別小説

ガラスの靴14

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「ガラスの靴」

     14・価値


「ふーん、笙くんってただなんだ」
「ただってか……僕は結婚してるんだから、奥さんとはただで……それって当たり前なんじゃないの」
「つまらない男や女だったら、結婚するしかないんだよね。無料でやらせてくれる相手を確保するために結婚するって、そういうのもあるらしいもんな」

 厳密には無料ではない。僕の場合は家事、育児を一手に引き受け、奥さんのアンヌがお金を稼いできてくれて生活が成り立っている。世間の夫婦は逆だったり、両方が両方をやっていたりするようだが、その代償として……ってのはゼロでもないのかもしれない。

「それでもさ、昔は結婚しないとやらせてもらえないってこともあったから、男が結婚したがったらしいんだよね。最近は結婚しないと寝ないなんて女はいないから、そんなら結婚する必要もないってか。女が結婚したいんだったら、飢えてる男にお預けを食らわせるといいって言ってる奴もいたよ。一理あるかな」

 皮肉な色をおもてに浮かべて喋っているのは、愛駆。本名ではないのかもしれないが、アイクという名にふさわしい美青年だ。年齢は二十三歳の僕と同じくらいか。彼は背が高くて引き締まった筋肉質の体型をしているので、他人は僕のほうが年下だと思うかもしれない。

「つまらない男だったらそうなんだろうけど、笙くんはもったいないよ」
「アンヌが僕にはもったいない奥さんだと思うんだけど……」
「そんなことを言ってるんじゃなくて……」

 昼下がりのカフェ。息子の胡弓は例によって母に預け、ひとりでデパートに買い物にきていた僕は、昼食をとるためにこの店に入った。
 はっと人目を引くような美青年が、となりのテーブルでコンサートのパンフレットを広げていた。そのパンフレットが桃源郷のものだったので、嬉しくて声をかけたのだった。

「そう、ファンだよ。きみもファン?」
「ファンでもあるけど、僕はこのヴォーカルのひとの……」
「彼氏?」
「夫なんだ」
「へ? 嘘だぁ」

 最初は信じてくれなかった彼も、そのうちにはうなずいてくれた。そして、笙くんってただなんだ、の発言になったわけだった。

「僕はこれから仕事なんだけど、ついてくる?」
「仕事についていっていいの?」
「いいさ。笙くんを連れていったら相手も喜ぶよ」
「なんの仕事?」
「ちょっと待って。確認だけはしておくから」
 
 はぐらかされた形になって、アイクがメールするのを眺めていた。OKだって、とにっこりした彼とカフェを出る。営業マンにすればラフなスタイルをしているが、接客業なのだろう。お客に会う前にランチしてたんだよ、と言ったアイクと歩いていった。

「ねぇ、なんの仕事?」
「主夫と似てるってか、一部は似た仕事だな」
「家政婦代行業とか?」
「そっちじゃなくてさ、来たらわかるよ」

 もしかしたらもしかして……悪い予感。が、彼の待ち合わせ相手は女性がふたり。太ったおばさんとやたらに背の高いおばさんだったから、ちがうのだろう、そんなはずないか、と考え直した。

「あらぁ、ほんとにすっごい美少年だね」
「ほんと。アイクだってそれほど期待はしてなかったんだけど、期待以上だったし」
「その上にもうひとり……笙っていうの?」
「最初の思惑とはちょっとちがうけど、それでもいいよね」
「まずはカップルになってみる?」
「ヨシコさんはどっちがいいの?」
「どっちでもいいって言ったけど……悩むわ」
「じゃんけんしよっか」

 おばさんたちは楽しそうにじゃんけんしている。カップルになるって? どういう意味だろう? どうして僕がこのブスなおばさんのどっちかとカップルになるの? 首をかしげていると、スマホがメールの着信を知らせた。カフェでアドレス交換をした、目の前にいるアイクからだった。

「失礼……えっと」
 メールの文面はこうだった。

「笙にもわかった? このおばさんたち、二対一が好きらしくて、ふたりでひとりの美少年って望んできたんだよ。相手はふたりなんだから、ふたり分の料金をいただきますよ、って返事したら、それでもいいって。
 
 それで僕が来たわけなんだけど、笙と会ったから、仕事にあぶれた仲間を連れてっていい? ってメールしたんだ。ものすげぇ美少年だって書いたから、おばさんたち、その気になったみたいだな。
 笙はどっちが好み?

