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FS2014・七月「笹の葉さらさら」

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FS七月ストーリィ

「笹の葉さらさら」

1

 家族五人が全員、浴衣姿で川べりにいる。
 父親の修一は紺の浴衣で、大きな笹を手にしている。長男の幸生は父さんとおそろいの浴衣で、河原をぴょんぴょん跳ねている。
 母親の幸美は白地に薄紫と水色の朝顔模様、長女の雅美は白地に黄色とピンク、次女の輝美は白地に赤と青の、お母さんと同じ模様の浴衣を着ておすまししている。
 両親は三十代、長男の幸生が九つ、雅美は八つ、輝美が六つ、今年は三人の子どもたちが全員、小学生になった。
「今日は夕飯がすんだら、花火大会に行こうか」
 今朝、父親が言い、幸生たちは大歓声を上げた。
 三沢一家が暮らしているのは横須賀だ。今日は七夕で土曜日で花火大会、さぞかし混むだろうと母は心配していたが、穴場を知ってるんだよ、と父が請け合ってくれた。
 横須賀の我が家から横浜のほうへと歩いていった川のほとりから、その花火大会が見られると、父は勤務先の銀行で情報を手に入れてきた。明日は小学校も休みだから少々遅くなってもかまわない。今日は父も早く帰宅できたので、早めに夕食をすませて五人で外に出た。
 こんなに歩くの? との不満もなくはなかったのだが、花火が見られると思うと我慢できる。七夕のころは梅雨どきだから、星空は見えない夜もよくあるのだが、今日は都会の夜空にもちらほら星が見えていた。
「今日は織姫さまと彦星がデートできそうね」
「横須賀では天の川なんて見えないけど、あそこらへんに星の川があるんだよ」
「星の川に白鳥の舟を浮かべて、織姫と彦星は年に一度のデートをするの。ロマンティックね」
 雅美は父と、輝美は母と手をつないで、両親が語る七夕伝説を聞きながら歩いていた。幸生はゆっくり歩いてなどいられないから、ほとんど走って川べりにたどりついた。
「ああ、見える見える」
「もうはじまってるのね。ほんとだ。お父さん、ここは穴場よ」
 人もぱらぱらとはいるものの、混雑しているほどでもない。最寄りの駅が遠いせいで、近所の人だけが見物にきているのだろう。
 他の四人は河原に腰を下ろして花火見物をする。たまやー、かぎやー、と叫んでいるどこかのおじいさんがいる。たまや、かぎやって花火屋さんなのかな? と幸生が疑問に思っていると、父に呼ばれた。
「お母さんが短冊を持ってきたから、みんなで願い事を書こう」
「ほんとはもっと早く書いて飾るんだけど、去年までは幼稚園でやってたから、うっかりしてたわ。小学校ではやらないのよね」
 言われてみれば幸生も幼稚園で、笹に願い事を書いた短冊をつるした覚えがある。幼稚園のときといえば四年も前だから、大昔すぎてなにを書いたのかは記憶になかった。
「雅美ちゃん、なに書くの?」
「見たら駄目。輝美ちゃんはなんて書くの?」
「内緒。お母さんは?」
「お母さんも内緒よ。お父さんは?」
「うちの家族がみんな仲良く、健康で楽しくいられますように、だよ」
 河原に並んですわった四人が、短冊を手にお喋りしている。大昔のことなのに、幼稚園で書いた短冊を思い出した。
「えーっと、オレは、夕飯にエビフライが食べたいって書きたいんだ」
「エビフライ? あたしも食べたい。そう書こうっと」
「真似すんなよな」
 あの子は幸生のファーストキスの相手、タマキちゃんだ。たまや、という掛け声で思い出したのかもしれない。仲のいい友達と相談して短冊を書いた、幼い日のひとこまだった。
「そんならオレは……オムライス。タマキちゃん、オムライスってどう書くの?」
「オムライスはオムライスじゃん」
「カタカナが書けないよ」
「ひらがなで書けば?」
「教えてよ」
「タマキも知らないもん」
 カタカナが書けなかった幸生は、「こんやはおむらいすがたべたい」とひらがなばかりで願い事を書いた。幼稚園だったらあれでもよかっただろうが。小学校四年生にもなっているのだから、高度な願い事を書かなくてはいけない。
「輝美、字がまちがってるわよ」
「まちがってないもん」
「いいじゃないか、好きに書かせてやれよ。母さんはなんて書いたの?」
「見ないでってば」
 短冊を持って河原に降りていって、幸生はなおも考えた。考えていると歌が出てくる。

