別小説

ガラスの靴11

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「ガラスの靴」


     11・神輿


 スタッフが案内してきたのは、見覚えのある男だった。アンヌがロックバンド「桃源郷」のメンバーとして仕事をしていたライヴハウスの楽屋で、彼は言ったのだそうだ。

「俺のこと、覚えてるでしょ」
「……うーん、見たことはあるような……」
「そりゃそうですよね。俺って一度会ったら忘れられないって、女性には言われるんだもん。アンヌさん、出世しましたよね」
「おまえ、誰だ?」

 とぼけちゃって、いやだなぁ、とへらへらしながら、彼は自己紹介した。

「田村潔です」
「タムラキヨシ? どこの?」
「アンヌさんだって俺に気があったんじゃないんですか。惜しかったなぁ。俺もアンヌさんは嫌いじゃなかったんだから、告白してくれたらつきあってあげたのに」
「……あたしは忙しいんだ。帰れ」

「そんなこと言わないで。ほら、専門学校で一緒だった田村ですよ」
「ああ、そういえば……いたな」
「覚えてるに決まってるのに、とぼけなくてもいいじゃありませんか」
「笙の同級生だったよな」
「笙って、大沢ですか」

 長身でプロポーションがよく、女の子にはもてていた田村に僕の名前を出すと、彼も思い出した様子だった。

「大沢とアンヌさんはつきあってたんですよね。あんなちんちくりん、いいところってあったんですか」
「笙とは結婚したよ」
「え? えーっ?! ほんとに? 俺、大沢とは……笙とは親友だったんですよ」
「ああ、そうかよ」

 親友だったのに、あたしと結婚したって知らなかったのか? と訊き返したかったそうなのだが、面倒なのでアンヌは追及はしなかった。

 「桃源郷」はデビューしてから約三年、大ヒット曲というほどの曲はなく、日本中で知られているほどのメジャーな存在でもないが、ロックファンの間では有名だ。CDもウェブ配信されている曲もけっこう売れるし、ライヴもおよそはソールドアウトする。

 雑誌かなにかで桃源郷に同じ専門学校に通っていたアンヌがいると知って、田村が訪ねてきたのだろう。なつかしいなぁ、笙にも会いたいなぁ、と言われて、アンヌが彼を我が家に連れてきた。

「あたしは飲みにいってくるから、おまえたちは好きにやってりゃいいよ。胡弓は寝たのか?」
「うん、寝たよ。行ってらっしゃい」
「……アンヌさんは出かけるんですか。寂しいな、一緒に飲みましょうよ」
 
 うだうだ言っている田村にはうるせえんだよと言い捨てて、アンヌは出ていってしまった。要するに、田村を僕に押しつけたかっただけだろう。

「おまえのヨメって好き放題やってるんだな。いいのか、あんなに勝手にさせといて」
「よくないの?」
「しめしがつかないんじゃないのか? あんな仕事なんだからしようがないかもしれないけど、子どもがいるんだろ。仕事がすんだあとまでほったらかして、飲みにいくって……」
「いいんだよ、僕がいるんだから」

 こんな奴が専門学校にいたのは、今日、久しぶりで再会するまでは忘れていたのだが、こうして向き合っているとだんだん思い出されてきた。
 むろん彼は親友なんかではない。口をきいたのもほんの数回で、新垣アンヌって悪い噂があるんだぞ、そんな女とつきあうのか? おまえって変な奴、と言われたことがあったような。

「すると、新垣アンヌって芸名なのか」
「本名だよ」
「大沢アンヌじゃないのか? 籍、入れてないのか?」
「入れたよ。僕が新垣笙になったんだ」
「なんで?」
「なんでって……」