 どっちもやだよって? だけど、ただで奥さんにやらせてあげるよかよくない? 僕らって金を払ってもらえるレベルなんだぜ。それだけの価値があるんだよ」

 顔を上げると、おばさんたちはまだ話し合っていて、アイクはにやにやと僕を見ていた。

 すこし前にアンヌの友達に誘惑された。彼女はおじいちゃんのような年頃の男と結婚していて、その上にほったらかされて欲求不満だったのか。僕にアルバイトをしないかと持ちかけてきた。バイトとはすなわち、今、アイクがしようとしていることに近い。

 正直、やってみてもいいかな、と思ったのだが、本気で言うわけないじゃん、と彼女に馬鹿にされて、話は立ち消えになった。

 高校時代にコンビニでアルバイトをしかけ、あまりにきつくて音をあげてすぐにやめてしまったから、僕には勤労経験がない。美少年家政夫募集というのがあったら行ってみてもいいが、それほど家事が得意なわけでもない。育児にしたって資格もないし、胡弓と来闇以外の子どもを見ている自信もない。

 なのだから、僕にはアルバイトもできやしない。この仕事だったらできるんだな、でも、こんなの、若いうちだけだよな。ブスのおばさんに抱かれるのか。ガマンできなくもないかな、いくらもらえるのかな? 僕はとりとめもなく考えていた。

「綺麗な肌だね」
「……じゃあ、そっちはそっちでね」

 ふと我に返ると、太ったおばさんが僕の頬に指先で触れて、照れ笑いを浮かべてじきに指を離した。アイクは背の高いおばさんとふたりして、待ち合わせていた店から出ていってしまう。あ、う、ちょっと、とパニックになりそうな僕にアイクが、しっかりね、と囁いていった。

「こんなこと、慣れてないから……ちょっとお話ししましょうか」
「あ、はい」
「あのひと、ヨシコさんっていうんだけど、あのひとはけっこう慣れてるみたいなのよ。じゃあ、はじめてのときはひとりだけ男性を、ってヨシコさんがね」

 言いわけなのかもしれないが、本当なのかもしれなかった。

「私はついこの間、会社の二代目に見初められちゃって……」
「はい」

 すぐさまホテルに行くというのでもなさそうなので、どうしようかなぁ、と迷いながら、ノリコと名乗った彼女の話を聞いていた。

「私は大きくはないけど堅実な会社の経理責任者だったのね。社長の息子、常務が私にご執心で、ものすごく熱心にアプローチを受けたの。ノリコさん、今日も綺麗だね、今夜、飲みに行く? いつか旅行したいね、ノリコさんのグラマーな身体つきはお母さんみたいだなぁ、って」
「はい」

 グラマーと肥満体は別ものだと思うのだが、意見を求められているのではないだろうから、はい、とだけ返事をしていた。

「そんなことばっかり言うくせに、だけど、ふたりっきりだと変な噂になったらいけないし、なんて言ってね、飲みにいったりはしなかったのよ。熱い視線だとか、さりげないタッチだとか、私に言ったりしたりするんじゃなかったらセクハラよ、って思いそうな言動だとか、そんなのばっかり。そんなに好きだったらさっさと告白してくれればいいのに、って思ったんだけど、彼は社長の息子で、五つほど年下だったから言いにくかったのかもしれないね」

 誰かを思い出すが、あのおばさんとはスケールがちがうので、こっちのほうがまだしも現実味はあるのだろう。

「二年ほどはそんなことばっかりだったんだけど、彼も適齢期になったからかしら。親が無理矢理に話をまとめて、社長の知り合いの娘だっていう、二十代の不細工ながりがり女と突然、結婚しちゃったのよ。想い想われ同士の私がいるってのに、彼もつらかったんだろうけど、会社のためでもあったのね。私もつらくて、会社をやめることにしたの。送別会の席で彼は言ったわ」

 最後に一度、ほんとに旅行しようか、だったのだそうだが、あなたは結婚したんでしょ、とノリコさんははねつけた。ありそうな話といおうか、どこからかはノリコさんの妄想なのかもしれないが、全部が本当だったら二代目ってのは罪な男だ。

「今までは贅沢もしないで、親もとで暮らしてたから、お金は貯めてたのよ。ヨシコさんにその話をしたら、そんなら一度、ぱーっとお金を使おうよ、楽しいことに使おうよ、って提案されたのね。海外旅行もいいかなって思ってたんだけど、こんな使い方だったとはびっくりよ」
「そうだったんですか」
「私……いいわ、あとで言うから」

