番外編

番外編16(さらば青春の光)

 ←小説54(ONE NIGHT STAND)後編 →小説55(君といつまでも)
0f732f84401357dc.jpg
番外編16

「さらば青春の光」


1

 入学式も終わって時がたち、すこしは大学に慣れてきた。キャンパスでは各サークルが勧誘活動をやっている。さて、どこに入ろうか、と考え考え歩いていると、でっかい看板が見えてきた。
「うわ……」
 顔の半分が目。瞳の中にお星さまきらきらの女の子が水着姿でしなを作っている絵が、どっかーんと看板になっている。その横には、いかにもおたくって感じの男がふたり、萌え萌え研、萌え萌え研っ!! 萌え萌え研にようこそっ!! とがなっている。ついつい立ち止まって看板の女の子に見とれていると、そこにいた太った男が言った。
「そこのきみ、うちに興味あるの? 入ってくれたらポスターをプレゼントするよ」
「この看板のもとのポスターだよ。どう?」
 となりで痩せた男も言い、丸めたポスターを振ってみせる。興味はなくもないが、俺はかぶりを振った。
「俺は歌を歌いたいから……」
「うちだって歌えるよ。アニメソングはうちのサークルのテーマソングなんだから。この歌、知ってる?」
 太った男と痩せた男が、近頃大流行のアニメソングを歌いはじめた。
「ちょっとストップ。俺もその歌は知ってますけど、そんな音痴に歌われたらルナちゃんが悲しみますよ」
 ルナちゃんとは、彼らが歌っているアニメソングを主題歌にしているテレビアニメの主人公だ。看板の女の子とは別人だが、ルナちゃんも美少女なので、俺だって嫌いではない。アニメサークルに入るほどのマニアではないつもりだが、嫌いではないので歌ってみた。
「ね? 先輩らの歌は音程が狂いまくってましたでしょ。この歌の正しい歌い方はこうなんですから、音痴は歌は歌わんほうがええんです。聴いてる人の耳がおかしなるんやから」
「おまえ、関西?」
 気に入らないな、といった顔で俺を見ていた、太った男が尋ねた。
「一年生だろ」
「そうです。あのね、俺はアニメおたくやないから、萌え萌えやとかいう変なサークルに入る気はありません。歌えるサークルがええんです。歌手になろう、っていうような名前のサークルはないんですか」
「おまえ、歌手になりたいの?」
 痩せた男も言い、俺がうなずくと、ふたりして冷笑を浮かべた。
「その顔で……」
「歌はまあまあなんだろうけど、歌手ってのはおまえみたいのには無理だよ」
「歌手になれるかどうかは、顔で決まるんですか」
「そりゃそうじゃん。歌手なんてのは特別な才能と特別なルックスの持ち主が、だね」
「そういうもんだよ。おまえだってアニメは好きなんだろ。歌手になりたいなんて大それたことを考えずに、うちに入って楽しくやろうぜ」
「そりゃそうじゃん、やとか、やろうぜ、やとか言う先輩のおるサークルなんかいやや」
「ここは東京の大学だ。どこのサークルだってこの手の言葉遣いが主流だよ」
「おまえも人に笑われたくなかったら、関西弁なんか遣うのはやめたほうがいいよ」
 そう言われると、意地になってきた。
「なんで笑われなあかんねん。俺は大阪出身です。大阪弁は俺が生まれてからずーっとつこてきた言葉やねんから、東京へ来たからいうて言葉遣いは変えません。先輩らは東京出身ですか」
「いや……」
「東京じゃないけど、どこの出身だっていいだろ」
「ええんですけどね、ほんなら先輩らにかて、生まれて育った土地の言葉があるでしょうに。かっこつけてじゃんやとかなんとかだぜやとか、そんなん、みっともないわ」
「みっともないだと?」
「おまえの顔のほうがみっともないんだよ」
「俺たちが音痴だって言うけど、俺たちの音痴よりも、おまえの顔と関西弁のほうがよっほどみっともないんだよ。バーカ」
「アホにバカとは言われとうないわい」
「なんだって?」
「もういっぺん言ってみろ。一年生のくせに……」
 気色ばむおたく男ふたりの肩に、うしろから手を乗せた男がいた。
「先輩たちは四年生でいらっしゃるんですよね。一年生を相手にふたりがかりで……いや、言いませんけど、たしかに……」
「なんだ、おまえ? 合唱部だよな」
「合唱部二年生の徳永と申します。なんでしたらお相手しましょうか。ここでは人目もありますから、どこかでゆっくり話し合いましょう。どこへでもお供させていただきますよ」
 威勢のよかったおたくふたりは急にみるみる元気がなくなり、合唱部は毎日、毎日、俺たちの邪魔ばっかりしやがって、とぶつぶつうだうだ言いながらも、あとずさって逃げていった。徳永と名乗った男は背は高いのだが、穏やかににこやかにおたくたちに話しかけていた。なにがおたくたちをびびらせたのだろうか。
「聞こえてたぜ。歌いたいんだって?」
「はい」
「そんならうちに入らないか? 聞こえてたぜ、なんて言う男のいるサークルはいやか。俺は埼玉出身だから、昔からこの言葉を遣ってるんだけど、みっともないか」
「もともとそういう言葉やったら、みっともなくはありませんが……」
「合唱部の部室はむこうだよ。キャプテンが部室にいる。キャプテンもなんとかだぜ、って言うけど、それでもよかったら入れよ。きみの歌も聴いた。たいしたもんだったぜ」
「徳永さん、わざと、ぜ、ぜ、って言うてません?」
「わざとではないぜ。俺はいっつもこう喋る。じゃん、とは言わないけどな」
「そうですか。合唱部ねぇ……」
 合唱部ならば歌えるのはまちがいない。それもいいかもな、と心が動いていたら、女のひとも近づいてきた。
「キミ、なんて名前?」
「実松です。実松弾」
「だん? かっこいい名前じゃん」
「はあ、どうも」
「私は東京出身。東京ったって八王子だけどさ、なんとかだぜ、とは言わないけど、みっともない?」
「なんか知らんけどこだわりますね」
 ぶすっと言うと、徳永さんが俺の肩を叩いた。
「地方から来た奴らって、方言を出さないように、なまりを出さないようにって、東京に来ると苦労するんだよな。実松くんにはそんな苦労は無縁だろ。大阪の人間は言葉に関しては頑固だよな。な、ハルミ?」
「いいんじゃないの? あ、私、喜多晴海っていうの。彼は徳永渉。これからよろしくね。実松くんは天晴れだよ。気に入った」
「ああ、俺も気に入った」
 なにが気に入ったのか知らないが、褒めてくれているようだから深く考えないでおこう。部室に行けよ、と徳永さんに言われて、教えられたほうへと歩いていった。
「入部希望? 今日は徳永と喜多さんの担当だったんだよな。どうぞ、すわって」
 東京の大学なのだから当然なのかもしれないが、キャプテンであるらしき男も東京弁で言って、椅子を示した。
「実松です。よろしゅうおたのん申します」
「金子です。実松くんはバリトンだね」
「……あのぉ、合唱部て、歌手になりたいもんは……」
「歌手になりたいのか。俺もなりたい。いや、なるんだ。俺は歌手になると決めてる。うちには歌手志望の者も何人もいるよ。きみもその気だったら、命がけでやれ。そうすれば道は拓ける。保証はできないけど、そう信じてやれ」
「はい。キャプテンはどちらのご出身でっか」
「東京。きみは本橋が出身地あてをするまでもないな。今どきの若い大阪人って、そんな言葉遣いはしないんじゃないのか」
 本橋とは誰だか知らないが、キャプテンは大阪弁とその他の関西弁の区別がついているのであるらしい。俺のアクセントで関西出身だと言い当てる関東人はよくいるものの、関西のどこかまでは普通はわからないはずだ。
「どうしてそんなふうに、古い感じの大阪弁で喋るんだ?」
「徳永さんはだぜ、だぜやとか言うし、喜多さんはじゃーんとか言うし」
「対抗して? 大阪人は標準語は嫌いなんだな」
「東京弁は嫌いです」
 ああ、東京弁ね、と笑顔になって、キャプテンは言った。
「その根性を歌の方面でも発揮しろよ。楽しみにしてるから」
「はい。がんばりまっさ」
 これではじいちゃんの大阪弁なのだが、こうなったらとことん、大阪弁で押し通してやろうと俺は決めた。ひしめく関東人、方言を使わないようにと苦労しているという地方出身者の中で、俺のデフォルメした大阪弁で目立ってやる。金子さんといい徳永さんといい、かなりかなりかっこいい関東の男なのだから、俺が彼らに対抗する手段はそれしかないではないか、と俺は堅く決意したのだった。
 そうして合唱部に入ると、まずは一年生仲間に話しかけて、友人を開拓していった。合唱部は男女別々の部として成立しているので、女子部は後回しにして先に男子部だ。女の子とも多少は会話をかわしたが、まだ親しくなるほどでもない。飲み会などもあって、男子部仲間たちには俺の大学と合唱部の志望動機も話した。
「歌手になりたいから東京の大学に来たんや。学部なんてもんはどうでもよかったんや。そやから、なんでもええから商学部。なんでもええから歌いとうて、合唱部に入ったんや」
「ふむふむ」
 西の出身の一年生は他にもいるのだが、彼らは判で押したかのごとく、標準語で喋ろうと努力している。そのひとり、三重県出身の本庄繁之も、三重弁で喋れ、と言ってもうなずかない。三重とはいっても近畿地方に近い土地の出身である本庄は、なまりは大阪弁とほぼ同じ。なのにかたくなになまりまくりの標準語で喋る。
「小笠原は……小笠原て言いにくないか?」
「ちょっと発音しにくい名前だね」
「ヒデ、シゲ、て呼んでもええか? おまえらはそない呼び合うてるんやろ」
「いいよ。同級生なんだから。じゃあ、おまえは弾って呼べばいいのか」
「やめてくれ。ガラにもない名前。実松は呼びにくうないやろ」
「弾って呼ばれたくないのか」
「いやや」
 本庄とは決して呼びにくくはないのだが、シゲのほうがさらに呼びやすい。小笠原英彦とは俺たちと同年の合唱部の仲間で、シゲとは最初からずいぶんと仲がよかった。俺も彼らと次第に親しくなって、シゲ、ヒデと呼ぶようになったのだった。
 繁之だの英彦だのという、普通の名前だったらよかったのだが、その顔で歌手になりたいとは大それている、とまで言われる顔をしている俺に、弾なんて名前は似つかわしくない。俺は実松でいい。かっこよくない姓のほうが、俺の呼び名としてはふさわしいと思う。
「誰がつけたんだ、その名前?」
「お母ちゃんや。うちのお母ちゃんとお父ちゃんには結婚してもなかなか子供ができんで、子供がほしいてたまらんかったんやて。結婚して十年以上たってやっと生まれた可愛い男の子に、とびきりの名前をつけてやろうて、弾。やめてくれぇ。この名前がいちばんみっともないやんけ」
「みっともなくないよ。かっこいいよ」
「シゲ、おまえ、笑てるやんけ」
「笑ってないよ」
「あんな、この間、言いかけたやろ。ヒデが……」
「ヒデがどうかしたか?」
 今日はシゲとふたりで部室で話していて、ヒデの噂になった。
「ヒデも一生懸命、標準語になろうとがんばってるんやな。そやけど、あいつはじきに土佐弁をぽろっと出す。あそこはおまえよりも可愛げがある。おまえはなんでそう頑固なんや」
「だから、三重弁は大阪弁ほどメジャーじゃないからだよ」
「メジャーがなんじゃい。三重弁でも土佐弁でも岐阜弁でも淡路島弁でもなんでも、自分の言葉で喋れっちゅうねん」
「いいじゃないか。人の主義はそれぞれなんだから」
「なーにが主義やねん」
 たまーにシゲも方言をぽろりと口にするのだが、慌てて言い直したりする。おまえのかっこよさは俺と似たレベルやねんから、かっこつけたって無駄やぞ、といつかは言ってやろう。今のところはまだ、そこまで親しくはなっていないのだから、とりあえずは控えておくことにした。