「ささの葉 サラサラ
 のきばに ゆれる
 お星さま キラキラ
 金銀砂子

 五色の たんざく
 わたしが 書いた
 お星さま キラキラ
 空から 見てる」

 夜空に咲いた花火をバックに、幸生のボーイソプラノが響く。オレってなんて歌がうまいんだろ、と自画自賛していると、たまや、かぎやと言っていたおじいさんが母に尋ねた。
「息子さん、いい声してるねぇ。習ってるの?」
「歌をですか。少年合唱団に入ってるんですよ」
「ほぉぉ、それはそれは。坊や、もっと歌ってくれないか」
 褒められるのはオムライスやエビフライと同じくらいに好きだ。幸生はいい気持ちになって、少年合唱団で練習した夏の歌を次から次へと歌った。
「ほんとにうまいわね」
「最高じゃん」
「僕、歌手になれるんじゃない?」
「お母さんは楽しみだね」
 周囲の花火見物の人々がてんでに称賛してくれる。父は照れたような顔になり、母は嬉しそうに、くすぐったそうに笑っていた。
「あたしも歌う」
「お兄ちゃん、一緒に歌おうよ」
「ダーメ。おまえたちが歌うとオレの調子が狂うもん。雅美も輝美も黙って聞いてろ」
 言い返した途端に、父に叱られた。
「幸生、お兄ちゃんがそういうことを言うものじゃない」
「……はい」
 不満はあったがうなずいた幸生を、妹たちが面白そうに見ている。いつだってお兄ちゃんだから、お兄ちゃんのくせに、って言われるんだよな。オレは好きでお兄ちゃんに生まれてきたわけじゃないのにな。美人のお姉ちゃんがほしかったな。
 妹たちも歌に参入してきて、メロディが調子っぱずれになってしまう。歌の音がずれていると、幸生は微妙に気分が悪くなる。父や母は気にならない様子だし、妹たちは気づいてもいないようだから、家族の中では幸生だけが耳がよすぎるのだと思われる。
「幸生は歌だったら簡単に覚えるのよね」
「勉強もそのくらい、記憶力がよかったらいいのにな」
 両親がそんなことを言っていたのを思い出しながら、幸生は短冊に願いごとを書いた。
「クラスのみんなと仲良しになれますように」
 本当はみんなのうちでも、特別に莉奈ちゃんとだ。莉奈ちゃんと仲良くなれますように、と書きたかったのだが、見られると家族全員に冷やかされる。まったく、家族って厄介だよな、と九歳にして幸生は人生の真理のひとつを悟っていた。
 真理とはいえ、九歳の身ではその家族がいなければ生きていかれないのも、また事実ではあった。


