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小説373(トラブル・トラベル)

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フォレストシンガーズストーリィ373

「トラブル・トラベル」

1・章

 積極的に旅行にいこうとは思わなかったのは、ガキのころから家族旅行なんかしなかったからか。頑固親父は妻と息子を連れて遠出しようとは考えなかったようで、動物園や遊園地に連れていってもらった記憶もほとんどない。
 小心者の母は節約に汲々していた上に、俺が十二歳の年には弟が生まれて、てんてこまいにもなった。親父は次男の龍は可愛がっていたようだが、だからって稼ぎがよくなったわけでもなく。
 典型的な地方都市の貧乏サラリーマン一家とすれば、俺のガキのころは普通だったのだろう。龍が生まれてからのほうがちょこちょこ家族旅行をするようになったのだが、そうなるとこっちはガキから脱してくる年ごろになって、中学生のときなんかは家族旅行にはわずらわしさ以外感じなかった。
 なのだから、俺は旅行は好きではない。修学旅行だって面倒だった。唯一、嬉しかったのは東京に出てきたとき。あれは旅行ではなくて大学入学のための上京だが、これで俺はもうどこにも行かなくていいんだ、一生、東京で暮らすんだと決意していた。
 大学の合宿だっていやだから行かなかった。大学を中退してからは、アルバイトとロックバンドに明け暮れて、旅行どころじゃなかった。
 スーと半同棲していたころだって、スーも特にどこかに行きたいと言うようなこともなかったから、ライヴハウスに出かけたり、買ってきたものを俺のアパートで一緒に食ったり、ベッドで抱き合ってお喋りをしたり、そうしているほうが楽しかった。
「だからさ、なんだかさ……」
「ロックバンドは合宿とかしなかったのか?」
「うちはしなかったよ」
 フォレストシンガーズとしてメジャーデビューするということは、旅暮らしになるということ。そうだったとは知らなかった。
 プロのシンガーが日本全国をライヴツアーで回るというのならば、歓迎すべきだろう。俺たちはアイドルでもテレビタレントでもないのだから、「歌」が武器なのだから、生で歌を聴いてもらい、歌を気に入ってもらい、CDを買ってもらう。
 そうしてファンが増えていき、さらにCDが売れてさらにライヴが増える。それが理想だ。
 そんなふうに漠然とだったら考えていたが、ライヴではなく全国を回る。要はドサ回り? 売れない歌手は演歌でもなんでも、これが当然だったのか。
 愕然としながらも、地方巡業の旅に出る。お笑い芸人だったら「営業」だとかも言う。俺たちだって同じだ。やらされる仕事もお笑い芸人に近いものが多い。歌手のほうが芸人よりも上だと思ってるわけではないけれど、俺は漫才師じゃないのになぁ。
「なんかこういう生活ってのはさ……」
「戸惑う? 章は体力ないもんな」
 十八歳で稚内から上京してきて、二十二歳でプロのシンガーになった。フォレストシンガーズは俺が一年だけ通った大学の、合唱部の先輩後輩でなりたっている。今、ふたりして露天風呂に入って喋っている相手は、俺と同い年の三沢幸生だ。
 二年年上のリーダー、本橋真次郎と、本橋さんと同い年の乾隆也は、明日の仕事の打ち合わせをやっている。一年年上の本庄繁之も、明日の仕事がある会館に残っている。幸生と章は宿に帰ってろと言われたものの、先に食事をするわけにもいかなくて、入浴することにした。
 秋のはじめののどかな村だ。村ってのはどこでもここでも若者がいなくなって過疎に悩み、村おこしをしようとたくらんでいる。この村もどうにかして活気づかせようとあれやこれややっていたそうで、最近になって温泉を発見した。
 新たに建てた天然温泉施設竣工記念イベントに、お笑いコンビとシンガーズが呼ばれた。パドックというお笑いと、フォレストシンガーズだ。いずれも売れない新人で、デビューして一年になるというところも似ていた。
「いい湯だなぁ、ふやけそうだよ」
「うん、寝そうだ」
「寝るなよ、遭難するぞ、章」
 ベタなギャグを口にする幸生に、おまえもパドックに入れてもらったらいいんだ、と言い返す。先輩たちはもめてでもいるのだろうか。打ち合わせが長引くと、もめてるのかな、と考える癖がついてしまった。
 去年の九月にデビューして、新人なりに仕事はたくさんあった。各地FMラジオ局のあいさつ回りだの、四季のイベントだので日本全国に旅をして、日本中にファンができたらなぁ、なんて胸をふくらませていた。来年は日本中でライヴをやりたいなと話していたものだ。
 けれど、その来年になってもライヴの予定もない。俺たちは今年もドサ回りシンガーズか。気が滅入ってくる。
 夏のイベントでは女の子にふられたり、台風にたたられたりもしたが、海辺での歌のショーは華やかだった。俺たちだってカバーとはいえ歌えた。若い女の子たちの水着姿もたっぷり見られた。夏の出来事には悔いもなくはないが、すぎてしまえば楽しかった。
「なのにさ、田舎の温泉ってじじいやばばあばっかだろ」
「若い女の子もひとりはいるよ」
「……あれか」
 売れない奴らは十把ひとからげに扱われがちだから、芸人とシンガーズがいっしょくたにされるのは珍しくもない。女芸人にだって慣れはしたけれど、パドックのカップにはなるだけ近寄りたくはなかった。
 