 初日にキャプテンが言った名前、本橋とは、二年生の本橋真次郎。同じ二年生に乾隆也という男もいて、彼らは合唱部の一等星なのだそうだ。二年生では本橋、乾、徳永、四年生ではキャプテン金子、副キャプテン皆実、現状ではこの五人が、男子部のスターだと聞いた。
 一年生では誰がスターになるのか、まだわからない。三年生にはいないらしいので、隔年でスターが出現するのならば、一年生にもいないまんまだったりして、と思わなくもないが、弱気になったらあかんやないか。俺がスターになってみせる、と言いたい。そやけど、とついつい弱気になるのは、先輩五人の歌のレベルが卓越しすぎているからだった。
「夏のコンサートでは、本橋さんと乾さんがデュエットするんだってよ」
「へええ」
「楽しみだよな。だけど、一年生は雑用にこき使われるから、ろくに聴けないって噂もあるよ」
 教えてくれたヒデに、おまえもアクセントはばっちり西やのに、かっこつけるのはやめっ、と言ってやりたい。だが、あまりにも言葉にこだわるのもアホであろうから、しつこく言うのはやめておいた。
「ヒデ、おまえも歌手になりたいんか」
「歌手か。そうは考えてないけど、今のところは歌がうまくなりたい」
「うまいやんけ、けっこう」
「けっこうだろ。もっともっとうまくなりたいんだよ。ほりゃあほれとして……うわうわ」
「ほりゃあほれとして? よしよし、そのまんまで喋らんかい」
 こほっと空咳をして、ヒデは言った。
「それはそれとして、実松、彼女はできた?」
「女の子の話しがしたいんかい。おまえは彼女がほしいて、合唱部に入ったんかい」
「おまえはいらんのか」
「ほりゃあほしいわい」
「ほりゃあ、は大阪弁とちゃうやろがい」
「なんじゃい、その言葉は」
「へ?」
 言葉遣いに駄目出しばかりしていては、話が先に進まない。おまえが悪いんじゃろ、と言われるのは目に見えているので、まあまあ、うんうん、と互いにごまかしてから、会話を続けた。
「ヒデはどんな女の子がタイプなんや?」
「実松は?」
「俺は優しい子がええな。優しいてほわーんとしてて、天然ボケ入っててもええから、きつうない子がええわ」
「今どきの女はみんなきついよ」
「そうとも限らんで。ヒデ、女にきついこと言われたんか」
「俺の経験談じゃなくて、一般論だよ。俺はあんまりほわわんとしたのより、性格はちょっときつくてもいいから、胸がこうどーんと……どどーんと……」
「巨乳好きか。マザコンか」
 講義をさぼって部室でそんな話をしていたヒデと俺は、腹が減ってきたのでメシを食いにいこうと、ふたりして学食に向かった。和風のランチやうどんは東の味つけなので、ヒデにも俺にも味が濃すぎる。メシはうまくないけど、安いんだから我慢しよう、とは言うまでもなく、適当に選んで食事にとりかかった。
「ヒデ、おまえ、うどんか。そんな真っ黒けの汁のうどん、よう食えるな」
「出汁は飲まん」
「そうやろな。三重かて味つけは関西ふうやろ」
「そうだろ。ほやけど、そやけど、そうだけど、だな、標準語は。うん。そうだけど、シゲは味つけなんてなーんも気にしてないよ。なんだって食うんだ、あいつは。味より量だってよ。ほら、あそこにシゲがいるぞ」
「あいかわらず目の前にずらっと食いもんが並んでるな。あいつ、メシ代が高うつくんやろな」
 安そうな料理を並べてばかばか食っているシゲのとなりには、見知らぬ男がいた。無精ひげをはやした小汚い男は、シゲと同じ学部の奴だろうか。合唱部ではない友達なのならば声はかけずにおこうとヒデと言い合った。
「あいつ、もてへんやろな」
「どっちが?」
「シゲも、いっしょにおる奴もや」
「おまえはもてるんか」
「ヒデは?」
「シゲよりはもてるんじゃないかな」
「シゲよりもてても自慢にならんわい」
「おまえもシゲよりはもてるんじゃないか」
「いっこも嬉しないわい」
 どうせ、とヒデは嘆息した。
「俺みたいな田舎臭い男はもてないよ。おまえは田舎の出身じゃないんだろうけど、東京の女から見たら土佐も大阪も同じなんじゃないのか。東京の子だったらまだいいよ。都会の子に田舎者扱いされるのは許せなくもない。京阪神出身の女の子だって、高知? 田舎やなぁ、って言う。それもまだ許す。しかししかし、おまえだって田舎の子じゃないかっ、って怒りたくなるようなところの出身の女までが……田舎くさぁ、ってさ……」
「誰かにそない言われたんか?」
「いいんだけどさ。どうせ女は、見た目もかっこいい都会の男が好きなんだ」
 そう言うヒデは、見た目はそう悪くない。シゲや俺よりも背が高くて、すんなりした身体つきをしている。それでも田舎者はネックになるのか。だからこそ、土佐弁を矯正して都会の男になりたがっているのか。大阪出身なのだから田舎者ではないと俺は思っているが、大阪人だって東京の女から見れば、と言われれば、それもそうかと思える。
 やはり男は誰しも、女の子と楽しくやりたいのだ。ならば俺が女の子たちを誘おう。大阪弁には親しみやすいだとか、お笑いみたいで面白いだとかいう利点があるようで、東出身の女の子たちは、案外俺と気安く口をきていてくれる。俺の言葉を聞いては、芸人さんみたいだね、と笑ってくれたりもする。
 笑われてもいい。今回はこの利点を最大限に活用して、まずは男女数名で遊びにいく約束をとりつけようと、昼メシをすませると、ヒデと別れて女子部の部室に入っていった。昼休みどきなので、部室には一年生の女の子たちも数人いた。
「金子さん、下川さん、柳本さん、宮村さん、榛名さん」
 友達になるまでは至っていないが、女の子たちの姓は正確に覚えた。部室にいる五人の女の子の中には、ラッキーにも金子リリヤもいた。男子部キャプテン、金子さんの妹で、巨乳好きのヒデには物足りないかもしれない華奢な子だが、素晴らしい美少女なのである。他の四人は美少女というほどでもないが、めいめいが可愛らしい。
「なに、実松くん?」
 返事をしてくれたのはころんころんとした小柄な宮村さんで、愛想のいい微笑に勢いを得て言った。
「今度の日曜日にみんなで遊びにいけへんか? 一年生ばっかりで、親睦を深めようや」
「男の子も? それもいいかな。私たちも遊びにいく相談してたんだ。ねえねえ、いいんじゃない?」
 榛名さんが女の子たちを見回し、下川さんは言った。
「んんと……私はねぇ……」
「ノリちゃんには決まったひとがいるんだろうけど、一年生ばっかりで遊びにいくっていうの、行ったら駄目だとは言わないでしょ? そんなふうに彼女を束縛するようなひとだったら、つきあってあげない、って言えばいいんだよ」
 柳本さんも言い、リリヤさんも言った。
「ノリちゃんはデート? いいないいな」
「デートの約束はしてないけど……もしかしたら、日曜日なんだから……」
「ふーん、そんなら、ノリちゃんは先約がなかったらってことだね。リリヤちゃんは?」
「うちのお兄ちゃんもまさか、行くなとは言わないだろうから行く」
「ミコちゃんは?」
「サイクリングだよね。行きたい」
「沙織ちゃんは?」
 みんなに質問しているのは柳本さんで、俺は彼女たちの名前を覚えようとしながら聞いていた。宮村ミコちゃん、榛名沙織ちゃん、下川ノリちゃん、柳本恵ちゃん、金子リリヤちゃん、全員が行くと言って、案外簡単にサイクリングが決まった。今日は月曜日なので、準備期間もある。俺は男どもを誘わなくてはいけない。
「他の子たちにも声をかけてみるから、ふえるかもしれないよ」
 言った榛名さんに、大勢で行こうや、とうなずくと、女の子たちも嬉しそうな顔をした。女の子たちも男と楽しくすごしたいのだろう。
 下川のノリちゃんがつきあっているというのが本橋さんなのは、俺も知っていた。ノリちゃんは淡路島出身なのだが、淡路島弁などは三重弁以上にマイナーだろうし、東京の男である本橋さんとつきあっているのならば、標準語で喋りたいのは無理もないだろう。それでも、時々は彼女の言葉遣いにケチをつけて嫌われている。
 やっぱし東京の男てもてるんかな、なんて考えながら、女の子たちと約束をかわして、男子部室に行った。そちらにはヒデとシゲ、安斉、野呂といった一年生たちが集まっていた。
「ええことがあったんやで。俺のおかげやねんから感謝せえよ」
「ええことってなに?」
 女子部での約束を話すと、男どもの目が輝いた。行くか? と尋ねる間もなく、俺も行く、俺も行くーっ、と手を上げる。ヒデはシゲに言った。
「泉水ちゃんも誘ったらどうだ?」
「泉水と高田さんも来るかな。声をかけてみるよ」
「シゲ、泉水ちゃんて? おまえ、彼女おるんか」
 嘘やろ、と言いたくなったのをこらえていると、シゲは言った。
「俺の小学校のころからの幼なじみだよ。高田さんってのは泉水の友達。合唱部でなくてもいいんだろ」
「もちろん。女の子が大勢になるのは大歓迎や。みんなも心当たりの女の子を誘えよ」
 この中に彼女のいる奴がいるのだろうか。いたとしたら腹立たしいが、サイクリングをきっかけとして俺にも彼女ができるかもしれない。どうも他の男たちの目も、その期待で輝いているようにも見えた。
 
