ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS楽器物語「金管ブラザーズ」

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フォレストシンガーズ


「金管ブラザーズ」

 新曲は三沢幸生作詞、本橋真次郎作曲「水面に揺れて」。ノスタルジックなア・カペラバージョンで、チャールストンの香りのするジャズっぽいナンバーだ。
 
 我々は歌で売っているグループだが、プロモやライヴステージで楽器を披露することもある。俺はガキのころからピアノをやっているのだから、そちらは一応、まともにできるということで、今回はナシ。五人で金管楽器をやることした。

 黒い襟のスーツに黒い蝶ネクタイ姿で、プロモのために五人で金管楽器に挑戦している。ホルン、トランペット、トロンボーン、チューバ、ユーフォニアム。でかいほうのユーフォニアムを俺が、チューバはシゲが、細長いトロンボーンは乾、ホルンが幸生、トランペットが章。

 およそは体型に合わせて楽器を選んだわけで、章はペットがかっこいいからとトランペットを選んだ。が、ほとんどフェイクといってよく、俺たちはプロモでちょっと吹いてるだけで、レコーディングでは金管楽器グループ「Brass instrument brothers」が担当してくれている。

「だからさ、先輩をさしおいて俺が先に嫁をもらうなんて、そんなこと、できないもんな」
「……嫁をもらうなんて発想をしている男には、永遠に結婚は不可能だよ」
「そんなこと言ったら、シゲさんはどうなるの? 章? シゲさんはなんなの?」
「……ふたりして突っ込むなよな」

 この会話は、乾と章と幸生だ。今日はスタジオには俺が先に来ていて、他の四人は未着。三人が俺に続いてやってきたらしくて、幸生の声とともにドアが開いた。

「こんにちはーっ、ねえねえ、リーダー、いいこと思いついたんですよ」
「言うな」
「なんでなんで? 俺はなんにも言ってないのに、言うなってのはなんなんですか」
「おまえのその顔を見ていたら、下らないことを言おうとしてるってわかるからだよ」
「ひどいわっ」

 そうだそうだ、と章はうなずき、乾は苦笑いしている。芸能界では昼でも夜でも挨拶は「おはよう」のところが多いらしいが、我々はきちんと時間帯に合わせて、こんにちは、こんばんは、も使っている。その前に、と幸生は章を見た。

「おまえになにか言おうとしてたんだよな」
「言わなくていいよ」
「章までがリーダーみたいに言うなって。えーっと……えーっと……なんだっけ?」
「なんだよ」
「……忘れた」

 あははっと幸生は笑い、他の三人をずっこけさせておいてから言った。

「章には思い出したら言うけど、リーダーにはこれ。ほら、俺たちは金管プラザーズになるわけでしょ。だったらいっそくりくりキンカン頭にしません? キンカンボーイズ」
「……やっぱりか」
「なにが?」
「俺の予想は当たってたってことだよ。キンカンボーイズなんかやるくらいだったら、顔を黒く塗るほうがまだしもだろ」
「それって誰かの真似じゃん」
「だから、やらねえよ」

 予想通りに実に下らないやりとりを幸生としていると、乾が言った。

「俺の提案はしてもいいですか、リーダー」
「もったいぶらずに言え」
「あー、差別だ。いえ、いいですよ。乾さん、喋って」
「エターナルスノウのさ……」
「ああ、そうだな」

 皆まで言われるまでもなく、エターナルスノウには金管楽器奏者がいるではないか。エターナルスノウとはシンフォニックロックとやらをやるバンドで、七人だか八人だかのメンバーがいる。彼らが売れはじめてきたころに、ヴォーカルのミズキと少々すったもんだがあった。

 あれは要するに、十代の小娘の浅知恵、浅はかさゆえだったようで、乾さんは大嫌いだと公言していたミズキも、近頃は大人になって言わなくなった。

 そのような因縁のあるエターナルスノウの金管楽器奏者、キース。本名は知らないが、日本人だ。理系の学者でもあり金管楽器が得意でもあるという変わり種だから、金持ちの息子なのかもしれない。彼の正体についてはよくは知らないが、金管楽器だったら一通りはこなせると聞いていた。

