ショートストーリィ(しりとり小説)

90「小さな抵抗」

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しりとり小説90


「小さな抵抗」


 昼どきの学食で、大きなテーブルをはさんで仲間たちがお喋りをしていた。誰かが、子どものときに親に言われて、一番うざかった台詞ってなに? と問いかけ、男女の学生たちは思い思いに答えた。

「うちは商売やってたから、手伝いにこいって言われるのがいやだったな」
「俺は母ちゃんがメシの支度をするから、妹のお守りをしてろって言われるのがめんどくさかったよ」
「そりゃぁ、勉強しろ、でしょ」
「私は庭の掃除をしろって言われるのがやだった」
「きちんと整理整頓しなさいって言われるのもうっとうしいよね」
「いまだに言われてるよ」

 そんな話題で盛り上がっている中、ひとりの男子がぽつんと言った。

「男でしょ、男らしくしなさい、って言われるのがいちばん、いやだったよ」
「あれぇ? 常盤って男じゃないの?」
「お行儀よくしなさいって言われるのもうざかったけどね」

 なんとなく、常盤の呟きは有耶無耶になってしまったのだが、華絵の心には残った。
 子どもが親に、女らしくしなさい、男らしくしなさい、と言われるのはうざったいものではあるだろうが、一番ではないのかもしれない。会話はそっちのほうには流れていかなかった。

「常盤くん、私も同感」
「んん? 同感ってなにが?」

 数日の後、キャンパスで会った常盤に華絵から声をかけた。
 同じ大学で同じ地球環境学科の学生なのだから、常盤瑛士の存在を知ってはいたが、友達というほどでもなく、大勢いるクラスメイトのひとり程度の認識だったのだ。

「私もね、女の子なんだから女らしくしなさいって言われるのが、一番苦手だったんだ」
「ああ、そっちか。小林さんは見た目は女らしいけどね」
「常盤くんは見た目も男らしくはないよね」
「そうだね」

 あんたは男らしくない、と決めつけると怒る男は、大学生にだってけっこういる。男らしいと言われると褒められていると勘違いする男もいる。女らしいと言われて喜ぶ女も、女らしくないと言われて怒る女も、華絵の同世代にもまだまだいる。

「男だって女だって、しなくてはならないことは同じ。してはいけないことはしてはいけないのも、男も女も同じでしょ」
「男がスカート穿いてもいいの?」
「常盤くん、そんな趣味? 穿きたいんだったら穿いてもいいよ」
「小林さんには関係ないから?」

 わりあいに長身のほうの小林華絵と、常盤瑛士は身長はほぼ同じだ。ふたりともに細身だから、体重も同じくらいかもしれない。ロングスカートだったら似合わなくないかも、と思って華絵が見つめていると、瑛士はぷっと吹き出した。

「別にそんな趣味はないし、心が女ってわけでもないんだよ。ただ、男だからどうこう、女だからどうこうって固定観念が嫌いなだけだ。安心して」
「安心っていうよりも共感するから、あたしとつきあおうよ」
「恋人同士として? うん、つきあってみようか」

 そんなふうにして交際がはじまったのは、ふたりともに大学三年生の秋。就職活動をはじめる時期になっていたから、デートをする時間はさほどにはなかったが、会えるときにはいっぱい話をした。

 四年生になる前には就職が決まった。華絵は教育図書出版社の学校教科書部門に、瑛士は地球環境とはなんの関わりもない、信用金庫の事務職に。ともに地味な職種であって、私たちには合ってるよね、と言い合った。

 卒業して社会人になっても、恋人同士として続いている。まるでおためしのように、つきあってみようか、ではじまった仲は、地味に堅実に進んでいっていた。

「華絵、元気? お願いがあるの。
 大学のときの蒲田くん、覚えてるよね? 彼と私が同じ会社に就職したってのも話したよね? 蒲田くん、この春の人事異動でアメリカのシカゴ支店に出向になるの。
 蒲田くんとは友達ではあったから、たまには食事に行ったりはしてたよ。彼にも私にも恋人はいないの。だけど、蒲田くんは私とつきあおうとは言ってくれなかった。

 こっちも言いにくかったんだけど、離れてしまうんだったら言いたい。でも、言いにくいんだよね。本当は男のひとに言ってほしかったんだもの。
 ひとりだとものすごくつらいから、華絵も一緒に行ってくれない?

 他の誰にも頼めない。蒲田くんを取られてしまいそうで怖い。
 華絵だったら大学は同じだから、同窓会みたいなものだって言えるし、華絵には常盤くんって彼もいるし、お願い聞いて。一生のお願いっ!!」

 大学を卒業してから約三年の間に、三回ほどは会っている絵里奈からのメールだった。
 そんなこと、ひとりでやれば? とも思ったのだが、子どものような「一生のお願いっ!!」にほだされて返信をした。常盤くんも一緒に来てくれるのもいいかも、と絵里奈が言い出したので、そういうことになったのだった。

 蒲田と瑛士も大学生のころからの知り合いだが、友人というほどでもなく、会うのは卒業以来だそうだ。気楽な雰囲気のチャイニーズレストランで四人でテーブルを囲み、久しぶり、と言い合って乾杯した。

「蒲田はさすがにエリートらしくなって、自信がみなぎってるよな」
「常盤らしくもなく、お世辞なんか言ったっておごらないぞ」
「シカゴ勤務になるんだって?」
「そうなんだ。常盤の職場にはそういうの、ないのか」
「ないよ」