 
2

 サイクリングヘの参加希望者は続々と集まり、合唱部の一年生も彼や彼女の友達も、というわけで、かなりの大人数になりそうだった。
「泉水ちゃんって子も来るんやろ」
「高田さんも行くってさ。男も誘ってもいいか」
「男って誰や?」
 同じ史学部の友達だ、とシゲが言うので、学食で連れ立っていたあいつか、と問い返すと、シゲはうなずいた。
「見てたのか。長野っていうんだよ。長野県出身の長野常春。教室で会うようになって話すようになったんだ。あいつも城が好きだから、俺とは趣味が似通ってる。もさーっとしたところも似てるだろ」
「自分で言わんでもええやんけ。その長野を誘うんか」
「長野はサークル活動はしないんだってさ。シナリオライター志望なんだそうで、遊んでる暇もないし、友達もいらないんだ、って言う。変人みたいなんだけど、そのくせ、俺の友達関係を根掘り葉掘り詮索したがるんだ。実は友達と遊びたいのかな」
「そうなんとちゃうか。男友達もおったほうが楽しいし、女の子とはなおさらやろ。誘ってみいや」
「学食にいるかもな」
「俺もいっしょに誘ったるわ」
 どこにいるのかな、学食かな、と首をかしげるシゲとふたり、長野を探していると、キャンパスのベンチで原稿用紙を広げている姿が見えた。シゲが彼に近づいていき、俺を紹介してくれると、長野はうっとうしそうに俺を見た。変人なのはまちがいないらしき長野に、シゲが言った。
「この実松だとか合唱部の連中だとか、俺の幼馴染の泉水だとか、泉水の友達だとか、大勢で遊びにいく約束があるんだ。今度の日曜日にサイクリングに行こうって。おまえも行くか」
「サイクリング? つまらん」
「つまらないんだったら来なくていいけど」
「どこに行くんだ?」
 質問されるままにシゲが答えた。待ち合わせはここで、サイクリングは近場でやって、帰ってきたらみんなで飲んで食っての予定だと、夕食の店の名までも告げた。
「僕は行かない。そんな暇はない。おまえたちは遊んでばっかりで、そんなのだったら将来苦労するぞ。先の目標は立ててるのか。歌だのサイクリングだのって、目先の楽しみばかり追い求めてると……」
「将来かて考えてるけど、今はええやんけ。おまえはそんなん言うてるけど、興味あるんやろ? ほんまは行きたいんちゃうんか。修行僧みたいなこと言うてんと、行きたいんやったら素直に来いや」
「行きたくないよ」
「ほんならなんで、細かいとこまで知りたがるねん? シナリオを書く参考にするんか。なに書いてんのん? 見せてえや」
「いやだ」
 原稿用紙を胸に抱きしめて、長野は俺を睨み上げた。
「なんだ、このふざけた男は。本庄、こんな奴に僕の話をすんな」
「ごめん。おまえを誘おうと思ったから、だから話したんだけど、悪かったか?」
「悪いよ」
「ええやんけ。シナリオを書いてるとか、長野県出身の長野やとか、そんな話しか聞いてないわ。シゲ、こんな奴はほっとけ。行きたいくせに興味ないふりして。ほんまはこういう奴は無類の女好きやったりするんやで。そやろ、長野?」
「女なんか……」
「実松もいらんこと言うな。もういいよ、実松、行こう」
 ほっといてくれ、と自分の殻に閉じこもってしまった長野をそこに残して、シゲとふたりでその場を離れた。
 そんな一件もあったのだが、サイクリング当日には待ち合わせ場所に若い男女の集団ができて、予約してあったレンタサイクルに乗って出発した。おりよく上天気で、川べりを自転車が何台も何台も通りすぎていく。五月の風がひどく心地よかった。
「こーんなにたくさん、お弁当を作ってきたよ。食べたいひとは誰でもいらっしゃい」
 景色のいい場所で昼食にしようと、思い思いにすわると、リリヤちゃんが言った。ラッキーにも俺は彼女の近くにいたので、巨大なランチボックスを覗き込んだ。
「うわー、すっげえ豪華な弁当やな。リリヤちゃんが作ったん?」
「私は東京だから、こういうときには地元の利を発揮しなくちゃ。実松くん、食べる?」
「うん、ごちそうさん。いっただきまーす」
 俺も俺も俺も、とわらわらと男たちが寄ってくる。地方出身者の多い一行だったのだが、東京出身の女の子も数名はいて、そのうちのひとり、高田諒子さんも言った。彼女はシゲと同郷の瀬戸内泉水ちゃんの友達だ。
「私もお母さんにお弁当を作ってもらったの。たくさんあるから食べていいよ」
「私が食べる」
「泉水にあげるって言ってないじゃないの」
「男しか食べたらいけないのか」
「だって……」
 こそこそと泉水ちゃんが諒子ちゃんに耳打ちし、諒子ちゃんが泉水ちゃんを突き飛ばす真似をする。ふたりでくすくす笑ってから、泉水ちゃんがシゲを呼んだ。
「シゲはそれだけじゃ足りないだろ。こっちにおいでよ。諒子がお弁当を分けてくれるって。ヒデも来ていいよ」
 はじめて知ったのだが、泉水ちゃんはシゲとは子供のころからの友達で、シゲと仲のいいヒデともすっかり親しくなっているのであるようだ。恋人ではないのだろうけど、シゲにはこんな女友達がいるのではないか。女っけゼロの俺よりはよほどいい。シゲとヒデは諒子ちゃんと泉水ちゃんのそばに行き、俺は自分で買ってきたコンビニ弁当はほったらかしにして、リリヤちゃんの弁当をごちそうになっていた。
 いつの間にか近くにはカップルもできている。俺にはリリヤちゃんが……ってわけにはいかないだろう。ここでは彼女とふたりきりではなく、嬉しそうにリリヤちゃんの弁当に手を伸ばしている男が何人もいるのだから。
「リリヤちゃん、料理うまいんやな」
「諒子さんっていうの? 彼女は正直に言ったんだから、私も言う。私のお弁当もほとんどお母さんが作ったの。うまくて当然じゃん。主婦歴も長いんだから」
「うまいけど、卵焼きが甘いな」
「卵焼きって甘いもんでしょ?」
「関西の出汁巻きは甘くないんや」
「甘くない卵焼きなんておいしくないよ」
 東京人とは味の感覚が決定的にちがうのだ。俺は東京の女とは結婚せんぞ、したいと言うても、リリヤちゃんがOKしてくれるはずもないけどな、胸のうちでひとりごとを言いながらも、リリヤちゃんのお母さん作の弁当をしっかり食べた。うまいものもまずいものもあった、とは言わないでおこう。
 市販の弁当やら手作り弁当やら、どこかで買ってきたパンやらおにぎりやら、他人の弁当をつついてばっかりの奴やら、賑やかに昼食がすんだ。
 自然の中にいる女の子たちはいっそう可愛い。可愛い子があちこちにいて目移りする。目移りしているばかりで、ノリちゃんには彼氏がいてるにしても、可愛らしいし、リリヤちゃんもいいしミコちゃんもいいし、沙織ちゃんもいいし、泉水ちゃんも諒子ちゃんもええよなぁ、などとよろめいているうちに、そろそろ帰ろうか、となってしまった。
「ま、ええか。きっかけにはなるかもしれんもんな」
「なに言ってんの、実松? なんのきっかけ?」
「おまえは誰や」
「俺も合唱部だよ」
「男なんか知らん」
 誰だか知らない奴、ではない。合唱部の坂本であった。
「俺、リリヤちゃんがいいな」
「俺かてリリヤちゃんがええけど、あの子は美人すぎるやんけ」
「そうだよな」
 リリヤちゃんとなんかつきあわなくてもいい、と言う奴は、ぞっこん惚れてる彼女のいる男くらいしかいないのではなかろうか。そんな奴でさえも、リリヤちゃんとつきあえるとなったら、彼女をふってでもなびくのではないか。男は誰しも、リリヤちゃんを熱っぽく見つめている。が、夕食の予約をしてあった店に向かう途中で、リリヤちゃんは言った。
「遅くなるとお兄ちゃんがうるさいの。私は先に帰るね。みんな、お疲れ」
 ひらひらと手を振って、合唱部一の美少女は帰っていってしまった。それでもまだまだ女の子はいる。昼間の続きでわいわいと夕食をすませて店から出てくると、泉水ちゃんが言った。
「薄気味の悪い男が立ってるよ。こっちをじろじろ見てる。お化けじゃないのか、あれ」
「お化け?」
 訊き返したシゲに、泉水ちゃんは言った。
「だって、ガリンガリンに痩せてるし、顔色にも精気も覇気もないよ。ぬぼーっと突っ立ってると気持ち悪い。お化けってかゾンビってか……」
「そこに立ってるってだけで、なんにもしてない奴をそう無茶苦茶言うなよ」
「じろじろ見てるんだもん。女の子ばっか見てる」
「女の子たちは美人ぞろいだからだろ」
 そう言ったのはヒデだった。
「あれ? あいつ、シゲの友達じゃないのか?」
 長野だ。俺は彼を知っているが、ヒデはよく知らないらしく、シゲが教えてやっていた。
「長野だよ。俺と同じ史学部の奴」
「だろ? 学食で見たよ。長野っつうのか。シゲの友達なのになんで近寄ってこないんだ? おーい、長野、こっち来いよ」
 ヒデが呼んでも長野は近寄ってこようとはせず、安斉が言った。
「シゲの友達か。あいつ、なんかこう……」
「長野くんっていうの? 本庄くんの友達なんだったらこっちにおいでよ。ごはん食べた?」
 諒子ちゃんに呼ばれて、長野がそろそろと歩いてくる。やだな、気持ち悪い、と泉水ちゃんはなおも言い、女の子たちは薄気味悪そうに長野を見ている。安斉はそんな女の子たちに言った。
「あいつには女の子は近づかないほうがよさそうじゃないのか」
「安斉、その言い方はひどいだろ」
 そこで俺も言った。
「ヒデが怒らんでもええやんけ。女の子から見たら気持ち悪いんや、ああいう男は」
「おまえの大阪弁も気持ち悪いんちゃうんか」
「俺の大阪弁のどこが気持ち悪いんじゃい。ほんならおまえの土佐弁は……」
 いつものごとく、ヒデとアホらしくもめていると、長野が大きな袋をぶらさげてそばに来た。
「いやぁ、あの、迷ったんだけど、迷ってるうちに夜になっちゃって……みんな、晩ごはんはすんだ? 僕、ビール持ってきたんだけど……ええと……」
「ビールだったら飲むよ。公園にでも行こうか。なんだよ、照れてんのか。おまえ、女の子とつきあったことないのか。あ、俺、小笠原っていうんだ。ヒデとよきくれ、って言ったら通じる? どこの出身?」
「長野」
「長野県の長野くん? 面白いな。じゃ、ヒデと呼んでくれって言わないと通じないよな。俺の出身はどこだかわかる?」
 しきりに話しかけるヒデにまで恥ずかしそうに、ぽつりぽつりと長野がなにか言っている。行こう、とヒデが言い、女の子たちは渋々のていで全員で公園に行った。
 同い年の仲間たちで公園でビールを飲み、アルコールが入ると長野も多少は陽気になってきて、みんなで喋ったり笑ったり歌ったりしていた。季節は初夏で、諒子ちゃんが公園の花をさして、これはなんていう花だか知ってる? と質問して、男どもは口々に、知らん、桜、菊、チューリップ、薔薇、などなどとでたらめな返事をしていた。
「つつじ。男の子って花を知らないよね、泉水?」
「シゲやヒデだけじゃないんだよね。ありゃ? ちょっと、長野くん……なにを……なにすんのっ!! シゲ、止めろっ!!」
 怒ると迫力の出る声で泉水ちゃんが怒鳴り、彼女の指の方向を一斉に見た。公園には噴水がある。長野は噴水に石を投げ込んでいて、続いて自らが飛び込んだのだった。
 なにやってんだ、あいつは、ちょっとちょっと、なにすんのっ、などなどと口々にみんなが叫び、シゲが大慌てで噴水のほうへと走っていった。俺もシゲについていってみると、長野は噴水のある溜め池の真ん中にすわり込んで、えへらえへらと笑っていた。アホか、おまえは、とシゲが呆れ返った様子で言い、手を差し伸べる。長野は知らん顔をして大声で歌いはじめた。
「萌え萌え研のおたくよりも下手な歌やな」
「萌え萌えってなんだ?」
「知らんのか、シゲ? 知らんでもええわ。ほんま、アホな奴っちゃな。ほっとけや」
「ほっとくわけにもいかないだろ」
 ひとり、ふたり、と他の男も近づいてきたが、女の子はひとりも寄ってこない。長野は歌らしきものをがなっていて、耳を澄ましてみると、「青葉城恋唄」だった。
「こいつ、城が好きやて言うてたよな。青葉城が泣くで。シゲ、手本を聴かしたり」
「手本のどうの言ってる場合じゃないだろ。長野、出てこいよ」
 いやだ、と長野は言う。初夏なのだし、今夜は気温も高いから風邪も引かないだろう。大丈夫かなぁ、と心配げなシゲをそこにいた男たちでなだめて、長野はほったらかしにして、女の子たちのところに戻ると、泉水ちゃんが言った。
「なにやってんだか。男ってアホだね」
「男って、って言わんといてんか。俺はあそこまでアホとちゃうわい」
 いいや、実松は長野にも負けないアホやきに、と言ったのはヒデで、なぜだかあちこちで男どもの賛同の声が湧き起こった。俺のおかげで女の子たちと楽しく一日をすごせたのに、恩知らずな奴らだ。いや、俺のおかげではなく、女の子たちの予定に乗っかってまぜてもらったようなものではあるのだが、それは言わぬが花だろう。
 酔っ払ったあげくの愚行なのであろうから、水に入って頭が冷えて身体も冷えたら、長野もほどほどで帰るだろうと軽く考えて、ほったらかしにしてみんなで帰った。だが、その翌日、部室に行くと、キャプテンに呼ばれた。
「リリヤからも聞いたんだけど、昨日は一年生たちでサイクリングに行ったんだろ」
「あかんかったんですか」
「あかんことはないんだよ。リリヤは晩メシは食わずに帰ってきたんだけど、そのあとだ。なにかあったって?」
「なにか? 長野でっか」
 同級生たちと話す場合には、ごく普通の大阪弁で喋っているのだが、先輩を相手にするとじいちゃんめいてくる。金子さんには特になのは、かっこよすぎる男だからかもしれない。こっちは道化に徹する以外、対抗のすべがないように思えるのだった。
「その長野なんだろうな。本庄の友達で、合唱部ではない一年生だね。彼がなにをしたって?」
「サイクリングに行こうって、本庄と俺が誘ったんですけど、長野はいややと言いよりました。そやから無理には誘わんかったんですけど、晩メシ食うてから外に出たら、長野がおったんです。ビール持ってきたとか言うて……」
「おまえたちは全員一年生なんだから、アルコール摂取は……そこはまあ、今のところは不問に付すよ。で?」
「ほんで、公園でみんなでビールを飲みました。ほしたら長野が酔っ払ろうて、噴水に飛び込んだ。噴水の中で下手くそな歌をがなってて、シゲが出てこいて言うても出てきよれへん。そやからほっといて帰りました」
「それだけ?」
「そこまでしか俺は知りまへん」
「ふーん」
 そこにあらわれた、安斉にも金子さんが質問した。安斉は俺と同じ返答をし、金子さんは言った。
「長野本人が流した噂なんだろうか。昨夜、合唱部の連中に公園に連れ込まれて、噴水に放り込まれたって。俺は部外の者から聞いたんだ。そうじゃないだろ、おまえたちの言からすると。安斉と実松が口裏を合わせているのでもなさそうだし、俺はおまえたちを信じるよ。なんだってそういう噂になるのか……長野はなにを考えてるんだ」
「シゲにも尋問します?」
「安斉、尋問ってなんだよ。俺はそんなつもりはない。事実確認をしたにすぎない。女子部でも大野さんが、昨日のサイクリングに参加していた女の子に尋ねてくれるはずだ。わかったよ。行っていいよ」
 警官に尋問されたような気分だったのは、安斉も俺も同様だった。
「女の子らは長野を気持ち悪がっとったやろ。そやからかな。自棄になってあんなアホやって、ほったらかしにされたからますます自棄になって、しょうむない噂を流したんか」
「なんだろうな。俺にはわかんないよ」
 そんな会話をしつつ、キャンパスを安斉と歩いていると、ベンチのそばに人だかりができていた。背伸びして覗いてみると、樹木に張り紙がしてある。合唱部の奴らは大嫌いだっ!! と赤い大文字が躍っていて、俺は人垣をかきわけて張り紙を読んだ。
「……安斉、ここに書いたある」
「ああ、金子さんが言ってた噂だよな」
「長野が書いたんか」
「そうとしか思えないよ」
「アホもええとこやな。シゲに見せたろ」
「おい、実松、剥がしちまっていいのか」
「ええねん」
 張り紙を剥がし、俺は見物人たちに言った。
「嘘ですよ、こんなん。信じんといてな」
 大事といった噂ではないような気もするが、放置してはよくない気もする。俺の言葉を信じたのか信じていないのか、そこにいた学生たちはざわざわ言っていて、俺は安斉とふたりでその場を離れた。
「金子さんはこれは読んでないんかな」
「金子さんは気づいてないのかな。他にも貼ってあるんだろか」
「さあな。長野は真面目な奴らしいから、史学部の教室におるんやろ。そうは言うてもこの時間の講義はどこの教室や?」
「俺が知るかよ」
「俺も知らんわ」
「学食で張り込むか」
「そうしよう」
 昼メシ前から講義をさぼっていたのは、安斉と俺のふたりだけだったようだ。とすると、金子さんもさぼっていたのか。四年生はせっせと講義には出なくてもいいのか。それはまあいいとして、安斉と学食に行って待っていると、長野ではなくシゲがやってきた。
「シゲ、知ってるか」
 張り紙を見せると、シゲはそれをざっと読んで口をあんぐり開けた。そこには、長野の視点による、長野の解釈による、長野の独断と偏見による、長野のねじれた思考による、昨夜の顛末が綴られてあったのだから。
「なんだ、これ? 長野が書いたのか」
「そうやろな。他の誰が書くんじゃい。シゲ、どないする?」
「んん……あいつ、酔ってたから本当にこうだったんだって思い込んでるのかもしれない。ヒデも酒癖はよくないけど、長野はヒデ以下か。今日は俺は長野を見かけてないけど、アパートを知ってるから行ってみるよ。とりあえずは俺にまかせてくれるか」
「ええけど、大事にすんなよ。たいしたことでもないねんから」
「うん、そうだろうけど」
 気にはなっていたが、商学部の教授がややこしくもむずかしい課題を持ち出したので、それから数日は部室に行けなかった。どうにかこうにか課題を提出して、合唱部に行くと、金子さんがいた。
「シゲはあの一件、なんか言うとりましたか」
「張り紙を見つけたのは安斉とおまえだったんだそうだな。俺は見てなかったんだけど、他にはなかったみたいだよ。俺も本庄に見せてもらった。本庄は長野と話し合って、一応は解決したと聞いてる。俺も詳しくは知らないんで、本庄に聞いてくれ。ありがとう」
「ありがとう?」
「合唱部の名誉のために、奔走してくれたんだろ。感謝してるよ」
 そこまでは考えていなかったけれど、キャプテンが感謝してくれるのだったら、ありがたく受け取っておこう。
「いえ、俺のほうこそおおきに」
「ところで、夏休みの合宿だが……」
「はい」
「大要をまとめたプリントを作ったから、持っていって」
 ついに合唱部のメインイベントの最初、一年生にとっては最初の最初の行事が近づいてきたのだ。金子さんにプリントを渡されると、気分が完全にそっちに向いてしまった。
「うん、どうってこともなかったよ」
 それでも気にはかかったので、そのあとで会ったシゲに長野の一件を尋ねると、シゲは曖昧な返答をした。どうってこともないんだったらどうってこともないのだろうし、噂が広まるようにもなかったのだし、ま、ええか、と俺も考えておくことにした。

 
3

 忘却の彼方に去っていた、一年生の初夏のある夜の事件がふいによみがえったのは、二年生になった夏だった。今年の一年生には、大阪弁の面白い奴と皆に言われている俺を凌駕しそうに変な奴がいて、そいつが俺にワープロ用紙をよこしたのだった。
「実松さん、俺、シナリオを書いたんです。読んでもらえます?」
「シナリオか。おまえもシナリオライター志望かいな」
「俺はそんなんじゃないけど、も、って、実松さんも?」
「俺とちゃう。シナリオライターになりたい言うてた奴がおったんや。あいつはこのごろまるっきり見かけんな。どれ、見してみい」
 合唱部にはよく喋る男が数名いるといわれていて、去年のキャプテン金子さんからして饒舌だったのだが、この一年生、三沢幸生の口は滅茶苦茶によく回る。見せられた文章は、こんなふうだった。

