ショートストーリィ

結婚ストーリィ「この胸のときめきを」

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「この胸のときめきを」

 双生児の夢麻が隣の部屋から出ていく。その物音に気がついた亜夢は一分ほど遅れて自室を出た。音をたてないように階段を下りて両親の部屋の扉に耳をくっつけると……。

「えーっ?! ムマ、まちがいないんだろうな」
「お医者さまには行ったの?」

 急き込んで問い質す父と母の声に続いて、ふてくされたようなムマの声が応じた。

「医者には行ってないよ。かっこ悪いじゃん。産婦人科の診察なんてやだしさ」
「いやなのはわかるど、検査薬なんかじゃはっきりしないんじゃないの?」
「そんなことないって。正確だよ。マヤもミホもあの薬で検査して、大丈夫だったって言ってた。ほんとに大丈夫だったみたい。ナミは妊娠してて……って、友達のことはどうでもいいの。まちがいないんだから」

「……それで、どうするつもり?」
「彼は結婚するしかないって言ってるよ。あたしは産むつもりなんだから、それでいいんじゃない? 結婚式なんて流行らないし、金の無駄だからやらない。新婚旅行にはこの子が生まれてから三人で行こうかな」
「ムマ、お父さんは許さんぞ」

 押し殺したような父の声、はぁ? とムマの声。ちょっと、お父さん、と焦っている母の声。アムはムマから彼女の好きな男については聞いているので、この話の流れからして、なにがどうなったのかはわかった。

「相手ってのは誰なんだ。どこの男がうちの可愛い娘にそんなことを……十八歳の花も盛りの娘を傷ものにしやがって……うちに連れてこい、何者だ」
「バイト先の店長」
「いくつだ?」
「三十だったかな」

 ぎりぎりっ、ばりばりっ、と父が歯噛みした音までが聞こえた。

「三十にもなって分別のない……いや、こういうことは年齢に関わらず男が悪いんだ。どうしてくれるんだ。うちに連れてこい」
「結婚するんだから、挨拶に来させるよ。結婚するって言ってるんだからいいじゃん、ね、お母さん?」
「まあ……逃げられるよりはいいけど、ムマもアムも大学生になったばかりだっていうのに……」
「高校生じゃなくてよかったんじゃない?」

 けろけろと笑っているムマ、唸っている父、父をなだめようとしている母、三人三様の態度をドア越しに感じながら、アムはその場から離れた。

 今春に大学生になってアルバイトが解禁されたので、ムマとアムは同じファミリーレストランで働きはじめた。双生児が同じ職場ではよくないかな、と雇用側が考慮して、近くではあるが別々の職場だ。双生児とはいっても男女の二卵性だから、瓜二つというわけでもない。同じ店で働いてもいいと思うのだが、会社がそう決めたのだから仕方ない。

「それでもやっぱり似てるよね」
「アムは男の子だから、すこし身体は大きいよね。顔もムマのほうが女の子らしいけど、並べて見たら双生児って感じ」

 ふたりともを知っている友人はそう言う。
 とにもかくにもアルバイトをはじめた双生児は、夜中にどちらかの部屋でバイトの話をよくする。あれから半年、ふたりともに好きなひとができた。そんな打ち明け話もしていたので、アムはムマの、ムマはアムの恋のお相手を知っている。お互いに確認もしていた。

「好きなんだけど、彼、あたしのことは子ども扱いして彼女にしてくれる気もないみたい。女から迫るのってかっこ悪いしね」
「僕もなんだよな。彼女に告白はしたんだけど、まさかでしょ、ってさ」

 奇しくもふたりともに、好きになった相手は十二歳年上だ。こんなところは精神構造の似た双生児だからなのか。

「女がひと回り下ってのはまだいいけど、男がひと回り下だとむずかしいかもね。だけど、アムって変な趣味。マザコンかよ」
「そしたらおまえはファザコンかよ」
「店長、かっこいいんだもん」
「うちの愛子さんだって可愛いよ」
「おばさんじゃん」
「店長はおっさんじゃんよ」

 悪口も言い合っていたが、互いにうまくいくように応援もしていた。最近ムマはあまり店長の話をしなくなったと思っていたら、静かに進行していたのか。アムが寝たふりをしていると、しばらくしてムマが隣室に戻ってきた気配がした。

「ムマ、いいか?」
「聞いてただろ。いいよ、入って」

 隣室にすべり込んだアムを、ムマが強い目で見つめる。アムがなにを尋ねたいのかはわかっているムマは、淡々と話した。

「好きなんだもん。好きで好きでたまんないんだもん。なのに、店長はあたしのことなんか相手にしてくれない。夏休み最後のバイトのときに飲み会があったんだよね。未成年は駄目だって言われたけど、お酒は飲まないって約束してあたしも行ったの」
「ああ、八月のね」
「そうだよ。そんでね、飲まないって言ったけどちょっと飲んだ。ちょっとだったら平気なのに店長が心配して、送ってくれたんだ。あたしのほうからキスして、好き好き好きっ!! 抱いてって言ったの」

