ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS楽器物語「帆影のギター」

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フォレストシンガーズ

「帆影のギター」


 バーテンダーとしての腕もよくて、女性客には俺に対するよりは愛想もいいから、頼まれるとカクテルを作る。そんな技能もあるのだと知ったマスターに頼んでみた。

「俺にもカクテル、作って」
「あんたはウィスキー飲んでたらええやろが」
「それが客に対する態度か。頼んでるんやから作ったらえいきに」

 ふん、というような無愛想な返事をして、マスターがカウンターにショートグラスを置いた。
 ここは神戸港を望むバー、「Drunken sea gull」。むこうのほうに男客がひとりいるだけで、俺はいつもと同じにカウンター席にかけてマスターと向き合っている。
 神戸に住むようになってからは常連になったので、マスターは俺をまともに客扱いしていない。なんて名前のカクテル? と尋ねてみた。

「あんたは名前で酒を飲むんか」
「訊いてるだけやろ。いややったら教えてくれんでもえいがや」
「……スモーキー・マティーニ」
「ほお、かっこいい名前だな」

 レモンの香り、ジンとウィスキーの味のする、アルコール度数の高そうなカクテルだ。本橋さんと幸生は酒は辛口に限ると言う。シゲはアルコールだったらなんでもいいようで、章はビール好き。乾さんにはワインが似合う。

 このカクテルは本橋さんだったら気に入るだろう。俺は基本的にはシンプルな日本酒とウィスキーが好きだが、シゲと同じで酒だったらなんでもいいところもある。まな板に向かって包丁を使っているマスターに言った。

「辛口だよな。もっと辛い酒もあるのか?」
「唐辛子を使うとか?」
「唐辛子のカクテル? そんなんあるんか?」
「作れんことはないで。唐辛子のカクテルに名前をつけるとしたら、ヒデさんやったらなににする? 曲を作ったらタイトルをつけるんやろ」
「ほんなら、唐辛子カクテルを作ってくれ。それを見て考えるから」

 スモーキー・マティーニを飲み干すと、かわりに唐辛子カクテルが出てきた。透明な液体の中に七味唐辛子が浮き沈みしている。他にもピールとやらが入っているらしく、見た目はカラフルで美しい。俺はグラスを手に取り、軽く揺らしつつ考えた。

「このカクテルのつまみには、大福餅がいいな」
「和菓子はうちには置いとらんな」
「金つばもいいな。小豆のお菓子が合いそうだ。乾さんのお父さんの店から、和菓子を取り寄せたらどうや?」
「乾さんのお父さんて、和菓子屋さんか」
「そうだよ。俺は行ったことはないんだけど……」

 恋人の三津葉が、取材のために行ってきたと聞いた。金沢の「翠月堂」という老舗の和菓子屋。乾さんは俺とはまったくちがう氏育ちだから、俺とはまったくキャラのちがう男になったのだろうか。

「冬の花火……」
「そのカクテルの名前か? ありきたりやな」
「そうだなぁ。ここに金粉も混ぜて、寿ぐ、なんて名前もよくないか?」
「正月っぽさはあるかな」

 真面目にでもなくカクテルの名前について話していると、むこうの席の男が立ってきた。長身でがっしりした紺のジャケットの男が、ここ、いいですか? と俺に問いかけた。

「ああ、どうぞ。唐辛子カクテル、飲んでみられますか」
「いや、それもいいんですけど、ヒデさんって、失礼ですけどフォレストシンガーズの? 乾さんというお名前も聞こえましたので……」
「俺はフォレストシンガーズのもとメンバーってだけで、フォレストシンガーズのヒデではありませんけどね」

 ブログでフォレストシンガーズネタをやっているのもあり、この店をネタにしているのもあり、フォレストシンガーズが売れてきたのもありで、ここにいると見知らぬひとに声をかけられることもある。ヒデさんのファンなんです、と女性に言われて顔がゆるんでしまって、マスターに横目で見られたりもした。