「霧の中、ひとりの男がたたずんでいる。彼の名は三沢幸生。筋肉質の長身にトレンチコートをまとい、憂いと翳りを帯びた表情が女心をそそりそうな美形ぶりだった。遠くで彼を見つめている女の視線を感じる。甘くとろけそうな、フランス製生チョコレートのような吐息も降り注いでくる。しかし、男はそんなものには目もくれず、背を向けた。
「俺には女はいらないのさ」
「いやいやっ。幸生さん、私を捨てないで」
 幸生の背中に女の手の感触。耳元には囁きと吐息。背中で女の豊かな乳房が潰れ、それでも幸生は、低い声音で言った。
「寄るな、火傷するぜ」
「いいの。それでもいいの。私はあなたが……」
 振り向いて女を抱き上げ、ベッドに放り出して、幸生は背を向けた。
「俺はひとりがいいんだ。女はいらないんだ。ついてくるな」
 ベッドに泣き伏す女の声を耳にとどめたまま、無口な男は部屋から出てドアを堅く閉めた」

 うなだれてしまいそうな文章をそこまで読んで、俺は言った。
「シナリオてこんなんちゃうやろ? 作文やろ、これは」
「そおお?」
「これって部屋の中やろ。なんで霧の中やねん。筋肉質の長身で低い声音で、なんでこいつの名前は三沢幸生やねん」
「モデルは徳永さんなんだけど、名前くらいは俺でもいいじゃん、ってーか」
「主人公が三沢幸生やいうだけで、あとを読む気が失せるわい。生チョコレートて書くんやったら、ベルギー製にせなあかんやろ。チョコレートはベルギーや。無口な男は、なんて書くな。無口はよけいや」
「そうなんですか。一枚の半分ほどしか読んでないでしょ。もっと読んで」
「いらん」
「せっかくハードボイルド巨編にとりかかったのに」
「おまえはシナリオなんか書かんでええから、歌の練習せえ」
 ちぇーー、と口をとがらせている三沢にシナリオのつもりであるらしき用紙を返し、まじまじと彼を見た。この作文に登場する三沢幸生は、本人とは正反対ではなかろうか。本人は小柄で細くて声が高く、人なつっこくてお喋りで、ハードボイルドとはおよそ縁のなさそうな男だ。
「徳永さんがモデルなんか。徳永さんも無口ではなさそうやけどな」
「ハードボイルドのヒーローは、無口でこそ絵になるんですよ」
「そやからな、おまえはやめとけ」
「俺がなろうって言うんじゃなくて、書こうとしてるんですよ。だけど、憧れません? 実松さんもハードボイルド男になりたくない? あ、無理か。大阪弁ハードボイルドヒーローだとお笑いだもんね」
「アホ、俺はそんなもんになりとうないわい」
 やっぱりぃ、と言ってけらけら笑う三沢を見ていると、長野を思い出す。シゲは彼について詳しく話したくなかったのか。あれっきり長野を見かけなくなったのは、大学からもいなくなったのか。今さらではあるが、一年前の話をシゲに尋ねてみた。
「長野か。俺にもなにがなんだかよくわからなかったんだけど、そう思い込んでた節はあったようだよ」
 三重県なまりも消えつつあるシゲは、三沢の作文ではないが、憂いのある表情をしていた。
「酔ってたからだろ。あいつが言うには、噴水を浴びてて寒くなってきたから帰ったんだそうだ。濡れた服で歩いてたら、そう思えてきたんだろうな。あいつが張り紙に書いた通りに、合唱部の奴らに放り込まれたんだって。その夜にあれを書いて、早くから学校に来て樹に貼り付けて、うちに帰って不貞寝してたんだそうだよ」
 その日の出来事を蘇らせている様子で、シゲは続けた。
「俺がなにを言っても聞く耳も持たなくて、おまえたちが噴水に放り込んだんだ、って言い張るんだ。そうじゃない、って何度も言っても聞き入れない。俺も諦めて帰ったよ。それからしばらくして長野の部屋に行ってみたら、引っ越しちまってた。教室で顔を合わせても口をきかない。あいつは本気でシナリオライターになるつもりだったみたいなんだよな。歴史好きで城好きだから、時代もののシナリオを書きたいって言ってたよ」
「そやのに、いっこも見かけへんようになってるやんけ」
「学校には在籍してるんだろうけど、出てこなくなったんだよ。引きこもってるのかな。俺も気にはなるけど、お節介ばっかり焼くのもなんだし」
「そらそうやな。今もひきこもりか」
「どうなんだか知らないよ」
 シゲが知らないのだったら、俺にはよけいに知るすべもない。シゲは言った。
「世の中、おまえや三沢みたいな人間が多かったら、もっと明るいのにな」
「長野みたいな暗い奴もおるんやな。俺かて悩み多き青年やねんけど、人には見せんだけや」
「そうか、えらい」
「えらいことないわい。長野は犯罪に走らんかったらええけどな」
「そこまでは行かないだろ」
 話題がこうだと暗くなってくるので、俺は三沢のシナリオの話をした。
「シゲも読んだれや」
「いらないよ」
「暗いていうたら、今年のキャプテンもちょこっと暗いか」
「渡辺さん? 暗いんじゃなくて、渡辺さんは考え深いんだよ」
「そうか。三沢や俺は思慮が浅いんやな」
「浅いんだか底が知れないんだか、三沢もおまえも変な奴だよ」
「ヒデは?」
「あいつは単純だろ。俺も単純だ。人間はそのほうが……なんだろ。楽か」
「単純やと楽やねんな。俺も楽な生き方がしたいわ」
 たとえ顔がこうで、身体つきもスマートとは程遠くても、俺は歌手になるんだ、なれるんだ、と一年生のころには勝手に決めていた。金子さんだって、信じて進めば道は拓ける、と言ってくれた。だが、俺の歌唱力なんてさっぱりやんけ、と現実を感じ取るようにもなっていた。
 卒業していった金子さんは、俺との初対面の日に、歌手になるんだと言っていた。彼はルックスも歌も抜群で、彼が言う分には誰も揶揄もできないであろうと俺は思った。そんな金子さんの思惑には、妹のリリヤちゃんとのデュエットでデビューするというのがあったのだと、俺もそれからほどなく知った。
 が、リリヤちゃんはいきなり結婚すると言い出した。相手は年上の社会人で、できちゃった婚となったリリヤちゃんは、兄とのデビューをも蹴飛ばして、恋しい男と結婚して母となるらしい。俺もリリヤちゃんにはぽーっとなっていたので、そんな噂を聞いたときには唖然とした。金子さんは兄なのだから、さらに詳細な事情を知っているのだろう。噂ではなくそれは事実で、大きなおなかを抱えて歩いているリリヤちゃんを見かけたこともある。
 そういったわけで、金子さんの思惑は宙に浮いた。あの金子さんでさえも、そのせいもあって卒業してからも歌手としてデビューはしていない。
 今年の三年生の本橋さんや乾さん、徳永さんも、どうやら歌手になりたいのであるらしい。シゲとヒデは本橋さんや乾さんと親しくしていて、もしかしたらシゲもヒデも、歌手になろうと考えているのかもしれない。俺の近くにいる歌手志望の男たちの歌唱力は、俺とはダンチだ。彼らと比較すれば俺は並以下だ。こんなんで歌手になれるはずもない。
 ならば現実を見据えて、潰しのきく商学部に入ってよかったのだと考え直して、まっとうに就職する道を選ぼうか。まだ二年生なのだから、決意を翻すのは早いのか。近頃の俺は揺らめいていた。シナリオライターだの歌手だのって夢は、所詮は現実離れしたものなのか。長野、俺もおまえと同類なんかもしれんな、そう思うと、夏だというのにうそ寒い秋風が吹きつける心持になるのだった。


 現実と夢のはざまで揺れ動いたままで、三年生になった。女の子ともつきあいたいけど、あの子がいいだの、あの子は可愛いだのと言っていただけで、恋も現実にはやってこなかった。
 今年も五月になって、長野が噴水に飛び込んだ公園に、美しい薔薇が咲いているという。花の名前なんかほとんど知らない俺でも、薔薇ならばわかる。女子部の誰かが公園でパーティしようよと言い出したとかで、今年のキャプテン、本橋さんの号令のもと、一年生たちが荷物を運んでいった。三年生は雑用からは解放されるのだが、力持ちのシゲは両手に重そうな荷物を持っている。俺は知らんとも言えなくて、酒のボトルが数本入った箱を運んでいた。
「実松も力はあるよな」
「シゲとおんなじやな。俺らのとりえは力だけや」
「この身体つきなんだから、力くらいなくっちゃ」
 学校からは近い公園へとシゲと歩いていると、三沢がぴょこぴょこと跳ねるような足取りでやってきた。
「三沢、おまえはなにを持ってるんや? 軽そうやな」
「俺はちっちゃくて力がないんですもん。これは割り箸やプラスティックのスプーンやフォーク」
「そら軽いわ」
「俺だってね、本庄さんや実松さんみたいに腕力があったら力仕事のお役に立ちますよ。そんなの持ったらぎっくり腰になりそうだから、俺は分相応に軽いものを運んでるんです。二年生以上には手ぶらのひともけっこういましたよ。そんでさ、一年生の女の子の荷物を運んであげたりしてるの」
「その手もあったな。三沢、これ、持て。俺は一年生の女の子を助けに行ったる」
「実松さん、手後れです」
「なんでやねん」
 おまえたちって似てるよな、とシゲが笑い、似てないわい、と俺が言い返し、実松さんみたいな美丈夫になりたいな、と三沢がとんでもない台詞を発し、そうこうしながら公園にたどりついた。
 今夜は一年生から四年生までの合唱部の男女が集っている。全員参加ではないのだが、相当な大人数で、女子部の四年生たちがこしらえた料理も出てきていた。大きな皿にはちらし寿司が盛られていて、その前に行列ができているので、俺も並びにいった。俺のうしろには女の子がいる。一年生だろう。小柄でふわふわした髪をしていた。
「先にもらってええよ」
「いえ、先輩がお先にどうぞ」
「きみも関西なまりがあるな。どこの出身?」
「大阪です」
「大阪? 俺もや」
「ほんま?」
「ほんまほんま。名前はなんていうのん? 俺、三年の実松」
「堀内育子です」
 関西人も合唱部にはいるにはいるが、大阪出身者とはまだ出会っていなかった。三年生になってようやくめぐり会えた同郷人、しかも可愛い女の子。大ラッキーだった。
「一年生やろ。あのな、お願いやから、きみは東京弁にならんといて。よその地方の出身者は誰でも彼でもが、東京に来たんやからて東京弁で喋ろうとするねん。大阪の子はそんなん、やめときや」
「私も東京弁は好きやないから」
「そやろそやろ。嬉しいわ。東京弁て言うたら、標準語やろ、て言われたりするねんけど、きみとやったら通じるよな」
「そやけど、あんまりモロに大阪弁も気が引けるいうか、恥ずかしいかなぁて」
「恥ずかしない。大阪人は大阪弁で喋るんや」
「実松さんがいてくれはったら、私も平気で喋れるかもしれません」
「そうや、そうしよう」
 あなたたちは食べないの? と東京弁で言われて、ちらし寿司をもらって、ふたりで薔薇の近くにすわった。
「育子ちゃんて呼んでええ? 学部はどこ?」
「農学部です。私は将来は農業をやりたいんです」
「農業かいな。きみは大阪のどこの出身?」
「市内です。実松さんは?」
「俺も市内。市内いうたら農業やってるうちなんかめったにないやろ。なんで農業?」
「北海道が好きで、北海道に行って、農家の嫁になりたい」
「変わった夢やな。まさか、北海道出身の農家の息子の恋人がおるんか」
「いてませんよ。夢です」
 変わってはいるが、人の夢はそれぞれだ。俺は歌手になりたいんや、とはもはや言いづらくなっているので、もっぱら育子ちゃんの将来の夢を聞いていると、近くにぽつんと膝を抱えている男がいるのが見えた。
「一年生かな。ひとりで寂しそう。ねえ、食べないの?」 
 上目遣いでこちらを見る小柄な男に、育子ちゃんが話しかけた。
「四年生の女子の先輩たちが作ったんだって。料理が上手な先輩たちがいるんだね。おいしいよ。食べたら?」
 ううん、と彼はかぶりを振る。俺も彼に話しかけた。
「食えや。俺、ようけもろてきたから分けたるわ」
「……ええと、先輩は?」
「実松。おまえは?」
「酒巻です。実松先輩って関西の方ですか」
「そうや。育子ちゃんも俺も大阪。おまえは?」
「山形です。大阪のひとって……」
「なんやねん。どうでもええから食え」
 はい、いただきます、と酒巻は、分けてやったちらし寿司を口にし、呟いた。
「あんまりおいしくないな。母の作ったのとは……」
「うまないんやったら食うな。せっかく先輩が作ってくれはったんやぞ。好き嫌い言うてるからおまえは……」
「実松さん、そんなん言うたげたら……」
「ああ、そうやった。ちらし寿司は東京でも大阪でも味は変わらんよな。うまいよな」
「はい、おいしい」
「おいしいよなぁ」
 すみませんでした、とぼそぼそ言って、酒巻は立っていった。
「シゲみたいに低い声やな。ちっこい身体してるのに。さっきはそない言いたかったんやろ?」
「好き嫌い言うてるから、おまえはそんなにちっこいねん、て、酒巻くんに言いそうになりはったんとちゃう?」
「もうちょっとで言うとこやった。育子ちゃんは優しいな」
「ええ? こんなん別に……」
 世の中には暗い奴もいる。酒巻も暗い奴なのだろうから、ひとりで勝手に暗くなってたらええねん、とつめたく考えたのは、俺の意識が育子ちゃんでいっぱいになってしまったからだ。大阪弁同士の会話はなめらかに続いていき、その夜はとてもとても楽しかった。
 七月には俺にとって三度目の合宿がおこなわれ、幾度か話しだけはしていた育子ちゃんに浜辺で告白した。ふわふわの天然パーマのセミロングヘアが肩先で揺れて、俺の想いもロマンティックに高まっていた。
「育子ちゃん、俺の気持ち、気づいてるんやろ。好きや。彼女になって」
「……うん、嬉しい」
 夜目にも彼女の頬が染まっているのが見える。俺の心は幸せにはち切れそうになった。
「キスしてええ?」
「そんなん、聞かんでも……」
「育子ちゃん……」
 十七歳ではじめて女の子に告白して、つきあってもらって、あれ以来の恋だった。がばっと抱きしめてくちびるを合わせたら、育子ちゃんが苦しそうにした。
「あ、俺、力が強すぎる?」
「ううん。力いっぱい抱きしめられたらええ気持ち。私、力持ちの男のひとって好き。実松さんがだあい好き」
「実松さんやのうて、ふたりきりのときには……そやけど、俺の名前、似合えへんやろ」
「似合ってるよ。弾くん? 弾さん?」
「呼び捨てでええよ」
「私も育子でええよ」
 ふたりきりのときにだけ、呼び捨てで呼ぼうな、と言い合った。彼女のいる奴もいればいない奴もいるのだから、いない奴がひがみそうで、俺にも恋人ができたぞ、と言いたいのは我慢していた。


