ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS梅雨物語「雨を聴きながら」

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フォレストシンガーズ

「雨を聴きながら」


 とても若かったころ……今でも俺は若いので、ガキだったころというべきか。そのころの俺にはシャイな部分があったのかもしれない。

 二十四歳でフォレストシンガーズの一員としてプロの歌手になり、そうなるとけっこう女が寄ってくるようになった。女は男を誘惑するときには、あからさまには言わない場合もある。
 鈍感な俺は女に誘惑されても気づかなかったり、気づいても、勘違いだろ、と思ったり、まちがいないと確信しても逃げたりした。

 なのだから、ガキだったころの俺は、女遊びなんて考えもしなかった。二十五歳をすぎ、年齢的にはガキではなくなった二十代後半の俺は……。

「川の畔 古いホテル
 壁のシャガール この部屋
 ガラス越しに チャペルの鐘
 叩く雨音 解け合う

 Rainy day 言葉をなくした
 Rainy day 雨を聴きながら……」

 どこからか男の低い歌声が聴こえてくる。壁にかかった小さな絵はシャガールではなさそうで、チャペルの鐘も聞こえはしない。雨の音だけが聴こえる河畔のホテル。

 デビューしてからもうすぐ二年、売れているとは言いがたいが、仕事はまったくないわけでもない。一週間ほど前には乾とふたり、よく仕事をするラジオ局にいた。
 廊下でプロデューサーを待っていたのは、仕事の打ち合わせのため。プロデューサー氏が俺たちと約束していた時刻の前の用件が長引いているとのことで、乾とふたり、手持無沙汰で無関係なスタジオから流れているトークを聞いていた。

 バラエティタレントのような女の子と、引退したもとバレーボール選手。女同士の気の置けないお喋りといったコンセプトの番組だった。

「私、雨の日の女性のファッションを見るのが好きで、今日もここに来る前に、Hストリートのオープンカフェで外の席にすわってたの」
「濡れなかった?」
「濡れるのも気にならないくらいに、あそこのオープンカフェだと面白いものが見られるのよ」
「人のファッションって面白い?」

 会話をリードしているのはもとバレーボール選手で、タレントの女の子が合いの手を入れていた。

「面白いじゃない。そのレインコートにその靴を合わせる? だとか、雨の日にそんなバッグを持って、ブランドものだからってひけらかさなくてもいいじゃない、だったりさ。そんな安っぽい傘を持つんだったら、いっそビニール傘のほうが潔いわよ、だったり」
「ふむふむ」

「ハイブランドのロゴの入った傘を、貧乏ったらしいファッションの女が持ってたりもするの。雨の日に足元がサンダルで、惨めったらしくなっちゃってる女もいるの。それからね……」
「ふーん、それってさ、雨の日の人のファッションを見るのが好きなんじゃなくて、そういう女の悪口を言うのが好きなんじゃないの?」

 一瞬ののち、空気が凍りついたようにも思えて、慌てて入れたようなタイミングでCMになった。乾の顔を見ると、彼はぶはは、といった調子で笑っていた。

「いいのかな、あんなことを言って」
「本橋でも気づくくらいなんだから、相当だね。格的にはリリちゃんのほうが落ちるだろ。立場が上のタレントにああいうことを言ったら、始末書を書かされるのかな」
「リリちゃんっていうのか」
「あの、若いほうの子ね。しかし、正直だな。俺がリリちゃんの立場だとしても同じことを言いそうだけど、タレントとしては失格なんだろうな」
「おまえも言いそうだな」

 売れないという意味では、リリという女の子は俺たちと同レベルだ。そのせいもあって気になった。

「名前を知ってるって、乾、リリちゃんとはなにか関係があるのか」
「関係はないよ。立ち話をしただけだ」
「……そっか」

 本橋でも気づくくらいなんだから、と乾が言ったのは、俺は鈍感だからという意味だ。乾は俺とは正反対に敏感だから、俺がリリに興味を持ったのには気づいただろう。だからといってそれについてはなにも言わなかったが。

 今日の夕方、同じラジオ局でリリに会った。彼女も俺も連れはいなくて、仕事ももうおしまいだったから、帰りには彼女の車に乗せてもらった。

「本橋さん、車、持ってないんだ」
「ないんだよ。金がなくてさ」
「売れない歌手は車も買えないの? 普段の移動は?」
「タクシーももったいないから、もっぱら電車だな」
「騒がれない?」
「俺が? 騒がれるってなにが?」

 質問に質問を返すと、そうだね、とリリは笑っていた。
 先日の放送の話などはせず、とりとめもなく話しながら雨の中を走っていたリリの車。雨ににじんだホテルのネオンサイン。目と目で、入る? いいね、と語り合って、リリは車をホテルの駐車場に入れた。

 女の視線のサインにだけ敏感になって、こうして恋でもない、嫌いじゃないけど愛してもいない、といった程度の女とホテルに来るのは何人目だろうか。まだ数えられる程度だが、そのうちにはもっともっと……悪いことなのかどうか、わからなくなりつつあった。

 窓の外は雨。リリが浴びているシャワーの音が聞こえる。刹那に抱き合う男と女ってのは、互いに合意していれば悪いことなんかじゃないはずだ。そうだよな? って、誰に確認しているのやら。

 
「石畳に 流れる雨
 孤独な人たち 行き交う
 窓に映る 静かな顔

 冷めた唇 この部屋

 Rainy day 心が壊れた
 Rainy day 雨を聴きながら……」

 こんなことで、俺の心はこわれはしない。だけど、もしかしたらこんな経験をひとつずつ積み重ねて、心のどこかがすこしずつこわれていく、そんなこともあるのだろうか。


SHIN/26歳/END





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