別小説

ガラスの靴10

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「ガラスの靴」

     10・主張


 彼女ができたから笙くんにも紹介したいと、うきうきした調子で山下くんが言っていた。
 二十三歳の僕よりも十くらい年上だろうか。僕は女性の年齢はなぜか言い当てられるのだが、男のほうがわかりづらい。たぶん三十代だろうなと思える山下くんと、カフェで待ち合わせた。

 ロックヴォーカリストの妻を持つ僕は、専業主夫だ。専業主夫が子どもを母親に預けて夕方に遊びにいっていいのか? 母は胡弓を預かれると大喜びなのだし、妻のアンヌは仕事で、僕が遊びにいっているとも知らない。今夜は夕飯も作らなくていいのだからいいのである。

「山下くん、おしゃれしてるじゃん」
「うん、これでけっこうリキ入れたんだよ。彼女と外で会うのははじめてだからね。笙くんは顔はいいけど小さいから、きみと会わせても特に脅威でもないかなって」
「僕は結婚してるんだから、山下くんのライバルにはならないよ」
 
 ん? 外で会うのははじめての彼女? つきあって下さいって告白してうなずいてもらった相手を彼女と呼ぶのだろうから、彼女になってからのその女性とはおうちデートばかりしてるってことか。
 疑問を感じはしたのだが、話題がそれてしまったのでつっこみもできず、待ち合わせ時間からだいぶ遅れて彼女がやってくるまでは、おしゃれの話をしていた。

「こんばんは、待った?」
「いや、いいよ。笙くんも遅れてきたからさ」
「そんならいいんだ。こんばんは、笙くん」
「こんばんは、愛花さん」

 僕は遅刻はしていないのだが、細かいことは気にしないでおこう。事前に名前は聞いていたので、こんばんは、と頭を下げ合って、カフェから居酒屋へと移ることにした。

「ここは僕が出すよ」
「あ、ごちそうさま」

 ふたりしてごちそうさま、と言うと、山下くんは鷹揚に微笑む。
 三人で移動する道々では、笙くんって専業主夫なの? いいなぁ、憧れるわぁ、あたしも専業主婦になりたーい、と愛花さんが言い、山下くんは聞こえていないような顔をして歩いていた。

「笙くんの奥さんってアーティストなんだって?」
「アーティストってか、ミュージシャン、バンドウーマン」
「かっこいいよね。えーと、桃源郷だっけ? テレビには出てる?」
「ハードロックバンドだからテレビにはあまり出ないけど、ロック番組にたまに出たり、ライヴを流す番組に顔が写ったりってのはあるよ」
「そっかぁ、ハードロックって興味ないからな……うるさいでしょ」
「僕もあんまり興味ないんだけど……」
「どうやって知り合ったの?」

 専門学校でね、へぇぇ、なんて話をしている愛花さんと僕の横で、山下くんはぱくぱく食べている。彼は僕よりも背が高いのだが、小太りなので体重は倍近くあるのではないだろうか。愛花さんは太りたくないと言って、飲み食いは控えめだった。

「愛花さんはなんの仕事をしてるの?」
「なんだと思う?」
「山下くんと同じ会社ではないんだよね」
「ちがうよ」
「モデルって感じもあるかな」
「モデルかぁ、うん、そういうことにしておいて」

背が高くて華奢だし、太りたくないと言うからモデルかと思ったのだが、ちがうのか。モデルとはいってもファッションのほうではなく、広告ちらしモデルとか?
 山下くんはアンヌのバンドが所属しているCDレーベルを持つレコード会社の社員だ。それでも音楽業界だから派手だと思われがちだが、給料は安いのだと言っていた。

「そしたらなんだろ」
「モデルとだったら変わらない仕事だけど、けっこうきついの。早くやめたいよ」
「モデルだったらやめたくなくない?」
「だけど、あたしも主婦になりたいもん」
「家事は得意?」
「ぜんぜーん。家事なんかできなかったら、家政婦さんを頼んだらいいんじゃん。だからお金を持ってる男をつかまえたいんだよね」
「アンヌは稼ぎがいいけど、家事は僕がやってるよ」
「遊んでるくせに」