 ぽてっと肉のついた頬がややたるんでいて、なんとなく赤くなっているようにも見える。五十歳くらいなのだろうか。もしかしてこのおばさん……まさか。

「笙くん……男性って好きでもなんでもない女ともできるってほんと?」
「できる男もいるでしょうけどね」
「笙くんはできない? そうよね。まともな男性だったら無理よね。こうして会ったのもなにかの縁だったんだから、もしかしたら好き同士になれるかもしれないわ」
「はあ」

 そっちはどうだか知らないけど、僕は絶対にならないからっ!! とも言えなくて、心で叫んでおいた。

「私は笙くんよりは年上だけど、まだけっこういけてるでしょ。バストだって……」
「そうですか」
「やだ。恥ずかしいからふたりっきりになったら言うわ。生で見せてあげる。きゃっ」
「……」
「いやぁね。だんだん大胆になってきちゃった。もしかしたら笙くんと恋仲になるかもしれないっていうか、きっとなるわよね。好感をもってくれたからこそ、笙くんもその気になってるんでしょ」

「えーっと、僕、用事を思い出しましたんで」
「え?」
「息子がいるんで、保育園に迎えにいかなくちゃ」
「え? え? 笙くんって未婚の父なの? ああ、それでこんな仕事をね」

 立ち上がった僕に、ノリコさんは同情のまなざしを向けた。

「そんな仕事をするような男性じゃないと思っていたのよ。わかったわ。じゃあ、今日はやめておきましょう。今度じっくりゆっくり、笙くんのお話を聞かせてね」
「さよなら」
「……苦労してるのね、笙くん」

 広い東京で、アイクにもノリコさんにも二度と会うことはないだろう。あ、メールアドレス教えて、と言っているノリコさんをちらっと見てから、返事をせずに足を速めた。
 アイクからのメールと彼のアドレスは残しておいて、やばくなったらメルアドを変えることにしよう。

 どうせアルバイトをするのなら、僕も楽しいほうがいい。が、お金になるとわかっているのだから、ノリコさんでも許容範囲だ。けれど、あんなふうに誤解されてはいただけなさすぎる。やっぱりお金を稼ぐって簡単じゃないんだな。今日、僕が得た教訓はそれだった。


つづく








 
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~ Comment ~

NoTitle

これは笙くん、思いがけないバイトに誘われちゃいましたね。
世の中、いろいろだから、こんなことも実際にあるのかな。
これってお互い成人だし了解の上なので、法的には問題ないのかなあ。モラルとかの問題は抜きにして。
財力のある有閑マダムは、時にこんなことしちゃったりするのかな。
これが逆で、油ぎっしゅなおじさんが20歳そこそこの女性を買うのよりは、なんか平和な気がする私は感覚が変なのかな。
とりあえず、笙くん、逃げて正解でしたよ。
アンヌは・・・どういう反応するのか、ちょっと気になりましたが。

たとえばそんな最中をアンヌが見つけちゃったら。
・・・何か、そんなシーンをすごく読んで見たくなりました^^;
Rになっちゃうか><

あかねさんへ!!♪

何時もご愛顧ありがとうございます。素晴らしい感じのブログ画面になりましたね^^。
センスが良いところを遺憾なく発揮されていますね^^‼!台風の日本上陸が避けていくことを願います。。!

limeさんへ

いつもありがとうございます。

limeさんは男性が女を買うよりは、おばさんが美少年を買うほうが許されるとの感覚なのですね。
それは少数派かもしれませんね。

異性をお金で買う。
これに関しては一般的に、男女でプライドのありかがちがう気がするんですよね。

俺はこんなに金を持ってるんだから、女を金で自由にできるんだ。

お金を出さなきゃ男とホテルにも行けないなんて、私って惨め……うじうじ。

と、こんな感じじゃないかなぁ、と。
もちろん男女さかさま感覚のひともいるんでしょうけど。

笙はちょっとこのバイトに心が動いていますので、ついに決意してしまった笙が決行しようとして、アンヌに見られる。
そんなシーン、まとまったら書いてみたいです。

それから、フォレストシンガーズの幸生は仔猫かと思ったらオオカミで……とlimeさんが書いておられたのも、印象的でした。
そうなんですね、そうですよね。
そのあたりもいつか、料理してみたいです。

荒野鷹虎さんへ

コメントありがとうございます。
ひまわり、大好きなんですよ。
そう言ってる間に、でも、夏もじきに終わりますよね。
北海道にはもう秋の気配が忍び寄っているのではありませんか?

台風、徐々に近畿地方にも近づいてきています。
去年は我が家の近くの川が危険水域を越えたということがありましたので、大雨が嫌いになってしまって。

日本は台風に好かれてますよね。
せめてどこにも大きな被害が出ませんように。

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