ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS「恋愛相談」

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フォレストシンガーズ

「恋愛相談」


 区が主催しているテニスサークルの講師として、一ヶ月に一度だけ働くようになった。サークルは一ヶ月に二回あるので、もうひとりの講師がいる。彼女も私と似た立場で、出産でテニス選手を引退し、子どもが幼稚園に入ったのを機に仕事を再開したのだそうだ。

 今日は日曜日、彼女、米田遥香さんの夫も、私の夫、本庄繁之も休日ということで、子どもを夫に預けてふたりしてお茶している。住まいも近く、年齢も近い。遥香さんの子どもは四歳の女の子、私の子どもは三歳と一歳未満の男の子、子どもたちの年ごろも近いので、話はとめどなくはずんでいた。

「恭子さんちの旦那さんって、やっぱりもてるんだろうね」
「それがね、彼は言うのよ。日本中のすべてのミュージシャンの中で、俺が一番にもてないんだ!! って」
「恭子さん、信用してるの?」
「どうなんだろ。ほとんど信用してるけど、ちょっとだけ疑ってる」

 夫の仲間たち、フォレストシンガーズのみなさんに確かめてみたところによると。

「いや、そこまでじゃないよ。俺のほうがもてなかったんじゃないかな」
「シゲは誠実な男だから、もてないんじゃなくて遊びの恋はしたくなかったんだよ」
「そうだなぁ、シゲさんは俺ほどはもてなかったみたいだけど、俺ほどもてる男はそんなにはいないからね。俺以上にもてるのって乾さんだけだもんね」
「ああ、そうみたいだね」

 本橋さん、乾さん、三沢さん、木村さんの順にこう答えてくれた。
 三沢さんまでの返答はごまかされている感じで、木村さんはそっけなさすぎて、私としては本人のいつもの反応も含めて、どこまで信じればいいのか。シゲちゃんはかっこいいタイプではないけれど、それでも芸能人のはしくれなんだしなぁ、なのだった。

「妻の勘とか、浮気してる兆候とか、そういうのはないの?」
「ないよ」
「彼のケータイ、見ないの?」
「見せてくれることだったらあるけど、勝手には見ない」
「見てみたら? 夫の浮気って妻がこっそりケータイを見てばれることが多いらしいよ」

 そんなのいやだ、たとえ夫婦といえども、他人のケータイを盗み見するなんて絶対にいやだ、だったのだが、うちに帰ってシャワーを浴びて、夕食をすませて息子たちが寝てしまうと、シゲちゃんが進んでメールを見せてくれた。

「こんな相談、されてるんだよ」
「この方はどなた?」
「うちの事務所に新しく入社した、事務の女性」

 かつてはオフィス・ヤマザキは弱小音楽事務所だったのだそうで、事務仕事はほとんどを外注に出していた。なので、事務員さんといえば露口玲奈さんただひとり。結婚して人見玲奈さんになった彼女とは、私も仲良くしていた。

 フォレストシンガーズが売れてきたのもあり、所属ミュージシャンの数が増えてきたのもありで、オフィス・ヤマザキの社員も増えてきている。今年の春にも女性事務員さんが入社してきたのだそうだ。その女性がシゲちゃんにメールしてきていた。

「緊急の用事があるかもしれないから、玲奈ちゃんもみんなのメールアドレスは知ってるよ。今はlineとかSNSとかもあるけど、俺たちってそういうの、あんまりやらないだろ。だからメールなんだ。藤崎さんも教えてもらったんだろうな」

 メールの文面はこうだった。

「シゲさんはご結婚なさってるんですし、子どもさんもいらっしゃって人生経験が豊富ですよね。
 そんな男性だからこそ、悩みを聞いてほしいんです。
 お時間がおありでしたら読んで下さいな。

 私には彼氏がいます。四つ年下の普通のサラリーマンで、私が前の職場で働いていたときに知り合いました。うまく行っていたんですけど、四つも年下のせいか、彼って結婚願望がないんですよね。
 私は三十三だから、結婚したい。私のほうからプロポーズするように仕向けていこうとしていて、彼にうんざりされたみたいで、最近はうまく行かなくなってきたんです。

 だからって別れるのはいや。彼と結婚したいんです。
 どうしたらいいんですか? シゲさん、悩める亜矢子にアドバイスを下さい」

 結婚しているのは本橋さんもだが、シゲちゃんのほうが相談しやすいというのはわからなくもない。だけど、そんな相談だったら玲奈さんか美江子さんにすればいいのに。そう思うとむっとして、私は言った。

「で、シゲちゃんはどうするの?」
「どうしたらいいかわからないから、きみに相談してるんだろ」
「私だって知らない。関係ないもん」
「恭子、怒ってるのか?」

 昔も幾度か、私がシゲちゃんの気持ちを疑ってもめごとになった。そういう理由では喧嘩にはならなくて、私がひとりで怒るだけだ。
 子どもがいなかったころの喧嘩の中には、私が面白がって思わせぶりなこと、女友達と泊まったホテルの話を、わざと男性と入ったとも取れる言い方をしたり、といった場合にも起きた。私にはまあ、独身時代には他の男性とのなんだかだもあるが、過去の出来事だからひきずってはいない。

 誰がなんと言ったって、本人が否定したって、シゲちゃんを好きになる女性がいないはずがない。歌手にすればかっこよさは足りないにしたって、私が好きになったひとだもの。シゲちゃんを魅力的だと思う女性はいるはずだ。

「愛してるからだよ」
「え?」
「シゲちゃんを愛してるから、嫉妬するの」
「あ、ああ、嫉妬? 俺は藤崎さんと浮気してるわけじゃないよ」
「知ってるけど……そうだ、私が藤崎さんの相談に乗ってあげるってどう?」
「そうしてくれると助かるよ」

 こう言うということは、シゲちゃんは本気で彼女との浮気を望んではいないのだろう。
 藤崎さんのほうはあわよくば、なのかもしれない。どんな外見の女性だか知らないが、既婚者や恋人のいる男性に恋愛相談をしかける女性は、彼を狙っているという説もある。

「はじめまして、本庄繁之の妻の恭子です。
 ごぞんじの通り、本庄は多忙な身です。その上に彼は恋愛相談なんてものは大の苦手で、藤崎さんからメールをいただいて困惑しているみたいですよ。
 よろしかったら私がお話、聞きますけど、いかが?」

 そのメールには返信はなかった。 
 電話で遥香さんに話してみると、恭子さん、ナイス!! との反応だったから、まちがってはいなかったのだろう。それから数日後、シゲちゃんが言った。

「本庄さんがもてないって言う理由、よくわかりましたよって……藤崎さんに言われたよ。俺には意味不明だったんだけど、野暮ですよね、とも言われたんだ」
「正解だったかも」
「……なんだかよくわからないんだけど……」
「いいのよ、いいの」

 そうそう、それでいいの。疑惑の種は芽を出す前に掘り起こしてぽいっと捨てる。それに限るのだから。


END






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