ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「か」

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フォレストシンガーズ

「金沢のひと」

 ソングライターに歌を書いてほしいとの依頼が来るのは、当然のようでいてありがたい。俺も世間にちょっとだけ名前と、俺の書いた歌を知られるようになってきたから、頼まれるようになってきた。

「……演歌ですか」
「そうです。乾さんはあの日本情緒たっぷりの金沢出身でしょ。金沢ったら演歌でしょうが」
「そうかなぁ」
「そうですよ。日本人はそう思ってますよ。俺たちだって歌は書けるんだけど、演歌だなんて年寄りくさいものは書けない。乾さんの歌のセンスはちょこっと古くて、そこがなんつうか、隠し味?」

 依頼してきたのは、ロックバンド、ハピネスの事務所である。
 ロックバンドと名乗っていても、そういうことにこだわりの強い章に言わせるとJポップバンドであるらしい。ハピネスが所属している事務所は若いタレントだけを抱えていて、職員も若いのであるらしい。俺と話しているのは渉外課長との肩書のある、荻原という男だった。

「ニョクナムみたいな、ほら、ナンプラーとかもあるでしょ」
「ベトナムやタイの魚醤ですよね」
「ぎょしょう? いや、ニョクナム」

 ニョクマムではなかったかと思うが、俺の知識もあやふやなので突っ込むのはやめておいた。

「ニョクナムと俺の作る歌と、どう関係あるんですか」
「わからない?」
「わかりませんね」
「案外鈍いんだな。だからさ、つまりさ、ニョクナムってものには魚の腐ったのが入ってる。その腐敗味が隠し味になって絶妙なブレンドになってるわけよ」
「はぁ」

 なんだか日本語が変だが、それも突っ込むのはやめておこう。

「乾さんの作る曲ってのは、古臭さがいい味になってるってわけ。褒めてるんですよ」
「はあ、どうも」
「ほんのちょーっとだけの古い隠し味、腐敗臭がほんのちょっと、ほんのちょっと入った、金沢演歌を書いてほしいってわけ。わかるでしょ」
「ええ、まあね」

 次第に言葉遣いが砕けてきた荻原に、不快感ではなく呆れた感を覚えた。
 褒めていると言っているのだから、けなしているつもりはないのだろう。彼は音楽事務所の渉外担当であるから、作詞作曲分野には門外漢なのであろう。親しみを込めてこんなふうに言っているのだろ。好意的に解釈したほうが精神衛生にはいい。

「すこし考えさせてもらいます」
「うん、もったいぶったほうが値打が出るよね」
「もったいぶってるわけでもないんですけどね」
「自信がない?」
「演歌は初体験ですから」
「期待しないで待ってますよ」

 自信はあるさ、期待して待ってて下さい、と言いたくなったのを飲み込んで、あれから考え続けている。金沢を舞台にした演歌。「金沢のひと」

 紅殻格子の窓の外、和服姿の美女が通り過ぎる。蛇の目の傘がくるくる回って、男は彼女のあとから歩き出す。レトロな風景は昭和初期か。当時だって男が女をナンパすることはあったのだろう。ガールハントって言葉を使っていたのか。

 内気な青年は気軽にガールハントなんかできないから、俺もこっちに進むんだ、という顔をして彼女のあとを歩く。つけているなんて思われないように、彼女の意識には留まらないように。けど、気づいてほしいな、立ち止まって、あら、って微笑みかけてほしいな。

 朝にそうして出会って、そして、午後。

 大きな屋敷の庭で、彼女が花の手入れをしている。季節は春、絢爛と咲き誇る豪奢な花々も、可憐にひっそりと咲くはかない花々も、分け隔てなく愛でる彼女の姿。彼女も決して豪奢な美女ではないが、凛として楚々としていて、白ユリの花のようだ。

 夕刻、彼女は屋敷の中で花を活けている。いつ見ても和服姿の彼女に、彼は会うたびに胸をときめかせ、それでいて声はかけられなくて。
 夜、繁華街でひとり酒を飲みながら、彼はようやく知った彼女の名前を口にのぼせる。

「さな子さん……」

 え? さな子? 俺のばあちゃんじゃないか。
 父と母の結婚に至るなれそめすら知らない俺は、祖母と、俺が産まれたときにはとうに鬼籍に入っていた祖父のなれそめはなおさら知らない。見合いだったと祖母からちらっと聞いただけだ。