 いつものように妹たちと喧嘩をして、いつものように母に、お兄ちゃんでしょっ、お兄ちゃんのくせに、と叱られて、妹たちにも、やあいやあい怒られた、と舌を出されて。
 悔しくて外に出て自分で作った歌を歌っていたら、近所のおじさんに誘われたのが昨年の今ごろだった。おじさんは両親に話しにきてくれて、母は言った。
「少年合唱団? ウィーン少年合唱団でしたら、私が子どもだったころに日本でブームになってたことがありますわ。あんなふうなのかしら」
「合唱団なんだから、ウィーンでも横須賀でも基本は合唱団ですけどね」
「制服があるとか、寄宿舎があるとか?」
「寄宿舎はありません。コンサートのときにはおそろいの衣装を着ますが、普段は私服です。お母さん、あまり大げさに考えないで下さいね」
「そうだよ、お母さん、あまり大げさなものだったらうちでは無理だろ」
「趣味の集まりですからね」
 おばさん世代は少年合唱団というとロマンティックに考え、美少年が集まっているのかしら、とうっとりしたりするものらしい。少なくとも幸生の母はそうだ。父にしても、かっこいいよなと言っていた。
 が、幸生が学校で少年合唱団の話をしても、男の子たちは聞いてもいない。女の子たちはなに、それ、ださっ、みたいな反応しかしない。どんな歌を歌うの? 幸生くんはソプラノだよね、と質問してくれたのは莉奈ちゃんだけだった。
 幼稚園のときにタマキちゃんに恋をして以来、幸生は何度も恋をした。
 小柄できびきびしていて、スポーツは抜きんでているというほどでもなくても一応はこなせる。勉強は好きではないが、要領がいいので成績は悪くはない。顔は自分ではハンサムだと思っていて自信がある。お喋り好きの面白い奴だとは、男の子にも女の子にも言われる。だから、クラスでは人気があるほうだ。
 不特定多数の女の子にも人気があれば嬉しい。男の子にも好かれるのも悪くない。けれど、特定の女の子に好かれるのはもっと嬉しい。最近の幸生が好かれたい女の子ナンバーワンは莉奈ちゃんだった。
「うちのお母さん、小さいころにはウィーン少年合唱団に憧れたんだって」
「そうなの? うちの母ちゃんもだよ」
「そういう漫画もあったらしいよ。三沢くんの合唱団もそんな感じ?」
「オレはウィーン少年合唱団ってよくは知らないけど、そんな感じ……なのかな」
 見学に来た母は、ウィーン少年合唱団とはずいぶんちがうのね、と言って、当たり前だろ、と父に笑われていた。
 しかし、合唱団は合唱団だと、幸生を勧誘した近所のおじさんも言っていたではないか。おじさんは横須賀あすなろ少年合唱団の世話役で、発起人のひとりでもあるのだそうだ。彼は仕事柄外国にもよく行くのだそうで、ヨーロッパの少年合唱団も視察してきたと言っていた。
「うん、オレの友達のおじさんは、似たようなもんだって言ってたよ」
「聴いてみたいな」
「え? そう? 夏休みにはコンサートがあるんだよ」
「三沢くんも出るの?」
「もちろん」
 もともとメンバーは少ないのだから、全員が出演する。けれど、見栄を張っておいた。
「オレはおじさんに頼まれて合唱団に入ったんだもん。オレがいなかったらうちの合唱団の歌はがたがただって言われてるよ。今度のコンサートもオレがいちばん最初に選ばれたんだ」
「そうなんだね」
 尊敬のまなざしで莉奈ちゃんに見られているような気がして、すこぶるいい気持ちだった。
 夏休みのコンサートに向けて、ただいま合唱団では練習に励んでいる。幸生が言ったことは見栄ばかりではなくて、彼が合唱の中心人物のひとりになっているのはまちがいなかった。
 練習、見学に来る? と言いかけて考え直す。
 少年合唱団なのだから、メンバーは少年だ。少年というと綺麗に考える女性もいるようだが、実体は……なのだから、少年たちの一員たる幸生としては、合唱団の練習風景を好きな女の子には見せたくない。美しく想像していてもらいたい。
 なのだから、莉奈を招くのはコンサート当日がいい。しかし、莉奈ちゃんが来ていると知られたら、母や妹たちに冷やかされる。どうするべきか。
「英語の歌とかも歌うの?」
「うん、こんなの」
 七夕の歌に似た歌詞の、星の歌を歌ってみせた。

 
「Twinkle, twinkle, little star,
  How I wonder what you are!
 Up above the world so high,
 Like a diamond in the sky.
 Twinkle, twinkle, little star,
 How I wonder what you are!」