間もなく四年生になるころに、シゲとヒデが話してくれた。
「本橋さんと乾さんはもうすぐ卒業だろ。でな、すこし前に誘ってもらったんだよ」
 ヒデが言い、シゲも言った。
「本橋さんと乾さんは、だいぶ前から決めてたんだそうだ」
「シンガーになるんだ。本橋さんと乾さんは一年生のときからいっしょにやってただろ。これからもいっしょにやっていく。ヴォーカルグループとして、プロを目指す。グループは五人なんだよ。本橋さんと乾さんとシゲと俺と」
 あとひとりは? 俺の疑問にヒデが答えた。
「三沢だよ」
「三沢? そうか。ああ、ええかもな。シゲがベースやろ。本橋さんはバリトンで、乾さんは歌う声が高い。ヒデもハイトーンやわな。三沢も声はメッチャ高い。五人のハーモニーか。想像したらぞくぞくっとしそうや。ええやんけ」
「実松も歌手になりたかったんじゃなかったのか」
 シゲが問いかけ、俺は言った。
「ええねん。俺は現実を知ったから、普通に就職してサラリーマンになる。内定はもらってるんや。OA機器の会社で、営業マンからはじめるらしいわ」
「おまえは営業マンってぴったりだよな」
 言ったヒデはシゲとふたりして笑い、それからまた言った。
「おまえ、来年のキャプテンな。頼むで」
「俺がキャプテン? なんでやねんなんでやねん。ヒデ、大阪弁に……ちゃう、大阪弁でも土佐弁でもええわ。なんで俺がキャプテンや。ヒデがやれ」
「俺は……なあ、シゲ?」
「うん。実松。頼むわ」
 なぜだかシゲまでが関西なまりに戻って、ふたりで俺に頭を下げる。つまり、シゲもヒデも本橋さんたちとともにヴォーカルグループの一員として忙しくなるのだから、キャプテンなんてやってられない、と言いたいのか。そんなんずるいやんけ、と言うとひがみに聞こえるのだろうかとためらっていると、シゲが言った。
「俺はキャプテンの器じゃないよ。縁の下の力持ちが似合うんだ。本橋さんたちが俺も誘ってくれたのは、俺の声が低いからっていうのと、この性格のためだろうと思う。ヒデだったらキャプテンでもふさわしいんだろうとも思うけど……」
「俺だってキャプテンなんて似合わないよ。実松は就職も決まってるんだろ。安斉も内定はもらってるんだそうだし、二年生にも相談した。安斉がサブ、実松がキャプテン。頼んだで」
「……根回ししたんか。わかった。引き受けたるわ」
 ありがとう、と、ヒデが手を握りにきたのでその手を叩き落し、俺は言った。
「そやけど、フォローしてくれよ」
「できる限りはやらしてもらいまっさ」
「ヒデ、今日はなんでそない大阪弁やねん」
「ビジネストークは大阪弁や」
「どこがビジネストークじゃ」
 いつしか断念してしまった俺の夢は、おまえたちに託したい。そんなかっこいい台詞は俺には似合わないだろうから言わないけど、心から応援してるで、と俺はふたりを見つめていた。
 そうして俺はシゲとヒデの陰謀によって、思いもよらないキャプテンとなった。俺には死ぬほどに荷の重い役目だったのだが、同年の仲間たちも、三沢も協力してくれてどうにかキャプテンをこなしていた。合唱部もどうにか順調に回転していたし、恋愛も順調だと思っていたのだが、育子が言った。
「弾はサラリーマンになるんやね。私は農家の嫁になりたいんやから、近いうちには別れなあかんねんね」
「農家の嫁て本気で言うてたんか」
「本気や」
「え? ほしたら……ほしたら……俺は……え、そやけど、結婚はまだ……」
「結婚はまだかもしれんけど、このまんまで弾とつきおうてたら、私は農家の嫁になられへんやんか」
「農家の息子と知り合うまでのつきあいか」
「そんなとこやね」
 やっと二十二歳の男と、二十歳の女にも結婚が立ちはだかるのか。育子は真面目に将来を考えているのだから、俺も考えねばならないのか。真面目に考えれば、俺は農業をやりたくはないのだから、育子とは結婚できないことになる。結婚なんてまだまだ先やないか、と笑い飛ばすには、育子の表情はシリアスすぎた。
 四年生の一年間は飛ぶがごとくに過ぎていき、卒業して営業マンになると、育子とのデートの時間を捻出するのさえ並大抵ではなくなった。仕事は想像以上に大変で音を上げそうになる。フォレストシンガーズと名づけられたシゲたちのヴォーカルグループも、たやすくデビューはできないようで、学生ではなくなっても、俺たちは悩み深い青年期の只中を漂い続けていた。
 

4

 あれから合唱部の仲間たちの身の上にも、嵐が通りすぎていったのだろう。俺は平穏な暮らしをしてきたほうなのだろう。俺たちと同年の仲間たちのうちでは輝ける希望の星だったシゲとヒデにも、いろんな出来事があったのだと知っている。
 卒業して故郷にUターンした者もいる。東京で就職した者もいる。華やかな職業についた者も、平凡なサラリーマンになった者もいる。シゲとヒデはフォレストシンガーズの一員として、アマチュア時代からプロを目指して励んでいた。俺も時には彼らと会って、苦労なんかしてないよ、と語るふたりを眩しく見ていた。
 けれども、あるとき、ヒデがフォレストシンガーズを脱退してしまったのだ。メンバーチェンジはありふれた出来事なのだろうけれど、話してくれたシゲは打ちひしがれていた。
「結婚するんだってさ」
「ヒデには彼女がおったんか」
「いたんだよ。俺は知ってたけど、結婚は先だと思ってた。合唱部の女の子のはずなんだけど、たしかじゃないから……」
「誰なんかは言わんでええけど、ほんならこれからどうすんねん」
「あてはないけど、新しいメンバーが見つかればいいし、いなかったら四人で続けていくよ」
 それからまたしばらくして、シゲが言った。
「実松は覚えてるかな。一年間だけ合唱部にいた奴で、幸生と同い年の木村章」
「声の高い高い奴か。覚えてるで。木村が新メンバーに決まったんか」
「幸生が引っ張ってきて、うちに入ったよ」
「よかったやんけ」
「うん、まあな」
その夏には三沢が電話をしてきて、先代のキャプテンとして合宿に遊びにきてくれと言う。そのような前例はないはずだが、前例がないからこそやるんだと言う三沢に乗せられて合宿所に行き、乗せられついでに三沢との漫才まで披露した。
 三沢やシゲにはちょこちょこと会う機会はあったのだが、その後もなかなかフォレストシンガーズはプロにはなれず、口で言う以上に彼らは苦労していたのだろう。そのたぐいの苦労と比較すれば、サラリーマンの大変さはものの数でもない。俺には想像しかできない苦労の末に、フォレストシンガーズはシゲが二十三歳の秋に、メジャーデビューを果たした。
「よかったな。シゲ、おめでとう」
「ありがとう」
 晴れ晴れとしたシゲの声を聞いたのは、電話でだった。
 金子さんも徳永さんもプロになろうと苦闘していて、その翌年には金子さんが、その二年後には徳永さんもデビューした。徳永さんのデビューを祝う会には、俺も招いてもらった。合唱部の先輩にも同輩にも後輩にもプロのシンガーが誕生して、俺も嬉しい。俺にも歌手になりたいと夢見ていたころがあったのも、なにもかも、今は昔だ。
 二十七歳になった俺は、とうに育子とも別れて、恋人のいないひとり暮らしの東京暮らし。かといって大阪弁はやめない。この先結婚して東京に永住するのだとしても、子供ができたら大阪弁の子に育ててやろうと、あいかわらずアホなことを考えているのだった。
「それでね、僕らは合唱部の出身なんですから、本庄さんの結婚式ではやっぱり歌でしょう」
 華やかな職業といっていいのだろうか。彼もまた苦労はしたようだが、現在ではDJになっている、ふたつ年下の酒巻と、ふたりで喫茶店で話していた。なんとあのシゲが、テニスプレイヤーの川上恭子さんと結婚するというのである。
「宮村美子さん、榛名沙織さん、ふたりとも姓が変わってないのは独身やからやねんな。安斉に野呂に毛利に酒巻に俺。七人でひとつテーブルやから、七人で歌う。ここはぱーっとひとつ、合唱部出身の本領発揮せなあかんな」
「実松さんも賛成してくれるんですね。なにを歌います?」
「結婚を祝う歌やろ」
「英語でもいいですか」
「英語の歌か。よし、やったろやないけ」
「他のみなさんと一堂に会して練習できるといいんですけど、それは無理ですよね。個々に練習しておいて下さいね」
 渡された楽譜は、ビーチボーイズの「Lyrics」。徳永さんのデビュー祝いの会も仕切っていた酒巻は、学生時代とはまるっきり性格が変わっている。これも職業柄か。
「みなさんには僕から発送しておきます。結婚式には早めに集まって、打ち合わせをしましょう」
「よっしゃ。俺も張り切って練習するわ」
「実松さんは沢田愛理さんって知ってます? 本橋さんや乾さんよりひとつ年上なんで、僕は知らなかったんですけど、合唱部の先輩なんですよ。今はラジオ局のアナウンサーです」
「沢田さんな。なんとなくは覚えてる。ふっくらした綺麗なひとやったな」
 はっきりとは記憶にないが、本橋さんや乾さんよりひとつ上ならば、俺よりはふたつ年上だ。そういえば、酒巻は育子と同い年なのだが、俺が育子とつきあっていたとは知らないようなので、今さら言う必要もないだろう。
「その沢田さんの局でラジオドラマのシナリオを一般公募してたんです。「水晶の月」はその大賞受賞作ですよ。実松さんは聴いておられますか」
「たまに聴いた。時間的に全部は聴かれへんけど、面白いよな」
「全部は聴けないんですか。じゃあ、録音したのを進呈しますよ」
「お、頼むわ」
 「水晶の月」とは大学の学生寮を舞台にした群像ドラマとでもいうのか、金子さんとフォレストシンガーズが声優をつとめているので、興味深く耳を傾けた。俺が聴いていた部分では、名前はそのまんまで性格がまったく異なる六人がおかしくて、笑い転げたものだった。木村の性格はあまり知らないが、あとの五人はだいたいは知っているのだから。
「一般公募の裏話を沢田さんから聞いたんですけど、うちの大学の卒業生が応募してきてたんだそうですよ」
「もしかして、長野?」
「あれ? お知り合いですか」
「知り合いいうほどでもないけど、長野常春か。本名で?」
「長野常春さんでした。本名なんですね。「水晶の月」の著者はみずき霧笛さんって、これはペンネームですよね。長野さんの作品は残念ながら選に漏れたそうですけど、うちの大学の名前が明記してあったんだそうです。私はフォレストシンガーズの出身大学の出身です、って大書してあって、沢田さんは局で応募作品を選出していた方に言われたんだそうですよ」
 フォレストシンガーズの出身校だったら、きみとも同窓生だね、と言われた沢田さんは、ふーん、そう、程度の感想を持ったそうなのだが、記憶には残っていたから、酒巻に話したのだろう。
「その作品はどうしたんや」
「選外作品は焼却されたんじゃないんですか」
「どんなんやったんやろな」
「僕は知りませんけど、長野さんって……」
「いや、ええねんけどな」
 あの長野常春にまちがいない。あいつも元気で、いまだにシナリオを書いているのだろう。あれっきり忘れかけていた長野の、ゾンビだとか女の子に酷評されていた顔を思い出すと、三沢の書いたシナリオもどきも思い出した。
「三沢もシナリオを書いたんやで」
「三沢さんが? どんなのですか」
「ハードボイルド巨編やて。しょっぱなしか読んでないけど、中身は徳永さんで名前は三沢幸生やった」
「むむ? 名前はいいけど、中身は徳永さんですか」
「徳永さんそのものではないような気もするな。徳永さんて俺はようは知らんかったけど、あの会ではまあまあ愛想もよかったやんけ」
「僕にも徳永さんはつかめません」
「男のどこをつかむねん」
「実松さんは……いえいえ、いいんですよ」
「はっきり言えや」
「いいえ、なんでもありません」
 シゲの結婚式では、久々で本橋さんや乾さんとも会った。三沢やシゲとはたまには会っているのだが、木村章とは大久々も大久々で、彼は俺を見つめて記憶を探っているようだった。
「大阪弁の実松さん……あ、思い出した」
「思い出したか。それはおおきに」
「それですよ。実松さん、なにかのときに言ったでしょ。おおきにって、意味不明だったんです」
「おおきに、いう言葉、知らんのか」
「俺は北海道の出ですから、そんな言葉は知りません。おおきにってなんだろ、って考えてたら、シゲさんだかヒデさんだかが教えてくれたんです。ありがとうだって」
「木村は北海道か」
 北海道の農家の息子と結婚したいと夢見ていた育子は、望みをかなえたのだろうか。たくましい農家の嫁になっているのだろうか。俺の大学時代唯一の恋は、思い出すと甘酸っぱくもほろ苦い。結婚式の前に、俺はシゲにもちょこっと話した。
「シゲ、酒巻に長野の話、聞いたか」
「長野? あの長野か」
「覚えてるんやな。うん、あとで話したる」
「長野がどうかしたのか」
「あとでな」
 大阪にいたらシゲの結婚式には出席できなかったかもしれないのだから、東京にいてよかったな、などと思いながら、ひとつのテーブルに集った昔の合唱部仲間と話していた。酒巻は二年年下だから、みんなで遊びにいくグループには入っていなかったが、綺麗なドレスを着た宮村さんやら榛名さんやら、ダークスーツを着た安斉、野呂、毛利といった同級生連中とは、よくわちゃわちゃと遊んでいた。
「泉水ちゃんやら諒子ちゃんやらは来てないんやな」
「そうみたいね。泉水さんは本庄くんとはとっても仲がよかったから、結婚式で会えるかと思ってたのに」
 学生のころにはころころしていた宮村ミコちゃんは、すっきり痩せて大人びて見える。大人になったなぁ、と呟くと、当たり前でしょうが、と言い返された。
「私ももう二十七だよ」
「俺もや。なあなあ、ミコちゃん、シゲははっきりと言いよれへんかってんけど、ヒデが結婚した女の子って合唱部の子らしいねん。シゲはたしかやないからとか、ようわからんから、みたいな口ぶりやったけど、女の子やったら知ってんのとちゃうんか? 本橋さんとか乾さんとかシゲとか三沢とか、誰かがきみらに尋ねてけえへんかった?」
 以前にもこの質問はしたのだが、ミコちゃんも沙織ちゃんも知らないと言った。彼女たちとはたまには会って話したりしたのだが、あれからなにか情報がなかったかと尋ねてみたら、答えは同じだった。
「私は本庄くん以外のフォレストシンガーズのみなさんと、こうやって実際に話をしたのははじめてだよ。式がはじまる前に挨拶したら、覚えててもらって感激したけど、そんなに話もしてないし、前に尋ねられたなんてことはないな。第一、私も小笠原くんの彼女なんか知らないもん。沙織ちゃんは知ってる?」
「知らない。私はフォレストシンガーズのライヴは聴きにいったことがあるけど、ミコちゃんとおんなじで、会うのなんて卒業以来だもの。あっちのテーブルにも合唱部時代の知り合いはいるけど、誰も知らないんじゃないかな、小笠原くんの彼女なんて」
「そうか。ほんなら、男どもはよけいに知らんわな」
 知らないな、と安斉も野呂も毛利も口をそろえる。ヒデはよほど秘密に行動していたのであるらしい。
「しゃあないわな。いてへんようになってしもた奴は」
 あのころ、グループで遊びにいったりした仲間の全員が参列しているのでもなさそうだ。このテーブルにすわっている七人は、シゲともっとも親しみが深かった友達なのだろう。酒巻はDJという、フォレストシンガーズとも関りのある職業で、むしろ卒業してからのつきあいが深いと本人が言っていた。
「だけど、僕と同い年の仲間は来てませんから、ここにいさせて下さいね」
「年下やからて、そないちっちゃならんでもええんやぞ」
「僕はもともとちっちゃいですから。このごろは合唱部の先輩にお会いする機会も増えてるんですけど、どこでもここでも僕は最年少で、いっそう縮みますよ」
「三沢もそんなん言うとったな」
 先輩たちには苛められ、同い年の木村には世話を焼かされて、俺、背が縮みそう、というのは三沢の口癖なのだと、さきほど乾さんが笑っていた。そうしていると新郎新婦が登場してくる。フォレストシンガーズのレパートリーを結婚行進曲ふうにアレンジした曲に乗って、花嫁の恭子さんはにこやかに、花婿のシゲは照れた顔をして、拍手に包まれて席についた。
「おーっ、恭子さん、最高の美人!! シゲさん、かっこいいっ!!」
 フォレストシンガーズの四人と、ただいまはフォレストシンガーズのマネージャーであり、合唱部の先輩でもある山田美江子さんが席についているテーブルから、叫んだのは三沢だ。こら、黙れ、と目に念を込めて俺が睨むと、三沢と視線が合った。
「あっちからもこっちからも先輩たちに睨まれてますんで、続きはあとにします。みなさーん、お騒がせ致しましたーっ!!」
 三沢の横では山田さんと本橋さんが、こらこら、しっ、しっ、と制御しているように見える。シゲが新郎席で頭を下げた。
「毎度お騒がせの奴がいまして、みなさま、どうもすみません」
 しかし、それでシゲの気分も和んだのだろう。俺たちのテーブルに向かって微笑みかけた。
 このテーブルの七人で歌った歌も列席者にはそれなりに受けたのだが、フォレストシンガーズが歌った歌は、さすがプロ、としか言いようがなかった。現段階では売れているとまでは言いにくいグループではあるのだが、俺も幾度かはライヴを聴いたし、CDも持っている。俺の感想を、ミコちゃんと沙織ちゃんがかわりに言ってくれた。
「昔よりもっとずーっと上手になったよね」
「満開の薔薇って、アルバムに入ってるよね。こうして生で聴くとまた格別。素敵だった」
「本橋さんの声、いいよねぇ」
「絶対にフォレストシンガーズはスターになるよね」
「なるよ、絶対に」
 進行していく式の最中も、二次会でも、すこしばかりぎこちないタキシード姿のシゲと、ウェディングドレス姿の若干ごつめの花嫁を見て、俺は感慨にふけっていた。酒巻とも話した。ヒデが式場にいたら、彼はどんな感慨を持ったのか。訊いてみたくても訊けない。ヒデはどこでどうしているのか。あの長野の消息でさえもすこしは判明したのに、ヒデばかりはちっとも行方がわからなくて、知る手立てさえもないのだった。


