ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS「押しのけて」

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フォレストシンガーズ

「押しのけて」


1・章

 はい、木村章です、こんばんは。
 リクエストにおこたえしまして、今夜からシリーズでお届けします。フォレストシンガーズの五人は、いかにして家族の反対と闘ったか。そんな話を聴きたいと言ってくれたひとがいるんですよ。どうもありがとう。

 知ってるひともいるだろうけど、誰も知らないものとして話すね。
 あれは十五年ほど前の冬。俺は故郷に電話をかけたんだ。俺は十九になったばかりで。故郷の稚内では親父とおふくろと弟が暮らしていた。

「父さん、俺、大学やめたから?」
 むこうはしーんとしてたよ。正確な台詞なんかは覚えてないけど、こんな感じだった。

「大学は中退したから」
「……なぜだ?」
「俺はロックシンガーになりたいんだよ。ロックバンドのヴォーカリストになりたくて東京に来たんだ。バンドに誘われて、その道が開けそうになってるんだから、学校になんか行ってられないんだよ」
「もうやめてしまったのか?」
「ああ」

 押し殺したような低い声が一変して、親父は怒鳴った。

「誰の許しを得てっ!! やめただと?! ロックバンドだとっ?! そんな勝手な真似をするんだったら仕送りは止める!! 勘当だーっ!! おまえなんかはもう俺の息子じゃないっ!!」
「ああ、そう、せいせいするよ」

 それっきり、俺は親父とは口をきいていません。
 母とはそれからだってやりとりはしてたし、会いもした。弟は高校を卒業して東京に出てきやがったからやむなく面倒を見てるんだけど、親父とはほんとにひとっことも口をきいてないな。家にももちろん帰ってないよ。

 そんなんだから、フォレストシンガーズに入る、将来はプロのシンガーになるんだ、とは親父には言ってない。俺が大学三年か四年でそう言い出したとしたって、親父はまちがいなく反対してるだろうから、結果は同じだよね。


2・繁之

 ヒデの話は聞きましたよ。あいつも高知の家に帰って、俺はフォレストシンガーズってヴォーカルグループに入ったんだ、就職はしない、歌手になる、って言ったと。大学四年の夏休みだったかな。ヒデも俺も、そうたびたびは帰省してませんでしたから。

 ああ、ヒデってのはフォレストシンガーズの元メンバーです。最近はファンのみなさまにもおなじみになっているようで、ヒデのブログを読んで下さってる方も大勢いらっしゃるようですね。

 父は呆れ、母は嘆き、弟妹は言ったそうです。「兄ちゃんは馬鹿やなかがか」。土佐弁のイントネーションってこんなふうでいいのかな? ヒデはそれだけしか言わなかったけど、そんなに激しい反対でもなかったようにも思えました。

 同じく大学四年の夏休みに、俺も故郷の三重県へ、父と母に報告に行きました。うちの両親は三重県の住宅街で酒屋をやってまして、真夏の暑い夜に正座して言ったんですよ。

「俺は歌手になるつもりやから、就職活動はせんつもりやから、決意は固いから」
「……歌手? あてはあるのか?」
「これから探す」
「あてもないのに歌手?」
「なるって決めたんだ」

 そんなの、無理に決まってるよ、と母は小声で言っていました。父は眉間に縦じわを深く刻み、歌手だなんてやめとけ、普通に就職しろ、どこかの酒屋に修行に行くなり、酒造会社に就職するなりって手もある、将来はここに戻ってきてもいい、などと言い、しまいには怒りました。

「そんな、そんな甘い考えで世の中渡っていけるとでも思ってるのかーっ!!」
「とにかく、もう決めたんだ。決めたんだよ」

 交渉は決裂だ。その日のうちに東京に帰ろうとしていたら、母に呼ばれました。名古屋で働いていた姉が電話をかけてきて言うんですよ。

「あんたは甘いよ。あんたのその顔で……」
「顔のことなんか言われんでもわかってる。俺は……とにかくもう決めたんや!!」

 自信ってものに乏しかったから、もともと口下手な俺にはうまく言えるわけもなくて、もう決めた、俺は歌手になるんだから、としか言葉にできなかった。あの夜は肉体的にも精神的にもアツかったのをよく覚えていますよ。


3・幸生

 たぶん、俺がいちばん家族の反対が少なかったのかな。母はもとから音楽が好き、ポップミュージックが好き。だからって息子がそっちに進むのは別問題だったんだろうけど、幸生がねぇ、歌手にねぇ、って言ってたっけ。

