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FS2014・八月「ふたりの愛ランド」

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FS八月ストーリィ

「ふたりの愛ランド」

1・繁之27

 たった今のおのれが置かれている状況を考えると、じーんとしてしまう。俺が、この俺が、女性とふたりきりで南の島にいる。水着姿で、愛する女性とふたりきりだ。

「シゲさん、女と旅行したことないってほんと?」
「シゲさんだったらありそうだけど、ほんとにほんと?」
「まあ、新婚旅行ってのは恋人と行く旅行とはちがうんだろうけどね」
「成田離婚とかにならないように気をつけて」
「成田離婚……いつの時代の流行語だよ。章の言葉のチョイスって二十世紀なんだよな」
「チョイスって言葉だって古いだろ」

 独身の章と幸生はやっかみ半分のような心配をしていたが、新婚旅行の経験のない奴らには言われたくないのである。
 
「結婚ってのはいいものかもしれないけど、俺はまだひとりの女に縛られたくないな」
「……こういうタイプは、つかまえた女を結婚という名の鎖で縛りつけておくべきなんだろうけどさ」
「こっちも縛られるんだぜ」

 薔薇の鎖で、愛の鎖であなたを……だとか歌っていた幸生と章は、そこからは別の話題に移っていった。
 事実、俺は本当の本当に女性と旅行をしたことがない。海外旅行だって仕事以外では経験がない。社会人になってから時間があれば小さな旅行はしたが、ランニング旅だったり登山だったりして、情緒も浪漫もなかった。

 新婚旅行にはロマンティックは必要だろうか。俺、そういうのが大の苦手なんだけど。いや、恭子もロマンティックは照れる性格だから。いや、恭子のそれはポーズであって、実は甘いのも望んでいるのだろうか。
 いやいや、あれこれ考えると頭が変になる。俺は俺のやれる範囲でやろう。

「恭子……その水着……」
「シゲちゃんは水泳パンツ姿もたくましいね。泳ぎは上手なんでしょ」
「ああ、俺は歌と水泳とランニングには自信があるよ」
「泳ごう」
「おー」

 甘い台詞のひとつふたつ、水着が可愛いとか綺麗だとか言わなくちゃ。だけど、口が強張っちまいそうだな。なんて思っていたら、恭子がはじき飛ばしてくれた。これだから俺は恭子が大好きだ。ベストパートナーってのは、恭子と俺みたいなのを言うんだ、きっと。


2・章20

「夏が噂してるわ あなたのことを
 ピンボールみたいで 気がおけないの
 小麦色に灼けてる おまえのせいさ
 風のない都会を 忘れてみないか

 瞳にはパッションブルー
 めぐり逢う その瞬間に
 きっと 生まれかわれる
 燃えて 燃えて 夏泥棒」

どれにしようかな、神さまの言う通り。
 しかし、どれでもいいってわけではない。俺よりも背が低くて細くて、胸は大きすぎず小さすぎず、ウェストがきゅっとくびれて尻が丸くて可愛くて、腕や脚はすんなり。もちろん顔だって、気の強そうな美人がいい。

 大学を中退してロックバンドのヴォーカリストになり、親からの仕送りは途絶えて自立して生きている身としては、つらいこともきついこともいっぱいある。そんな俺に神さまがくれたひとときのプレゼント。海辺には可愛い女の子がいっぱいだ。

 この中からひとりを選んで一夜だけのカップルになる。俺はジギーの章。このあたりの女の子たちの中では垂涎の的たるロッカーのはずだ。だから、俺が声をかければ断る子なんかいない。真夏のロックイベントでジギーの章にナンパされて寝たんだよ、と、勲章のように思うはずだ。

 だから、選ぶのは俺。どれにしようかな、章さまの好み通り。

 
3・隆也26

 去年の今ごろ、夏の島に彼女とふたりで旅をした。愛し合っていたつもりなのは俺の錯覚だったのか。私は仕事をしたい、隆也くんは仕事の邪魔になるの、と言って、彼女は俺を捨てて去っていった。

「夏 夏 ナツ ナツ ココ 夏
 愛 愛 アイ アイ 愛ランド
 ふたり夢をかなえてる

 夏 夏 ナツ ナツ ココ 夏
 愛 愛 アイ アイ 愛ランド
 翔んで 夏 シマシタ」

 歌手になりたいという夢はかなえた。まだまるっきり売れてもいないけど、「まだ」売れていないのであって、いずれは成功したいのが次の段階の夢だ。
 イギリス文学の研究家として大家になりたい、それが彼女の夢だった。

 この歌の「ふたり夢をかなえてる」は恋愛方面なのだろうが、今の俺たちには恋よりも大切なものがあるんだから。ずっとずっと大切なものがあるんだから、恋愛にばかりうつつをぬかしてる時期ではないのだから、別の夢を夏の海風に乗せてみた。
 