 自分から迫るのはかっこ悪いと言っていたくせに、恋心は女を強くするのか。アムはムマのその行為に感動を覚えた。

「キスしちゃったらこっちのもんだよ。その日は危ないなって思ってたんだけど、できちゃったらそれでもいい。できちゃったら結婚してもらえるかもしれない。店長はかっこよくてもてるんだから、早くあたしのものにしちゃいたい。それでもいいと思ったから、ホテルに行きたいって言ったの。店長もちょっと酔ってたからね……初体験の話、もっと聞きたい?」
「はじめてだったのか? ムマって処女だったの?」
「まっさかー。店長とははじめてだっただけだよ」
「だろうね」

 ムマの話を聞きながら、アムも考えていた。アムの好きな愛子さんだってもてる。三十歳独身なのだから、今どきあちこちにころがっている三十代、四十代の独身男には狙われているだろう。ムマがやったようにして、早く僕のものにしてしまわなくては。

 周囲なんぞはアムにはきちんとは見えていない。愛子さんはアムが十二歳も年下だから断っているだけで、年齢を気にしなかったらいいだけだ。アムは押して押して押しまくり、ついに愛子さんにこう言わせた。

「私もアムくんを嫌いなわけじゃないのよ。だけど、私はもうこの年なんだし、今度彼氏ができたら結婚したいの。アムくんと私が結婚できるはずないでしょ」
「できるよ」
「馬鹿言わないで」
「馬鹿じゃないよ。うちのムマ、知ってるでしょ」
「夢の麻、夢魔ってのがあるけど、それじゃないのよね。アムくんは亜細亜の夢。夢って字がお好きなご両親だよね」

 そんなことはどうでもいい。アムはムマの話をした。

「ああ、そうだったの。よその店長さんの話なんか知らなかったけど、新城店の店長さん、ムマちゃんと結婚するんだ」
「そうだよ。できちゃったら親だって反対できない。うちの親も結局は許したよ。愛子さんの親も反対しないでしょ。ねえ、愛子さん、子ども、つくろうよぉ」
「そんな馬鹿な……」

 ちょっと考えさせて、と愛子さんは言う。それからも何度も何度も何度も押しに押して、アムは愛子さんをうなずかせた。
 十八のムマは一度で妊娠したようだが、三十歳となると簡単ではないのか。卵子が劣化してるとかいうやつかな? アムは首をかしげ、何度も何度もチャレンジした。

「できたみたいよ。これでいいのかしら」
「よかったね。いいに決まってるじゃん。愛子さんの親に挨拶に行く?」
「うちは遠いんだから、アムくんのご両親に先に会わせて」
「いきなり行くの? いいの?」
「ちゃんとご挨拶しなくちゃ」

 中年は礼儀にうるさいものだから、そうしたほうが愛子さんの心証がよくなるかもしれない。アムも覚悟を決めて、愛子さんを我が家に連れていった。その日はムマも家にいて、アムたちの援護をしてくれるつもりだったらしい。

 いくぶんおなかが目立ってきたムマと、いったいなんの話だ、という顔をしている両親を前に、アムは言った。僕たちは愛し合っている、子どもも授かった、結婚したいんです、と話を綺麗に整えて告白しているカップルを前に、両親の顔は見るも無残に青ざめていっていた。

「愛子さんっておいくつですか」
「三十歳です、すみません」
「すみませんって……三十? アムが何歳だか知ってるわよね?」
「はい、申し訳ありません」
「なんの因果で娘も息子も……お父さん、私たち、呪われてるわ」
「まあまあ、お母さん、落ち着いて」

 あの夜は父のほうが興奮していたのだが、今夜は逆転している。母は悪鬼の形相になり、愛子さんの顔に指をつきつけた。

「よくもうちの息子をだましてくれましたね。年端もいかない少年をたぶらかして、まんまと妊娠してしまうなんて、犯罪ですよ。私は絶対に許しません」
「ねえねえ、お母さん」

 冷静に口をはさんだのはムマだった。

「あたしのときには言ってたよね。こういうことは男が悪いんだって」
「そう言ったのはお父さんよっ!! ちがうのっ!! こういうことは年上のほうが悪いのよっ!! いやっ!! 私は絶対にいやーっ!!」

 絶叫までしている母を見て、父はむしろ落ち着いてきたようだ。背中を抱いた父に抱きついて、母が泣きはじめる。愛子さんは切なそうにうなだれ、ムマはクールなまなざしで全員を眺めている。いやいやいやっ!! とヒステリックになっている母を見やってから、ムマは小声で言った。

「愛子さん、やったね。あたしは愛子さんの味方だからね」

 共犯者の笑みなのだろうか。アムの背中が一瞬、ざわざわっとした。

END





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