 たしかに、今は子どもをほったらかして遊んでいるのだから、大きな口はきけないのだった。

「愛花ちゃんは結婚したいんだね。そうなんだ」
「そりゃあしたいよ。女の子の憧れじゃない。真っ白なウェディングドレスを着て結婚式をして、外国に新婚旅行に行くの。新築のマンションで優雅に主婦をして、旦那さまのお休みの日にはふたりでデート。そのうちには子どもが産まれたら、一戸建ての家を建てるの。ああ、いいなぁ」

 夢見るような瞳をしている愛花さんは、少々けばい感じではあるが美人だ。アンヌも一見はけばくて、僕はそのタイプの美人が好きなわけだが、こういう夢を見ている女性とは無理だ。僕がその花嫁さんの立場になりたい人間なのだから。

「そんな夢があるんだね。僕ははじめて聞いたよ」
「そうだったかな」
「だけど、甘いよね。なんだって僕が稼いだお金を、他人のために使わなくちゃいけないんだろって思うよ」
「他人じゃなくて奥さんと子どもだよ」
「他人じゃないか。自分以外は他人だよ」

 黙って食べてばかりいた山下くんが、文句を言いはじめていた。

「女や子どもを養うために、僕は一生懸命仕事をしてるんじゃないよ。自分の人生や将来を輝かせるため、おしゃれをしたりうまいものを食べたり、車を買ったり趣味を充実させたり、暮らしを快適にするために働いてるんだ。そんな男にたかるつもりの女となんか、結婚したくないね」
「あたしはあんたに結婚してなんて、言ってないじゃないのよ」
「僕の前でそんな話をするって、僕にだったらたかれると思ってるからだろ」
「たかるってなんなのよ」

 うう、耳が痛い。僕はアンヌにたかってなどいないが、養ってもらっているのは事実だ。山下くんは僕をもそんな目で見ていたのか。

「世の中には専業主婦っていっぱいいるじゃん。山下さんのママはそうじゃないの?」
「うちの母は主婦業も完璧にこなして、教師の仕事も完璧だったよ。父も教師なんだけど、父には家事なんて一切させなかった。僕にも、男の子は家のお手伝いなんかしなくていいのよ、って言った。姉にはすこしは教えていたようだけど、子どもは勉強のほうが大事だって言ってたよ。だから、家事もほとんど母がやって、僕は一流大学を出たし、姉は医者になったよ」

「そうなんだ。そしたらあたし、山下さんのお姉さんに結婚してもらおうかな」
「姉はきびしいから、きみでは無理だろうな」
「冗談だよ。あたしは女になんか興味ないんだから」
「……ああ、まあ、僕もきびしすぎたね。きみにはこれからいろいろ教えていかなくちゃ」

 なんだってこんな話になったのか知らないが、山下くんは言いたいだけ言って気が済んだのか、表情をゆるめた。黙ってしまっていた僕に気がついたように、山下くんは言った。

「男だ女だじゃなくてね、笙くんだって……まあ、きみは無関係だからいいんだけど、愛花ちゃんは僕の彼女にした以上、教育するつもりだから。彼女だからこそ言ってあげてるんだよ」
「教育ってか、自分の思い通りにするつもりとか?」
「教育の成果が上がったら、愛花ちゃんの望みを半分ほどはかなえてあげてもいいよ」

 親が教師だと恋人を教育しようって気になるものなのか。愛花さんはなんとなく白けた顔になり、そのあとは山下くんが上機嫌になって、子どものころの話をしていた。

 酔うと一緒に飲んでいたひとをうちに連れてくる癖のあるアンヌが、二、三度、何人かの中に混ぜて連れてきたのが山下くんだ。いつもその他大勢のひとりとしてしか意識していなかった彼が、彼女ができたんだ、三人で会おうよ、と提案してきたから、深く考えもしないでやってきた。

 もしかしたら、山下くんって専業主婦反対派なのだろうか。愛花さんだけではなく、僕までを教育するつもりなのか。きみは無関係だとは言っていたから、ほっとけ、とも言い返せずに、愛花さんも僕も黙りがちになって、山下くんの母や姉自慢を聞いていた。

「あ、ここ、伝票持ってきて」
「かしこまりました」

 いい加減だれてきたころになって、山下くんが従業員を呼んだ。この居酒屋はテーブル番号をレジで言うと勘定してくれるシステムらしいが、伝票を持ってこいと言うことは?