2・幸生

 暑さの残る初秋の温泉宿。俺たちが泊めてもらうのは、真新しいのだけは清々しい温泉施設だ。宿泊もできるヘルスセンターといったところか。交通の便のよくない立地条件に加えて、宣伝下手なのもあって客は呼べていないらしい。
 にしちゃぁ大きすぎるよなぁ、といった建物がぐるりと取り囲む中庭の真ん中に、章と入っていた露天風呂があった。風呂から出るとふたりともにタンクトップと短パン姿になって、部屋に戻っていく。
 これまでの俺たちはイベントでの宿泊といえば、公民館の一室だったりもした。盛況なイベントだと部屋が足りなくて、俺たち五人が別の男たちの集団と同室になったこともある。美江子さんまでが同室だったこともあるが、今日は美江子さんは来ていない。
 客がいないに等しいほどに少ないので、がらんどうの施設でフォレストシンガーズは五人が一室。それも清々しくてよい。
「空いてるんだったらひとりひと部屋にしてくれたらいいのに」
 章はぼやいていたが、ひとりひと部屋なんて寂しいではないか。売れないシンガーにそこまでの待遇をする気もないようで、俺としてはそのほうがよかった。
 明日、ショーが行われるホールも、露天風呂を囲む建物の一部にある。フォレストシンガーズの歌とパドックのお笑いと、あとは地元の高校生たちのクラシック演奏会だとか、婦人会の踊りだとか、老人会のなんとかだとかがあるらしい。
 ま、俺たちは歌わせてもらえるんだからいいよね。本橋さんと乾さんは、曲目についての最終打ち合わせだろうか。明日は早くからリハーサルがあるのだが、予定のオリジナル曲は全部省かれて、演歌ばっかり歌わされる恐れもある。
 そうなると一からリハーサルのやり直しだな。演歌じゃなくて昭和時代のポップスのほうがいいな、それだったら俺にまかせてよ、などと喋りながら、章と歩いていた。
 部屋まではけっこうな距離がある。すべての建物がなんなのかは知らないが、ここから見える渡り廊下を早足で行く中年女性が、にこやかに手を振ってくれたりもする。宿泊施設の仲居さんだろうか。俺も両手を振って、ユキちゃんですよーっとアピールした。
 旅行はし慣れていないから、俺はこんな暮らしは戸惑うんだ、風呂の中では章はそう言っていたが、俺もそんなには旅行はしていない。うちは長男の俺と下に妹がふたりいて、地方銀行勤務の父と、たまにもとの職場でアルバイトをする程度の主婦の母の稼ぎでは裕福とはいえなかったはずだ。
 海辺に住んでいた叔父の家に遊びにいったのが、夏休みのいちばんの想い出。俺の夏休み絵日記には、いつだって叔父の家近くの海の景色が描かれている。
「だけど、俺は旅行は好きだよ。楽しいじゃん」
「合宿も楽しかったか」
「とっても楽しかった。章も来ればよかったのに」
「この旅暮らしも楽しいか」
「楽しいじゃんかよ」
「そうかね」
 どうも章は鬱屈しているようだが、デビューしてからやっと一年。売れなくて、売れるためにがんばっているのは当り前じゃないか。
「あ、シゲさーん、本橋さんと乾さんは?」
 説教は先輩たちにおまかせしておこうと、章を横目で見てから黙ると、シゲさんがやってきた。うー、腹減った、と唸りたそうな顔をして、シゲさんは言った。
「なんとか話がまとまったから、もうすぐ帰ってくるよ」
「そっか。汗かいたでしょ。シゲさんも風呂に入ってくれば?」
「そうだな。先に行ってるから、本橋さんと乾さんにも言っておいて」
「ここの風呂はあっちですよ。露天風呂」
 言った章が、ぼそっと付け加える。混浴ですよ、と嘘をついた章の言葉に、シゲさんは細い目を見開き、みるみる赤くなった。
「そんなところには行きたくないよ。露天風呂しかないのか?」
「普通の温泉棟ってのもあるらしいけど、露天風呂のほうが気持ちいいよ。章と俺も行ってきたんだ。可愛い女の子もいたよな」
「いたいた。まだいるかもしれないな。本庄さんも行ってくれば?」
 ふたりしてちゃらっぽこを言ってやると、シゲさんはぶるぶる頭を振った。
「いやだ。俺は普通の風呂に行ってくるよ。どっちだ、あっちか?」
 あっちだよ、と教えてあげたのだが、普通の風呂場のある棟というのは実は俺は知らない。シゲさんは酔っ払ったような顔をして行ってしまい、章が言った。
「風呂に入るんだったら着替えとか、いらないのかな」
「いいんじゃない? 今はシゲさんの頭の中は、混浴の美少女の妄想でもわーんとしてるから、着替えなんて考えられないんだよ」
「面白かったな」
「うん、シゲさんって可愛いよね」
「ってかさ……」
 可愛いのではなくてなんだ? 章がなにを言いたいのかは知らないが、こんなことでストレスが解消できるのだから、おまえも可愛いじゃないか。シゲさんの妄想の中の混浴美少女はどんなプロポーションをしているのか。俺はそっちの想像をしていた。
 