 
 本気で尊敬のまなざしを向けてくれる莉奈ちゃんに、幸生は言った。
「コンサートに来てくれる? 友達と一緒に来る?」
「友達? うちのクラスの子、男の子の合唱なんて聴きたくないっていうんだよね。そうだなぁ、いとこを誘ってみようかな」
「うんうん、いとこと一緒に来て」
 莉奈ちゃんひとりだけが来ていて、幸生が招いたのだと知られたら冷やかされるだろうが、複数の女の子だったら母も妹たちもおかしなことは言わないだろう。もしも莉奈に注目されたら、あいつが来たいって言うから来させてやったんだよ、と言おうと決めた。


2

 他の少年たちに意見できるような品行方正少年ではないが、幸生は歌が好きだから、歌の練習のときには真面目にやっている。今日も少年合唱団事務局が定期的に借りているビルの一室で、幸生はみんなとともに練習にいそしんでいた。
 「横須賀あすなろ少年合唱団、夏の定例コンサート」のテーマは星だ。七夕はすんでしまっているが、旧暦でならば八月だ。「たなばたさま」以外にも子どもにとって難度の低い星の歌を数曲、指導者たちが選んだ。
「七夕の歌って、笹の葉さーらさら、以外にはないの?」
「そうみたいね。だから七夕の歌はあれしかないのよ」
 指導者の中ではもっとも若く、キュートな先生。彼女の本職は幼稚園教諭なのだそうで、少年たちにももっとも人気がある。万衣子先生が言った。
「幸生くんって作曲ができるそうじゃない? 作ってよ」
「え、ん、うんっ」
 万衣子先生に頼まれたのだからがんばってみたが、形はなさなかった。
「来年まで待ってるから、完成させてね」
「うん、まかしといて」
 とは言ったものの、日々忙しくて作曲に費やす時間が足りない。幸生の場合は楽器ができないので、作曲となると口に出して歌い、頭の中にメモする。楽譜を使うとまちがえるし、ラジカセは常に身近にはないのだから。
 そうするとその記憶がごちゃ混ぜになって、次に思い出したときには前とちがった曲が口から出てきたりもする。作曲は大変にむずかしいのだ。
 今日の歌唱指導は万衣子先生だから、幸生としては力が入る。万衣子先生が好きな少年たちは何人もいるが、逆に若い女性だとなめてかかる奴もいて、彼女の言うことをきかない。万衣子先生が注意してもへらへらしていて、わざと変な声を出す奴もいた。
「佳樹くん、キーがちがってるんだけど」
「オレ、こんな声しか出ないもん」
「変声期っていうには早いかしら。んんん、もう一回声を出してみて」
 五年生の佳樹は本当に歌が好きなのだろうか。下手ではないが、ここになにをしにきているのかと幸生は疑問に思う。
「十一歳? 変声期はありそうね」
「そうですよねぇ。無理に声を出させるのはよくないかしら」
 ピアノ伴奏をしている吉村先生と、万衣子先生が話し合っている。吉村さんは普通の主婦だそうだが、ここでは大人はたいてい「先生」と呼ばれていた。
 先生たちが話し合っていると、佳樹とそのグループの少年たちは好き勝手にふざけ合っている。他のグループも私語をはじめ、幸生にもちょっかいを出してくる奴がいる。暇だから幸生もつい反応し、部屋が騒がしくなってきた。