 男たちはそんな話をし、絵里奈は横目でちらちら華絵を見る。すこし酔ってから言うつもりなのか、杏のお酒のソーダ割りを飲むピッチが速くなっていた。

「……気持ちよくなってきちゃった。ねぇ、蒲田くん、あたし、幸せになりたいの」
「うん?」

 はじまったか、華絵はうつむいて笑いをかみ殺し、蒲田はいささかきょとんとした顔になる。絵里奈は一世一代の告白を繰り広げた。

「女の幸せってこんな時代になっても、半分は男性次第ってところがあるわよね。男性ってやっぱり、結婚したら女を幸せにしてやりたいって思うものでしょ?」
「まあ、そんなところはなくもないかな」
「蒲田くんはどうなの?」

 と、急に瑛士が口を開いた。

「僕も幸せになりたいな。僕のことを幸せにしてくれるひと、どこかにいないかな」
「瑛士くん、プロポーズされたくなってきた?」
「男の幸せってのも女次第ってところはあるでしょ。華絵ちゃんだったら結婚したら僕を幸せにしてくれるよね?」
「もちろんよ。瑛士くん、私についてくる?」

 思わず乗ってしまった華絵を、絵里奈が目を見開いて凝視している。瑛士はしおらしげにうなずき、蒲田は笑い出した。

「邪魔……えっと……なんなの、それ? 常盤くん、あなたって男でしょ。どうしてそんな……恥ずかしいと思わないの?」

 狼狽しているのか憤っているのか、絵里奈が瑛士を非難し、瑛士はしゃらっと応じた。

「恥ずかしいとは思わないよ。絵里奈さんの言いたいことと同じだろ」
「同じ……じゃないじゃない。だって、あたしは女だし……」
「同じだよね、華絵ちゃん?」

 その通り、と華絵がうなずくと、蒲田が言った。

「結婚って、どっちかがどっちかを一方的に幸せにするものでもないんじゃないかな。俺にはうまく言えないけど、小林さん、どう?」
「理想論を言えば、結婚とはふたりで幸せになるために、手を携え合って歩いていくこと、かな」
「理想論?」
「そううまく行くかどうかは不明だからよ」
「そうかもしれないね」

 もうっ、なんなのよっ、なんでよっ、と絵里奈が手をもみしだいている。蒲田はなにやら考えているようで、瑛士は華絵に身を寄せてきた。

「絵里奈さんに協力しようと思ったんだけど、失敗だったかな」
「絵里奈の言い方は気に入らないから、いいんじゃない? で、瑛士くん、プロポーズにはOKしてくれるの?」
「あれぇ、本気だったのか」

 瑛士も笑い出し、表情を引き締めて言った。

「お受けします」
「よし、じゃあ、私についてこい」
「はい」
 
 なんだってこうなったのか、華絵にもよくはわからないが、瑛士と結婚するのは決していやではない。私たちったらここへなにをしにきたんだか、と苦笑いしながらも、華絵は不満顔の絵里奈と思案顔の蒲田を見比べていた。

次は「ち」です。


「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
フォレストシンガーズがアマチュアだったころに出会った、高校吹奏楽部の部長、小林華絵ちゃんの成長した姿でした。




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~ Comment ~

NoTitle

まあ、付き合うのに距離感は大切だと思います。
どういう価値観とどういう距離感をもって接するか。
その延長線上に付き合いがあるのでしょうし。
少なくとも価値観が共有できるのはともだちにはなれますね。
長い長い友達には。
その先は成り行きですが。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

その先はなりゆき……友達のままで終わるか、恋人になるのか、セフレってやつになるのか、それとも、仲たがいしてしまうのか。
人間の関係ってやつは面白いですね。
ちょっとした共感、ちょっとした違和感、どちらかでころりと変わったりするんですよね。

距離感っていうのも人によりますから、くっつきたい同士、さらっとしていたい同士、というような部分が似ている者同士がうまく行くのかもしれませんね。

男と女

これはもう、組合せの妙としか言いようがありませんよね。
美男美女だからhappyとも限らないし、似た者同士が必ずしもずっとうまく行くとも限らないし、カップリングも色々なら、その結論も色々。
このお話、4人のそれぞれの気持ちが噛み合っているようで噛み合っていないようで、その絡まり方がおもしろい。
あかねさんらしい物語だと思いました。
蒲田は脈なしだな……^^;

大海彩洋さんへ

コメントありがとうございます。

私も子どものころは、女の子でしょ、女の子のくせに、の母の台詞が大嫌いでした。
弟がいますので、けっこう差別されて、いまだ、親には差別されてます。
そんな時代だったからしゃあないと、母はしゃあしゃあと言ってますが。

と、その不満を言い出すとキリがないのでこのへんで。
こういう小説を書く原動力になっていると思えばいいんですよね(^o^)

蒲田、脈なしですか。
絵里奈が泣きますね。
「結婚して幸せにしてもらいたい」なんてほざく女は大嫌いですので、泣いてもいいかな。

それにしてもいまだ、「奥さんをもらう」「嫁をもらう」って、もらうって言葉がまかり通ってますね。
あれも嫌いです。

いわゆる「男らしい男」はやっぱり嫌いです。
「娘さんを下さい、僕が幸せにします」
いまだ、そんな台詞もまかり通っているらしいですが。
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