3・繁之

 だいたい、幸生の言うことは曖昧だ。あっちだと言われてもわからなくて、この施設の従業員に質問した。
「ここの売りは露天風呂ですから、そちらに行かれたらよろしいのに。空いてますよ」
「いえ、でも、露天風呂って混浴なんでしょ」
「いいえ。男女別に分かれています」
「……あ、そうなんですか」
 あの嘘つき小僧ども。今頃舌を出してるんじゃないか、と思い当たると、着替えも持ってこなかったのも思い出した。部屋に戻ってあいつらをとっちめているうちには、本橋さんと乾さんも帰ってくるだろう。混浴じゃないんだったら、三人で露天風呂に行くほうがいい。
「こら、幸生、章……」
 言いながら、我々のために用意された部屋に入っていくと、本橋さんと乾さんがいた。
「すみましたか。お疲れさまです」
「話し合いはすんだんだけど、変ないきさつになっちまってさ……な、本橋?」
「そうなんだよ」
 深刻な話なのだろうか。これでは章や幸生に小言を言っている場合でもなくなって、三人して先輩たちの話に耳をかたむけた。
「シゲも途中までは聞いてただろ。では、そういうことでって結論が出そうになったから、シゲには退席してもらったんだよな」
「そのあとなんだよ。明日のための最終打ち合わせをしていた場所に、この村出身の県会議員だとかいうおじさんが入ってきてさ……」
 でっぷり太った中年男は言ったのだそうだ。
「温泉施設のオープニングイベントに出る歌手だな。男五人のコーラスグループ……きみらはダンスなんかはせんのだろ。いやいや、するんだったらしてもいいが、わしの姪を出してくれ。わしの姪は小学校の友達とダンスユニットってのを組んでいて、わしも見たことはあるんだが、なかなかにセンスのいい踊りをやるんだ。小学生三人、女の子ばかりのダンスユニットだよ。コーラスグループってんだったら、そういった歌もやるんだろ。男五人なんて色気も面白みもないだろうけど、女の子のダンスが加わると華やぐぞ。一曲だけだったら急に言ってもなんとかなるだろうし、やれよ」
 は、はあ? と本橋さんと乾さんは顔を見合わせ、イベントの責任者たちは、それはいいですなぁ、素晴らしい、などと賛成した。
「俺たち、立場弱いもんな。押し切られちまったよ」
「あとで女の子たちに会わなくちゃいけないんだから、一応は汗を流してこようか」
「あれ、シゲは風呂に行ったんじゃなかったのか?」
「いえ、着替えを取りに来ただけですから、一緒に行きましょう」
「そうだな。幸生と章は待ってろ」
 本橋さんが言って、立ち上がる。俺も急いでボストンバッグから着替えを取り出し、三人して風呂場へと歩き出す。この部屋からも見える広い中庭に露天風呂があって、幸生と章はそこに入ってきたのだそうだ。道々、乾さんが話してくれた。
「県会議員さんの姪ってのは、チキちゃんっていうんだそうだ。彼女は日曜日ごとに、母親に連れられて東京までダンスレッスンに行っている。本格的なんだよ。チキちゃんはダンスが大好きで、この村に帰ってきてからも友人たちとユニットのようなものを組んでるんだ」
「ユニットのようなもの、ようなもの、だよな」
「まあまあ、本橋、小学生なんだから」
 苦笑いして本橋さんを抑えてから、乾さんは続けた。
「そんな女の子だから、この村で暮らしてるのも不満なんだろうな。チキちゃんは東京に憧れている。東京から歌手が来るっていうのにも目を輝かせた。それで伯父さんにねだったんだよ」
「俺たちのバックダンサーやりたいって、小学生がなぁ」
「不本意ながらチキちゃんがこの村で暮らしているのは、お祖父さんが村の有力者だから、後継ぎのお父さんもここで暮らさざるを得ない。お母さんも満足はしてないらしいんだな。だからさ、チキちゃんがそんな派手なことをするのは、お母さんも大歓迎。お父さんとお祖父さんは黙認ってところかな」
 ほーっと息を吐いてから、本橋さんも言った。