「はい、お喋りやめて!!」
「練習を続けますよ。あら、万衣子先生、佳樹くんがいないわ」
「……あら、ま」
 騒がしくなった部屋からこっそり抜け出したのだろうか。佳樹なんか放っておけばいいと幸生は思うが、なにしろ少人数の合唱団だ。今日だって欠席者もいるのだから、この上三人も抜けられると練習が続けられないのだろう。
「探してきますからね」
「みんなはここにいてね」
 窓から外を見ていた少年のひとりが言った。
「万衣子先生、あそこにいるの、佳樹くんじゃない?」
「どこ?」
「ああ、そうかもしれない。佳樹くーん!!」
 ビルの窓から川が見える。川のほとりには大きな工場が建っていて、その敷地も見える。夕方だから工場は操業中らしく、子どもが入っていっても咎められなかったのか。佳樹とその仲間たち、三人の少年が敷地内にいるのが見えた。
 先生たちが呼んでも佳樹たちには聞こえないらしいので、少年たちも参加した。幸生もひときわ高い声で叫ぶ。するとようやく、佳樹が振り向いた。
「佳樹くん、戻ってらっしゃい」
「勝手にそんなところに入ったらいけないでしょ」
「佳樹くーん、練習の続きだよ」
「佳樹くん、早く帰ってこいよーっ」
 などなどと叫ぶと、佳樹が手を振った。他のふたりをも促してこちらへ向かって歩いてくる。幸生はみんなと一緒に佳樹たちを見ていた。
 三十分ほどであそこまで行けたのだから、工場は近い。けれど、故意にのろのろ歩いている様子だ。佳樹と他二名が練習場に戻ってこようとしていると、女の子のグループがむこうからやってきた。佳樹が立ち止まる。女の子たちも立ち止まる。年ごろは同じくらいで、立ち話をしているらしい。
「あれ?」
 話の内容までは聞こえないが、三人の女の子のうちのひとりが……莉奈ではないのか? 幸生は目を凝らした。
 あの背格好、背の高い佳樹と較べればかなり小さくてほっそりしていて、肩までの髪がふわっとしていて、莉奈にまちがいない気がする。他のふたりの女の子は知らないが、幸生は視力もいいのだし、好きな女の子を見間違えるはずがない。
 オレが合唱団の練習の話をしたから、莉奈ちゃんたちは見にきたくなったのかな。どこで練習しているのかは調べればわかるんだから、来たくなったらオレに相談しなくても来るだろう。そんで、あそこで佳樹くんに会って話してる?
 どちらからともなく話しをして、二組は別れていった。もしかして、佳樹と莉奈は知り合いだったのか? それから三十分もしてから戻ってきた佳樹グループに女の子たちはついてきていなかったから、莉奈が練習を見学にこようとしていたのかどうかは幸生にはわからなかった。
「なにやってんの? 早く練習しようよ」
 悪びれもせずに戻ってきた佳樹が言い、他のふたりも、やらないんだったら帰ろうかな、腹減ったよ、などと笑っている。幸生は言った。
「みんなに迷惑かけたのに……」
「なんだよ? 文句あんのか」
「ちびのくせに生意気」
「幸生くん、いいのよ。さあ、練習しましょ」
 とりなしてくれた万衣子先生に向かって、肩をすくめてみせるしかできなかった。