 でも、俺は祖父と祖母の出会いをロマンティックに想像したかったのか。祖母が生きていたころ、俺が高校生までだったころだと、あのしわくちゃ妖怪おばばの若いころ? うげっ、考えたくもないよ、だったのだが、当方も三十代ともなると、老齢の男女の過去に思いを馳せてみることもできるようになる。

 金沢と聞くと思い出す、俺の初恋、はじめての女の子との交際、キスや揺れる想い、彼女とのつきあい、俺が生まれて育った家や、遊んだ川べり。歩いた道。小学校、中学校、高校。コーヒーを飲んだ店。

 そんなものもあるけれど、演歌としてイメージしたのは、やや遠い昔の男と女だった。乾さんは古臭いと言われたのだから、そのほうがいい気もする。
 そうして男は女と出会い、彼女に恋をした。恋をしたら結婚したくなるのが一般的な男女である時代だから、彼はつてを頼ってお見合いを企画してもらう。そしてさな子と結ばれた、と。

 いささかくすぐったい心地もあるが、祖父視点によるさな子との出会いを歌にしてみよう。

 おじいさま、あなたはあのばあちゃんに恋をしたんですか? 恋愛嫌いだったさな子さんも、若い日にだったらあなたに恋されて嬉しかったのかな。あなたがナンパしたりしたら、まなじりを吊り上げて、不潔っ!! 一昨日おいでっ!!
 と怒鳴られたかな。そのくせ、ほんのり嬉しくて、そのくせ、絶対に認めない。

 見合いは歌にはなりにくいだろうから、あくまでもフィクションの、祖父がさな子を見初めたそのときを歌にしよう。ハピネスのニューアルバムは意外性のある曲の数々。そのうちの一曲として、乾隆也作詞作曲の金沢演歌を入れる、との話なのだから、いけるのではないだろうか。

 時おりやっている、祖母との脳内会話、その延長で、一度も会ったことすらない祖父と会話して歌を作っていく。俺の脳裏には、昭和のころの金沢の町が浮かんでいた。


END





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~ Comment ~

NoTitle

この荻原って人の言葉、いちいちむかつきますね。
もうちょっと言葉の選びようがあるだろうに。
古風だとか、深みとか趣だとか。そんな言い方ならまだしも。

古い隠し味とか、腐敗臭とか(苦笑)

でも、そこでムッとしない乾君がいいなあ。
章とかだったら怒ってるかも。

妄想のお婆ちゃんの面影を借りて、しっとりした演歌を書き上げてしまうのかな。
私は演歌とか昭和歌謡は聴かないけど、乾君が作ったモノなら聴いてみたいな。

limeさんへ

いつもコメント、ありがとうございます。
変な奴、いやな奴を書くのが癖になっている私です。

テレビに出ている人の中にも、なんだ、その言い方は、日本語知らんのか、もうちょっと言い方を考えたら? ってな喋り方をする人がいますよね。

ネットの中にもちらほら、その言い方はないでしょう、傲慢に思える
言い方、というよりもネットの場合は書き方ですか。
傲慢な人なのか、文章の書き方を知らないだけなのか? って人もいますよね。

そんなこと言って、私も、日本語、これでよかったのかな、って悩んでますが。

乾隆也はそんなとき、内心ではむっとしながらも、いいほうに考えようと自分に言い聞かせます。
おっしゃる通り、章だったら怒って、おまえなんかに曲を書いてやんねーよ、って言いそうです。

仕事の件でもさな子ばあちゃんに結びつける、グランマコンプレックス隆也くん。
隆也くんが結婚しない一因は、彼女、どう? と脳内でばあちゃんに質問したりして、あの女はねぇ……なんてケチをつけられているから、なんてのもあるのかもしれません。

NoTitle

話が恋愛から逸れますが。
私たちの年代が高齢者になると、どういう曲が
教科書とかで教えられたりすんでしょうかね。。。
・・・ということを考えたりしますね。
それぞれの世代で好きな世代の曲がありますからね。

LandMさんへ

いつもコメントありがとうございます。

今から何十年後の学校の音楽の教科書には、どんな曲が載っているのか。
ほんと、興味ありますね。
フォレストシンガーズの歌は……大人の男のラヴソングですから、ありえませんが。

私が子供のころには、童謡、唱歌のたぐいでしたね。
大人になって聴くと、そういうのもいいですよね。
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