ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS楽器物語「オルガン狂想曲」

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フォレストシンガーズ

「オルガン狂想曲」


 板張りの広い部屋で三歳児、四歳児たちが遊んでいる。うしろにずらっと並んで参観みたいにしているのは、大半がお母さんたち。三十代が中心で、二十代も四十代もちらほらいるらしいと恭子が言っていた。
 我が子を見つめているお母さんたちの中には、男性も少数ながら混ざっている。五十歳以上に見える男性はおじいちゃんなのか、お父さんなのか。

 先生も女性ばかりだから、俺としては居心地がよくなくて、まばらにいる男性たちを眺めてしまう。教育熱心なお父さんなのかなぁ。妻に無理やり連れてこられたのかなぁ。妻は来なくていいと言うのに、有休をとって進んでついてきたとか?

 このお母さんたちの中では、恭子は若いほうだ。おや、ひとりの男の子が遊びの輪から抜け出して、お母さんらしい女性に突進していった。若い保育士さんが子どもを追いかけて走ってくる。お母さんは困り顔、子どもはわあわあ泣き、保育士さんは子どもの説得に大わらわだ。

 うちの子は元気に遊んでいる。恭子に似て三歳にすれば口がよく回る広大は、積み木を手にして同い年の子どもたちになにやら説明している。テニスサークルのインストラクターをしているときの、ママの真似をしているかのようだ。

 恭子は俺のとなりに立って、広大に慈愛に満ちたまなざしを注いでいる。俺に対しては可愛い妻、息子たちに対しては強い母、理想的な良妻賢母である、と夫の俺が信じているのだから、他人がなんと言おうといいのだ。俺は次男の壮介を抱いて、おとなしく立っていた。

 区が主催するテニスサークルのインストラクターをはじめた恭子は、現時点では仕事のときには広大と壮介をベビーシッターに預けている。俺の両親は三重県、恭子の両親は長崎県在住だから頼れないし、ベビーシッターにかかる料金程度は俺が稼いでいるし。

 けれど、広大は来年から保育園に入れようか、という話になった。俺の大学の先輩である、小宮山速人・加代夫婦がともに保育士をしていて、彼らに相談してみたのだ。

「そうね、本庄くんちからだとうちの保育園はちょっと遠いから……そうそう、私の知り合いが園長をつとめてる保育園があるのよ。私立のこばと保育園っていって、園長さんの名前が小波渡さん。優しいおじいさんなの。体験入園ってのもあるから行ってみたら?」

 小宮山加代さんに教えてもらって、家族そろってこばと保育園にやってきたのだった。
 広大は元気に遊んでいる。壮介は俺の腕の中で眠っていて、ずしっと重くなってきた。俺は子どもたちとはたまに触れ合うだけだが、恭子によると、健康で育てやすい息子たちだ。広大は保育園にもじきになじんだようだから、大丈夫だろう。

「あの、本庄さん……」
「はい」

 うしろから声をかけられて振り向くと、小波渡園長さんが俺を呼んでいた。恭子に壮介を託して園長さんについていってみると……困った頼みをされてしまった。

「恭子、ちょっと」
「はあい? どうしたの?」

 教室に戻って恭子を園庭に連れ出す。赤いゾウのすべり台、黄色いキリンのジャングルジム、緑の小鳥たちに囲まれた砂場。都心にすれば園庭も広く、カラフルで楽しげな遊具も並んでいる。ここは保育料が高いので収入のいい家庭しか預けられないそうで、それゆえに受け入れはしてもらいやすいと聞く。さもありなん、高そうだな、ではあった。

「あのさ、ここに来ているひとたちって、俺が何者なのかを知っても騒ぐような階層じゃないから、って言われたんだよな」
「自己紹介しろって?」
「そうじゃなくて、歌えって」
「歌うの、いやなの?」

「うーん……オルガン弾いて歌えって言うんだよ」
「シゲちゃん、オルガンって弾けた?」
「弾けないよ。恭子は弾ける?」
「私は歌も楽器も無理無理無理っ!!」

 叫ばなくてもいいと思うが、恭子は音痴なのだし、無理無理無理もわかる。彼女は根っからのスポーツウーマンで、音楽は聴くのみだ。
 そして俺には見栄っ張り傾向がある。本庄さんは作曲なさるんでしょ? だったら私にも歌を書いて、と美人シンガーに言われて、しなくもないのですが、と言ってみたり。あのときはどうしてもできなくて正直に打ち明けて、恥をかいた。