「でも、フォレストシンガーズのアルバムに歌を……」
「たまぁに俺が作曲した歌、入れてもらってますけどね……」
「失礼しました。申し遅れました。俺は……」

 あなたは? 名乗れ、とでも言いたい顔をしていたのだろうか。俺は目が鋭いと言われるし、機嫌が悪いと怖そうだとも言われるので、咎めるような目でもして彼を焦らせたのかもしれない。
 名刺を取り出そうとしているらしき彼を見返して考える。どこかで見た顔だな。誰だっけ? 体格のいい男……スポーツ選手か。関西在住のスポーツ選手はけっこういるが。

「あっ!! わかりました。言ってもいいのかな」
「他にはお客はいませんし、だからこそ俺もヒデさんに声をかけたんですよ。言って下さい」
「……目加田投手?」
「当たりです」

 フランチャイズを関西に置くプロ野球チームのピッチャーだ。シゲや俺がファンであるチームとはリーグはちがうのだが、プロ野球好きならば彼の顔と名前は一致するのではないだろうか。マスターも知っているようだった。

「その唐辛子カクテル、俺にも作って下さい」
「これはシャレでやってるんやけど、飲むんですか?」
「味見してみたいな」
「物好きな方やな」

 苦笑しながら、マスターが唐辛子カクテルを作る。俺としては飲む気にもならなくて、名前をつけてもこんなもの、誰も注文しないだろうな、と笑っているしかなかった。
 そうして知り合った目加田投手と、野球の話をする。話をするというよりも、中堅選手としての彼の話を聞かせてもらっていた。

 一時は酒と女以外に好きなものなどなかったが、昔からの趣味が復活している。ひとつは音楽、ひとつは野球。ヒデもフォレストシンガーズのファンのつどいで野球をやらないか? とシゲに誘われたのは断ったが、野球は見るのもやるのも好きだ。

「それでね、あつかましいお願いなんですけど、俺にテーマソングを作ってもらえませんか」
「俺が?」
「俺、フォレストシンガーズのファンなんですよ。このお店に入ってきたのも、ヒデさんのブログを読んだからです。ここにいたらフォレストシンガーズの誰かに会えるかな、一回目でそんなのは無理かなと思ったんだけど、会えたんだから、あつかましいですけど……」

 そう言ってもらえるのは嬉しいが、戸惑いもあった。
 フォレストシンガーズのアルバムに俺の書いた曲を収録してもらってからは、彼らの事務所の社長に、小笠原くんもシンガーとしてデビューしないかと打診されたりもした。むろん断ったが、それからは時たま、社長つながりなのか、曲を書けとの依頼を受ける。

 二、三、依頼を引き受けて臨時収入を得たのはありがたいが、素人同然の俺がそんな仕事をしていいのか、との当惑はつきまとう。一流選手といっていいピッチャーからの依頼を俺の一存で受けていいのか。とはいえ、どこかの事務所に所属しているわけでもないのだから、本橋さんや乾さんに相談したとしても、おまえが決めろよ、と笑われるだろうが。

「フォレストシンガーズの歌はバラード、ラヴソング、ダンスミュージックやR&Bが主でしょ。俺がピッチャーズマウンドに上がるときのテーマ曲なんだから、勇壮で軽快で元気なのがいいんですよね。ヒデさんが書いた曲ってわりとセンチメンタルな感じですけど、勇ましいのも書けるんでしょ」
「……よう知っとってやな。目加田さんの今のテーマソングって、マスターは知ってる?」

 黙ってギターを出してきたマスターが弾いたのは、聴いたことはあるけど知らないな、といった曲だった。近頃流行りの若い歌手の歌だそうで、マスターはそんなのも知っているのかと俺は驚いた。