 法律では、結婚したら夫婦いずれかの姓になると決まっている。昔ながらの慣習で男の姓になる場合が圧倒的だが、アンヌが望んだので僕が姓を変えた。

「僕が主夫だからかな」
「主夫なのか?」
「そうだよ。だから、アンヌは僕に息子をまかせて夜中に飲みにいってもいいんだ」
「そっか、アンヌさんがよその旦那みたいなもんなんだ。へぇぇ、そうなのかぁ、おまえ、うまくやったな」
「まあ、僕には向いてるよ」

 大学受験に失敗し、親に強制されたような形で、アニメ系専門学校のCGコースに入学してアンヌと知り合った。アンヌのほうが僕よりも先に卒業し、僕も卒業は近くなっていたものの就職も決まっていなかったころに、アンヌのご懐妊が判明した。

 二十歳と二十七歳で結婚し、アンヌはロックバンドのヴォーカリストとしてデビューし、僕は子持ちの専業主夫になった。男女逆ならばそう珍しい話でもないだろうに、僕が主夫の立場だと言うとのけぞられたり、それってヒモでしょ、最低、と言われたりすることもよくある。

「いいなぁ、俺もそれ、理想なんだ」
「田村ってなんの仕事してるの? アニメ関係?」
「あんな学校出たくらいで、アニメの仕事なんかあるもんかよ。フリーターだよ」
「彼女はいるの?」
「いるよ。彼女のことも知ってるんじゃないかな。彼女も同じクラスにいた女の子で、多恵っていうんだ。写真、持ってるよ」

 見せられた写真の女の子にも、言われてみれば見覚えはあった。
 アニメをたく男に人気のありそうな、眼鏡をかけた可愛い子だ。頭のてっぺんで髪の毛をお団子にして、丸い瞳をくるくるさせている写真だった。

「ああ、覚えてるよ」
「だろ。俺も多恵もクラスではもてもてナンバーワンだったから、美男美女の似合いのカップルだって言われたもんだよ。多恵はいかにものアニメ業界女って感じだろ。声優になりたいとか言いながら、アニメ制作会社でバイトしてるよ。俺もそこにもぐりこみたいんだけど、いや、それよりも……」

 主夫の義務として、僕が家にいるときにはアンヌの分の夕食も作る。時にはデパ地下でお総菜を買ったり、僕の母が作ったものをもらってきたりもする。今日は胡弓がエビフライを食べたがったので、自分で揚げた。野菜やイカのフライも作ったのに、アンヌが食べてくれなかったので余っている。

 それらをつまみにして、田村とビールを飲む。ちょっと失礼とことわって子ども部屋を見にいくと、胡弓はすやすや眠っていた。

「狙ってる女がいるんだ」
「多恵ちゃんじゃなくて?」
「多恵なんか……いや、多恵はいいんだけど、そうじゃなくて、女医なんだよ」
「その女医って山下って名前じゃない?」
「いいや。山下って女の医者がどうかしたのか?」
「いやいや。いいんだけどね」

 先日、キャバクラ嬢を彼女にしてどうのこうの、とやっていた山下の姉が、女医だと言っていたからだ。関係ないようだったのでほっとした。

「四十三だったかな。相撲取りほどは太ってないけど、なんだろ。砲丸投げの選手みたいな? 太いってよりもがっちりしてるんだ。ブスだし全然タイプじゃないんだけどさ」
「うん、それで?」
「佐倉先生、面食いなんだよな。田村くんみたいな美少年だったら、あたしのペットにしたい、養ってあげてもいいよ、お婿に来ない? って口説かれるんだ。もてる男はつらいぜ」

 二十三にもなって美少年もないものだが、四十三歳から見たら美少年かもしれない。僕もアンヌの女友達には、すごい美少年の旦那さんね、アンヌに囲われてるの? などとからかわれたりする。

「年上の女、流行ってるよね」
「おまえんとこもそうだっけ。俺は年上になんか興味ないし、そりゃあ、なんにも考えずにつきあうんだったら多恵のほうがいいよ。だけど、俺が目指すは逆玉なんだ」
「逆玉か。僕もそうかもな」