「そんでな、歌も決められた。彼女たちが得意な歌なんだそうだ」
「俺たちもそれだったら歌えるから、あとで彼女たちと短時間でも合わせられたら大丈夫だろ」
「なんの歌ですか?」
「ダンスに夢中、レイフ・ギャレット」
「そりゃまた古い歌ですね」
「この村の年配の方々にも、そういったポップス好きなひとがいるみたいだよ」
「やったことのある曲だからまだしも、よかったよな」
 1970年代アメリカのアイドルシンガーの歌だ。今どき日本のアイドルグループの歌だったりするほうが、俺たちにはやりづらいから、たしかにまだしもかもしれない。
 脱衣場で服を脱いで風呂に入り、三人で「ダンスに夢中」を歌ってみる。ここのハーモニーは……と乾さんが提案し、それ、いいな、と話が流れていく。歌の雰囲気からしてもリードは幸生だな、ということになる。小学生のダンスユニットが踊ってくれるとは気が重いのだが、明日のステージは楽しみでもあった。
 

4・隆也

 県会議員の姪、村の有力者の孫、チキ、彼女とユニットを組むあとのふたりは、レイアとユナ。今どきの十二歳の少女としては、ありふれた名前だと思っておこう。
「あの子かな、チキって。綺麗な子だな」
「章、手を出すなよ」
「俺はロリコンじゃねえんだよ。おまえと一緒にするな、幸生」
 年少組が言い合っているところへ、ふたりの女の子が近づいてくる。すらりと背が高くて、章とだったら身長も近いような女の子がチキちゃんだろうと見当をつけたのだが。
「練習しにきたよ。チキちゃんもすぐに来るから待っててね」
「すると、きみは?」
「レイアでーす。この子がユナ。ふーん、お兄さんたちがフォレストシンガーズ?」
 デビューして一年の売れないシンガーズなんぞ、小学生が知っているはずもない。俺たちだってがっかりするはずもない。
「チキちゃんが来たら自己紹介するよ」
 バレリーナのような体格の少女がレイア、彼女はたしかに綺麗な子だ。もうひとりのユナも背が高く、レイアに比べれば平凡だが、このふたりだったらアイドルユニットとしてデビューさせたがる事務所もいそうだ。
 そこにもうひとりの女の子がやってくる。この子がチキ? 三人のうちではもっとも背が高いのだが、少々高すぎるような……それに、ダンスをするには重すぎる体型のような……瞬時のうちに、本人には絶対に言えないような感想が行き来した。
「じゃあ、俺たちも自己紹介します、三沢幸生でーす」
「木村章です」
「本庄繁之です」
「乾隆也です、はじめまして」
「リーダーの本橋真次郎です、よろしく」
 ふむふむと、チキはうなずいている。レイアとユナはつつきあって笑っている。大人の女性にならば社交辞令的お世辞も言うが、少女たちにはむしろ言いにくい。早速、歌とダンスを合わせようか、と本橋が言い、宿泊所の中にある一室に入っていった。
 多目的ホールとでも言うのか、三人の少女が踊り、五人の男が歌うにもほどよいスペースだ。カラオケの機材を用意してもらって、八人でリハーサルをした。
「ん?」
 視線を感じる。誰が見ているのかと俺も視線だけで探ってみると、ドアが開いて女性が入ってきた。明日の共演者といえばいえる、お笑いユニット、パドックのパックさんだ。
 パドックは男女ペアで、男性のほうは背が低くて相当に細い。章よりも小さいから、百五十センチ台で四十キロないのではないかと思われる体格だ。正反対の体格で売るお笑いコンビはよくあることで、パドックもそのタイプなのだった。
 すなわち、女性のパックさんは男性のアリマさんの二倍ほどありそうな巨体の持ち主だ。身長は倍はないだろうが、体重はあるかもしれない。
 見学していい? と言われたら断るべきだろうか、と本橋に視線で尋ねると、彼は困った顔になる。が、パックさんは質問もせずに部屋のうしろの椅子にかけ、審査員みたいに見学しはじめたのだから、俺たちには止めるタイミングも見つけられなかった。
 

