ショートストーリィ(しりとり小説)

92「九月の雨」

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しりとり小説92

「九月の雨」

 
 同級生の女の子たちは、アイドルグループの男の子たちにきゃあきゃあ騒いでいた。中学生だとクラスメイトは男の子と女の子に分かれて敵対して、同い年の女の子なんて、男の子なんてださいのばっかり、とせせら笑い、そのくせ、隠れてつきあっているカップルもいたようだ。

「春奈は誰のファン?」
「私はジャンピングジャックフラッシュが好き」
「それってグループの名前?」
「そうだよ。私はギターの泉沢達巳が好きなの。ファンっていうよりも……」

 ファンっていうよりも、なんだろ? と頭をひねっている春奈のそばから、そんなの知らないな、と呟きながらの友達は離れていった。

 私は普通の女の子とはちがうんだ、アイドルなんかは好きにならない。音楽をやるひとはアーティストとも呼ばれるんだから、歌だとか楽器だとかが上手でなくてはいけない。アイドルみたいに顔だけよくて歌は下手な奴らなんて嫌い。

 その実、春奈は泉沢達巳のルックスも好きだったのだが、私は音楽をわかっている、泉沢達巳のギターが好きなんだ、ミーハーファンじゃないんだ、との矜持を胸に抱いていた。

 中学生のときにも高校生のときにも、春奈は泉沢達巳ファンだった。ジャンピングジャックフラッシュはじきに解散してしまい、時には海外のロックバンドに目移りしたりしたものの、春奈の考えるかっこいいアーティストとは泉沢達巳だったのだ。

 高校を卒業してフリーターになって、アルバイトも長続きしなくて替わったりもしているうちに二十代になったころ、春奈は求人情報誌で短期アルバイト募集の記事を見つけた。

「音楽の好きな、二十代、三十代の屈強な方が活躍しています」

 昨今、求人には性別で差別するのは禁止という条項があるようだ。年齢差別も厳禁だから、求人側は苦肉の策を講じる。活躍している、とはすなわち、二十代、三十代募集ということだ。屈強な方、というのは、男性募集なのだろう。

 求人側はそのつもりでも、面接を受けにいくのは自由である。不合格でもともとの気分で、春奈はそのアルバイトに応募した。名も知らぬ名前の会社だったのだが、面接会場に行ってみていささか驚いた。

「え? ここの仕事ってジャンピングジャックフラッシュの事務所?」
「そうだよ。ジャンピングジャックフラッシュはとうに解散したけど、泉沢さんはここの事務所に所属してるんだ」

 アルバイト募集記事を出したのは人材派遣会社で、求めているのは新人ロックバンドのライヴの裏方だ。力仕事と使い走りが主な、要するに雑用係。音楽事務所が人材派遣会社に依頼しての募集であった。

 ただ、音楽が好きな方、に反応しただけで、ロックバンド「スカイパワーズ」と泉沢達巳は無関係といえばいえる。それでも、わずかでも泉沢達巳と関わりのある仕事ができるのならば、と春奈は本気になった。

「女性はねぇ……」
「男性に限るとは書いてなかったし、私は力がありますから、音楽も大好きですから」
「うーん、まあ、あなたは力持ちそうではあるよね」

 渋っていたようではあるが、春奈が必死でアピールしたのと、意外に応募してきた者が少なかったらしいのが幸いした。音楽は好きでも肉体労働はいやだ、と考える若者が多かったのだろう。春奈は採用になった。
 
「この仕事はきついよね」
「きついわりには給料安いし、俺、やめよっかな」
「春奈ぁ、これも運んでくれよ」

 五人のアルバイターのうち、女は春奈ひとり。残り四人の男たちはぼやいてばかりいる。東京各地のライヴハウスやごく小さなホールで行われるライヴのための準備、特に力仕事担当の仲間たちは、一生懸命働いている春奈にばかり仕事を押しつけてきた。

「あれ? 女の子もこんな仕事、やってんの」
「あ、え……はい」

 お、泉沢だ、と仲間の男たちが後ろで言い合っている。泉沢達巳本人に声をかけられた春奈は硬直してしまって、まともな言葉を発せなくなった。
 十年以上も憧れていた泉沢達巳だ。ロックバンドのメンバーだったころよりも大人になって、生で見るのははじめての彼は最高にかっこよかった。

