別小説

ガラスの靴13

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「ガラスの靴」

     13・過去

 好きな男のタイプ? そんなものはない。そのときどきに好きになった男があたしの理想……理想とはちがうのかもしれないが、現在、好きな男が好きだ。だから今は笙が好き。もはや男としてよりは、あたしの愛しい息子の父としての笙が好きだ。

「あんな男らしくもない男……」
「どこがいいの?」
「あいつってほんとに男?」

 無関係な他人はぐだぐだ言うが、今のあたしは女らしい笙が好きなのだ。男らしい、女らしいってなんなのかなぁ。あたしだって女らしいんだし、いかにも男!! って感じの男と恋をした覚えもあるのだけど。

 そんなことを考えながら、かたわらを歩く美少年を見下ろす。彼はあたしのバンド仲間、吉丸の愛人というか事実上の妻というか、吉丸と同居してもと妻との間に生まれた息子を育てている美知敏。通称ミチ。笙とは専業主夫同士のパパ友だそうだが、立場はいくぶん異なっている。

 外見も笙とミチは似ている。ほっそり小柄で男っぽくはない身体つきをしていて、可愛い顔をしている。年齢も笙が二十三、ミチは二十一。楽しく主夫をやっていられる柔軟性も似ているのだろう。

「僕はお母さんが胡弓をたまぁに預かってくれるから、ひとりで行動することもできるんだよね。ミチはあんまりそういうのってできないだろ。僕がライアンを預かってあげるから、ショッピングにでも行ってきたら?」

 たまぁに、ではないのを知っているが、あたしたちの結婚にもろ手を挙げて賛成したわけではない笙の両親も、胡弓が産まれてからは、孫こそ命、絶対に離さない、となっているので、たびたび預けてもいいのだろう。
 
「ひとりでショッピングってつまんないな。アンヌさんが胡弓とライアンを見てくれて、笙くんと遊びにいったらいけないの?」
「あたしはひとりでふたりのガキの子守りなんかしたくないよ。ミチ、あたしとデートしようか」
「それもいいね。ミチ、行っておいでよ」

 嫉妬心は希薄なのか、隠しているのか、笙はあたしがよその男とデートすると言っても、男と酒を飲んで朝帰りをしても怒ったりはしない。もっとも、あたしは女房関白なのだから、そんなことで笙が怒ったらこっちが切れるが。
 
「じゃあ、行こうか。ミチはショッピングがいいのか」
「アンヌさんもショッピングは好き?」
「嫌いじゃないけど、おまえは男ものを着るんだろ」
「女の子の服だって着られるよ」

 身長も体重もあたしよりも少ないのだから、ミチだったらレディスは十分着られるし似合うだろう。だったらレディスの店に行こうかと、ふたりで街を歩いていた。

「僕ら、なにに見えるんだろね」
「アホか。月並みすぎる質問をすんな」
 
 とはいうものの、なんだろう? 姉弟か。出張ホストを買って連れ歩いている水商売の女か。あたしはロックバンドのヴォーカリストではあるが、化粧やファッションを地味目にして黒髪のかつらをかぶっていたら、ちょい派手な一般人にしか見えないはずだ。

「……ミチ?」
「あ、雄吾さん」

 何軒目かに入ったレディスファッションの店で、ミチに声をかけてきた店員がいた。レディスの店には少々そぐわない、いかつい感じの男だ。吉丸にどことなく似ている。このふたり、モトカレ同士じゃないのか? とピンと来た。男同士のカップルは両方がモトカレだろう。

「久しぶり。彼女?」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
「だよな」

 背の高い男は身をかがめ加減にして、ミチの耳元でなにやら言っている。こんなでかい女、おまえには似合わないよ、なのか、おまえは女には興味ないんだもんな、なのか。あたしはミチに言った。

「よその店を見てくるから、おまえも適当にしてな」
「あ、う、うん、いいの?」
「あたしはいいよ」

 歩み去っていく背中に、雄吾という名前らしき男の声が聞こえていた。彼女? 男? 女なのにおまえって? などと言っていた。
 結局、その日はひとりで買い物をしてから飲みにいった。ミチからはメールで、ごめんなさい、先に帰って、とのメッセージが入っただけだった。