「あんたは少年合唱団にいたんだし、歌がとびきり上手なのはお母さんだって知ってるけど、それで食べていかれるとは思えないのよね」
「銀行員になれよ。お父さんのコネも使えるぞ。まだ遅くないぞ。考え直せ」
「歌なんて趣味でやるほうがいいんじゃないの?」
「幸生、やめておけ。堅実なほうがいいに決まってるんだから」
「俺はフォレストシンガーズの三沢幸生になるんだよ」

 大学に入学したときからひとり暮らしをさせてもらっていたけど、俺の部屋は実家に残してあったんだ。両親に宣言して部屋にこもっていたら、妹たちが入ってきた。上の雅美は銀行に就職したばかりで、下の輝美は短大生だったな。

「私たちは応援してあげるよ」
「だからお兄ちゃん、歌手になったらブランドのバッグ買ってね」
「かっこいい芸能人を紹介してね」
「私は俳優がいいな」
「できたらハリウッドスターがいいよ」
「輝美ちゃん、お兄ちゃんが歌手になれたとしても、ハリウッドスターとは知り合えなくない?」
「ううん、夢は大きく持たなくちゃ」

 昔のまんまに黄色い声できゃっきゃしている妹たちに、ばーか、って言い返しながらも、ほんとは嬉しかったよ。雅美と輝美には嬉しかっただなんて、一度も言ってないけどさ。


4・美江子

 関係ないっちゃ関係ないんですけど、私もひとこと。
 実は私も反対されたんですよ。私は大学を卒業して、一旦は就職したのに退職して、フォレストシンガーズがデビューしたらマネージャーになる!! ってひとりで力んでましたから。

「そう、会社は辞めたの。結婚するんじゃないのよね」
「結婚なんかしないよ。お母さんにはちょこっと話したよね。本橋くん、乾くん、ヒデくん、シゲくん、幸生くんのフォレストシンガーズ。近くデビューするんだから、私は彼らのマネージャーになるの」
「その話は聞いてたけど、お父さんは言ってたよ。歌手のマネージャーなんてヤクザな商売なんじゃないかって? 大丈夫なの?」
「ヤクザじゃないから大丈夫」

 近くデビューするなんて言ったのははったりです。それから二年以上たってからですからね、彼らがプロになったのは。

 それからも何度も、母が電話で言ってました。大丈夫? 近くっていつ? だまされてない? まで言ってましたよ。父は自分で電話をしてこずに、母にばっかり言わせるんです。
 あの時期は里帰りもしなかったな。

 フォレストシンガーズがデビューしてからも、父は反対していたみたい。そんなヤクザな稼業からは早く足を洗って結婚しろってね。


5・隆也

 和菓子屋の主人である父と、華道を職業とする母と。ともに多忙な家庭のひとりっ子として産まれた俺は、両親とは疎遠だった。その分、愛していつくしんで甘えさせてもくれ、少々きびしすぎるほどにびしばし躾けてもくれた祖母の秘蔵っ子として育てられた。

 祖母も亡くなり、ひとりで東京に出てきた俺は、大学生活で夢を持つようになった。仲間を得て歌手になる。五人でヴォーカルグループを結成してプロになる。

 そのための一番のパートナーは本橋真次郎だ。彼はかけがえのないベターハーフ、運命のひと、などと言って気持ち悪がられ、果ては蹴飛ばされたりもしたのだが、そうなのだから仕方ない。大学四年生の夏、俺も一緒に行く、と言うので、本橋を連れて金沢に帰郷した。

「……ここか」
「そうだよ」

 門まで出迎えてくれた和服姿の母と、我が家のバカでかさを見て本橋はたじろいでいた。こんな育ち方をしたせいもあって、俺は高校生までだってあまり友人には家庭の話をしなかった。大学でもしたくなくて、家庭の話をしたくない自分に嫌悪感も抱いていた。

「こんな家で育つと、こんな男ができるんだな。いや、素朴に感嘆してるんだよ」
「……いいから、おまえは街を歩いてこい」

 本橋を追い出し、俺は母と向き合った。仕事一途の父は今日も家にはいない。父と母は仲がいいのだろうか、悪いのだろうか、子どもの前でも丁寧語で話し合う場合がもっぱらの両親についての、俺の長年の疑問だった。

