。そういうお父さんって多数派ではないかと思います。
娘がおいしいものを作ったらうれしいくせにね。

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