ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS梅雨物語「Rainy Days and Mondays」

 ←「プラスワン」(けいさんより) →いろはの「を」
フォレストシンガーズ

「Rainy Days and Mondays 」


 ただ何となく  不機嫌そうな顔してるだけ。
 雨の日と月曜日は どうしようもなくて。
 うろうろと 何だか淋しいピエロみたい。
 雨の日と月曜日は どうしようもなくて。

 梅雨なんだから雨は当たり前。土曜日と日曜日の次に月曜日になるのは当たり前。私は会社勤めではないのだから、週末が休みってわけでもない。今どき、OLだって土・日出勤はよくあると聞くが、テレビのニュースでだって、楽しい週末をおすごし下さい、って言ってるしね。

 ただでさえうっとうしい雨の月曜日、私は事務所の社長のおともをして、レコード会社に出かけていった。昨今はレコードなどというものはマニア向けであって、一般的にはCDだが、会社の名前は「ベータレコード」などのままだ。

「フォレストシンガーズ? 山崎さんの事務所の新人ですか」
「新人ってほどでもなくて、今年でデビュー三年目になるんですよ」
「そんなグループ、山崎さんから聞いてましたか?」
「話したことはあると思いますが……」
「覚えてないな。で、このお嬢さんは?」

 ベータレコード広報課、フォレストシンガーズがCDを出してもらっている会社ではないが、オフィス・ヤマザキ所属のシンガーは何人かお世話になっている。浜田という名前の中年の男性が私を顎で示し、山崎社長が言った。

「フォレストシンガーズのマネージャーです。最近になってフォレストシンガーズ専属になりましたので、おたくさまにも正式なご挨拶をさせるつもりで連れてきました」
「山田美江子です」

 名刺を差し出すと、浜田氏は一瞥もせずにうしろへはじき飛ばした。名刺は飛んでいってデスクの上のごちゃごちゃしたものたちの中に入ったのだから、捨てられたわけでもないのだろうが。

「言っちゃなんだが、売れないグループにこんな経験のない若い女をつけてもね……山田さんっていくつ?」
「二十六歳です」
「いい年頃だね。見たところけっこう美人だし、彼女もタレントにすれば?」
「山田はタレント志望ではありませんから」

「二十六ったら歌手になるには遅すぎるけど、色っぽい映画だったらいいんじゃないんですか? 今度、うちから映画のサントラアルバムを出すんですよ。アルバムの企画もその映画の企画も通ってるんだけど、裸になってくれる女優がひとり、足りないらしいんだな。山田さん、オーディションを受けてみない? 山崎さん、どうですか?」

 いやぁ、と社長は苦笑いで応じ、目が私を牽制している。山田、怒るな、言い返すな、聞き流せ、と伝わってきていたから、鉄面皮になろうと努力していた。

「山田さんの顔は美人ってほどでもないけど、頭がよさそうで気が強そうだ。そういう女が脱いだらエロっぽいってのはそそりますよ。山崎さんだって同感でしょ」
「いやいや、私は社員をそんな目では見ませんよ」
「またきれいごとを。山崎さんの事務所もそっちのほうにも手を伸ばせば、業績アップしますよ。手始めに山田美江子を売り出しませんか」

「いえ、その話はやめましょう。山田はそのためにうちで仕事をしているんじゃないんですから」
「じゃあ、他にいい女っていませんか? 頼まれてるものだから、困ってるんですよ」
「うちの事務所はそういう方面ではありませんから」
「探せばいるでしょうに」

 なんだってレコード会社でこんな話になるのやら。社長だってお世話になっている相手にむげにもできないのはわかるが、私の前でこんな話題を展開するのはいやがらせか。
 セクハラだと口にすると、周囲の大人の男たちは嘲笑う。おまえなんかにセクハラする気にもなんねえよ、と言われたこともあれば、おまえは腰かけ仕事のOLのつもりか、と言われたこともある。我々の世界は一般社会とはちがうんだ、だそうだ。

 社長は私にはセクハラは仕掛けないが、彼に従ってどこかの会社に出向くとたまにこんな処遇をされる。山田は魅力があるからだよ……いやいや、これもセクハラだな、いやいや、と逃げる社長の台詞を何度聞いたか。

「その問題はむずかしいよな。社長は年齢的なものも立場的なものもあって、昔ながらのこの業界の慣習に浸っている。この業界が特殊だってのもたしかにある。ミエちゃんが魅力的な若い女性だってのもたしかにある。むずかしすぎて俺には結論は出せないよ」