「僕が一番たくさん食べたから、半分払ってあげるよ。残りの半分は愛花ちゃんと笙くんで折半して」
「……あの、僕も払うの?」
「えーっ??!! あたしも払うのっ!! そんなの、聞いたことないよっ!!」
「なんでだよ」

 誘ったのは山下くんでしょ。おごってくれるんじゃないの? と僕も言いたかったのだが、聞いたこともないほど珍しい事態でもない。が、愛花さんは憤りの表情になった。

「あのね、黙って聞いてりゃいい気になって、あたしはあんたの彼女になったつもりはないんだからね」
「そうか? デートの誘いに応じたんだから、ためしにつきあってみるぐらいのつもりじゃなかったの?」
「営業トークってのを知らないの? 今日は休みだし、山下さんは悪くはないお客さんなんだから、デートくらいしてあげてもいいかなって思っただけだよ」

 つまり、彼女ではなく、愛花さんはおミズのひと?

「いっつも愛想よくしてたのは、お客としてのあんたをつないでおくためだったの。デートの誘いだって本気だとは思ってなかったよ」
「結婚の話をしたのは?」
「あたしのただの夢!!」

 怒っているせいか声が低くなって、愛花さんの目は据わってきていた。

「誰があんたなんかと結婚したいもんか。レコード会社の社員ってちょっとかっこいい仕事だけど、そんな考え方をする男なんてお断り。それにそれに、なに? キャバ嬢をデートに誘って割り勘? サイッテーッ!!」
「だから、僕はきみと恋人になるつもりで……だったら割り勘は当然だろ」
「恋人だって割り勘にする男なんて、オ・コ・ト・ワ・リッ!!」

 これで愛花さんの職業も判明した。モデルと似た仕事……ほんのちょっとは似ているのかもしれない。

「我慢してたけど限界だよ。もううちの店には来なくていいからね」
「……そんなこと、言っていいのか」
「店で怒られたら転職するからいいの」
「その業界で仕事ができなくなっても?」
「やってみな」

 凄味のある声で言い放ち、愛花さんはテーブルに一万円札を置いて足早に出ていった。

「嘆かわしいね。僕はああいう仕事の女を救ってやりたかったんだけどな……」
「山下さん」
「んん?」
「もう僕の家にも来ないでね」
「……きみの家ってよりは、アンヌさんの家だろ」
「いいから来ないでね」

 キャバクラ勤めの女性が働けないようにする権限など、山下さんにはないはずだ。そして、アンヌの仕事の邪魔をすることもできないはずだ。ううっとでも言いたそうな顔をしている山下さんの顔に、僕も一万円札を出してぺちゃっとくっつけた。

 これはアンヌの稼いできたお金だけど、僕にもこうする権利はあるよね。アンヌだったらきっと、よし、笙、よくやった、と言ってくれるはずだ。


つづく







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~ Comment ~

NoTitle

自分・・・以外は他人ですね。
私はそこまで割り切ることはできんですが。
まあ、それはそれで私の生き方ですね。
そこまでサバサバ生きることができればいいんですけどね。

LandMさんへ

いつもコメントありがとうございます。

私は「自分以外は基本的に他人」だと思ってますが、だからってしがらみやらなんやらを切り捨てるわけにもいかず。
長く生きれば生きるほど、自分の周囲の狭い人間関係だけでもなんだかんだと溜まっていきますねぇ。
お金は貯まらないのにね←古典的愚痴でした(^^;
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