5・真次郎

 身長で選んだのだろうか。ダンスユニットというのは全員が長身で、三人ならば三人の背丈がそろっているほうが美しいのは言うまでもない。
 鄙には稀な美少女と呼べるレイアと、身長は十分なユナ。このふたりを従えて踊るにはチキでは……と思うが、俺はなんにも言わない。おそらくはチキが選んだふたりなのだろうから、チキはダンスには自信があるのだろう。
「……背が高かったらいいってもんじゃないよね」
 冷笑のような憫笑のような口調で言っているのは、もうひとりの背の高い女、この女は大人だ。
「本橋くんって何年生まれ?」
「197×年ですよ」
「乾くんは?」
「乾は俺と同じ。シゲがひとつ下、幸生と章はふたつ下です」
「私と同い年だね。197×年会作ろうよ」
 プロ野球選手だったら何年生まれのなんとか会で野球教室を開き、子どもたちの指導をするというようなファンサービスがあるようだが、歌手とお笑いの俺たちが生まれ年同盟みたいなものを作ってどうする? 同い年なんだから仲良くしようよ、と言っていたパックを、適当に笑ってごまかしておいた。
 売れない歌手を見下す輩はごまんといる。てめえたちも売れていないのに、俺たちをさらに下に見たがる奴らもいて、うちの事務所のジャパンダックスなどはそういう手合いだ。
 パドックのふたりは俺たちを見下しはしなかったが、逆になれなれしくて辟易した。アリマのほうは同性だし、適度な距離感を保ってくれているので、頭のいい男なのだろうと思えたが、パックはどうも苦手だ。この女、乾が好きなのかな? また乾がもててるのか、つまらん。
 女に好かれたら悪い気がしないのが男だが、この女では……と思わなくもなく、そんな気分がおもてに出ないようにしなくてはならないから、パックが苦手なのかもしれない。
「おまえはそういう方面で彼女を見下すわけだ」
「そしたら、おまえはあの女に告白されたらどうするんだよ?」
「丁重にお断り申し上げます」
「そうだろうがよ」
 丁重でもなんでも、お断りするんだろうがよ、当然だよな、と思うような女だ。
「つきあってみたらいい女かもしれませんよ」
「そんならおまえがつきあえよ、幸生」
「俺だったら彼女が告白してくれるんだったら……いいかもな。考えてみますよ」
 守備範囲の広すぎる幸生はそう言っていたが、なにはともあれ、今はそのパックが低い声で、小学生たちのダンスに難癖をつけていた。
 正式にダンスを習っている十二歳が、村の少女たちと結成したユニットだ。レイアがアイドル並みの可愛い子だったせいで、俺もちらっと期待はした。が、期待はもろくも裏切られた。やはりダンスユニットは見た目も大切だ。
 美少女レイアはルックスはいいのだが、でくのぼうみたいだ。チキはまあまあ見られるが、どすどすどたどたしている。数合わせのためだけにいるようなユナは中途半端。
 正直なところ、俺の感想はそんなふうだ。
 けれど、彼女たちが俺たちのバックダンサーになって東京についてくるわけではない。そんな契約をしろと言われたら命がけで断るが、その場限りの座興だ。一曲だけのお遊びだ。どうにか目をつぶってやりすごそう。そのつもりで、歌とダンスがちぐはぐにならないようだけ合わせていた。
「悪いこと言わないから、やめときな」
 なのに、無関係なパックが顔を突っ込んできた。
「私も聞いたけど、チキってダンサーになりたいんだってね。それだったらまずはダイエットだな。それにさ、こんな下手くそと一緒にやってたんじゃ無意味だよ。無意味ってよりも害になるよ」
「ダイエットって、どの口が言ってんの?」
 空気が凍りそうな声音で言ったのはユナで、レイアはチキを見やってくすっと笑った。
「乾さん、このひとって誰?」
「明日、ステージに立つお笑いの、パドックってコンビのパックさんだよ」
「知らない。レイアとチキは知ってる?」
 問われたふたりは首を横に振り、ユナは言った。
「お笑いって太っててなんぼってのもあるのかもしれないけど、あんたにだけは言われたくないし。出てってくれないかな」
「……生意気な子だね」
「なんかね、息苦しくなっちゃうの。太った奴がいたら空気が薄くなるんじゃない? なになに、レイア?」
「あのね……」
 レイアがユナの耳元で囁き、ふたりしてくすくす笑う。パックは顔を赤くして、俺に言った。
「本橋くん、ダンスの見本をやってみせてよ」
「え? いや、俺たちはダンスってのは……俺たちの歌には特に振り付けもないから、この曲だって立って歌うだけで、ダンスは彼女たちに……」
「ええ? フォレストシンガーズってダンスしないの?」
「しないってか、できないの?」
「見たいよ。踊ってよ」
 もしかしてこれは、思春期の女の子特有の意地悪ってやつか。俺がよけいなことを言ったせいもあるのか、女の子たちが言い募る。敵対していたはずのパックまでが、ダンスもできないなんてかっこ悪い、とせせら笑う。困り果てていたら、幸生と章が同時に口を開いた。


