別小説

ガラスの靴16

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ガラスの靴

     16・味方


 そんなことで悩むんだ、ごく平凡な出来事だと思えるけど……僕はアンヌと一緒に、戸田くんが語るのを真面目に聴いていた。

「僕は高校中退だよ。アンヌさんは大学中退、専門学校卒で、笙くんは高卒後に専門学校も卒業してるよね。それでも学歴はないっていうんだから、僕の学歴はなに? マイナス? 対して彼女のほうはお嬢さま大学を出てる。家も裕福で家柄もよくて、美人でプロポーションもいい。アンヌさんも彼女を知ってるんでしょ?」
「知ってるよ」

 高校中退だとはいうが、戸田くんはゲームクリエイターだ。ゲーム好きで学校をさぼってばかりいたのだそうだが、そのおかげで才能を認められて今の会社に誘われた。

「だけど、給料だって安い。僕は別にルックスがいいわけでもないし、将来性があるわけでもないよ」
「戸田って長男だっけ?」
「いや、次男だけど……そんなの関係あるの? 笙くんは長男なんだろ」
「笙は特別」

 アンヌの田舎のように辺鄙で偏頗な土地ならいざ知らず、今どきの都会で長男がどうとかって、と僕は思うが、僕はたしかに特別なのかもしれない。

 結婚するとなると絶対に長男はいやっ!! という女性が、アンヌの業界にだっている。そもそも最近は子どもの数が少ないのだから、長男長女のほうが多数派のはずで、それにこだわって婚期を逃す女性もいるとかいないとか。どこの土地だよ、いつの時代だよ、ではあるのだが。

 いつの時代でもどこの都会でも、親のことを考えれば長男はノー? 僕だって長男でひとり息子だが、アンヌと結婚するときには親の将来なんかひとかけらも考えなかった。父はどうなのか知らないが、母は僕をアンヌに嫁にやったと考えているふしがあるから、アンヌのほうを「嫁」だとは意識していないだろう。

 だから、僕は特別だとアンヌが言うのは納得できる。戸田くんは恋人の由実さんについて、つらつらと語り続けていた。

「彼女は二十六なんだから、焦る必要もないだろ。今どき、女性の初婚年齢は二十九歳が平均だっていうんだからさ」
「できちゃったんでもないんだよな?」
「できてないよ」
「ふーん……なんだろね」

 お金持ちのお嬢さまがゲームクリエイターに惹かれ、自分の世界にはいない人種の彼の恋人になりたいと思うのは珍しくないのかもしれない。由実さんに迫られた戸田くんは、軽い気持ちで彼女とつきあうようになった。

「彼女のほうも遊びなんだろうと思ってたんだけど、意外に堅いんだ。外泊禁止、門限は十一時、旅行には女友達とだって行ってはいけない、そんな窮屈なお嬢さま暮らしだから、僕みたいな軽い奴に惹かれたのかな。そんな女性と僕がつきあえるんだろうかって思ったんだけど、彼女は僕に真心を捧げてくれた。身体は捧げてくれないんだけど、心をくれるほうがずーっと感激だったんだな」

 ふむふむ、とアンヌも真面目にうなずいた。

 今日はアンヌと胡弓と僕が三人で暮らしているマンションでのホームパーティだ。僕はパーティが好きなのだが、主夫の立場なのでそうそうは行かれない。つまんないな、とすねてみたら、うちでやったらいいだろ、とアンヌが言ってくれた。

 三歳の胡弓は今夜はおばあちゃんちでお泊りだ。部屋数はけっこうたくさんあるので、お客さんたちはそれぞれに好き勝手やっている。アンヌと僕がキッチンでこのあとの段取りについて話をしていたら、戸田くんが入ってきたのだった。

 彼の恋人の由実さんには、アンヌは会ったことがあるらしい。一流企業勤務の若いキャリアウーマンだそうで、僕には縁のない人種だ。二十六歳でキャリアウーマンっていうの? キャリアって五年くらいで身につくもの? という素朴な疑問はあるが、一流企業なんてテレビCMでしか知らないのだから、僕は口を出さずにおこう。

 仕事の関係で知り合った由実さんと、戸田くんがつきあうようになった。一度、親に会ってほしいと言われて、どうせ僕なんかが相手じゃ結婚を反対されるんだろうな、と諦めながらも、由実さんの頼みを聞いた。

「ところが、大歓迎だったんだよ」
「よかったじゃん」
「いいのかなぁ。僕はプロポーズしたわけじゃないんだけど、すっかりそんな話になってて、不出来な娘ですけどよろしく、なんて挨拶されたんだ」
「ゲームを作ってるって最新の仕事っぽくて、親からしたらよっぽどすげぇ奴だと思われたんじゃない?」
「……ってか、うさんくさく思われるとしか思えない」
「なんだよ、卑屈だな」