「お母さまは俺に、立派な男になって戻ってこいとおっしゃいました。立派な男にならなかったら帰ってこなくていい、と言われましたね。俺もそのつもりです。俺は大学生として東京で過ごした三年あまりの間に、将来、なんになりたいかを固めたのです。さきほどお母さまに引き合わせた本橋真次郎、彼と、他三名の合唱部の後輩とで歌のグループを結成します。五人でプロになります。お許しをいただけるのかどうか、教えて下さい」

「私が許さなかったらどうするんですか?」
「それでも決意は揺らぎませんが、許可をいただきたいと心から願っています」
「……おばあさまはおっしゃっていました。隆也は歌がうまいね。あの子が歌ってくれると……ああ、そうなんですね」

 しばし口を閉じてから、母は言った。

「わかりました。許しましょう。ただし、五年ですよ。お父さまにも私から言っておきます。五年間、歌手なるためにすべての力で努力をしなさい。それで歌手にはなれなかったとしたら、お父さまに一から鍛えていただきます」
「と言われますと?」
「お父さまの店で、丁稚奉公からはじめるんですよ」

「……は、わかりました」
「あなたはおばあさまに似てますね」
「そうでしょうね」

 きびしい口調で俺に宣言した母の口元は、わずかにゆるんでいるようにも見えていた。

6・真次郎

「そんなもんは男の仕事じゃないっ!!」

 歌手になるんだと告げた俺に、親父はそう言い放ったよ。まあ、うちの親父は、男が男が、男は男は、男なんだから、おまえはそれでも男か!! の主義の男で、俺もかなり薫陶を受けてるんだから、こう言いそうな気はしてたんだよな。

「真次郎、本気?」
「本気だよ」
「それであんたときたら、母さんがいくらやかましく言っても就職活動もしなかったのよね。お母さんは反対よ。それでも?」
「俺は俺の道を行く」
「……頑固者」
「親父の子だもんな」

 不機嫌のかたまりみたいになって黙っている父と、まったくもうまったくもう、と愚痴っている母と、俺はふたりをそこに残して自室に引っ込んだ。

「真次郎、聞いたぞ」
「歌手だって? おまえが歌に入れあげてたのは知ってたけど……」
「そんなもん、なれるわけないだろ」
「真次郎に就職先が見つからないんだったら、うちではどうかな、って、親父は言ってたんだぜ」
「俺たちの会社でもなんとかなりそうだけどな……」
「こら、真次郎、なんとか言えよ」

 あの親父の薫陶をうけた男がここにもふたりいる。俺の兄貴たちは双生児で、俺に説教するときにはまずまちがいなく拳骨がついてくるのだが、今日は殴ろうとはせずにかわるがわる言っていた。

「考え直せ」
「サラリーマンだなんてつまらんと思ってるのかもしれないけど、歌手になんかなれるもんじゃないぞ」
「サラリーマンだって楽じゃないけど、歌手よりは楽だよ」
「俺たちの仕事にだって楽しいことはあるんだ」
「父さんや母さんともっと話し合えよ」
「話し合いの余地はなさそうだから、俺は家出するよ」

 バカ野郎だとか、阿呆か、おまえは、だとか言っている兄貴たちを尻目に、当座の荷物だけはまとめた俺は家を出た。

 家族そろって猛反対は覚悟していたさ。俺だって生半可な気持ちで歌手になりたいと言うんじゃないけど、あまりにも反対されるとくじけてしまいそうになるかもしれない。説得されてしまうかもしれない。だから、家を出るんだ。

 東京生まれの東京育ちだから、地方から上京してきてひとり暮らしをしている友人とは比較にならないほどに、俺は金にだって不自由せずに生きてきた。親は裕福なほうだし、兄貴たちも社会人だから、弟を空手の練習台にしたがるかわりに、小遣いはけっこうくれた。

 そのおかげでバイトの給料は貯金できて、独立する資金も貯まった。父さん、母さん、兄ちゃんたちのおかげだと知ってるよ。

 だけど、俺は歌手になる。絶対になってみせる。
 もはや夢の段階ではない。未来の俺はフォレストシンガーズの本橋真次郎として、ステージで歌っている。その姿以外の俺は想像したくもないのだから。
 親不孝な息子、兄貴不幸な弟でごめんな。四人の家族に心で詫びながら、俺はその日、家を出た。

END





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