6・繁之

「いいよ、幸生と俺が踊るから」
「お兄さんたちがお手本として踊ってあげるから、チキちゃん、レイアちゃん、ユナちゃん、よーく見て勉強するように。パックさんも見ててね」
 こっそり相談でもしていたのか。シゲも踊ろう、などと言われてていたら慌てふためくしかなかっただろうから、俺としては脱力しそうになった。
 三人の背の高い女の子たちと、パックさんがかたまって見ている。シビアな視線を注がれるだろうけど、幸生、章、大丈夫か? 不安も抱きつつ、本橋さんと乾さんと三人で、俺もダンスに注目した。

「I was made for dancin'
All all all all nightlong

I was made for dancin'
All all all all nightlong」

 軽快なメロディが流れてくると、乾さんが歌い出す。本橋さんと俺はハーモニーをつけ、幸生と章はディスコダンスみたいに踊り出す。
 ダンスのうまい下手は俺にはわからないが、少なくともチキちゃんたちよりは格段にレベルが上だ。まちがいなくリズムに合っている。俺たちの歌と一体化して、細くて少年じみた幸生と章の身体が舞い踊る。ぼーっと見ているだけだったとしたら、拍手したくなったかもしれない。
「かっこいいかも」
 呟いたのはパックさんで、小学生たちは、なんとなく不満げに口をとがらせていて、本橋さんが言った。
「俺たちもこれからはダンスも練習するけど、今のところは代表して幸生と章に踊ってもらった。チキちゃん、どう?」
「……いいんじゃないの? それよりさ、レイアとユナはさっき、なに言ってたの? 太った女がいると空気が薄くなるって。チキもいるからって言いたかったの?」
「言ってないよ」
「言ってない言ってない」
 顔の前で手を振りながらも、レイアとユナはにやにや笑っている。この三人、実は仲が良くないな、これではダンスの息も合わないよな、と思っていると、乾さんが俺のかわりに言ってくれた。
「明日、八人で歌って踊る。その一曲の間はきみたち三人と、俺たち五人は仲間だよ。仲間は気持ちをひとつにしないと、うまく行くものも行かないんだ。俺の言うことって若い子にはださいって言われるんだけど、そのつもりでやらないと、ステージは失敗するんだよ」
「乾さんは若くない……チキちゃんたちと較べたら若くはないですよね」
「まったくだよ、幸生。さ、続きをやろう。部外者の方は出ていって下さいね、悪しからず」
 さらっと言われたパックさんは思い切り不服そうな顔をしたが、女の子たちにまで口をそろえて、悪しからず!! と叫ばれては、どうしようもないようだった。 