 ラジオドラマを録音したテープを酒巻にもらって、休日にじっくり聴いた。とある大学の男子寮に入寮してきた五人の一年生は、本橋、乾、本庄、三沢、木村と名前がついている。寮長は金子、四年生だ。三十路近い男が演じるには若いキャラクターなのだが、シンガーの六人は声が若いので違和感はない。
 最初のうちはもめごとの連続で、あのシゲがあの乾さんを苛めて泣かせたり、あの本橋さんがシゲや三沢にびびってぶるっていたりと、あの、ではないのについそう考えて、そちらは違和感だらけだった。
 あの金子さんも弱腰な寮長で、三沢やシゲに威圧されている。そういう性格設定なのではあるが、ここまで実物とちがっていると、むしろ彼らを知っている俺には楽しかった。そんな六人のどたばたが続き、やがて彼らは音楽で結びついていく。だからこそ、彼らの名前はフォレストシンガーズの五人の名なのだろう。
 わりあい早い時期に、歌手になりたいだなんて夢はさっばり捨てた俺にも、羨望はあった。フォレストシンガーズがデビューしたと聞いたときには、シゲを祝福しながらも、心のどこかでは、シゲが歌手になれるんやったら、俺も諦めんでもよかったんちゃうんか、と言っている俺自身がいた。
 だが、見た目はたいして変わらないにしろ、シゲと俺では持って生まれたものがちがうのだ。ラジオドラマを聴いていてもつくづく思う。本橋さんも乾さんも三沢も木村も、シゲもきっと、歌うために生まれてきた男たちなのだろう。俺は彼らをうらやましいとは考えずに、俺の人生を生きようと思える。
「俺かてな、カラオケで歌うたら、職場のみんなやら取り引き先の人やらに感心されるんやで。実松さん、うまーい、言うて、女の子がお目々きらきらさせて見つめるんやで。そやけど、俺の歌は素人のカラオケやもんな」
 ひとりごとを言ってから、流れてくるドラマに耳を集中させた。
 もめてばかりいたドラマの中の五人は、「クリスタルムーン」という名のバンドを結成し、一年生の秋の学園祭でデビューを果たす。酒巻が話してくれたところによると、彼らが学園祭で披露する歌は、脚本を書いたみずき霧笛さん作詞、乾さんが詞を補作して、金子さんが作曲したのだそうだ。
 アコースティックサウンドの演奏は専門家がやっているのだそうだが、歌はフォレストシンガーズだ。タイトルと同名の「水晶の月」はフォレストシンガーズのレパートリーとはいっぷう変わっていて、レトロな雰囲気とも言える。バンジョーやウッドベースの響きをなつかしむ年頃の男性が書いた脚本だからか。昔のフォークソングのような、それともまた趣が異なるような、心地よい音だった。
 作詞だの作曲だのはやったこともない俺は、乾さんや金子さんの才能には瞠目したくなる。シゲは作詞や作曲ができないと言っていたが、本橋さんも木村も、あの三沢でさえも詞や曲を書くのだから、歌を作れない俺なんかは、歌手にならなくてよかったのだろうと思う。
「それがな、徳永さんは詞も曲も書かないんだよ。俺は書けないんだけど、徳永さんは敢えて書かないんじゃないかと……」
「なんでやねん。書けるのに書かへんて、敢えて書けへんて、どういうわけやねん」
「徳永さんがなにを考えてそうしているのか、俺にわかると思うのか」
「わからんやろな」
 シゲとかわしたそんな会話を思い出しつつも、美しいハーモニーに全身が陶酔していく。三沢と木村の男だとは思えないほどに高い高い声、乾さんの澄んだ声、三つの声がからみ合い、ひとつに溶けて無粋な俺の心までもを酔わせてくれる。男だとは思えないほどに高く澄んだ声だとはいっても、女の声ではないのがまた不思議だった。
 そこに低く響くシゲのベースヴォーカルが混ざり、太く力強い本橋さんの声がリードを取る。本橋さんのリードヴォーカルにハーモニーをつける三つの高音は、もはや誰が誰だか聞き取れなくなって、ただただ俺を酔わせてくれた。
「すっげえよなぁ。俺はこんなんしかよう言わんけど、ほんま、あんたらはすごいで。なんでそれで売れへんねん?」
 なんでやろ、と俺の大阪弁を真似する、おかしなイントネーションの三沢の声。焦ってないよ、俺たちは、と言っているのは乾さんの声。売れない売れないって言うな、と怒っているのは本橋さんの声。だって、売れないものはしようがないじゃん、と木村も怒っている。シゲはなんて言うんや? と想像の中のシゲに話しかけると、シゲは首をかしげた。
 耳の錯覚とやらいう変な言葉も三沢の得意語彙なのだが、まさしく耳の錯覚だった。錯覚のフォレストシンガーズと話していると、現実のドラマから声が聞こえてきた。
「な、皆実? たいしたもんだろ」
 金子さんだ。皆実さんは本物ではなくて、本職の声優さんなのだが、ドラマの皆実さんがドラマの金子さんに応じた。
「野球馬鹿の木村があんな声で、あんなふうに歌うんだな。俺は歌のコメントはできないけど、たしかにたいしたもんだよ」
「こうなるとは俺も思ってなかったけど、あいつらがこうしてバンドを組んで歌うようになってくれて、俺もほっとした。あのまんまであいつらがごたついてばかりだったら、俺は夜逃げしたくなるところだよ」
「大学サイドと話をしてやったのはおまえなんだろ」
「俺はなんにもしてないよ」
 話している四年生ふたりの声に、三沢の声が割り込んできた。
「ね? 出てよかっただろ。俺の作詞で本庄の作曲、「水晶の月」の演奏も歌も最高の出来だったし、受けてたじゃん。俺が大学事務局にかけあったおかげだよ。みんな、感謝してるのか」
「あのさ、三沢くん」
 乾さんの声も聞こえた。
「コーラスパートだったから、お客さんには聞き取れなかったはずだけど、きみ……」
「なんだよ、乾、なんだ、その目は? 文句あんのか」
「いや、あのね、いや、木村くんが上手に……」
「木村がなんだよ、乾? おまえの語尾はいつだってもごもごになるんだから。ママのフレンチトースト食ったら、はっきり喋れるようになるのか。え? はっきり言えってんだよ」
「まちがえたろ」
 はっきり言ったのは木村で、乾さんはまだもごもごしていて、本橋さんも言った。
「まあ、まちがいは誰にでもあるんだから」
「まちがいは誰にでもあるさ」
 強い口調でシゲも言った。
「プロのシンガーだって歌詞を忘れたりまちがえたりする。それをいかに上手に切り抜けるかが大切なんだ。プロはそうでなくちゃいけないんだよ」
「プロ?」
「そうだ、三沢。俺たちはプロのバンドになるんだよ」
「本庄、熱でも出てない?」
 どれどれ、と三沢がシゲの額に手を当てようとしているらしき物音に続いて、シゲが言った。
「作詞は乾だ。事務局にかけあってくれたのは金子さんだ。なんでも自分の手柄にするな、三沢」
「そうだっけ? そんなの瑣末なことじゃん。まちがえたのも瑣末ってーかなんてーか、ご愛嬌だよ。なんだっていいの」
「よくないんだよ」
「本庄くんったら、なにをそんなにマジマジなってんの?」
「俺は将来はプロ野球選手になるんだぞ。プロシンガーになんかならねえよ」
 木村が言い、シゲはまたしても言った。
「なるって決めたからって簡単になれやしないんだろうけど、クリスタルムーンはプロになるんだ。そのつもりでこれからもやるんだ。木村、プロ野球選手なんかやめろ」
「うん、木村くんの声ってとびきりだもんな」
 本橋さんも言い、乾さんも言った。
「そんな声の出る男ってめったにいないよ。木村くん、これからもいっしょにやろうよ」
「……考えとく」
「そうなったとしたら、リーダーは俺だよね」
 言った三沢に、木村が言い返した。
「リーダーは本庄だろ。な、乾、本橋?」
 そりゃそうだよ、と乾さんと本橋さんが言い、シゲも言った。
「よし、俺がリーダーをやる。みんな、ついてこい」
「……ちぇっ、俺のほうがいいのに」
 ぶちぶち言っている三沢の声。で、木村? やるんだな? と恫喝口調のシゲの声。どうしよっかなぁ、とやる気ありありの木村の声。乾くん、大丈夫か? と本橋さんの声。うん、なんとか、と乾さんの声。
「なんとか、じゃねえんだよ。やるったらやるんだ!!」
 ひときわ大きなシゲの声が響き、五人が遠ざかっていく気配が伝わってくる。近くで聞いていたのであるらしく、金子さんが言った。
「やる気充分じゃないか。俺は見守ってるよ。クリスタルムーンがこの先どうなるのか、ずっと見てるよ」
 その声に「水晶の月」のインストゥルメンタルバージョンがかぶさって、映像ならばエンドマークがあらわれてくるところなのだろう。沢田愛理さんの声が静かに、終わりを告げた。
「最後のほうになると、みんなそれらしくなってくるんやな。シゲの台詞は本橋さんの口から出たほうが似合うけど、シゲもなかなか決まっとったぞ。声だけで感情やらなんやらもあらわすんやから、ほんまにたいしたもんや。器用やねんな、あんたらは。金子さん、フォレストシンガーズやない、クリスタルムーンを頼んまっさ」
 半分程度はフォレストシンガーズ誕生のころと似ているのではないか。この中にヒデもおったらよかったのに、と俺はついまた考える。ドラマと現実が頭の中で混乱して、ヒデもなにか言ってくれないかと、耳の錯覚に耳を澄ませていた。