「かなりの重労働みたいだな。女の子には大変だろうけど、がんばれよ。うん、きみだったら筋肉もあるから頼りになりそうだ」
「あ、う、はい」

 にっこりして泉沢が行ってしまう。泉沢達巳に会えた。彼が私に話しかけてくれた。彼は私に好意をもってくれたんだ。優しくしてくれた。笑ってくれた。

「スカイパワーズってのはこの事務所イチオシの新人なんだけど、ライヴにあまり客が入らないらしいんだな。なんとかしなくちゃってんで、力強い助っ人を呼んできたんだよ。今夜からは泉沢さんがバックでギターを弾くらしいぜ」
「スカイパワーズの奴らは俺たちとなんか口をきく気もないみたいなのに、泉沢さんって気さくだな」
「女の子がいるせいかも?」
「春奈に? ああ、そうかもな」

 仲間のひとりが泉沢達巳の情報を持ってきて、他の四人もそんな話をして笑っていた。春奈がいるから泉沢達巳が声をかけた。きっと私のことを好きになったんだ。

「がんばってるか。こら、おまえら、女の子にばかり働かせてさぼるなよ」
「俺たちもやってますよぉ」
「泉沢さん、春奈がお気に入りなんですか」
「春奈ちゃんっていうのか。よく働く力持ちの女の子は好きだよ」

 やっぱり。好きって言った。好きだと言われた。
 その言葉だけしか春奈の心には残らない。泉沢も含めた五人の男がこそこそ言って、げらげら笑っているのももはや聞いてもいなかった。

 名前も覚えてくれた。彼は私を好きだと言った。春奈ちゃん、俺はきみが好きだよ、って。春奈の気持ちの中では、泉沢達巳に交際を申し込まれたことになった。
 けれど、一日に一度、彼がアルバイトたちの仕事場に顔を出して雑談をしていても、春奈は参加できない。ただただ泉沢に熱い視線を注ぎ、目が合って笑いかけられると頬が熱くなって逃げ出すしかなくなってしまうのだった。

「春奈ちゃんって純情だな」
「そりゃ、もてない女だろうからさ」
「おいおい、おまえ、それは失礼だろ」
「けど、見るからに……」
「まあな……だろうけどさ」

 そこまで話しては、男五人で笑う。会話の内容は春奈の頭にはほとんど残らず、泉沢さんが私に会いにきてくれた、純情だと言ってくれた、といった部分だけが記憶にとどまっていた。

 平均して一週間に三度ほどの仕事だ。親の家で暮らしているのでそれだけのバイト料でも小遣いにはなる。最初はもうひとつのアルバイトを見つけるつもりだったのだが、泉沢達巳に交際してくれと言われたものだから、そんな時間はなくなってしまった。

 仕事中はカジュアルな服装で、汗をかくからメイクもできない。もともと春奈はファッションにも化粧にも興味はなかったが、泉沢達巳とつきあうならそうは言っていられない。
 バイトがない日にはデパートめぐりをして、服やコスメを買った。店員さんたちも優しくて、お似合いですよ、綺麗だわ、可愛い、と褒めそやしてくれた。

「これじゃバイト料、なくなっちゃうね。だけど、泉沢さんはデートしたらおごってくれるんだから、服や化粧品は自分で買わなくちゃ。私はそんなにあつかましくないんだから」

 本当はもっと買いたいけれど、我慢しよう。泉沢さんがプロポーズしてくれて、彼のフィアンセになったら、このファッションや化粧はみすぼらしいかもしれないけど、今はまだいいよね。
 実際には一度もデートはしていないのだが、なんの予定もないときにジャンピングジャックフラッシュや泉沢達巳の音楽を聴いたりしていると、十分にデート気分に浸れていた。

「ご苦労さん、きみらもよく働いてくれたね」

 情報通の仲間によると、派遣のアルバイトが打ち上げに呼んでもらえたのも、泉沢達巳が口を添えてくれたからだという。春奈がいてくれたおかげだよ、と言ってくれた彼に、春奈は微笑んでみせた。

「おー、春奈、色っぽくなったな」
「気持ちワル……嘘だよ」
「失礼なこと言うなよ」
「嘘だって言ってるだろ」

 四人のバイト仲間はやけに豪快に笑った。
 そして、今夜は打ち上げの夜だ。泉沢がバックでギターを弾いたからといっても、ライヴの観客動員数ははかばかしくなかったらしい。バイト仲間たちと春奈は隅のほうでひそやかに飲んでいて、春奈は泉沢を気にしていた。

「元気出せ、おまえらはこれからだ。いい曲を書けよ。おまえには才能はあるんだから」
「才能だけで売れる世界じゃないでしょ」
「それはそうだけど、そんなことを言ってたら永遠に売れないよ」