 それからはミチに会う機会はなかった。吉丸とは仕事仲間なのだから頻繁に会っている。ミチとデートしたんだって? と尋ねられたのは肯定しておいたが、よけいな口はきかずにおいた。

「アンヌ、真澄がさ……」
「真澄って誰だっけ?」
「ほら、真澄だよ」

 仕事が早めに終わった夜、吉丸が言った。真澄? 何秒か考えてから思い出した。

「吉丸の長男を産んだ女か」
「そうだ」
「その真澄がどうした?」
「どういうわけだかミチと親しくなってて、遊びに来るって言うんだよ」
「ライアンに会いたいとかってのもあんのか?」
「あるのかもしれないな」

 ゲイではなくバイセクシャルなのだろう。吉丸は別々の女にひとりずつ子どもを産ませていて、長男が来闇、次男は雅夫という。兄弟だとは思えない名前なのは、母の趣味でつけられたから。母親ちがいなのは、あたしと弟も同じだから珍しくもないが。

 長男の母、真澄とは吉丸が浮気をして離婚した。その浮気相手が美知敏、男である。
 次男の母、ほのかには半ばだまされたようなもので、三人目の子どもがほしかったからと、彼女は吉丸と寝て妊娠して子どもを産んだ。あたしも普通ではないと思うが、この女はさらに普通ではない。

 普通ではない女は嫌いではないので、ほのかには興味がある。笙とミチが会いにいったという話は聞かされたが、あたしまでが行くのも変だろうから、機会を待っていた。
 そろそろふたり目の出産を考えているあたしも、父親は笙以外の男でもいいかな? しかし、メンドクサイから笙でもいいかな、だったりして。

 夫が男と浮気をして激怒し、息子は夫に託して出ていってしまった、真澄はまあ普通の女だろう。実家に帰って事務員として働いているらしき真澄が、息子に会いたくなるのも普通だろう。

「俺はどんな顔をしてたらいいんだろ。早く帰ってこいって言われたんだけど、帰りたくないぜ」
「甘えんな」
「……アンヌも一緒に帰ろ。な、な?」

 でかい図体をして、ライアンやミチにもいばっているくせに、いざとなったらからっきし気が弱い。あたしも久しぶりに真澄に会いたかったのもあって、吉丸の頼みを聞き入れてやった。

 苦労はしていないようで、真澄は以前よりも太っていた。もとは小柄で華奢な女だったので、ぽっちゃりふっくらして以前よりも可愛くなったかもしれない。二歳のライアンは産みの母なんぞ忘れたようで、ミチにしがみついて怖そうに真澄を見ていた。

「ミチくんってライアンになんて呼ばれてるの?」
「ミチ」
「そうだよね。パパとも呼べないし、ママとはもっと呼べないし……ま、いいわ。ライアンがなついているようだから安心した」
「なついてくれてるって前にも言ったでしょ」
「この目で見たかったのよ」

 真澄はさっぱりした顔をしているが、ミチのほうが憂いありげだ。吉丸は落ち着かない様子で、ライアンをだっこして部屋の中をうろうろしている。真澄が尋ねた。

「ミチくん、元気なくない?」
「モトカレとなんかあったのか」
「アンヌさん、言わないでよ」
「ええ? モトカレ? どうしたの? なにがあったの?」

 焦ったそぶりのミチ、好奇心満々の真澄、しかめっ面になった吉丸の三人を前に、あたしは言った。

「いいじゃん。モトカレだのモトカノだのって、いないほうが変だろ。ミチ、あのあと、なにがあった?」
「そっかぁ、ミチくんだとモトカノじゃなくてカレなんだ。吉丸には両方いるよね」
「俺のことはどうだっていいだろ。ミチ?」

 詰問口調の吉丸を見返して、ミチは口をとがらせた。

「モトカレに会ったのはほんとだよ。彼と食事をした」
「ふたりきりで?」
「うん。ふたりで食事をして、今の僕がどうしてるのかを雄吾に聞いてもらったんだ」
「そいつ、雄吾って言うのか。ふたりっきりでメシを食うってのは浮気のはじまりだろ」