4・幸生23


 意味深な歌詞だなぁ。

「誰もいない渚へ 誘われたなら
 水着の跡さえ あなたしだいね」

 デュエットしたいな、と誘われて、軽い気持ちでマイクを持って彼女とふたり、ステージに上った。彼女はセクシーなまなざしで俺を見下ろす。見上げてくれたほうが嬉しいのだが、彼女のほうが背が高いので致し方ない。俺も同じくらいセクシーな視線で彼女を見つめ返し、続きを歌った。

「熱い波に ことばを預けてごらん
 太陽に手が届く 時間がやってくる」

 真夏のイベントでやってきた海辺の町だ。我々はデビューしてから一年にも満たない新米シンガーで、まるで売れてはいないので、彼女にはプロの歌手だとも思われていないのかもしれない。

「吹きぬけるサザンウインド
 大切なときめきに
 夏が教えてくれた
 愛の響き 聞かせたい」

 すごーく歌のうまい大柄な彼女とのデュエットを終えて席に戻り、乾杯してから名乗り合った。

「ユキちゃんっていうのね。私よりも年下でしょ?」
「同じ年くらいじゃない、セーラさん? 俺より年上なんだとしたら若く見えるよね」
「お世辞が上手ね」

 大柄な身体に見合って、彼女は声も俺よりも太い。歳のころなら俺よりも十、もしかしたらもっと年上かもしれないが、女性にお世辞を言うのは男の義務だ。

「セーラさん、歌が上手だね」
「ユキちゃんもうまいわ。変わった声よね」
「いつもそう言われます」
「なんだか女の子の声みたい。甘くて高いキャンディヴォイスよね」
「それって褒めてくれてるんでしょ。ありがとう」
「……好きになりそう」

 本当のところは四十歳くらいか。仕事でやってきた町のカラオケ酒場で知り合った、うんと年上のゆきずりのひと、彼女は店の従業員。たまにはそんなのもいいかなぁ。乾さんや本橋さんに知られたら叱られるだろうか。ばれなかったらいいのかな。葛藤していると、セーラさんが俺の手を取って胸元に導いた。

「へ?」
「もしかしたら気がついてないんじゃないかと思ったのよね。帰っていいわよ」
「あ、はい、おいくらですか」

 言われた通りの金額を払い、ごめんなさい、とセーラさんに頭を下げて外に出た。入るときには「カラオケ」しか確認しなかった店名の横に小さく、「美少年酒場」とある。ううう、セーラさんよりは俺のほうが美少年に近いよ。
 女性の許容範囲はきわめて広い俺だが、見た目は女性だが実はちがう、という人物とベッドをともにするのは無理だ。なんだかどーっと疲れてしまって、サザンウィンドに吹かれながらひとりで歩いていった。
 

5・真次郎29

 おーい、本橋さーん、シンちゃーん、リーダー、だなどと呼んでいるのはうちのメンバーではない。山田美江子ではない女の声だ。山田美江子? 今回はマネージャーは同行していないのだから、山田が俺を呼ぶわけがないではないか。

「はいはい、お呼びですか」
「きゃー、本橋さんが来てくれた」
「きゃっ、どうしよっ!!」
「呼びませんでしたか?」

 ファンのつどいで訪れた夏の島だ。フォレストシンガーズにはかなり昔からファンクラブがあるのだが、充実してきたのは最近のことで、ファンのつどいも時おり行うようになった。

 ライヴだったらまだしも、ハイキングや旅行となると申し込みがあるのだろうか、と危ぶんでいた時期もあったが、最近は抽選する必要があるほどに応募してきて下さる。今年は南の島への一泊旅行で、俺たちはファンのみなさまのしもべとなり、できる限りのご要望にお応えするのがつとめなのである。

「呼びましたーっ」
「そうですよね。では、ご用を承ります」
「なんでもいいんですか」
「なんでもってわけにも……言ってみて下さい」
「キスは?」

 いたずらっぽく言った女性は、こらこらこらっ、と友人に怒られてはたかれたりしている。俺としても苦笑いしているしかない。そうしているとひとりの女性が言った。

「私たち、女声合唱サークルの仲間なんです」
「フォレストシンガーズのみなさんに会いたいってのもあったんだけど、一緒に歌いたいなって」
「本橋さん、バスで加わって下さいな」
「バスですか。では、シゲの代理としてベースマンをつとめましょう」

 きゃーーっ!! と大歓声、拍手。俺も気持ちよく歌わせてもらった。

「Love Love ラヴラヴ Love Me Do
 You You ユーユー Sexy 優
 ふたり 夢をかなえてる

 Love Love ラヴラヴ Love Me Do
 You You ユーユー Sexy 優
 翔んで 夏シマシタ」

 ふたりの愛ランド、そんなタイトルの歌だけど、俺はふたりではなく、大勢の女性たちに囲まれている。こんな島でふたりきりになりたい女がいないわけでもないが、こうしているほうが平和なのはまぎれもなかった。

END






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