 自覚はあるくせに、フォレストシンガーズの本庄繁之がオルガンひとつ弾けないってどうなんだ? と咄嗟に思ってしまって、まあ、オルガンくらいだったら、と見栄を張ってしまった。

 楽器には悪しき記憶しかないのに。
 幼稚園の発表会でカスタネットのリズムが合わず、姉に怒られながら練習したとか。父も母も楽器音痴だからカスタネットも苦手で、姉にはいまだに、あれでよく繁之は歌手になれたね、と呆れられる。
 中学生のときには友達の兄さんのギターを借りて弾いてみたら弦を切り、指まで切り、ギターってピックで弾くんだよ、と笑われたとか。

 高校生のときには音楽室のピアノを弾いていた女の子に憧れて、告白すらできずに諦めたとか。
 大学生のときには本橋さんと金子さんがピアノの連弾をやるというので、俺は運搬係をつとめたとか。高校、大学となるとおのれの楽器の才能には見切りをつけていたので、そんな追憶になる。

 プロシンガーになってからは、コントラバスに大苦戦させられた。クリスマスコンサートでのピアノ五重奏、コントラバス担当はどうにか無難に終えられて、俺はもう二度と楽器なんかさわらないぞ、と決意したってのに。

 どうしてまたもや見栄を張ってしまったのだ。恭子がオルガンを弾けるのだったらよかったのに。恭子にも無理だと知っていたのに。髪をかきむしりたくなっていると、恭子の声が聞こえた。

「あら、小宮山さん。来て下さったんですか」
「気になりましてね。壮介くんはよく寝てますな。抱っこさせて下さい。広大くんはどうですか」
「おかげさまで、楽しそうに遊んでます」
「恭子さんと繁之くんはここで?」
「それがね……」

 この保育園を紹介してくれた小宮山加代さんの夫、速人さんだ。俺よりは六つほど年上の合唱部の大先輩である。壮介を抱き取ってくれた速人さんに、恭子がことのなりゆきを正直に話していた。

「そうなのか、本庄くんはオルガン、弾けないんだ」
「面目ないです。俺はギターをほんのちょっとだけ……他は楽器は全滅ってのか、全然ですよ」
「私も楽器なんかなんにもできません。小学校のときのリコーダーからギブアップしてました」
「俺もです」

 なるほど、と笑った速人さんが言ってくれた。

「じゃ、俺が弾くよ」
「そうそう、小宮山さんって保育士さんですものね。ピアノは必須なんでしょ」
「俺も苦労はしましたし、園ではオルガンの得意な先生にまかせてますけど、一応は弾けますよ。ただし、俺に弾ける曲にしてくれ」
「なんだったら弾けますか?」

 ふたりの相談により、曲目が決まった。「くまのぬいぐるみ」だ。俺もこの歌なら知っている。一点、まずいところがあるのだが、そうは言えない。恭子は嬉しそうに言った。

「小宮山さんのオルガンとシゲちゃんの歌で「くまのぬいぐるみ」。似合いすぎて……いえ、失礼」
「クマみたいな男ふたりにはうってつけですよね。本庄、しっかりやれよ」
「はいっ」

 先輩に命じられると反射的に直立不動で返事をする癖が出て、それはちょっと……とも言えなくなってしまった。
 三十分後には小宮山さんがオルガンに向かい、俺はオルガンの前に立つ。フォレストシンガーズの本庄繁之さん、と紹介してもらって、保護者たちからやんやの喝采が起きた。

「ぼくはくまのぬいぐるみ
 ひとつ腕がちぎれそう
 耳が破けてそこから
 白い綿が覗いている

 そうさ古いぬいぐるみ
 五年前のクリスマス
 パパのサンタクロースが
 きみのために買ってきた」

 まずいのはこの一点である。駄目だ、耐えろ、繁之、シゲ、しっかりしろーっ。俺は自分を叱咤激励しながら歌い続けた。

「ある日いなかへ行くときは
 一緒じゃなくっちゃいやだって
 駄々をこねていたあの日が昨日のようだね

 すこし寂しくてちょっと悲しくて
 とても嬉しいよ」

 このあたりになるともう我慢できない。昔からこの歌には弱かったのだが、子持ちになるとなおさら弱くなった。あれぇ? おじちゃん泣いてるよ、みたいな子どもの声が聞こえ、小宮山速人さんの鼻がぐしゅっと鳴る音も聞こえた。