 男が上流の女性に見初められて結婚し、玉の輿に乗ることを逆玉という。だが、田村は、おまえなんかじゃちっちぇよ、とせせら笑った。

「ロックバンドだろ。そんなもん、いつなんどき転落するかもわからない。大沢にしたらいい女をつかまえたかもしれないけど、アンヌさんなんてのは……ま、過去はいいとしたって、上流家庭のお嬢さまでもないし、今は稼いでくるにしたっていつまで続くかもわかんねえだろ」
「まあね」

 東北地方の豪農の娘ではあるが、僕はアンヌの家にお婿に行ったわけではないのだから、逆玉ではないだろう。

「俺は自分で苦労して働くのは性に合わないんだよ。顔も年も他のなにもかも我慢するから、四十すぎた砲丸投げ女でもいいから、金持ちの女のペットでいいから、逆玉に乗りたいんだ。俺の悲願なんだ。そんなチャンス、めったにないだろ。俺がどれだけ美少年だって、相手がいなけりゃはじまらない。そうしているうちに年を取る。俺の夢は若いほうが有利なんだよ」
「そしたらその医者と結婚すりゃいいじゃん」

 反対する者もいるだろう。佐倉先生と田村が呼んでいる、僕は知らないそのお医者さんの立場になってみれば、そんな奴と結婚したら駄目、と言いたいところもある。けれど、どうせ彼女だって知ってて受け入れるのだろうし、それはそれでいいんじゃないかとも思えた。

「だけど、多恵がいるから」
「ふーん、意外に誠実なの?」
「誠実って俺が? そうでもないよ。多恵はバイトとはいえ給料のいいところで働いてるから、俺よりは金に余裕があるし、俺のことがすっげぇ好きみたいだから、ホテル代まで出してくれるんだよな。俺は親の家にいるんだけど、多恵はひとり暮らしだから、遊びにいくとうまいものを作ってくれたりもするんだ。気が向かなかったら会わずにいたら、哀しそうな顔をして……可愛いんだよな」

 要するに、俺にはそんなにつくしてくれる女もいる、と自慢したいのだろう。そんな口調だった。

「俺にとっての都合のいい女なんだから、捨てるのは簡単さ。だけど、そうするのは心が痛む。俺だって多恵が嫌いなわけじゃない。可愛いし、情ってのはあるんだよ。だからさ、おまえが言うみたいに簡単に多恵を捨てて、おばさん女医の婿になるってわけにもいかないんだ」

 そんなら勝手にすれば? と思っている僕の前で、田村はまだうだうだ言っていた。

「本物の玉の輿なんだよな。佐倉先生は代々医者の一族で、田園調布のでかい屋敷に住んでる。親戚だって都内の大きな屋敷に住んでる者がほとんどで、葉山だの軽井沢だの、ハワイにまで別荘を持ってて、毎シーズン、かわりばんこにそこに遊びに行くんだって。佐倉先生の甥っ子が結婚したらしくて写真を見せてもらったら、相手はモデルだったよ。結婚式には芸能人だの政治家だの、小説家なんかもいっぱい来てて、華やかだったなぁ」

 なんとか言うんだっけ? ステロタイプ? 自慢したがりの佐倉先生とは、田村はお似合いかもしれなかった。
 ああ、悩むなぁ、つらいよ、早く結論を出さなくちゃ、とぼやきながらの田村が帰っていって数日後、田村から聞いたと言って、僕のケータイに多恵ちゃんから電話がかかってきた。

「あのアンヌさんと結婚したんだってね。大沢くん、すごいじゃん」
「うん、すごいでしょ。多恵ちゃん、僕は大沢じゃなくなったから、笙って呼んで」
「そう? じゃぁ、笙。いっぺん飲みにいこうよ」

