ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「れ」

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フォレストシンガーズ

「歴史のまち」

 よそはやらないことをやろう、なんて言い出して、フォレストシンガーズ初の全国ライヴは、政令指定都市を回るというものになった。
 大阪府堺市は十五番目だから、はじめてのライヴツアーにもちょっとは慣れてきていた。

 昨日は本橋さんの高校時代の後輩、野島という男に会った。彼に堅く口止めされたので誰にも話せず、俺は鬱屈していた。それでもライヴは無事に終えて、ホテルに泊まった。今日は帰る前に各自、自由行動をしようということになって、乾さんとシゲさんが言い合っていたのだった。

「堺市には城ってのはないのか?」
「古墳だとか古代の城跡だとかはありますけど、城らしい城っていえば岸和田城になりますね」
「有名人の寓居跡はあるだろ」
「ありますね。乾さんの興味ある歌人とか……」
「シゲも歴史は好きなんだから、行ってみようか」
「そうしましょう」

 じゃあ、俺も行こうかな、と言ってしまったのがまちがいだった。俺は歴史音痴というか、音楽は音痴ではないが、学問的なことには全部疎い。スポーツにも疎い。いいんだ、木村章は歌うために、ロックするために生まれてきた男なんだから。

 へぇ、堺市って政令指定都市なんだ。
 堺市なんてなにがあるの? 歴史があるじゃないか。
 
 この街でライヴをやると決まったときに、幸生がシゲさんに教わっていた。俺のイメージではもっと地方都市然としているのかと思っていたが、堺市にはデパートもファッションビルもあって、そっか、大阪市のベッドタウンなんだよな、と認識させてもらった。

 街としての堺市は昨日、ざっと見たので、そういうことに詳しい乾さんとシゲさんについていったら、勉強もできるかと殊勝な考えを起こしたのだが、ガラに合わないことをするもんじゃない。三人で歩いていて、千利休がどうたら、与謝野晶子がこうたらという薀蓄を聞いていても、俺にはちっとも面白くない。

 幸生はどこに行ったんだろ。あいつのことだから猫ウォッチングかな。歴史スポットよりはそっちのほうが楽しかったかな。
 本橋さんは鉄道好きだから、関西私鉄ウォッチングにでも行ったのかもしれない。考えてみればうちの四人、けっこうオタクだよな。俺のロックおたくはミュージシャンとしてはまっとうだけどさ、なんてぼやきながら、主に乾さんの行きたいほうへと歩く。

 シゲさんは乾さんには忠実だし、自分もそういうのが好きだから嬉々としている。俺は退屈してきて、可愛いファンの女の子が、木村さん、サインしてっ、とでも言ってくれないかと期待していた。

 ファンに声をかけられることはたまにはある。うるさい女やおばさんや、数人に囲まれたりするのはうっとうしいが、可愛い子ひとりかふたりだったら歓迎だ。二十代の美人だったら、時間がないからホテルには行けないが、ランチくらいおごってやるのにな。

 そんな期待を抱いているときに限って、誰も声をかけてこない。大阪府民ってのは歌よりもお笑いが好きなのかなぁ。道端で井戸端会議をやってるおばさんたちだって、漫才やってるみたいだもんな。俺は大阪弁は好きじゃない。京都弁だったら耳に心地よいのになぁ。

「俺、メシを食って適当にどこかに行きますよ」
「章にはつまらなかったかな」
「うん、じゃあ、気をつけて帰れよ」

 気をつけて、と乾さんが言うのは、女をナンパするな、の意味かもしれない。てめえがそんな妄想をしていたのもあって、やらねえよ、と小声で言ってふたりから離れた。

 昼メシ食ったら早めに新大阪に行こうか。新幹線で寝ようかな、なんて思って歩いていると、ライヴハウスを発見した。昼間だとライヴはやっていないだろうが、ライヴハウスと名がつくだけでもけっこう好きだ。若くて貧しくて無名だったころも、メシを食うならライヴハウスで、なんて。

 そう言ってふたりで出かけた女を思い出したくないので頭を振って、ライヴハウスに入っていく。名前は「AKIKO」。章に似た店名なのもあり、あきこという名の美人ママがいるのかと思ったのもある。俺が入っていくのと入れ替わりに、店内にいたグループが出ていく。すると客は俺ひとりになった。