 
7・幸生

 かっこいいダンスを披露したばっかりに、女の子たちに頼られてしまった。ダンスは幸生と章にまかせる、と先輩たちに一任されてしまって、そのあとは大変だったのだが、とにもかくにも恰好はついたのだからよしとしよう。
 小学生なのだから、彼女たちは八時には帰っていき、俺たちはようやく夕食にありつけた。空腹は最良の調味料である、と言うしかない食事だったが、シゲさんはもりもりばくばく食っていた。
「シゲさんがいちばん、運動量は少なかったんじゃない?」
「気を使ったから腹が減ったんだよ」
「俺は酒が飲みたいけど、今夜はビールだけにしておこうな」
「当然でしょ。明日は早くからリハーサルなんですから」
「あとでもう一度、風呂に入ろうぜ」
「いいですねぇ。乾さん、お背中をお流ししますよ」
「いらねぇよ」
「そんなつめたいこと言わないで……」
 わちゃわちゃ賑やかに食って飲んで、食事が終わるともう一度歌のおさらいをして、五人で入浴して部屋に戻ると夜具がのべられている。普段の地方旅よりも優遇されている。布団に入ってからもお喋りをする。まったくおまえたちはお喋り男だな、と言いたがる本橋さんだって、けっこう喋っていた。
「ガキのころの旅行か……夏休みには山にも海にも行ったよ。兄貴たちに海に放り込まれて、溺れそうになって泳ぎを覚えたとか、地面に落ちてる蝉は死んでるのかと思ってつついたら急に飛んで、びびって兄貴に笑われたとか」
「本橋さんの想い出話には、いっつも兄さんたちが出てきますね」
「そりゃそうだろ。本橋は兄さんたちに育てられたようなものなんだから」
 双生児で空手家で、七つも年上の兄さんたち、俺も会ったことはある、敬一郎さんと栄太郎さんのごつい体躯が浮かぶ。俺にそんなにも大きくて強い兄貴たちがいたら、可憐なユキちゃんには成長していなかったんじゃないだろうか。
「乾さんの想い出話は、おばあさんですよね」
「そうだよ。俺はあまり遠くへは連れてってもらわなかったけど、小学生の間は祖母と近場に行ったな。あれで忙しいばあさんだったから、泊りがけってのはなかったけどね」
「大学生になってからはひとり旅でしょ。どんなふうだったの?」
「……内緒」
「けちけち。ユキちゃんに話してよぉ」
「気持ちの悪い声を出すな」
 大きな手に肩を引き戻されて、ぽいっと突き放される。本橋さんったら、女の子に向かってひどいわ、ひどいわ、と泣き真似していると、シゲさんも言った。
「俺んちは酒屋だから、家族そろっての旅行はできなかったな。幸生はしただろ」
「それほどでもないかなぁ。だけど、旅暮らしって楽しいですよね。な、章?」
 おや? と乾さんが言い、みんなで端っこの布団を見つめた。
「章は寝てたんじゃなかったのか……」
 まず必ず真っ先に寝てしまう章の布団が空になっていた。喋っていたから気づかなかったのか。トイレにもいないようなので、探しにいくことにした。
 
