ショートストーリィ(花物語)

花物語2014「九月・曼珠沙華」

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花物語2014・長月

「曼珠沙華」


 ベッドの上に腹這いになって、私は珠季を見つめた。

「ちょっとばかり酔っちゃったから、今だったら告白できそうだな」
「告白? 詠月? 私に恋しちゃったとでも言うつもり?」
「その趣味はないんだけどさ」

 友達をつくるために会社に勤めているわけではないが、自然に親しくなる場合もある。五度目の転職で知り合った珠季とはなぜかずいぶん仲良くなって、三十代の女がふたりで旅行するまでになった。
 月を詠む、エイヅキ、九月の異名を名前としてつけられた私は、九月生まれだ。誕生祝いにホテルのディナーをおごってあげようか、と珠季が言ってくれたので、そしたらこのホテルにして、と応じて高原のホテルにやってきた。

 都会の残暑と喧騒を逃れられて、今日一日は命の洗濯ってところだろうか。ディナーもおいしく、お喋りも楽しくてワインをすごしてしまった。

 けだるい酔い心地のままで部屋に帰って、さらに冷蔵庫の中のウィスキーなど飲みながら、とめどなく喋る。珠季は独身主義? 主義じゃなくていい男がいないだけだよ、との話題になって、部屋にはふたりっきりのせいもあって言いたくなった。

「私、恋愛感情って知らないんだ」
「……ん?」
「恋愛感情もないし、性欲ってのもないんだよね」
「……詠月、ついこの間、バーで知り合った男と寝たって言ってなかった?」
「言ったよ」
「恋愛感情がなくても寝るってのは……それだけでも私にはわからないんだけど、性欲がなくても寝るの?」
「だからこそよ」

 高校生までは品行方正で、優等生だった。親の教育がゆがんでいたわけでもない。性教育などはされなかったが、ボーイフレンドができたら連れてきなさいね、と開けたつもりの台詞を口にする父母だった。
 ひとりっ子なので兄や姉の影響もない。中学校からエスカレータ式に大学まで上がれる私立高で、遊んでいる子もいたが、私の同類である真面目な生徒だって大勢いた。

 そんな中で勉強好きな女の子として成長していった私は、大学生になって男の子に告白された。ふたつ年上の三年生、彼は背が高くて大人びていて、学業も優秀で女の子にも人気のある先輩だった。

「まだ十八だから……」
「十八って、まだって言うような年じゃないだろ。高校生のときには誰かとつきあわなかったの?」
「つきあったことはありません」

「詠月ちゃんは可愛いんだから、告白されたことはあるだろ」
「中学のときも高校のときも、一年に一度くらいは告白されましたけど、男女交際にはまだ早すぎるって断りました」
「高校生までだったらその言い訳も通用するだろうけど、大学生には駄目だよ。早くなんかない。詠月ちゃん、俺はきみのはじめての男になりたいよ」
「いえ、私は……」

 中学生のときにも高校生のときにも、私が断ると男の子はあっさり引き下がった。が、先輩はしつこい。しつこいので面倒になってつきあうことにした。

「きみは可愛いよな。顔だって可愛いのに男とつきあったことないなんて、嘘かと思ってたんだよ。だけど、少なくともセックスの経験はないって、抱いてみたらわかったよ。感激だったな」
「感激なんですか」
「俺は感激したね。今んところは詠月ちゃんは堅いけど、これからだよな」

 一年間ほどは彼とつきあい、ベッドに誘われれば応じた。彼は女には慣れていたようで、絶対に妊娠だけはさせないようにするから、と誓ってくれていた。が、一年後。

「就活もしっかりやらないといけないし、別れようか。俺はこれからは真面目に就活して真面目な社会人になるんだ。詠月ちゃんはつらいかもしれないけど、聞き分けてくれ」
「わかりました。お元気で」
「……それだけ?」
「それだけじゃいけませんか?」

「正直言って、最初はよかったんだけどさ、だんだんきみを抱いてもつまらなくなってきて……やっぱそうなんだよな。きみって女として欠陥品なんじゃない? 俺とは合わないだけかな」
「?」
「いいよ。じゃあね」

 先輩を好きでつきあったわけでもないのだから、別れたってつらくも悲しくもない。そのうちにはまた告白してくる男もいるだろうから、そしたらまたつきあってみたら、別の感情も湧くかもしれない。
 そのつもりになって大学を卒業するまでに三人、卒業してからも四人、男性と交際した。もれなくベッドにだって入った。好き、愛してる、あなたと抱き合いたい、あなたのそばにいたい、私を見つめて、愛してると言って、テレビドラマや小説に出てくるような感情を抱いた覚えはゼロだった。

 まだ若いから、好きになれる相手とめぐり会っていないだけかもね、と自分を欺いて数年、私がこんな性質だから、つきあう男もあっさりしているのか、今どきはそんな男のほうが多数派なのか、別れの修羅場すら経験したことはなかった。

 が、三十をすぎても恋愛感情というものがわからない。男とセックスしたいと思ったこともない。恋愛感情はともかく、性欲のない女はそう不思議でもないと聞いていたのだが、私には本当に性欲がないのか? 男に恋をしたら湧いてくるものなのか。