 そこは昼間は食事もできる喫茶店のような感じで、ピラフを注文した。

 内装はライヴハウスらしく、暗い。店内に貼ってあるポスターなどからするとジャズ系だろう。俺はロックのほうが好きだけど、ジャズも大嫌いではない。ピラフを運んできた男の店員が俺の顔を見て、ん? という表情になった。えーっと、えーっと、と言いたそうにしているので、俺から話しかけた。

「ジャズのライヴをやるんですか」
「そうなんです。えと、木村章さん?」
「はい」
「木村さんってジャズミュージシャンですよね」
「……んんと……」
「そうですよね。プロの方がわざわざ入ってきてくれたとは光栄です」

 四十代くらいに見えるヒゲの男は、大阪弁を使わない。俺は大阪弁の人間と会話はしたくないほうなので、誰かとまちがえているらしき彼とだったら、話をしてもいいと思われた。

「与謝野晶子もジャズが好きだったんだそうですよ」
「そのころにジャズってあったんですか」
「ジャズが日本に入ってきたのは、大正時代だと言われています。関東大震災のせいでジャズの都は大阪になったんです。与謝野晶子は第二次大戦のころまでは生きてましたから、大正や昭和初期の時代には愛聴していたんですよ」
「ほんとに?」
「そのはずです」

 堺といえば与謝野晶子と千利休。名前程度しか知らなかった彼女と彼については、乾さんとシゲさんがいやになるほど教えてくれた。与謝野晶子がそんなに新しい時代の人間だと気づいていなかったのは、いい加減に流していたからもあるのだろう。

「あきこって、与謝野晶子ですか」
「そうです」
「与謝野晶子は歌人ですものね。歌は好きだったのかな」
「彼女の短歌にメロディをつけるこころみ、やってみてるんですよ」
「金子さんもそういうの、やってましたよ」
「金子さんって……」

 金子という姓のミュージシャンはいくらもいるので、ピンと来ないのだろう。俺たちの大学の先輩で、と言うのも面倒なので説明しないでいると、彼は言った。

「木村さんってドラマーですよね」
「ああ、ごめんなさい。俺、ジャズミュージシャンじゃないんですよ。だけど、ミュージシャンではあります。フォレストシンガーズって知りませんか」
「あ、ああっ、こちらこそすみませんっ!!」

 やっとわかってくれたらしい。すみません、すみません、と彼が恐縮して頭を下げる。そこにカップルが入ってきて、女の子のほうがきゃっと小さく叫んだ。

「木村章さん、ですよね」
「木村章って誰やねん」
「フォレストシンガーズの木村章さん。てっちゃんは知らんの?」
「知らんわい」

 このカップルは大阪弁で、男のほうは俺を知らないらしいが、女の子のほうは可愛いので許す。彼女が俺に手帳を差し出し、サインしてほしいな、と小首を傾げる。不満そうな男を無視してサインしていると、ウェイターだかマスターだかがマイクを持ってきた。

「木村さん、お願いします、一曲、ぜひ」
「与謝野晶子の短歌に曲をつけたのって、どんな感じですか」
「楽譜がありますよ。歌ってもらえるんですか。マキちゃん、いいところに来たね」
「きゃああ、ラッキー!!」

 女の子は大喜び。男はぶすくれ面。店員も喜んでいる。与謝野晶子の歌をジャズバージョンで歌ったと言えば、乾さんも興味を示すだろう。きっちり覚えて帰って披露してやろう。


AKIRA/29歳/END








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NoTitle

大正時代はそれはそれで華やかだった。
・・・ということの証明でもありますね。
時代と音楽と人物が折り重なる小説ですね。
好きですね。こういうのは。

LandMさんへ

いつもコメントありがとうございます。

大正デモクラシーとか自由主義とか、明治が終わって、戦争に突入するまでの短い時代に、文化の華が咲いたっていうのがあるみたいですね。

堺市は我が家からだとかなり近いですので、与謝野晶子や千利休の生家跡もこの目で見てきました。
えらく離れた時代の有名人がふたり、近いところに住んでいたって面白いですよね。

好きだと言っていただけて、とてもとてもうれしいです。
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