 
4

 シンガーといえども人間なのだから、人と人とのえにしを大切にする。というわけなのか。同じ大学の同じ合唱部出身、年齢差は金子さんから三沢までで四歳、と年代も近いからというのもあるのか。金子将一、徳永渉、フォレストシンガーズの三組のシンガーたちは、シゲが結婚したころからますます関わりが深まっていった。
 テレビだのラジオだので、俺の母校の名がたびたび出てくる。すなわち、彼ら三組の出身大学であるからだ。「水晶の月」には徳永さんは出ていなかったが、酒巻がDJをやっている、「ロージートワイライト」には三組ともにゲスト出演していた。ゲストはもうひとりいたのだが、ロック同好会出身の柴垣安武を俺は知らなかったので、彼は省く。パンクロックなんてものには、俺はまるっきり興味がないのだから。
 木村、三沢、シゲ、徳永さん、乾さん、本橋さん、ひとり飛ばして金子さん、の順で酒巻と会話をしていた番組は、サラリーマンには好都合にも土、日の夕刻に放送されたので、俺も聴くことができた。
「木村っつうのはぴりぴりした奴やねんな。酒巻、えらい気ぃつこてたやんけ」
「三沢はこんなもんやろ。あいも変わらずよう喋る奴やな」
「シゲ、恭子さんのことばっかり言われたからいうて、そないに恥ずかしがらんでもええがな」
「徳永さんは案外愛嬌もあるし、DJよりもよう喋るんか」
「乾さんもよう喋るけど、三沢とはちごて夕方らしいムードになってたで」
「本橋さんは薔薇の花の話なんかされると、背中がこそばいんか。俺とおんなじやな」
「金子さんはなんでも知ってるんやな。そうやろな。金子さんてそういうひとやったもんな」
 最初のひとりと飛ばしたひとりはともかく、他の六人は俺もよく知っている先輩や後輩たちだ。感想はざっとこんなところだった。なににしたって知ってはいたけど、をつけて、俺は笑ったり感心したりして聞き入っていた。
 テレビのほうではケーブルテレビの音楽番組。この局のプロデューサーも俺たちの大学の先輩なのだそうだ。金子さんが入学した当時の副キャプテンだそうだから、俺はむろん知らないのだが、ここにも合唱部の先輩がいた。ここにも彼らと縁のあるひとがいた。
 ラジオやケーブルテレビでは派手に話題になったりはしなかったのだが、そうして着々と、彼らの知名度が上がっていったのだ。シゲが恭子さんと知り合ったフォレストシンガーズのラジオ番組「FSの朝までミュージック」もあるし、金子さんにも徳永さんにもラジオ番組はある。俺も時には学生時代の仲間たちのお喋りや歌を聴いていた。俺も知っている学生時代のエピソードがふいに飛び出したりもして、そういった番組は俺の楽しみのひとつにもなっていた。
 徐々に徐々に、じわりじわりと、フォレストシンガーズは売れてきている。徳永さんも金子さんも、世間に名を知られていっている。彼らが大スターにでもなってしまったら、俺なんかは口もきいてもらえなくなるのだろうか。それはちょっと寂しいけれど、仕方のないことなのだろうと思っていた。
「金子さんと徳永さんとフォレストシンガーズが、ジョイントライヴをやるんですよ」
 電話で教えてくれたのは、酒巻だった。
「わりに大きなホールです。僕は番組でリポートをやるんで、メディア関係の者の席を確保してもらってます。よろしかったら実松さんもいらっしゃいませんか」
「俺が行ってもええんか。彼女を誘ったほうがええんとちゃうんか」
「僕にとっては仕事ですよ」
「ほお、一人前の口を叩くようになったんやな」
「そりゃあね。僕も一人前……までは到達していませんが、早くそうなろうと努力してるんです。来られますか」
「俺だけ?」
「そんなに沢山は呼べません。シゲさんに相談してみたら、ひとりだけだったら実松さんを連れてきてくれると嬉しいな、っておっしゃってましたから」
「シゲがそない言うてくれたんか」
 多忙になったシゲとは会う機会も少なくなっていて、だんだんと住む世界が離れていくのだから、それも仕方ないと思っていた。けれど、ここに接点がいる。酒巻にしてもDJとしては人気があるようだが、歌手ほどには一般社会とかけ離れてはいない。世間に顔を知られる稼業ではないせいもあって、自由に活動できるのであるらしい。
 ライヴの開始時間は夜だが、酒巻は早くから行くと言う。その日は俺も有休を取って、数時間前にホールに到着した。酒巻は俺にチケットとバックステージバスをくれた。
「僕は仕事の準備があるんでまだ行けませんけど、これがあったら楽屋にも入っていけますよ。この時間だったらみなさん、思い思いになにかしてるでしょう。挨拶してらして下さい」
「おおきに。おまえのおかげで俺みたいな一般人が、楽屋にまで入っていけるんやな」
「実松さんはシゲさんの友達じゃありませんか。堂々と行ってきて下さい」
「堂々と……っつうのは気が引けるから、ちっちゃなって行くわ」
「実松さんもそう大きくもないから、ちっちゃくならなくていいですよ」
 関係者以外立ち入り禁止のエリアに足を踏み入れると、徳永さんが喫煙コーナーにいた。
「よ、実松」
「ご無沙汰してます。お元気そうでんな」
「元気がなくちゃライヴはやれないよ」
「そらそうですな」
 煙草をくわえて俺を見ていた徳永さんが、ふっと口にした。
「おまえも小笠原の行方は知らないのか」
「……知りません」
「そっかぁ。メンバーチェンジなんて珍しくもないけど、なぜだかあいつを……どうしようもないよな。あっちに乾がいたぜ」
「はい。挨拶してきまっさ」
 あれは一年生のときだったか。俺の部屋でたこ焼きパーティをした。一年生たちの中に金子さんと徳永さんもまじっていた。酔っ払ったヒデが徳永さんに暴言を吐いて、そのまんま寝てしまった。俺の部屋に泊めてやったヒデは、目覚めたときには自分がなにを言ったのか覚えていない様子だった。
 そのときにかわした会話をすべては覚えていないが、徳永さんに会うたらあやまれ、とヒデに言った記憶がある。ヒデは泡を食って飛び出していき、部室に直行して金子さんに会って、説教されたのだとあとで言っていた。徳永さんの中であの日がどんな形になっているのかは知らないが、ヒデとは他にもなにかあったのだろうか。
 年下の俺たちには、つめたい先輩に見えなくもなかった。三沢は徳永さんをモデルにして、ハードボイルドシナリオを書いていた。そんな徳永さんがヒデを……だからといって、どうしようもないのは徳永さんが言った通りだ。
「よお、実松、久し振り」
 こっちはこっちで別の喫煙コーナーで、乾さんも煙草をくわえていた。
「徳永さんも煙草を吸うてはりましたよ。連れ煙草はやらんのですか」
「俺がそばで吸うと、煙草がまずくなるんだろ」
「徳永さんて乾さんや本橋さんを……」
「いまだにそこはあのころのまんまだよ。まんまなのかな。多少は変化してるのかな。徳永って奴は、いつになっても徳永だ」
「徳永さんはそら、徳永さんですけどね」
 徳永さんが乾さんと本橋さんに強烈なライバル意識を持っていたとは、俺だって知っている。互いにプロになっていても、その意識は消えないものなのだろうか。
 いつだったか、乾さんのアパートにヒデとシゲと三人で訪ねていって、徹夜で話したこともあった。なにを話したのかはよく覚えていないけれど、乾さんは夜食をこしらえてくれた。悩みの相談でもしたのだったか。あのころの悩みなんて、俺に関していえばちっぽけで青くて、それでいて本人には重大な悩みだったのだ。
「本橋はさ、俺が歌う前に煙草を吸うと怒るんだよ。喉には悪いのかもしれないけど、精神にはいい薬なんだけどな。おまえは吸わないんだったっけ」
「煙草は吸いません。三沢が吸うんですよね」
「幸生は外で吸ってるのかもしれないな。章は自動販売機のところにいたよ」
「木村とは別に挨拶もないし……」
「シゲはどこかな。ライヴの前には別々に行動してるんだけど、もうすぐ楽屋に集まるよ。金子さんはご自分の楽屋にいらしたはずだ」
「シゲを探してきます」
「うん、ああ、実松、ありがとう」
「なにがですか」
 ライヴに来てくれてありがとう、と真顔で言われて、虚を衝かれた気分になった。
「そんな、こっちこそ。酒巻が連れてきてくれたんですけど、こっちこそ……」
「お客さまには感謝のありったけを捧げるんだ。お客さまあってこその我々なんだから」
「そらそうですけど、俺なんか……いや、賑やかしにはなりますか」
「いいや。おまえもお客さまだよ」
 徳永さんが徳永さんなのならば、いつになっても乾さんは乾さんだ。酒巻にはチケットの料金も払っていない。払うと言ったら受け取ってくれるのだろうか。もしも受け取ってくれなかったとしたら、俺は無料の客。客であって客ではない。せめてライヴグッズ売り上げにでも貢献しようかと、準備中のグッズ売り場へ行こうとしていたら、むこうからギターケースをぶらさげた木村がやってきた。
「あ、実松さん、来てくれたんですか」
「おう、久し振りやな」
「シゲさんの結婚式以来ですよね」
「ラジオやテレビでは見たり聴いたりしてるで」
「そんなにテレビには出てませんけど、たまには出ますので今後ともよろしく。実松さんはロックは好きですか」
 ケースから取り出したギターは、エレキであるらしい。聴いて下さいよぉ、と木村は言い、どこかの部屋に俺を伴っていって、アンプにコードをつないだ。
「今日は一曲、俺のソロでロックナンバーをやるんです。ぎんぎんハードロック。歌はいいんだけど、ギターがね。実松さん、ギターには詳しいですか」
「俺は楽器はさっぱりや。乾さんに教えてもらえ」
「乾さんはギターは教えてくれないんですよ。なーんだ、実松さんはさっぱりなのか」
「ほんならひとりで最後の練習せえや」
 そうします、と言って、真剣な顔でギターを弾きはじめた木村を残して、俺は廊下に出た。歩いていくとドアがあったので、外を覗いてみると、そこには本橋さんと三沢がいた。三沢が目ざとく俺を見つけ、いつもの賑やかな声を出した。
「おーおー、実松さんっ、ようこそいらっしゃいませーっ。今ね、リーダーに怒られてたんです。助けて。救って」
「こんにちは、本橋さん。三沢、なにを怒られてたんや」
 よく来たな、実松、と本橋さんは言い、三沢は言った。
「MCを最高に盛り上げる趣向ですよ。なのにリーダーったら、ひとりでやれ、俺はいやだ、って言ってさ、ひとりではできないの。協力して下さい、って言ったら怒り出すんですよ」
「そんな協力はしたくねえんだよ」
「本橋さん、なんの協力でっか」
「言いたくもないよ。幸生、てめえ、いい加減にしろ」
「いい加減にしてたら盛り上がりませんよ」
「そういう意味のいい加減じゃねえんだよ。バカヤロ」
「きゃああ!!」
 本橋さんにぽかっとやられて大げさな悲鳴を上げる三沢もまた、いつになっても三沢である。本橋さんも本橋さんそのものだ。
 協力とは、三沢の女芝居だろうか。ラジオでも三沢は女声を出して妙な芝居をやったりして、本橋さんがいっしょにいると怒っている。やめんか、幸生!! きゃああ、リーダーに絞め殺されるーっ!! とラジオでやっているのも、芝居であろうとはわかっちゃいるが、本橋さんも実に大変なのだろう。
「三沢、本橋さんをあんまり怒らせると、高血圧から脳卒中を引き起こすぞ」
「あのな、実松、俺はそんな年じゃねえんだよ」
「うへへっ、すんませんっ!!」
「おまえらってどこか似てるんだよな。大阪と横須賀の差はあるものの、根本的に同じタイプだよ」
 似てません、と俺が言い、実松さんに似てるなんて嬉しいわっ、と三沢が言うのも、昔から何度もやってきた。フォレストシンガーズのMCには俺は関知する必要もないので、そこは適度に切り上げて中に入っていくと、楽屋が三つ並んでいる。「金子将一」の札がかかった部屋をノックすると、金子さんの返事が聞こえた。
「お邪魔します」
「お、実松か。入れよ」
 入っていくと椅子を勧めてくれて、そうしてすわると、大学一年生に戻った気分になる。金子さんは三十路になって、あのころよりもさらにかっこいい大人の男になっているのだが、俺の気分の上では、いつになってもキャプテンだ。
「そんなには変わってないんですな」
「ん?」
「シゲ以外のひとにはお会いしました。俺はやっぱり、なんとのう、引け目を感じるっつうんか、俺なんかがプロのシンガーのみなさんに、気安い口をきいてええもんやろか、って」
「俺なんか? 実松くん、それはどういう意味でっしゃろな」
「金子さんて大阪弁もお上手ですね。三沢やったらイントネーションが狂った大阪弁で、俺の言葉遣いを真似るんですけど、金子さんの大阪弁は変とちゃいますわ。そやけど、似合えへん」
「俺なんか、って意味不明だけど、俺はおまえには感服してたよ。大阪人ならではなのかもしれないけど、他の地方出身者とはちがうんだもんな」
「大阪弁全開の、どあつかましい大阪人ですか」
 どあつかましい、と繰り返し、金子さんは微笑んだ。
「あつかましいくらいじゃないと、世間の波をかきわけていけないだろ。おまえがキャプテンになったって、誰かから聞いたときには、ああ、やはり、と思ったもんだよ」
「あれはシゲとヒデの陰謀でっせ」
「陰謀なのか。わかる気もするけど、本庄や小笠原がなにをどうたくらもうと、他の奴らが反対したらどうしようもないじゃないか。実松がキャプテンとは適任だと、他の者も賛同したからこそだろ」
「ものは言いようでんな、そやけど、今さら……」
「たしかに今さらだ。でも、おまえはその性格で、しっかり世の中渡ってるんだろ。俺なんか、じゃないよ。今どきはサラリーマンは気楽な稼業だなんて言えない。俺にだってすこしはわかるよ」
「褒めてもろてると受け取らせてもらいます」
「素直に受け止めてくれたまえ、実松くん。今日はありがとう。心ゆくまで楽しんでもらえると、俺たちもいっそう嬉しいよ」
「俺、酒巻にまだチケットの金を払ってないんですけど……」
 ふむ、そうか、と言ってから、金子さんは声を立てて笑った。
「本庄にはまだ会ってないって? フォレストシンガーズの楽屋にいたよ」
「では、会いにいってきます」
「いきなり抱きしめてやれよ」
「そればかりはお断りします」
 なにがおかしいのか知らないが、小声で笑い続けている金子さんに会釈して、楽屋から出た。金子さんの楽屋のとなりが徳永さんで、そのとなりがフォレストシンガーズだ。その部屋のドアをノックすると、シゲの声が聞こえた。
「開いてますよ」
「シゲ、泥棒やったらどないすんねん」
「盗られるものはないからいいけどさ」
「誘拐犯やったらどないすんねん」
「俺を誘拐すんのか」
「……無理やな」
 どうしても先輩たちには一歩引いてしまうのが、昔からのならわしというか、癖というか慣れというか、なのだが、後輩たちにも微量ながらは気を使う。ひとっかけらも気を使わずに、会った途端に昔の友達に逆戻りするのは、シゲが同い年だからだ。三沢と似ていると言われても否定できないようなアホを言う俺に、シゲがとぼけた返事をよこして、ふたりで向き合ってすわった。
「ちょっとずつ出世してきたやんけ」
「ちょっとはな」
「恭子さんとは仲良うやってるか」
「まあな」
「俺もなぁ……」
「お、お、恋人ができたのか」
「恋人とまでは……」
 二十九歳、営業マン八年目の俺は、職場でも取り引き先でも昔ながらに、大阪弁の面白い奴だと言われている。女性たちは面白い奴にはあまり警戒心を抱かないようで、気軽に話してはくれるのだが、恋仲には至らない関係ばかりだった。
 学生時代からずっと俺はこんなんやな、と半ば達観していたのだが、最近、取り引き先から帰社する途中で昼食を摂ろうと入ったレストランで、その会社のシステム担当の女性と顔を合わせた。俺のユーザーさんである彼女の名は橋本さん、本橋をさかさまにした名前だったのもあり、真っ先に名を覚えていた。
「あら、実松さん、食事ですか。こちらにどうぞ」
 彼女も俺の名を覚えてくれていて、テーブルに呼んでくれたので、喜んで同席させてもらった。
「実松さんって歌がお上手なんですよね。前にカラオケに行ったでしょ。私もあのときにいっしょにいたんですよ」
「はい、覚えてます。僕、学生のときには合唱やってたんです」
「合唱ですか。そしたら歌が上手なのは当たり前なんですね」
「それほど上手なほうではありませんよ。僕なんか下手くそなほうやった。金子将一、徳永渉、フォレストシンガーズ、知ったはりますか?」
「知ってますよ。私、フォレストシンガーズって好き」
 彼らは僕の合唱部時代の仲間です、と告げると、橋本さんは目を丸くした。ざっとその話をすると、シゲは言った。
「で、デートの約束したのか?」
「そのうちまた、カラオケに行きましょ、歌を教えて、やて」
「ふたりで?」
「ふたりでって約束したで。そやから、もしかしたら恋になるかもな、ってな段階や。なんかなぁ、おまえらをダシにしたみたいやねんけど、金子さんかて言うてはった。あつかましゅうないと世の荒波をかきわけて進まれへんのやから」
「おまえはあつかましいのは大得意だろ。いいさ、気にすんな」
「してないわ」
「この次にライヴやるときには、彼女と来いよな」
「チケット、送ってくれるか? このごろはフォレストシンガーズのライヴチケットも手に入りにくうなってな、簡単には買われへんねん」
「そこまでじゃないよ。ちゃんと金を払って買え」
「ケチやなぁ」
 なにも本橋さんの名前をさかさまにしたからではない。好きなタイプの女の子だったからこそ、橋本さんが心に残っていたのだと、今では気がついていた。
「そやけどな、ヒデが昔言うとった。今どきの女はみんなきついて。そうやねんやろな。俺の学生時代の彼女かて、優しげに見えて実はきついっっうんか、しっかりしてるっつうんか」
「おまえの学生時代の彼女?」
「知らんかったよな。おってんで」
「嘘だろ」
「ほんまや。おったんや。今頃は北海道の農家の嫁になってるわ」
「ふーん」
 誰だ、と追及しないのはシゲらしい。あるいは信じていないのかもしれないが、過去の彼女はどうでもいい。今は橋本さんに突撃することを考えよう。
「結婚式にはフォレストシンガーズが歌ってくれるて、予約しといてええか? それで釣ったら、プロポーズしてもOKしてもらえるやんけ。ええこと思いついた。シゲ、頼むわ」
「恋人になってもらってもいないのに、結婚式なんて早すぎるよ」
「そらそうやけど……」
「だけど、万が一結婚にまでこぎつけられて、スケジュールを合わせてくれるんだったら、本橋さんに頼んでやるよ」
「万が一とはなんやねん。いや、おおきに。さすがシゲや。頼りにしてるで」
「しかし、実松」
 ぐーっと顔を近づけてきて、シゲは大真面目に言った。
「まずはつきあって下さいって言って、それからじっくり真摯に……」
「おまえに言われとうないわい。おまえは恭子さんにどうやってプロポーズしたんや」
「いや、俺は……」
「そうやって照れまくってか」
「俺はどうだっていいんだよ」
 照れて怒り顔をしているシゲを見ていると、金子さんに言われたことを実行したくなった。
「シゲ、おまえはええ奴やな」
「うわっと……」
 抱きしめてやろうとしたらシゲは反射的に動き、俺を突き飛ばした。椅子からころげ落ちた俺を見て、ごめん、大丈夫か? と手を差し伸べてくる。ふてくされたふりをしていたら、三沢の大声が聞こえた。
「シゲさんったら、なにやってんの? 実松さんと喧嘩? リーダー、大変ですよーっ!!」
「なんでもない。なんでもないって」
 冗談や、と言おうとしている途中で、本橋さんの声も聞こえた。
「シゲ、なにするんだよ、おまえは」
「わ……あの……もののはずみで……いいえ、俺が悪いんです。実松、ごめんな」
「アホかぁ。シゲも三沢もアホアホアホ」
「リーダーも?」
 面白そうに顔を覗き込んでくる三沢の頭を押しのけ、俺は立ち上がった。
「本橋さん、すんまへん。いっちゃんアホなんは俺です。シゲを抱きしめようとした俺がアホやった」
「シゲを抱きしめようとした? なぜ?」
「まあね、まあまあ、まあまあ……金子さんが……いや、まあ、ええわ。ではでは、本橋さん、三沢、シゲ、客席で聴いてますから、最高のステージをお願いしまっせ。金子さんと乾さんと徳永さんと木村にもよろしゅうに」
 怪訝そうに見ている本橋さんに最敬礼して、楽屋から出ていく俺に、三沢が言った。ほんま、実松さんって俺に似てるやんけ、だった。俺の真似をした大阪弁は、金子さんとは大違いの変なイントネーションだ。そこに本橋さんの声が、酒巻も似てきたしなぁ、とかぶさっていた。


