ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「た」

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フォレストシンガーズ

「たけくらべ」

 約束をドタキャンされて、ひとりで歩いていた。むこうから来る男性が私をじーっと見ている。ナンパしたいの? もしも今となりに本橋くんが歩いていて、そう言ったとしたら……うぬぼれるな、誰がおまえをナンパするんだよ? だろうか。そもそも本橋くんと一緒に歩いていたら、誰もナンパなんかして来ないだろうけど。

「あの」
「……」

 無視して通り過ぎようとしたのだが、目が合ってしまった。

「モデルになりませんか?」
「はあ? 私が?」
「ええ、お願いします」

 話を聞いてみたら、なるほど納得、だったのだが、私は仕事がある。それでもなんだか、モデルになってと言われたのは嬉しくなくもなくて、翌日、みんなの前で披露した。

「モデルって背が高くないとできないんじゃないんですか」
「山田、おまえ、そんな誘いを真に受けたのか。だまされるぞ」
「美江子さんだったらモデルってのもできなくもないでしょ」
「スーパーマーケットのバーゲンチラシ用モデルってのもあるよね」

 上から、幸生くん、本橋くん、シゲくん、章くんの台詞だ。各々の性格があらわれている。乾くんは言った。

「章の言う通り、モデルってのにもいろいろあるよね。カットモデルとか?」
「ああ、美容院の? それだったら俺も近いことはやってますよ」
「幸生くんは鬼塚さんのカットモデルだよね。乾くん、そう素早く言い当てないで。本橋くんやシゲくんは本気にしかけていたのに」

 してねぇよ、と本橋くん、カットモデルって……ああ、髪の毛のカット? とシゲくん。私は言った。

「ヘアカットじゃないんだ。ネイルのモデル」
「ネイルって爪か?」
「そうよ。ネイルアートってけっこう流行ってるの。昨日私を勧誘した男性は、ネイルサロンの従業員だったのね。あなたの手も指も爪もとても綺麗だから、爪は短くてもつけ爪ってのもあるんだから……って熱心に誘われたのよ。私はあんまりネイルなんてやらないから気持ちは動いたんだけどね。どうかした、乾くん?」
「いえ、どうもしませんよ」

 ネイルと聞いて乾くんの表情が微妙に複雑そうになった。もしかしたらネイルサロン勤務の彼女でもいるのだろうか。本橋くんは、ふーん、爪ね、と気のない様子で言い、ところで、とシゲくんに声をかけてふたりでどこかに行ってしまった。

「それだったらだまされるってこともないだろうけど、そっか、やってみたら楽しかったかもしれないね」
「そう。やりたかったな」
「俺もやりたいかも。章だったらやったこと、あるんだろ」
「黒のネイルを塗ったことはあるよ」
「前に章と話したよな。本橋が寝てる間に爪を染めてやったらどうするだろって」
「ああ、ありましたね」

 爪の話題が繰り広げられている間、どうも乾くんは平常通りのクールな表情をしていなかった。これはたぶん女がらみよね、とは思ったのだが、追及はしないのが仁義であろう。

「乾さんは雑誌のモデル、やりましたよね」
「あれはミュージシャンのファッション拝見って感じで、モデルってのでもないだろ」
「だけど、乾さんが選ばれたってのは……」
「やっぱ身長かな」
「身長だけだったらリーダーのほうが高いんだけど、リーダーはほら、あれだから」

 あれ、とは、センスがよくない、だ。本橋くんは背も高くて骨格や筋肉もしっかりした男性的な体格をしている。顔は普通というよりもいかついほうだけど、プロポーションがいいので七難隠しているタイプだ。
 センスがよくない自覚もあり、ファッションに興味がないのもありなのだが、乾くんがファッション雑誌の着こなし拝見コーナーに選ばれたときには、本橋くんはちょっとだけひがんでいたようだ。

「あの写真、かっこよかったよな」
「そっかな。ほら、章、言ったじゃん」
「あん? ああ、言ってたか。だけど、俺たちがそういう配慮をしても無駄だよ」
「世の中の女がほっとかないもんな」
「言ったってなにを?」

