ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS楽器物語「ヴィオラ・ダ・ブラッチョ」

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フォレストシンガーズ

「ヴィオラ・ダ・ブラッチョ」

 
 中国楽器のグーチェンが専門だという妹の話をしながら、ジェイミーが俺のヴィオラを取り上げた。
 姉がふたり、妹がふたりいるグラブダブドリブのジェイミーは、両親もクラシックの音楽家、姉妹も別々の楽器を演奏するという音楽家一家のひとり息子だ。

「うちの母はヴィオラ奏者だよ」
「母親がヴィオラ奏者だっていうんだったら、うちのおふくろはミシン掛けが上手だよ。ガキのころには俺はおふくろの縫った半ズボンを穿かされてたけど、俺はミシン掛けなんてできないもんね」

 ふむふむ、そうか、と言いながら、ジェイミーがヴィオラを抱いた。俺よりは三十センチ近くも背が高く、筋骨隆々のライオンみたいなイギリス男に抱かれると、ヴィオラが小さく見える。

 クラシックには反感を抱いていた俺でも、チェロ、ヴァイオリン、ヴィオラぐらいだったら知っている。今年のクリスマスコンサートでフォレストシンガーズが弦楽五重奏をやると決まって、章はヴィオラを弾けと言われたときにも、なんとなくはイメージできた。

 ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスのうちで、ヴィオラとヴァイオリンは持ち運びのできる大きさだ。俺はヴィオラ担当だと決められたので、持って歩いて暇ができると練習している。今日は単独仕事で待ち時間も多いだろうから、持ってきたのだった。

「乾さんが買ってくれたんだよ。乾さんと俺はギターは好きだから、ヴァイオリンやヴィオラは似たようなもんだろって言われるんだけど、似てねぇっての。この間、五人で音合わせをしたら、ギターはいちばん下手な幸生がまだしも一番小ましな音を出してたよ。あいつ、器用だからね……ジェイミー、嘘だろ。あんたは楽器は得意じゃないって言ってたけど……ピアノは弾けるんだったよな。ギターも弾けるんだよな。ヴァイオリンもか、ヴィオラまで……この嘘つき。やってたんだろ」
「いいや」

 涼しい顔でジェイミーはヴィオラを弾く。俺がはじめてこの楽器に取り組んだときには鋸引きみたいな音しか出せなかったが、ジェイミーの奏法は本格的だった。

「無伴奏ヴィオラのための奇想曲「パガニーニへのオマージュ」だ」
「そんなのは俺は知らないから、タイトルなんか聞いてねえんだよ」
「ま、我が家には楽器はごろごろころがってたから、遊びでだったら弾いたことはあるよ。ヴィオラは母の専門なんだからいじったことはあるけど、粗末に扱うと叱り飛ばされるから、むしろあまり触れなかったはずだな」

 遊びだのいじったのだと言っている奴が、こんなにも達者なのか? 天才ってのは本当にいるものなのだ。
 てめえでてめえを天才だと言ってのけるジェイミーの、歌の才能は天賦のものだと言える。悔しいが、俺とはレベルが違う。体格も声の質もちがう。俺はひたすらに高い細めの声だが、ジェイミーは基本バリトンで、高いほうへも低いほうへも声域が広い。

 六オクターブだとか言っているのははったりだろうが、四オクターブだったら事実かもしれない。俺のハイトーンも無理をしたら四オクターブは……無理かな。

 歌唱力のほうは認めざるを得ないが、ジェイミーときたらまともに弾いたこともないヴィオラまでを……弦楽器の天才でもあるのか。そういえばジェイミーのピアノは本橋さんに遜色なかったし、ギターは俺よりもうまいし。不公平だ、神はもっと才能を平等に配分すべきだ。

 ぼやいている俺にはかまわず、ジェイミーがヴィオラを弾く。
 単独仕事でやってきたラジオ局の別のスタジオに、ジェイミーも来ていると聞いて訪ねてみた。単発番組に中根悠介と沢崎司と、ジェイミーの三人が出演するのだそうで、中根、沢崎を待っていると言うから雑談していたら、こんななりゆきになった。

「おー、ジェイミー、早かったな」
「よ、章も来てたのか」

 その昔、俺がロックバンドのヴォーカリストだったころに、グラブダブドリブのドルフもアマチュアガールズバンドのドラマーだった。ドルフとは当時からの縁だが、今日は来ないらしい。中根悠介と沢崎司……俺にとっては憧れのミュージシャンだから、フルネームで呼びたくなるふたりが入ってきた。

「ヴィオラか。なんでこんなものがここにある?」
「いい音だな。貸して」

 ヴィオラがジェイミーの手から中根悠介にと渡る。彼はギターを弾くように、グラブダブドリブの持ち歌をひとくさり弾いてみせる。どれ、俺も、と言って沢崎司もヴィオラを弾いた。エリック・クラプトンの「レイラ」のイントロだ。この野郎、遊んでんじゃねえんだよ。

 乾さんだってヴァイオリンには大苦戦していたのに、なんだってこいつらは、こいつらはっ!! へヴィメタシャウトがしたくなってきた。

 ある程度ギターの弾ける者は、ピックでの奏法がしみついているのだと本橋さんが言っていた。なので、ギターになじんでいる乾さんと俺は苦労して、ギターは下手な幸生は器用さも手伝ってじきにそこそこ上達した。そのでんでいくと、プロのベーシスト沢崎司や、日本有数の凄腕ギタリスト中根悠介には、ヴィオラは弾きこなせないのではないのか。