 小学生の夏休みは実に忙しい。山ほどの宿題を横目で見て、ま、そのうちやるさ、と意識の外に締め出して、遊びに出かける。
 プール、蝉取り、友達の家でのゲーム、野球、テレビ、妹たちの子守り。子守りをしなくてはならないほどに妹は小さくはないが、雅美と輝美をお願いね、と母に言われれば、幸生としては子守り気分になる。母の買い物につきあったり、父にハマスタへ連れていってもらったり。
 家族で横浜へ出かけたり、中華街で外食をしたり、デパートや遊園地にも連れていってもらった。親戚の家にも行った。法事もあった。妹と喧嘩もした。陽に灼けて背も伸びて、スイカを食べすぎておなかをこわしたりもした。
 そこに加えて幸生には少年合唱団がある。そろそろ宿題もやんなきゃ……うん、でも、まだいっか、と思う時期には、コンサートが近づいてきた。
「莉奈ちゃん、合唱団のコンサート」
 明後日はコンサートという日、うまい具合に登校日があって、幸生は帰りがけにつかまえた莉奈に言った。
「パンフレットをあげるから、見にきてくれる?」
「あ、パンフレットはもらったの」
「……他にも合唱団の奴、いたっけ?」
「うん、佳樹くんにもらった」
「佳樹って……」
 ああ、やっぱりあのとき? それとも、前から知り合いだった? と思って、さりげなく質問した。
「佳樹くんって別の学校だよね」
「そうだけど、彼、かっこいいじゃない。つきあってって言われたわけでもないけど、友達にはなったのかな。いとこと一緒じゃなくて、莉奈がひとりで聴きにこいよって言われたの」
「佳樹くんと友達になったら、オレとは友達じゃないの?」
「それって、なんていうのか……」
 彼氏でもないだろ、友達だろ、オレたち、大人じゃないんだからさ、つきあうのなんのって、そんなんじゃなくて、今からひとりの男に決めなくてもいいだろ、と、幸生の気持ちはそんなふうだったのだが、うまい言葉にはできなかった。
「よくないかなぁって。幸生くんとだって友達だけど、佳樹くんは……特別っていうのかな」
「好きなの?」
「嫌いじゃないよ。佳樹くんは照れ屋さんだからあんまり言わないけど、莉奈とふたりだけがいいって言うの。莉奈もそういうの、いいかなぁって」
「そうなんだ」
「ごめんね」
 少年合唱団のコンサートを聴きにいくという意味では同じなのに、幸生の誘いではなくて佳樹の誘いを受けたことについてあやまっているのだろう。莉奈にしても小学校四年生なのだから、そのあたりを上手な言葉にはできないのだった。
「いいよ。じゃ」
「佳樹くんに……ううん、いい」
 がんばってね、とも言ってくれず、佳樹くんによろしくね、と言いたかったのか。幸生もバイバイとも言わずに歩き出す。ちらっと振り向いてみると、莉奈がやけに大人っぽく見えた。
 やんちゃな男の子を嫌う女の子もよくいるが、そのほうがかっこいいと思う女の子もいる。まして、佳樹は年齢以上に身体も大きくて大人びていて、顔も悪くはない。幸生が佳樹と張り合おうとしたところで、その年齢での一年差は大きすぎる。
「ちぇ、俺だってもうちょっとたったらかっこよくなるもんね」
 笹の葉さーらさら、歌いながら足元の小石を蹴る。
 七夕の笹の木と、願い事を書いた短冊はどこに行ってしまったのだろう? 用が済んだら大人たちが片づけたのか。子どもはそんなものがどこに片づけられたのかは知らない。
 短冊に幸生が書いた願い事は、「クラスのみんなと仲良しになれますように」だった。莉奈ちゃんと、と書かなかったからよくなかったのだろうか。ちょっとは仲良くなって、そのあとでふられたってことか? クラスの他のみんなとはけっこう仲良くなっているけれど。
「佳樹は同じクラスじゃないから、仲良くならなくったっていいんだ」
 おまえなんか大嫌いだよ、と佳樹に言ってやれたらすかっとするのだろうが、怖くて言えない。それに、クラスはちがっても合唱団の仲間だし、コンサートもあるんだし、上辺だけでも仲良くしないとハーモニーが狂う。幸生は狂ったハーモニーは大嫌いだ。
 真夏の太陽がぎんぎらしていたのが、ほんのちょっぴり翳って見える。今年のオレの夏はもうおしまいかぁ。幸生九歳の感慨はそれだった。


END





 
 
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~ Comment ~

NoTitle

本音を言うのがいいのか。
言わないのがいいのか。
迷うところではありますね。
音楽や合唱の世界では。
いや、それを言う資格があるのが指揮者というものか。。。。
音楽の話になってしまった。。。

LandMさんへ

いつもコメントありがとうございました。
本音は基本、どこの世界でも言わないほうがいいかと思います。
人間関係がこわれる場合も多々ありますからね。

芸術、仕事、学問などだったら、指導者が言う必要があるのかもしれませんね。
学者や芸術家は本音を口にするものなのか、しないのか、凡人にはわかりづらいです。
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