 ふたりして知らんぷりをしている、言ったじゃん、の内容を私は知っている。
 かつて幸生くんが言っていた。

「乾さんはセンスもよくてかっこいいんだから、外見を褒めたら図に乗って手がつけられなくなるんですよ。自分ではかっこよくないと思ってるみたいだから、そう思わせておきましょう」

 たしかに、俺はかっこいい大人の男になりたい、と乾くんは言っていて、けっこうかっこいいよ、とは私は言ってあげなかったのだった。

「背が高いっていいよなぁ」
「章んちはお父さんもお母さんも小さいんだろ。俺んちは母ちゃんと妹たちは小さいけど、親父はわりと背が高いのにな。なんで親父に似なかったんだろ」
「性格もお母さんに似たんだよな」
「うむむ……そうだろうか」
「うちの弟はなんか背が高くなってるらしくて……会いたくないな」

 ひとつ年下、三つ年下、と妹がふたりいる幸生くん。雅美、輝美の兄にそっくり姉妹には私も会ったことがある。お母さんにもお会いしたことはあって、まちがいなくそっくり母と子だった。
 十二歳年下の弟がいる章くん。彼は稚内のご両親とも弟とも疎遠になっているので、弟の龍くんに会ったことはない。章くんでさえ十年近くも会っていないのだそうだ。

「ま、シゲさんくらいあったらね……」
「美江子さんは女性だから、そのくらいで十分だよね」
「身長の話はやめようぜ」
「おまえがはじめたんだろ、章」
「おまえだろうが」

 身長について悩んだ覚えは一度もない私は、子どものころから中肉中背だった。乾くんは本橋くんとシゲくんのところに寄っていき、章くんと幸生くんは身長話になっている。
 中背、やや細いかな? 程度の私と、章くんの身長はほぼ同じ。幸生くんは若干高い。あとの三人は170センチ台なので、男性としては身長がコンプレックスなのはわかる気もしていた。

「けど、俺のほうが高いもん」
「ほんのちょっとだろ」
「ほんのちょっとだって、高いのはまぎれもない事実だよ。ちょっとだけ低いよりもいいだろ」
「……くそ」

 舌打ちをする章くん、ふふふーん、と鼻をうごめかせている幸生くん。なんの話ですかぁ? と先輩たちのいるほうへ近寄っていこうとした幸生くんの腰に、章くんがタックルした。

「うわっ!! 卑怯者っ!!」
「油断してるほうが悪いんだよっ!!」
「こら、やめなさい。本橋くん、止めてよ」
「多少だったらやらしとけ」
「それよりもミエちゃん、これを見て」

 三十歳近いいい大人が、スタジオのフロアで取っ組み合ってごろんごろん。日常茶飯事なのだから、本橋くんも乾くんもシゲくんもなんとも思っていないらしい。
 昔は私もやきもきしたけど、もはやたいしてなんとも思っていない。
 結局は私はこうやって、五人の仲間たちとわいわいやってるのがいいんだな。モデルをやりませんか? なんて話はどこかに消えてしまって、スタジオの中には日常の空気が流れていた。


MIE/29歳/END







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~ Comment ~

NoTitle

・・・身長に拘ったことはないですねえ。
確かにもう少しあったら・・・というのは思いますが。
それよりもメンタルがもう少し強くなれればなあ。
と思うことの方が多いですね。
私の場合は。

しかし、現実身長が低いとコンプレックスにはなるでしょうね。
深刻な問題になるとは思うので。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。
LandMさんはどのくらいの身長でいらっしゃるのでしょうね。
昨今、女性も高身長のほうが高評価みたいですし、小柄な男性が可愛いという評価もありますが。

それでもやっぱり、アイドルの男の子なんかでも、もっと背が高くなりたかった、って言いますものね。
男性にとっての自分の身長は、とても気になるものなんだなぁと思います。
もちろん、背は低くてもメンタルが強いほうが、逆よりもいいですけどね。
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