「珍しく勘がいいね、本橋くん。えーっと……エターナルスノウは今夜、ミニライヴがあるみたいだな。昨夜、ミズキちゃんからメールをもらって、金管楽器だったらキースがいるじゃないかって思いついたんだ。この時間だったらスタジオでリハーサルをやってるはずだよ」

「おーし、行こう。行くぞ」
「えーっ? 今すぐ? そんな急な……シゲさんがまだ来てないじゃん。あ、来た」
「シゲ、行くぞ」

 ちょうどいいタイミングでやってきたシゲも連れて、スタジオから出る。どこに行くんですか? あのね、エターナルスノウのね、とシゲと幸生が話していて、章と乾はふたりして、先にタクシーに乗った。自然、残る三人が後のタクシーに乗った。

「えーっと、お客さんたちは……」
「僕らを知ってます? そうですよ、キンカンボーイズ」
「キンカンボーイズ? 金柑ってあの、みかんのちっちゃいのですか」
「はい、そうです」
「お笑いグループでしたかね」
「当たりっ」

 エターナルスノウのスタジオの場所を俺が告げ、運転手が車を出す。幸生は止めようとするシゲにはかまわず、ちゃらっぽこ全開で運転手と話していた。

「キンカン頭っていうの、運転手さんだって知ってるでしょ? それらしい頭にしようって俺が提案してるのに、リーダーが却下するんですよ。俺の話にはまるで聞く耳持たないの。虐待ですよね」
「それはそれは、大変ですなぁ」
「ほら、また殴ろうとするし」
「リーダーってあなたですか。暴力はいけませんよ」

 真面目な性格らしく、運転手は幸生のでたらめを真に受けて俺を諌める。シゲも俺も苦笑いしているうちに、タクシーがスタジオに到着した。

「あれぇ? 乾さん、ミズキに会いにきてくれたの?」
「ミズキちゃんじゃなくて、キースに会いにきたんだよ」
「キースになんの用? 告白でもしにきたの?」
「……きみもまったく……女ってのはまったく……」

 事務所の後輩、モモクリのモモちゃんといい、このミズキといい、男同士をカップルにしたがる女はほうぼうにいる。乾は小声で、女ってのはまったく……とぶちぶち言い、ミズキは面白そうに乾を見ている。それでもミズキが呼ぶと、奥からキースが出てきた。

 背が高くてひょろりとしているキースは、いつからだかは知らないがミズキとつきあっているらしい。キースは秀才らしいクールな二枚目で、ミズキは絶世の美少女が成長して大人になりつつある美女。外見的にはまたとない似合いのふたりだ。

「ふーん、フォレストシンガーズが金管ブラザーズにねぇ」
「そうだよ、お笑いキンカンプラザーズ。キンカンボーイズともいう」
「ま、ど素人が金管楽器をやったら、お笑いみたいなもんだろな」
「頭、丸めたほうが似合うと思わない?」
「頭を丸めるのは失敗したあとでいいんじゃないですか」

 またもや幸生はちゃらっぽこを言っているのだが、まともに応対しているキースとの会話が微妙にずれ、微妙に噛み合っているのが可笑しい。章が吹き出し、キースはぽかんとした顔になって俺たちを見回した。

 と、ミズキが幸生に言った。

「あたしさぁ、喉がちょっとおかしいんだよね。もしかしたら風邪を引きかけてるのかもしれない。今夜はライヴなのに、喉をなんとかできないかな」
「喉には金柑の砂糖漬けがいいんだよ」
「キンカン?」
「そ、花梨とか金柑とか、ネギもいいんだよね」
「キンカン……ああ、そっちの金柑か」

 キンカン……キンカン? とキースはまだ頭をひねっている。ミズキのほうは幸生のキンカンボーイズの意味に思い当ったらしく、ぷっと吹き出す。ミズキにつられて俺たちも笑い出す。キースひとりが怪訝な顔をしているのが可笑しくて、ますます笑う。

 おまえもわりかし鈍感だな、とキースに言ってやりたいのだが、笑いがこみあげてきて言えない。笑っている六人を見てキースがだんだん憮然とした顔になってくるのが、また一段と可笑しかった。


END





 
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