 よく言うよ、と真澄、てめえはなぁ、そんなことが言えた立場か、とあたし。ふたりの女をまあまあと手で制して、吉丸はミチに先を促した。

「雄吾は言ったよ。彼も僕も男なんだから、僕らは結婚はできない運命なんだって諦めてた。だけど、そっか、同棲して事実婚みたいにするんだったら、世間体を無視すればアリなんだ。ミチ、おまえはそんな浮気性の男のヨメってか、家政婦みたいにされて幸せじゃないんだろ? 俺とやり直さないか、って」

 内緒にしておきたかったわけでもなくて、本当は吉丸に話したかったのか、口を開くとミチは一気呵成に喋り、あたしは尋ねた。

「ミチはどうしたいの?」
「アンヌ、どうしたいとかってそっちに話を持っていくなよ」
「吉丸は黙ってな」
「そうだそうだ、吉丸、あんた、また別の女に子どもを産ましたんだそうじゃない。そんなことをやってる男にはなんにも言う権利はないんだよ」

 ううっ、と吉丸は呻き、告げ口したな、と歯ぎしりしている。告げ口なんかしなくてもばれるっての。

「たしかにね……吉丸さんって誠実じゃないよね」
「ミチ、おまえはほのかはかっこいい女だから、尊敬する、あんな素敵な女性なんだから、吉丸さんが好きになったのもしようがないかな、って言ってたじゃないか」
「だから、ほのかさんの真似してみようかな」
「どこを? よその女に三人も子どもを産ませるのか?」
「それだったら吉丸さんの真似じゃん」

 いつになく吉丸は焦っていて、ミチのほうが余裕の態度でいる。真澄が言った。

「ミチくんはその雄吾ってひとが好きなんだったら、彼の胸に飛び込んでいくってのもいいかもしれないね。そう思わない、アンヌさん?」
「いや、しかし、ミチには男を見る目がないみたいだから、雄吾だって誠実じゃないかもしれないよ。だけど、吉丸はひどすぎるもんな。どっちもどっちだったらより好きなほうへ行くべきだ」
「そうだよ。ミチくん、キミの思い通りにしなさい」
「お姉さんたちは応援してあげるからね」

 なんて無責任な女どもだ、と吉丸はますます呻き、吉丸の腕の中ではライアンが丸い目をして、大人たちを見回していた。

「ライアン、僕と一緒にどこかに行く?」
「ん?」
「ライアンはパパとミチのどっちが好き?」
「……ミチ」
「そりゃそうだよね。僕がこの家から出ていくんだったら、僕についてくるよね」
「ミチ、しゅき」

 二歳児はことの次第をまったく理解していないようで、ミチ、好き、としか考えていないらしい。そりゃあそうだろう。常々世話をしているのはミチで、吉丸は勝手なときにかまうだけだ。ん? とするとうちの胡弓も、どっちかを選べと言われたら笙なのか。案外、ばあちゃんとじいちゃんがいいと言うかもしれないが。

「ライアンを連れた僕でも受け入れてくれるのかどうか、雄吾さんに聞いてみようかな。いいよって言ってくれたら、僕、そうしようかな」
「ミチ、駄目だよっ!!」

 片腕にライアンを抱き直し、空いたほうの片腕でミチを抱き寄せて、吉丸は情熱的に囁いた。

「おまえは俺のものだ。ライアンともども、死んでも離さない。よその男のところに行くって言うんだったら、そこにあるナイフで俺を殺していけっ!!」
「吉丸さん……」

 テーブルには果物を剥いていたナイフがある。真澄がクールにそれを取り上げて、ミチに渡しそうなそぶりをする。ミチはかぶりを振って吉丸に強く抱きついた。

「そう言ってほしかったんだよ。僕には自分で自分がわかっていなかったけど……吉丸さんにそう言ってほしかったって……やっと気がついた。僕はどこにも行かないよ……」
「ありがとう、ミチ、ライアン、愛してるよ」

 やれやれ、勝手にやってろ、と真澄が呟く。テーブルの籠からキウィをひとつ取って、真澄がナイフを立てる。もしかしたら真澄は、ミチに嫉妬しているのかもしれない。
 おまえってほんと、もてる男だよな、そう思って見ていたあたしの目と、吉丸の目が合った。かすかににやっとしたように見えたのは、ミチなんか落とすのは簡単さ、こんなもんだよ、と言いたかったから、なんて考えるのは、あたしの邪推、偏見だったのだろうか。

つづく






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