 以前にもフォレストシンガーズのライヴは見たが、金子さんや徳永さんのは初に見る。ライヴ前の楽屋を訪ねるのも、メディア人種の集まる席にすわるのもはじめてで、いくぶん緊張していたのだが、ライヴがはじまると引き込まれていった。
 最初にステージに登場したのは徳永さんだ。ジャージーなオリジナル曲、ジャズのスタンダードナンバーなどを、MCはほとんどなしで歌っていた。俺の近くにいたのは雑誌社の女性のようだったが、徳永さんの熱烈なファンであるらしく、時おり、きゃーっ、徳永さんっ!! と叫ぶので、そのたびに俺は飛び上がりそうになった。
 続いてフォレストシンガーズ。徳永さんの静かなステージとは一変して、ソウルやらダンスナンバーやらが中心になっている。カラフルなスポットライトを浴びて、彼らもダンスを披露する。他のメンバーはともかくとして、シゲまでが踊っているのを見ていると、笑いたくなって困った。
 やがて、一旦他のメンバーが引っ込む。エレキギターを抱えた木村がひとりで出てきて、ロックナンバーをシャウトする。彼は一時期ロックバンドをやっていたというだけあって、金属質のハイトーンで叫ぶ歌が、耳をつんざきそうだ。俺の知らない曲でもあって、ロックはあんまり、の俺は聴いているのがしんどかったのだが、本人はきわめて気持ちよさそうだ。
 フォレストシンガーズのMCは三沢がメインになって、客席が幾度もどーっと沸いた。乾さんや木村が絶妙の合いの手を入れ、本橋さんとシゲはおとぼけタッチで、息もぴったりだ。本橋さんが三沢に向かって、おまえはなぁ、とやると思い切り受けるのだった。
 三組目は金子さん。シャンソン、ボサノヴァ、アジアや中近東やアフリカンふうの曲、ファンク、金子さんの歌はバラエティ豊かだ。MCも落ち着いたトーンで、三組がそれぞれにちがったムードを作っていた。
「みなさま、今夜は本当にありがとうございました」
 濃い紫の不思議な形のスーツをまとった金子さんが中央に立ち、挨拶を口にした。金子さんの右側には乾さん、本橋さん、三沢、左側には徳永さん、シゲ、木村と並び、そろって深々と頭を下げる。客席は拍手の嵐になり、徳永さんも言った。
「どうなることかと思っていたんですが、とにもかくにもここまでは、無事に進行して参りました」
 客席から笑い声が起き、シゲが言った。
「デビューしてからしばらくは、その他大勢の無名組のミュージシャンとして、ほうぼうのステージに立ってきたのですが」
 続いて木村。
「本日はメインが三組。我々もメインだったんですよ」
 そして乾さん。
「学生時代からずっとともにやってきた、金子さんや徳永さんと同じ舞台に立てて、僕は感無量です。なに、徳永さん?」
「なんにも言ってませんよ」
「言いたいくせに。はい、続き、喋りたくて喋りたくて口がむずがゆいそこのきみ、言いなさい」
「僕ですかぁ。嬉しいな。やっと喋れまーす。はーい、ユキちゃんですよぉ。知ってる? 僕を知ってて下さって嬉しいです、金子さんや徳永さんのファンの方のほうが多いのでしょうか」
 私はユキちゃんのファンですよーっ!! と客席で叫んだ女性がいて、三沢はそちらに丁重な礼をした。
「ありがとうございますっ。ユキちゃん、感激っ!! 感激すぎてなにを言おうとしてたのか、忘れちゃったよ。リーダー、言って下さいな」
「忘れたっていうのは、幸生の毎度の嘘ですので、念のため。歌詞は忘れても、台詞を忘れる幸生ではありません」
「その通り。よくごぞんじで」
「当たり前だろ。おまえと何年やってんだよ」
「フォレストシンガーズがデビューしてから七年ですよね。長くも短い七年間でした」
 笑い声の中、七人が軽妙なトークを繰り広げ、金子さんがしめくくった。
「ラストの一曲は全員で歌わせていただきます。木村、ギター、OK?」
OK!! と応じた木村はいつの間にかエレキギターを手にしていて、イントロを奏ではじめる。「さらば青春の光」と徳永さんがタイトルを口にし、七つの声がハーモニーを紡いでいった。

「夢見ることを夢見て
 空を見上げる瞳は気まぐれ色だったけど
 誰よりも輝いていた

 狂おしく燃える情熱の彼方に
 もっと素敵な自分がいる
 ふたりは信じて
 一瞬に賭けた」

 二十代も残り少なくなっている俺たちは、もはや青春の只中にはいない。青春にさらばと告げなければならない年頃になってしまっているのはまちがいないだろう。
 あのころの俺たちは気まぐれ色の瞳で空を見上げて、情熱を狂おしく燃やして、一瞬に賭けていたのか。俺はそんなでもなかったけれど、ステージに立つ七人はそうだったのだろう。だからこそ、彼らはむこう側にいる。俺はだからこそこちら側にいる。それでもいいじゃないか。今の俺は心で彼らといっしょに歌っているのだから。昔のまんまに、今だけは、今だけは、俺も彼らと同じ心でいるのだから。
 青春にさらばと言う前に、俺にはまだまだしなくちゃならないこともあるんだし、センチメンタルになってなんかいられない。だけど、今だけ、もうすこしだけは、今だけ、に浸っていたい。わずかに視界がかすんで、ステージにはヒデもいるかのごとく見える。合唱部の彼も彼も、それから俺自身までもが、むこう側で歌っている。そんな幻がちらちらしていた。

END


 
スポンサーサイト


  • 【小説54(ONE NIGHT STAND)後編】へ
  • 【小説55(君といつまでも)】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【小説54(ONE NIGHT STAND)後編】へ
  • 【小説55(君といつまでも)】へ