 スカイパワーズのギタリストと話している泉沢を見つめていると、彼が視線に気づいてくれた。

「春奈ちゃん、お疲れさん」
「あ、はい」
「泉沢さん、ケータイの電話番号、教えてもらえます?」

 あいかわらず泉沢と向き合うとまともに口がきけなくなる春奈の横から、スカイパワーズのギタリスト、キッペイとかいう名の彼が言った。泉沢は彼のケータイとケータイで通信してナンバーを送ったらしい。それをすませると誰かに呼ばれて行ってしまった。

「おー、行くよ。ちょっとあんた、これ、見てて」
「ああ、いいですよ」

 テーブルにケータイを置きっぱなしにして、キッペイもどこかに行ってしまう。そういえば私、泉沢さんのケータイナンバーを知らない。そんなだと困るよね、泉沢さんは教えてくれるのを忘れているだけで、改めて尋ねるのも変だろうから、このケータイで見よう。

 そんな理屈をつけて、晴海はキッペイのケータイを操作した。泉沢達巳と名付けられたフォルダの中には、泉沢のケータイナンバーとアドレス、住所、マンション名までが入っていた。

 その夜でアルバイトの契約も終了したが、泉沢からの連絡はない。どうしてだろう? と考えて、春奈は気づいた。そうだ、私も泉沢さんにケータイナンバーやメールアドレスを知らせていない。それでは連絡があるはずないじゃないか。

「もしもし……」
「誰?」
「知らない電話番号の電話に出たら駄目だよ、達巳」
「いや、仕事の電話かもしれないだろ。あ、こら」

 あ、こら、の声が途切れる。達巳と名前を呼んでいた女が切ってしまったのだろう。
 ためらいにためらった末、ようやく電話をかけたのに、誰? って、もしもし、だけじゃわからなかった? きちんと喋ればよかった。
 
 あの女こそ誰? 泉沢さんにはこんな時間に一緒にすごす女がいるの? 頭の中がかーっとなってきて、春奈はバッグをつかんで九月の街に飛び出した。
  

「車のワイパー透かして見てた 
 都会にうず巻くイリュミネーション 
 くちびる噛みしめタクシーの中で 
 あなたの住所をポツリと告げた 

 September rain rain 九月の雨は冷たくて 
 September rain rain 思い出にさえ沁みている 
 愛はこんなに辛いものなら 
 私ひとりで生きてゆけない 
 September rain 九月の雨は冷たくて」

 乗ったタクシーのカーオーディオから、こんな歌が流れてくる。ひとりで聴いていると泣いてしまいそうだった。

「ガラスを飛び去る公園通り 
 あなたと座った椅子も濡れてる 
 さっきの電話で あなたの肩の 
 近くで笑った女は誰なの?

 September rain rain 九月の雨の静けさが 
 September rain rain 髪のしずくをふるわせる 
 愛がこんなに悲しいのなら 
 あなたの腕にたどりつけない 
 September rain 九月の雨の静けさが」

 止めて下さい、と呟くと、タクシーがブレーキをかけた。

「こんなところで降りるんですか。雨が降ってきましたよ」
「いいんです」
「ま、お客さん、丈夫そうだしね」

 あんな仕事をしてますます筋肉がついたけど、泉沢さんは言ってくれた。力持ちでよく働く女の子は好きだって。そんな私だから好きになってくれて、つきあってほしいって告白してくれたのよ。他に女がいたとしても、あっちが浮気相手。

 自分に言い聞かせながらタクシーから降りる。だけど……そうだったのかなぁ。泉沢さん、私につきあってほしいって言った? いかにももてなさそうな女だって、バイト仲間たちと一緒に笑ってたんじゃなかった?
 
 中学生のときからファンだった泉沢達巳の、私はただのファンではなくて……の夢がかないそうな錯覚を起こしていただけ? なんだかわからなくなっちゃった。私、夢を見てたのかな。寒いな。
 昼間は暑かったのに夜の雨はつめたくて、春奈の冷えかけた心をなおさら凍てつかせていった。

次は「め」です。


「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
フォレストシンガーズストーリィの脇役、泉沢達巳に恋した女の子、春奈です。
ストーカー心理に近いかな?





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~ Comment ~

NoTitle

夏が終わりますね。。
雨にも冷たさを感じるのが9月の雨。
それを感じさせるような小説です。

LandMさんへ

いつもコメントありがとうございます。
そうですねー、あっという間に夏も終わりですね。

今年の八月は大阪も猛暑日がほとんどなくて、変な夏でしたが、夏は大嫌いな私でも、晩夏はちょっと寂しいと感じます。
しりとりで「九月の雨」がここに出てきたのは偶然なのですけど、時期的にはタイムリーでしたよね。
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