 
8・章

 ぬーっと立ちふさがった大きな男……いや、このシルエットは女だ。悲鳴を上げそうになったのをからくもこらえて、俺は彼女を見上げた。ちょっとちょっと、こっちへ、と俺の腕をつかんだ女の声はパック……まあそうだろう。ここまで大きな女は他にはそうそういないはずだ。
「な、なん、なんですか」
「さっきのダンス、よかったよ」
「あ、ああ、どうも」
「なにをしに部屋から出てきたの?」
「いや、別に……」
 明日のためにはビールもあまり飲んではいけない。俺は酒には弱いのだから、明日に残ってはいけない。自制心を発揮して今夜は控えめにしておいた。五人で瓶ビールを三本空けただけだから、のんべの本橋さんやシゲさんもすこししか飲んでいなかった。
 しかし、ダンスまでやった歌の練習やら温泉やらで喉がからから。ビールのかわりにウーロン茶をがぶ飲みして、みんなで喋っている間にも尿意を催した。ふらふらと立っていったトイレの窓から見たススキと月の風景に引き寄せられて、外に出たのがまずかったらしい。
 庭には月やススキにはアンマッチな大きな石灯籠がある。石灯籠よりも大きな女にその陰に引っ張り込まれて、身体をすり寄せられた。
「私って背、高いじゃない?」
「ああ、そうですね」
「モデルになったらよかったのに、って言われるのよ」
「……はあ」
 体重を半分にしたら、ファッションモデルになれるかもしれない。化粧を上手にすれば、モデルは必ずしも美貌の持ち主でなくてもいいはずだ。
「服のセンスもいいからなんだろうね」
「ああ、そうですか」
「ダイナミックな服とか、似合うのよ。すこぉしぽっちゃりしてるのは、仕事のためだからしようがないの。スリムになっちゃうと仕事がもらえないからね」
 すこぉしぽっちゃりって……巨体だろ。仕事がもらえないって、もらえてるのか? 言いたいことは胸にしまって、俺はパックから身体を離そうと必死になっていた。
「この仕事は受けてよかった。他にも仕事の口はあったんだけど、これを選んで正解だったわね。章くんに会えたんだもの」
「……う」
「明日はステージがすんだら、打ち上げの宴会でしょ? どこかで時間を決めて落ち合わない?」
「……」
 げっ、と叫ばないようにするにも、努力が必要だった。
 ガキどもと練習していたときにあらわれたパックとは、態度も言葉遣いもちがいすぎる。彼女が漂わせている最悪のおぞましさは、色気か媚か。初秋の夜の怪談のようだった。
「そういうのはもう、ってか、ホラーは嫌いだし」
「ホラーがどうしたの? 章くん、照れないで」
「ああ、はい、はい、では」
「何時にする? あとでメールで相談しようか」
「俺、ケータイ持ってないから」
 ええ? 嘘ぉ、と言っているパックからなんとかかんとか身を遠ざけ、ダッシュで逃げた。常々ケータイがないと不自由だと感じているが、今は持っていないことを神に感謝していた。
「うわっ、ぎゃっ!!」
 無我夢中で走っていたものだから、またもや腕をつかまれて本気で悲鳴を上げた。落ち着けよ、と言われて見返すと、幸生の顔があった。
「なんだ、脅かすなよ」
「そっかぁ。乾さんかと思ってたけど。おまえだったとはね。よかったね、今度はむこうが告白してくれたんだから、うまく行きそうじゃん」
 今度は、と幸生が言うのは、夏には俺が告白してふられたからだ。
「俺のダンスがかっこよかったとか言ってたよ。おまえにすればよかったのに。幸生はあれでもいいんだろ。告白してこいよ」
「そこまでじゃないし……ってか、乙女の純情をもてあそんじゃいけないし」
「誰が乙女だっ?!」
 まあまあ、と囁いてから、幸生は俺を注視の上にも注視し、それからぷっと吹いた。
「ああいう大柄な女性は、おまえみたいなのがタイプなんだよな」
「おまえも見た目は似たようなものなのに……」
「セシリアさんも……なんでもない」
 沖縄でのイベントで、フォレストシンガーズが前座をつとめた人気シンガーのセシリアさんのことを言いたいのか? 彼女にも口説かれたのだが、俺をおもちゃにしたいと言ったので断った。おもちゃ扱いされるのであっても、パックよりはましか? と考えかけて頭を振る。
 なにやら言いかけたものの、言葉を切った幸生がまたしても俺を見つめる。俺は今しがたの最悪の余韻を振り払うために言った。
「明日の打ち上げの間は、ずっと俺のそばにいてくれよな」
「あらーん、ユキちゃんったら、章ちゃんに告白されちゃった。いいわよ、ユキちゃんが章ちゃんを守って、あ・げ・る」
「薄気味の悪い言い方を……」
 するな、と言いたいところなのだが、幸生の薄気味悪さのほうが耐えられる。女芝居をしている幸生以上に不気味な女がこの世にいるとは、パックって気の毒すぎる? いいや、そこまで思うのは俺だけだ。幸生よりはパックがいいと思う男もいるはずだから、妙な同情はやめよう。

END




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