「なんていうのかな……ほら、帆影が見えるでしょ」
「帆影ってのは船の影ですよね」
「遠くを横切っていくのが見えますよ」

 言われてみれば窓の外、遠く遠くに神戸の海を行く帆影が見えていた。

「あのイメージが好きなんだな。あんなふうな曲を書いてほしいんです。もちろん、報酬は支払いますよ。おいくらぐらいですかね」
「それはまあ、引き受けてからの相談ってことで……帆影か。マイナーコードのイメージやな。マスター、なんか弾いてみて」
「マスター、ギターがお上手なんですね」

 鼻先で返事をして、マスターがギターを弾く。今度の曲は「赤い帆影」、石原裕次郎である。まったく、レパートリーの豊富なおっさんだ。

「いいなぁ。マスターが作って下さるってのもいいですね」
「それ、えいぜよ。マスター、やってみたら?」
「俺には作曲はできん」

 にべもなく言って、マスターが次々にギターを弾く。海の歌、船の歌、旅の歌、ちびっとなめてみた唐辛子カクテルは飲めたしろものでもなかったが、マスターのギターは最高だ。

 ふいに視界をかすめる帆影、神戸の港のバーで聴くこなれて枯れたおっさんのギター。俺には悩ましい依頼ももらってはいるのだが、ひとときはなにもかも忘れて、この空気に身をゆだねていたい。俺も船に乗って旅に出たくなってきた。

END








 
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~ Comment ~

NoTitle

あかねさんの一人称は、本当に途中まで誰の視点なのか分からないから、いろいろ推理してしまいます。
章かな? とおもったけど、ヒデさんでしたか。

ヒデさん、フォレストシンガーズに曲も書いてるんですね。
ブログでフォレストの事もいろいろ書いてるみたいなのに、デビューの話は断ったんですね。歌手に憧れてるわけではないのか・・。
やっぱり彼らの仲間で居たいのかな・・・。

この目加田っていう選手、うーん、なんかちょっと、厚かましい感じ。
そんな簡単に曲を書いたりしませんよねえ、ヒデさん。
そう言うお願いは、もっと仲良くなってからじゃないと。

フォレストシンガーズの面々は、有名人だけどこんな偉そうな感じにはならない様な気がしますね。
偉ぶってる有名人は、嫌いなのだ><

limeさんへ

いつもコメントありがとうございます。

一人称にすると、これは誰? となることは多いですよね。
わざと誰なのかあいまいなままにしたりもしますが、わからないと苛立ったりする場合もあるでしょうか。

今回は「ヒデさん」と出てくるのが25行目。
私としましても、どこでタイミングよく語り手の名前を出せるか、悩んでしまいまして……申し訳ありません。

ヒデはひがみっぽかった時期に(ひがみっぽくなりがちな性格は、章とヒデの共通点なんですよね)は、音楽は嫌い、歌は下手、ギターなんか弾けない、作曲なんかとは無縁だと言っていたのですが。
実は大好きなんですよね。
かっこつけだから、歌手に憧れはしても、今さら……そんな、なれるもんやったらなりたいなんてかっこ悪いきに、とぱかりに意地を張っているわけです。

でも、作曲は大好きですから、頼まれるといやとは言わない。実は嬉しくてたまらない。
といったところですので、今回も喜んでいます。

私もえらそうな有名人は嫌いです。
あなたたちはファンあってこそでしょ、っていつも思っています。
そこらへんは、フォレストシンガーズはわかってるつもりです。

NoTitle

カクテルに金つばかあ。。。
渋い。私よりも渋いような。
人の好みはそれぞれ。
ここは日本ですから、原点に戻って和に戻るのも酒の嗜みか。。。

LandMさんへ2

こちらにもありがとうございます。

本当の酒飲みは、塩で一升とか言いますね。
甘いのと辛いのの両刀遣いもいますよね。
私はお酒は飲めるほうですが、金つばで唐辛子入りカクテルってのは遠慮したいです。

ヒデはけっこう甘いのも好きで、お酒も大好きです。
彼はダイエットに励んでますので、ほんとはアルコールもお菓子も大敵なんですけどねーー。
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