 そんなお嬢さまがどうしてアンヌと知り合いなのかといえば、由実さんの会社のCMソングを、アンヌのバンド「桃源郷」が作ったからだそうだ。

「それって、その女、怪しくないか」
「吉丸、いきなりよけいなことを言うな」

 いつの間に来ていたのか、アンヌのバンドのドラマーである吉丸さんが、にやにやと言った。

「たしかに、おまえって好条件の男ではないわな」
「はあ、まあね」
「ロッカーよりはいいんじゃないのか?」
「ミュージシャンなんてのは、ある種の人間にはもてるけど、堅気じゃないだろ。アンヌのヨメだって俺のヨメだって、まともな男じゃないわな」

 男がヨメ……と戸田くんは呟き、アンヌと僕はうなずいた。
 さきほども考えた通りで、僕はアンヌの夫というよりもお嫁さんっぽい。吉丸さんは男だが、事実上の嫁がいる。その嫁は男だ。戸田くんも知っているのだが、言葉をかみ砕かないと消化しにくいのかもしれない。

「それはいいんだよ。アンヌだって俺だって納得してるんだから。だけどさ、まともな人間がアンヌなり俺なりと結婚するって言ったら、親は嘆くだろ。戸田と大事なひとり娘が結婚するって言い出したら、それに近いほどに親は反対しそうだよな」
「僕も、だと思います」
「婿養子に入るのか?」
「いえ。由実さんがお嫁に来てくれるって」
「そうするとますます……」

 腕を組んで考え深げに、吉丸さんは言った。

「その女、ワケアリだぜ」
「ワケアリって? 僕はそんなことは聞いてませんよ」
「言うわけねえだろうが。おまえが知らないだけだよ」
「……たとえばどんなわけが?」
「そうだなぁ」

 いっそう考え込んでから、吉丸さんは戸田くんの耳に口を寄せた。監禁……レイプ……輪姦……妊娠……とぎれとぎれに吉丸さんの声が聴こえ、戸田くんは青ざめて、そんな、あり得ない、そんなそんな……そんなぁ、と呻き声を上げていた。

「わけありってなぁ、吉丸、てめえ、勝手な揣摩臆測でものを言うな」
「あるかもしれないだろ?」
「てめえがいい加減な男だからって、よその女の子までがそうだって言うなよ」
「いや、俺は由実ちゃんが被害者じゃないかって言ってるんだぜ」

 しかめっ面で煙草を吸っていたアンヌは、灰皿を引き寄せて吸殻をぎゅうぎゅうもみ消した。

「失礼にもほどがあるだろ。被害者だとか言って、そういう邪悪な想像を楽しんでるんだろうが」
「楽しんではいないよ。おまえ、俺の台詞が聞こえたのか」
「ちょっとだけ聞こえたのと、てめえの表情でわかるんだよ。ポルノ映画じゃねえっての」
「しかし、きっとわけはあるだろうが」
「黙れ!!」

 ばーんっ!! とテーブルを叩いたアンヌの剣幕に吉丸さんは黙り込み、僕は凛々しいアンヌに惚れ直した。

「アンヌはえらく由実ちゃんの肩を持つんだな」
「そりゃあさ、あたしは女の味方だもん」
「……アンヌさんがそう言ってくれて、僕も吹っ切れたよ」

 吉丸さんは不満げだったが、戸田くんの表情は晴れやかになっていた。

「僕がコンプレックスを抱きすぎてたんだ。告白してくれたのは由実さんなんだし、自然に結婚になだれ込んでしまいそうでためらってたんだけど、縁があったからこうなったんだよね。由実さんは僕を愛してくれている。僕も由実さんが好きだ。シンプルに考えたらいいんですよね」

 そうそう、とアンヌは満足そうに同意し、ま、勝手にしろ、と吉丸さんはうそぶいた。

「戸田と由実、結婚するって決めたらしいよ」
「そうなんだ。結婚式に呼ばれたの?」
「結婚式はむこうの親の意向でおごそかに、上流家庭らしくやるみたいだから、ロッカーはシャットアウトだろ」

 あのパーティで聞いた戸田さんと由実さん。僕は由実さんについてはまったく知らない。戸田さんの話でしか知らなくて、会ったこともないひとだ。戸田さんだって平素は関わりのないひとだから忘れていたのだが、結婚式の話を聞いて思い出した。

「アンヌは由実さんに肩入れしていたんだよね」
「ふふん」
「……なーんか意味ありげ。ほんとはワケアリ?」
「笙、他言したらぶっ殺すぞ」

 い、い、い、言わないよ、とあとずさる。こんなときのアンヌの顔は迫力に満ち満ちていて怖いのだが、かっこよくもあった。

「あの女、すっげぇ盛んだったんだよ」
「由実さんが? だって、門限十一時のお嬢さまでしょ?」
「親と口裏を合わせて、お嬢さまぶりっこしてるだけさ」
「……」

 大学生だった由実さんがライヴハウスに出入りしていて、そのころにアンヌと知り合った。吉丸さんとアンヌは当時はつきあいはなかったので、吉丸さんは大人になってからの由実さんしか知らない。
 ロックバンド好きだった由実さんは、女性ロッカーたちに取り入ったり、男性ロッカーと遊んだりとものすごくはじけていた。アンヌは詳しくは言わなかったが、およその見当はつこうってものだ。