 きみは呆れて笑っているのか? そう思って視線をやってみると、恭子の目も潤んでいる。子どもたちは不思議そうにクマみたいなおじちゃんたちを見ているものの、お母さんやお父さんたちには涙目になっているひとが多い。子持ちの心はみな同じ、だと思うと気が楽になった。

END





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~ Comment ~

NoTitle

オルガンとピアノはまた感覚がちがいますからね。
ピアノは習いましたけど、オルガンだとまた弾き方が少し違いますからね。慣れは必要ですよね。

LandMさんへ2

いつも本当にありがとうございます。
コメントはほんとにほんとにありがたく、ためになります。

LandMさん、ピアノを習っておられたのですね。
私も幼少のころに習っていましたが、まったくものになりませんでした。
オルガンも弾いたことはありますけど、この「楽器物語」は、楽器ダメ人間の書く物語だと思召して笑ってやってくださいませ。

それでもピアノやオルガンって、楽器の中では易しいほうらしいんですよね。
その次はギターあたり?
そのへんがまるで駄目なんですから、それ以上の楽器なんて私にはぜーったいに無理です。
なのに好きで、書きたがるのです。

うんうん

くまのぬいぐるみ、にぐっときました。そうそう、みんなこんな思いあるんだよね。私も、子どもの頃、捨てられていた大きなクマのぬいぐるみを拾ってきて、大事にしていたけれど、あまりにも汚くなって再び捨てられちゃって、それをまたゴミ捨て場から拾ってきた……^^;
だからきっと私もこの場にいたら泣くかも(;_:)

オルガンには何だかちょっと哀愁がありますよね。
ピアノは少し贅沢な習い事って感じがしておりましたが、オルガンはより庶民的で、しかも小学校の教室にあるイメージ。ピアノは音楽室に行かないとないって感じで。
でも壊れかけた古いオルガンには思い出という言葉が似合うなぁ。
ピアノ、久しぶりに習おうかなぁと思ったりしていますが、三味線の方を頑張らなくちゃ。

あかねさんへ!!

御無沙汰です‼
遂にお盆の墓参りを迎え先祖様の感謝の気持ちが嬉しく思います。
残された子供達が一堂に集まり親交を深めれるのもお盆の行事の一つですねr~~!
病身ですが(生きるときは生きて死ぬ時は死ぬ)と言う仏教の教えを信じ精一杯生きてまいりますので今後ともよろしくお願い致します。!

大海彩洋さんへ

いつもコメントありがとうございます。

まず、私、甲斐バンドのファンです。
無事にライヴには行けましたので、よろしかったらこちらも見てやって下さいね。

http://quianquian.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-9608.html

閑話休題

「みんなのうた」でしたよね、たしか。
「くまのぬいぐるみ」には私も弱くて、自分で歌ったりしたらもう大変。絶対に涙ぐんでしまって、鼻声、涙声になります。

みなみらんぼう氏の歌詞、うまいですよねぇ。
「くまのぬいぐるみ」というそのものずばりのタイトルで、しりとり小説も書きました。
まだアップしていないのですが、この歌はほんと、私のとあるツボにはまるようです。

オルガンには「古ぼけた」という言葉が似合う、同感です。
ピアノよりも庶民的と申しますか、私は「二十四の瞳」の中で、年老いた男性の先生が下手なピアノを弾いて、昔の日本の音階で、ひひふふみー、とかやって、子どもたちが笑って怒られるというシーンを思い出します。
先生も苦手なもので、子どもに笑われてかっかしちゃうんですよね。

大海さんの三味線、聴いてみたいです。
you-tubeにアップしておられたりしないんですか?

荒野鷹虎さんへ

コメントありがとうございます。
我が家はお盆には特になんにもしないのですけど、北海道でも盛んなのでしょうか。

このたびの台風は北海道にまで影響を与えたようで、荒野さんのお宅の付近は大丈夫でしたか?
日本中で猛威を振るった台風でしたね。
北海道もけっこう暑いようですから、ご自愛下さいね。

あと、阪神タイガースもね……私はまったく信用していませんが、かっかしないように応援していこうと思っています。
とか言って、昨夜はだいぶかっかしてました。

二番目に投げたピッチャーのレベルがちがいすぎ、ですよね。
やっぱり巨人は底力があり、選手層が厚いですよね。
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