 子どもがいるから、と渋ってみせても、お母さんに預かってもらったら? と切り返される。田村がなんだかんだと喋ったらしい。
 もとより僕だっていやではないので、多恵ちゃんの提案通りに胡弓を母に預けて、夕方から彼女と待ち合わせした。

「若い女の子と飲めるのは嬉しいでしょ」
「ふたりきりじゃなかったらあるけど、多恵ちゃんとふたりってのは嬉しいな」
「大沢……笙くん、なんか綺麗になったみたい」
「僕は綺麗なのがとりえなんだから、美容には時間とお金をかけてるからね」
「優雅だね」

 女の子同士みたいな会話から、話が別のほうへと流れていった。

「潔には声優になりたいなんて、フェイクな話をしてるんだけど、ほんとはちがうんだ」
「なにをしたいの?」
「今のアニメプロで、正社員になれるって話も出てるの。そのほうが堅実ではあるんだけど、もうひとつ、賭けもあるんだよね」
「賭けって?」
「映画。アニメ映画にあたしが関わるの。賭けってか夢みたいな話で、誰に言ってもだまされてるんじゃないかって言われるんだけど、やってみる価値はあるかなぁって」

 専門的な話になると僕には判断もできないが、写真ではアラレちゃんみたいだった多恵ちゃんが、ずいぶんと大人の女性に見えた。

「そんなこんなであたし、頭の中が大混乱なんだよね。潔のこともないがしろにしてるからかわいそうで、あいつ、笙になにか言ってなかったかなって」
「多恵ちゃんが可愛いとは言ってたよ」

 当たり障りのなさそうなフレーズを口にすると、多恵ちゃんはふっと笑った。

「あたしの都合のいいときにだけ呼び出したり、うちに来させたり、ホテルに誘ったりしてるんだよね。潔は頭が悪くて向上心もないけど、話し合いだか化かし合いだか、みたいな会議三昧だったりする毎日には癒しにはなってくれる。あたしがお金を出せば、どこにだって来てくれる。潔ってほんと、便利な男なんだよ」
「はーん、なるほどね」
「あれ? なんか含みありそう?」
「含みなんかないよ」

 都合のいい女、男、便利な女、男、互いにそう思っている男女もいるってわけだ。つきつめて考えれば、便利な部分ってのを多少は相手に求めるものなのだから、「都合のいい」もいけないとは言えないだろう。このふたりには僕がお節介を焼く必要は、ひとつもないようだった。


つづく






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~ Comment ~

NoTitle

この田村って男も、喋ってたらイライラしちゃいそうなヤツですね^^;
笙だからちゃんと話を聞いてあげられてるんでしょう。
アンヌも、こんな男家に呼んじゃいけないよ~。
悪人というより、せこくてちっちゃい。こういう男が美青年だと悲しいなあ。
でもまあ、金持ちの女医さんとゴールインして幸せに暮らす分には、とても平和だと思いますが・・・。
この多恵ちゃんも、地に足がついてないけど、けっこうこんな女の子、いるのかも。
それにしても、本当に笙の周りは変わり者ばかりですよね><

limeさんへ

いつもありがとうございます。
タイトル、「変な奴ら」にしたほうがよかったでしょうか。
変わり者ばかりと言ってもらえると、そうそう、それを目指してるんですよー、ってうれしくなったりします。
だけど、ほんとにこんな奴らに取り囲まれていたら、腹が立ってきますよね。

魂が卑しいと顔にあらわれるといいますが、たまに、内面は汚いのに外見はすごく綺麗な人間もいますよね。

まあ、女医さんもなにもかもわかっていて田村と結婚し、そのくせ、実はちょっとぐらいは彼は私に恋してるのよね、と思っていたりしたら、一生だませるんだったら、田村もいいことをしたのかも。
恋愛は当事者同士がハッピィだったら、他人はなんにも言うことはないと思っています。

でも、この二人が結婚したら、意外に多恵が嫉妬したりして。
人間とはまったくわからないものだと思います。
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