 それがなんだよ、おもちゃみたいに扱って、いい音を出しやがって。悔しいやら憎らしいやらうらやましいやら、俺にとってはグラブダブドリブという存在自体がそうなのだが、ヴィオラに関しても同じ感情が湧きおこっていた。

 ほとんど呆然としている俺をほったらかして、ジェイミーが説明している。俺がなぜヴィオラを持ち歩いているのか、の話を聞いた沢崎司が言った。

「章の腕はどんなもんだ。おまえもギタリストでもあるんだろ」
「俺のギターについて、チカから聞いてないの?」
「聞いてるよ。チカは毒舌家だから、そんなに信じてないけどな」
「……信じていいから」

 ドルフとともに女の子ロックバンドをやっていた加西チカは、俺のギターの先生でもある。チカがグラブダブドリブの面々に俺をなんと評しているか、想像しなくてもわかるってものだ。

 いやだ、弾きたくない、ガキみたいに駄々をこねようとしていたら、グラブダブドリブさーん、出番ですよ、との声が外から聴こえた。ヴィオラを俺に返して三人が出ていく。彼らの前で弾かなくてすんだのはほっとしたが、頭にくる。

 こんなもん、蹴飛ばしてへし折ってやりたい。乾さんが買ってくれたものをぶっこわしたら、二十代のころのように叱られるのだろうか。弁償すりゃいいんだろ!! と怒鳴って金を叩き返すなんて、三十過ぎた俺にはできっこないが。

 心とは裏腹に、手は大切にヴィオラを扱っている。やわらかな布で拭いてケースにしまって、ヴィオラをぶら下げて俺も楽屋から出ていく。

「この悔しさをバネにして上達すればいいんだよな」

 いや、ジェイミーも中根悠介も沢崎司も、俺に対して無礼を働いたのでもなんでもない。悪口も言われていないし、下手くそ、と嘲笑われたのでもない。俺の腕を披露していないのだから、彼らもそうはできなかったのだ。

 したがって、俺が悔しがる必要もないのだが、俺としては侮辱に感じたのだからどうしようもない。悔しくて悔しくて悔しくて、ヴィオラがうまくなるように特訓しようと心に誓った。

「……あ、木村です。今日はお時間はありますか? 突然で悪いんですけど、お邪魔してもいいですか。はい、練習したいんです。ここからだったら一時間もかかりませんよ。先生はご自宅ですか。では、そちらのほうに、よろしくお願いします」

 なんだって俺がヴィオラなんかやらなきゃいけねえんだよ、そんな暇があったらギターの練習をしたいぜ、作曲したいぜ、と思っていたのだが、こうなったらレッスンをつけてくれる先生のもとに頻繁に通おう。
 負けず嫌いは本橋さんには負ける。身体も小さいし非力だしで、そういうジャンルで負けてもしようがないかと思わなくもない。だが、こと音楽だけは。

 音楽に関しては絶対に負けたくない。あいつらを見返してやる。別に侮辱されたわけでもないのだが、今に見ていろ、ジェイミー、沢崎、中根。俺は絶対に音楽では誰にも負けない!!


END








 
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~ Comment ~

NoTitle

ふふ。アキちゃん、スイッチ入っちゃいましたかね。
意外なところで、ジェイミーのみならず、悠介や司とも共演?
あ、ラジオ局で会ったのね。
読み進めながらドキドキしてしまいました。

いや、アキちゃん、今回は三対一で負けそうだったね。
次回はシンちゃんと乾さんと、みんなも連れてきてフェアにしよう。
うん。ステージでの対バンを見たいなあ・・・

NoTitle

負けたくないという心も大切ですね。。。
最近は歳をとったかな。。。色々なことを受け入れる年齢になりましたね。
それはそれで駄目なのか。
戦った方がいいのか。
まだ、私の年齢では戦うべきですね。
そういうことを教えてくれます。

けいさんへ

コメントありがとうございます。

こと音楽に関してだけは、他のことではぐだぐだの章もたぎります。
まあ、たまにはいいですよね。

けいさんはグラブダブドリブも読んで下さってるんですよね。
章ひとりでジェイミーと悠介と司に対抗するっていうのが無理があるのです。
幸生だったら、むしろ彼らを脱力させて、おまえにはお手上げだよだとか言われて、わーい、勝った!! ガッツポーズ!! だったりするのですが。

中島らもさんは楽器を作るのが好きで、自作の弦楽器を持って上田正樹氏の楽屋を訪ねたそうです。
「これ、作ってん。ええやろ。そやけどむずかしいてなかなか弾きこなされへん」
と、自慢半分ぼやき半分で言ったら、
上田正樹氏と、そこにいた憂歌団の木村充揮氏が、ふーん、ちょっと貸して、と言ってさらさらさらーと見事に弾いたと。

原点はそのエピソードでした。

グラブダブドリブとフォレストシンガーズの対バンですか。
きっと章がひがんでしまって、勝負にならないと思います。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

人間、負けるのが好きなひとってあまりいないと思うのですよね。
負けず嫌いが普通だろうと思うのですが、あまりに過剰なのも困ったものかもしれません。

私は阪神ファンなのですが、負け慣れしてしまっていますので、阪神に関してだけは、大事な時期になると負けるのね、らしいよね、と達観しています。
他のことではけっこう負けず嫌いなのですが。
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