 乾くんもそう言って逃げた。
 あとの四人は困惑顔になってむにゃむにゃ言っているばかり。セクハラっていうのは本当にむずかしい問題で、私が上手にさらりとかわせたら一番なのだろうけど。

「すまんな、不快にさせて。しかし、ま、山田もあと十年もしておばさんになったら……いやいや……」
「三十代後半になったら、セクハラ発言なんかされなくなるとおっしゃるんですか」
「四十まではあるかなぁ。おばさんになったらなくなるよ」
「フォローになってません」
「……ごめんな」

 困っていたのは社長も同じなのに、八つ当たりはよくない。こんな問題が起きると社長は逃げの一手なのだが、それでも私を背中にかばおうとはするのだから、頼りになる上司ではあるのだろう。
 かばってもらわないといけないなんて、仕事だっていうのに、男の背中に隠れなくてはいけないなんて、私が女だからだけではなくて、新米だから? 誰にもかばってもらえなくても、自力でかわせるようになるのだろうか。

 気分の良くない挨拶を終えての帰り道、社長が言った。

「昼を食べて帰ろうか? 山田の好きなものをごちそうするよ」
「けっこうです。ダイエット中ですから」
「ダイエットなんかしなくていいだろ。山田のそのむ……」
「む?」
「いやいや、ごめん」

 美江子さんの胸がちっちゃくなったら、僕ちゃん、寂しいな、ダイエットすると胸からしぼむんですよ、と言ったのは幸生くんで、シゲくんに怒られて泣き真似をしていた。幸生くんに言われても不愉快ではないのは、私も叱ってやれるし、頭をこつんとだってしてもいいからなのだろうか。

 その上に、駅から事務所まで帰る途中で大雨が降ってきた。六月の雨はつめたくはないけれど、傘を持っていても濡れてしまって衣服が肌に張りつく。社長が私の胸に視線を向けそうになっては目をそらすのも腹立たしくて、完全に憂鬱になってしまった。

「ミエちゃん、ご機嫌ナナメだな」
「……あれかな」
「本橋、大きな声でそれを言うなよ」
「聞こえないように言ってるだろうが」

 フォレストシンガーズのスタジオに顔を出すと、本橋くんと乾くんがこそこそ言い合っている。これもセクハラ発言? ああっ、もうっ、腹が立つっ。

「美江子、怒ったら駄目だよ。ねえ、本橋くん、乾くん、幸生くんもシゲくんも章くんも、歌ってよ」
「なんの歌?」
「雨の歌がいいかな。あ、そうそう、「Rainy Days and Mondays 」がいいな」
「そんな気分なのかな、ミエちゃんは……OK、歌いましょ」

 私の憂鬱を晴らしてくれる、彼らの歌。今日は私も一緒に歌ってみた。

「Hangin' around Nothing to do but frown
 Rainy Days and Mondays always get me down.
  
 Walkin' around Some kind of lonely clown.
 Rainy Days and Mondays always get me down.」

 見事に韻を踏んだ作詞のお手本、みたいに言われるカーペンターズのこの歌。合唱部の合宿で歌ったね。女子部のみんなででも、女子部の誰かとでも、男子部の誰かとでも。わけもなく憂鬱な雨の月曜日には、あのころに戻ってみましょうか。

 わけはある? ううん、憂鬱のわけなんかないんだから、歌ってはね飛ばしてしまえる程度の「わけ」なのだから。


MIEKO/26歳/END








スポンサーサイト


  • 【「プラスワン」(けいさんより)】へ
  • 【いろはの「を」】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

NoTitle

セクハラはどうしてもありますよね…ここまで露骨なのはさすがに受けたことないですが…芸能事務所はあるんでしょうね…それが仕事みたいなとこありますからね…。山田さん怒っていいと思います!今もニュースでセクハラ発言問題になってますがやっぱ日本は風潮的にまだまだ女性蔑視が残ってますね(-_-;)山田さん大声で歌って現代女性の鬱憤を晴らしてください!!

たおるさんへ

コメントありがとうございます。
昔、まだそれほどセクハラって言葉が使われていなかったころ。
ラジオで女性アナウンサーと、脚本家や作家の男性たちがトークをしていたのです。

女性がなにかしら言うたびに、「バカヤロー、犯すぞ」という言葉が飛び交って、芸能界は怖いところだ、とつくづく思ったのですよね。
その印象からしても、特殊な世界はセクハラが横行しているんじゃないかと思っています。

山田美江子にエールをありがとうございます。
はい、ミエちゃん、がんばります!!
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【「プラスワン」(けいさんより)】へ
  • 【いろはの「を」】へ