「若いときに適当に遊んでても口をぬぐって、堅い男と結婚する女はよくいるよ。あるいは、あたしみたいにそんなのもひっくるめて好きだって言う、笙みたいな奴と結婚するとかさ」
「うん、僕はアンヌのすべてが好きだよ」
「知ってる」
「うん」

 全部を聞かなくてもわかるような気がするのだが、とりあえず続きを聞いた。

「けど、由実は親にばれちまったんだな。あの子がお嬢さまだってのはほんとだから、親は真っ青になっちまったんだ。由実はお嬢さまとしての立場も捨てたくなかったし、いつまでもそうやって奔放に遊んでいたくもなかったから、親の出した条件を受け入れ、親も娘を許して受け入れたってわけ」

 夜の街で跳ね回っている遊び人の中には、お嬢さまもけっこういるのだそうだ。

「外泊禁止だとか門限十一時だとかってのも、そのときに決めた約束だよ。由実が遊びたおしていたのなんて、黙ってりゃ男にはわからないんだろうけど、親は引け目に感じてるんだろうね。戸田は自分で言うよりはいい男だけど、お嬢さまと結婚できるほどのステイタスはない。それでも親としたら、そこそこの男とそんな娘が結婚できるのは大歓迎だったんじゃないかな」

 ふーーん、と僕も唸った。

「吉丸さんは知らないのに、近いこと言ってたよね」
「被害者として、だったから、逆だけどさ。由実は加害者だもんな」
「……加害者なんだ。こわっ」
「吉丸のは野性の勘ってやつだろ。てめえもろくでもないことしまくってるからね」

 あなたもでしょ、とは言う必要はない。
 
「ああ、だからか」
「……なにが?」
「いいんだ。アンヌ、ベッドに行こうよ」
「いいよ」

 要するに、あなたもでしょ、だからこそ、アンヌは由実さんの肩を持ったのか。遊び人女性同士のシンパシーなのかもしれない。これでアンヌは妙に常識的なところもあるから、由実さんがまともな男と結婚してまともな主婦になるのを奨励したいのかもしれない。

 大丈夫なのかな、由実さん? 僕みたいにまともなシュフとして揺らめかずにいられるのかな、とは思うが。

 それにしたって、そんな大切なことを僕にだけは話してくれるんだから、アンヌは僕を信頼してくれているのだろう。これも愛の証だよね、と思うと、なんだかうっとりしてきた。

つづく





 
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~ Comment ~

NoTitle

むかし散々遊んで自由を謳歌してたって、やっぱりある年齢になって、結婚という制約を結べば、それなりに責任をもって行動するはず・・・ですよね。
きっと由美さんも、心配いらないと思います。

でも、なんだかんだいって、このアンヌと笙はラブラブなのですよね。
周りのいろいろな人たちの話を聞きながらも、自分たちの愛情を確認し合ってるような感じで。
ごちそうさま感が漂うおはなしでした^^

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limeさんへ

いつもコメントありがとうございます。

思い切り遊んでおいたら、結婚してからは落ち着く場合もありますよね。
特に女性は子供ができたら、遊んでなんかいられないし。
そうこうしているうちにはおばさんになって、遊び相手もいなくなるし。

アンヌと笙はお互い、時々よろっ、ふらっと変なことを考えたり、変なことをしそうになったりするんですが、基本的には愛し合っているのかなぁ。
彼らにも子供がいますからね。

それから、使用許可をいただいてありがとうございます。
あのイラスト、すごく好きなのですよ。
マコトとポチとユキの大冒険、ただしプロローグ。
近いうちにアップできたらいいなぁと思っています。
またお知らせにいきますね。

NoTitle

大袈裟に言えば今時の若い男女のサンプル見ているようで
毎回楽しみにしています。
アンヌと笙は回を追うごとに、私の好感度は上がっていくので
自分でも不思議です。
大きな広い視野で物事は見つめなくては、と頭の固い私が
少しづつほぐれてきているのかも。

danさんへ

コメントありがとうございます。
いつも言っております通り、私は若くありませんので、若い人々を描くいてもズレテるんじゃないかなぁ、ととても心配なのですが、できる限りがんばります。
がんばっているというのじゃなくて、楽しんでるんですけどね。

この夫婦に好感度がアップ、なんて言ってもらえるとうれしいです。
このふたり、倫理観なさすぎ、大嫌い!! と言ってもらえるのも嬉しいです。
ふーん、こんなのどうでもいいわ、と言われるよりは、なにかしら感じてもらって、怒ったり共感してもらえたりするのって、本当に嬉しいですものね。
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