 最近は知的探求心もあって、街で男にナンパされるとたまに寝てみる。変な奴に当たると危険なのでそこだけは見極める、その勘は鋭くなってきていた。

「へぇぇ、そんなのってあるんだ。だけどさ、それってさ」
「なに? 珠季の意見はどうなの?」
「近頃、なのかな。昔からいたのかな。女の中にはちらほらいるんだよね。私って男みたいなタチなんだよね、男前だって言われるんだよね、ハンサムウーマンなんだよね、サバサバ女だからね、っての」
「性欲がないって男みたい……ではないでしょ」
「そうじゃないんだけど……」

 どう言えばいいかのかなぁ、と顎を指でつまんで、珠季は続けた。

「この間も総務の田畑さんが言ってたよ。田畑さんの娘さん、結婚するんだって。でね、娘さんは結婚式はしない、ウェディングドレスにも興味はない、指輪にも興味ないから買ってもらわない、そういう男前な娘なのよ、って言ってて、ちょっとちがうんじゃないかと思ったんだけど」
「要するに、私って、うちの娘って女っぽくないのよ、かっこいい女でしょアピールって意味?」
「それに近いかな。詠月の気分もそうなんじゃないの?」

 自分がなにを考えて珠季に打ち明け話をしたのかは、自分でもよくわかっていない。ただ、酔ったはずみだったのかもしれない。自己分析をはじめると酔いが醒めてきたので、私もうーんうーんと考え込んでいた。

「性欲がないから、恋愛感情もないから男と平気で寝られるって、変な理屈だな。それって全然、罪悪感とかもないの?」
「罪悪感? どうしてそんなもの、持たないといけないの?」
「……詠月の目……」

 じーっと私の目を覗きこんでくる珠季の目には、私の姿が小さく映っていた。

「本気で言ってるっぽいなぁ。だったらさ、今、男に誘われたとしても寝る?」
「ラウンジバーにでも行ってためしてみようか」
「うーん、私、詠月がわかんないよ。あなたって人間?」
「私って変わってるの?」
「変わってないつもり? 私って変わってるのアピールでもなさそうなんだよね」

 ためしてみてもいいつもりになって、シャワーを浴びて着替えた。暗赤色のドレスをまとうころには酔いもすっかり醒めて、珠季を促した。

「一緒に行って見届けてよ」
「もういいよ、わかったから。私も酔ってるせいなのか、詠月が本当のことを言ってるってわかる気がする。そのドレスを着た詠月って曼珠沙華みたい」
「彼岸花?」
「曼珠沙華に本気で恋する男がいたらかわいそうだね」

 死人花、地獄花、幽霊花、剃刀花、狐花、捨子花、などの異名を持つ曼珠沙華には毒があると聞く。そんな女に本気で恋する男はあらわれるはずもないと思うが、万が一あらわれたとしたら、そのときこそ私も彼に恋を……そんなにうまいこと行くもんかしら。私の想いはあくまでも醒めていた。

END







 
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~ Comment ~

NoTitle

恋愛と性欲は違いますし。
愛情がない欲望は欲望によって終わる。
愛情があれば愛情で終わると思いますが。。。
まあ、その辺は本人の価値観ですね。

先日の回答ですが。
直え聞くならジャズが一番です。
2番目はクラッシックですかね。

CDで聞くならJPOPが一番ですね。

この辺は音の響き方の感性の問題ですね。

LandMさんへ2

こちらにもありがとうございます。
あからさまな言葉を書くと、本人のブログに本人がコメントしてもはじかれてしまうようで、FC2はそのへん、うるさいですよね。

愛情なんかなくても寝られるという人間は、時々いるようで、簡単にそういうことのできる人が不思議なんです。
で、むしろ恋愛感情も性欲もないからこそ、というほうが理解しやすいかな、と思ってこんなのを書きました。

音楽についてのお答えも、ありがとうございます。
私はオールジャンルOKですので(ラップと耐える女ふう演歌は苦手です)、ジャズもクラシックも好きです。
特にロックが好きなのですが。
J-POPは好きなのと嫌いなのと、かなり分かれますね。
LandMさんは誰かのファンだったりもあるのでしょうか。

NoTitle

珠季って子は、なかなか分析力に優れた子ですよね。
鋭いかも。
詠月ちゃんには、いい友達ですよね。

詠月ちゃん、なかなか珍しいタイプの人ですが、そう言う人が居てもおかしくはないかも。
ただ、やっぱり恋するトキメキとか、経験できずに終わるのは本当にもったいないと・・・。
(そう思うのは、大きなお世話なのかな)

曼珠沙華のような女か。なんか、すごく言い得てるような気がします。
好きになった男は、……ちょっと哀しいですね。

limeさんへ

コメントありがとうございます。

以前に、性欲のない人間の話、limeさんとしていましたよね。
あのときに、私もそういったひとを書きたくなったのです。
女性バージョンがこれ、男性バージョンが六月「バラが咲いた」でした。
同じ「性欲がない」とはいっても、男女で行動がちがってくるような気がしまして。

恋愛経験がないのは、そもそもそういう気持ちの動きがないのは、性質というか体質というかだったらどうしようもないとは思いますが、人間、一度くらいは恋をしてみたほうがいいよ、と言いたくなりますよね。

でも、私は曼珠沙華のような美女にはちょっと憧れます。
あなたが私に恋してるのは勝手だけど、私にそれを求めないで、なんてね。
わっ、やな女だ(^o^)

好みとしては熱い男や燃える女よりは、クールに傾くんですよね。
暑がりで寒いのは平気という体質のせいもあるのかもしれません。

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