ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS梅雨物語「バカンスはいつも雨」

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フォレストシンガーズ

「バカンスはいつも雨」

 都会派といえばかっこいい。蘭子は東京、俺は横須賀生まれだから、「派」ではなくて、正真正銘の都会人だ。だから、常にデートも都会でしていた。

「たまには自然の中に行きたいな」
「自然って海? 山? 湖だとか高原だとかってのもいいね」
「幸生くんはどこに行きたい?」
「蘭子ちゃんは?」

 捨て猫が縁で知り合った蘭子は、ふたつ年下の超可愛い女の子だ。俺の好みに合いすぎるほどの、華奢で小さな身体、小さな顔に大きな目、見た目も猫のようで猫が好き。
 あのときに拾った猫は蘭子のうちの子になって、ノアールと名づけられて幸せになっている。ノアールは俺のことは忘れただろうけど、蘭子が彼女になってくれたからいいんだ。

「ムジカハウスっていうのがあるんだ。バカンスハウスなんだよね。自然がいっぱいのところに建つ小さなおうちにステイできるんだよ。ごはんも自分で作ってもいいし、近くにあるレストランに食べにいってもいいの。小さい湖と高原のあるところ」

「なんでも小さいのか。俺たちには似合いだね」
「ね、行こうよ」
「うん、行こう」

 プロのシンガーになって三年目。我々フォレストシンガーズはまるきり売れていないので稼ぎも乏しくて、車も持っていない。バカンスハウスに滞在する程度の金は俺が出したかったが、蘭子は割り勘にしようと言う。蘭子だって裕福ってほどでもないOLだが、俺に負担をかけたくないと言ってくれる。

 売れていないのは哀しいけれど、だからこそ、プロのシンガーが彼女と横浜や東京でデートしていても、ふたりでバカンスハウスに滞在していても写真を撮られたりもしない。その点は安心だ。

 安心だけど侘しいかな、なんて思いながら、蘭子と「ムジカハウス」にやってきた。世間は夏休みには入っていない梅雨どきだから、料金も低めでスムーズに予約ができた。
 「ムジカ」とはドイツ語で「musica」。音楽だ。音楽を仕事にしている俺のために、蘭子が選び出してくれたのだから、音楽にあふれたバカンスハウスだった。

 一軒の家のようなたたずまいだから玄関もある。三和土にはピアノの鍵盤を模したドアマット。森の動物音楽隊の人形たち。居間も寝室もバスルームもトイレも、音楽関連のインテリアで彩られている。俺にはちょっぴり照れくさい感じだったが、蘭子は可愛い、可愛いと喜んでいた。

 荷物を置いて散歩に出かける。俺よりも十センチ以上背の低い蘭子と腕を組むと、かぐわしく綺麗な長い髪が俺の鼻先をくすぐる。梅雨どきとはいっても晴天で、高原だから暑くもなくて気持ちがいい。セレナーデを歌いたくなってきた。

「お嬢さん、一曲いかがですか」
「きゃ、森のヴァイオリン弾き?」
「そうです。リクエストを承りますよ」
「クラシック?」
「いえ、なんでもできますよ」

 緑したたるような森の中に、緑の衣装に緑の帽子をかぶってヴァイオリンを手にした、西洋人の男がいた。日本語は上手だからそこは安心だが、バカンスハウスを経営している会社に雇われているのだろう。
 RPGに出てくる森の妖精みたいだ。そういうキャラは弓矢と魔法を使う場合が多い。こいつのヴァイオリン、催眠効果のある魔法を蘭子にかけたりしないだろうな?

 すらりと背の高いいい男だからもあって、俺はそいつを疑いのまなこで見てしまう。音楽だったら俺が蘭子に捧げるんだよ。俺だってプロなんだから邪魔すんな。

「だったらね、あなたの演奏で幸生くんが歌うってどう? 彼、歌がうまいのよ」
「ああ、そうなんですか。そしたら歌います?」
「歌いますよ」

 こいつも俺を挑戦的な目で見る。こうなったら俺の得意な曲をリクエストしよう。フォレストシンガーズの持ち歌なんて彼は知らないだろうから、GSにしようかな。「君だけに愛を」はふさわしくないか。「美しき愛の掟」は悲壮すぎるか。「エメラルドの伝説」だと悲恋だし、「今日を生きよう」は刹那的だし、「好きさ好きさ好きさ」って片想いの歌だし、失恋の歌もよくないし、「花の首飾り」だとメジャーだからいいかな。

 あれかこれかと考えているうちに、彼が勝手にヴァイオリンを奏ではじめた。涼しい顔で優雅に弓を操りながら、おまえはこの歌を知ってるか、という顔で俺を見る。クラシックでも英語でもなかったので、俺は歌い出した。
 
「バカンスはいつも雨
 思うようにはならない
 心決めたのに雨
 あの人は来ないの
 笑ってごらんよ Don't Cry
 ずっと片想いさ」

 この場合の歌の解釈は、バカンスってのは人生の休暇。休暇にはいつも雨が降る。人生、いいことばかりは起きないって意味だ。

「赤いカサぬらす前
 ふるえる胸でラブ・レター
 名前も書かずにValn
 わかるはずもない
 つつんであげたい Don't Cry
 きっと明日は晴れる」

 なぜならば、どんどんどんどん彼の演奏のテンポがアップしているから。早すぎる……ついていけない、いいや、俺もプロだ。負けるもんか。

 今でこそソロシンガーはたいていがバックバンドを連れている。フォレストシンガーズも単独ライヴだとバンドにお願いしたり、ア・カペラで歌うこともある。
 生放送の歌番組の時間が押しているときに、時間調節のために少々テンポアップした演奏になる場合もある。昔の歌番組では専門のオーケストラがいて、いやがらせもあったと聞いた。彼や彼女だったら大丈夫だろうと、実力のあるシンガーにテンポアップして歌わせることもあったらしい。

 まだ俺たちはそんな目に遭ったことはない。単独ではないライヴではじめてのバンドと共演して、音合わせに苦労したことあるが、こうまでテンポの速い演奏って……うげっ、ミスりそうっ!! と思ったらとちってしまった。

「ごめん。なんでそんなにはや……」
 
 早いんだよ、と皆までは言わせてくれず、ヴァイオリニストは軽蔑のまなざしで俺を見た。俺も口をつぐんで彼を見返す。古い歌なので蘭子はなぜ俺がとちったのかわかっていず、どうしたのぉ、幸生くんったら、と不満そうだ。

「それで……いや、いいですよ。お嬢さんのリクエストにお応えしましょうか」
「そのほうがいいの? 私は音楽ってよくはわからないけど、今の歌、軽快で素敵だな。もう一度はじめから聴かせて」
「かしこまりました。お嬢さん、お名前はなんと?」
「蘭子」
「じゃあ、蘭子さんに僕の愛を贈ります」

 くそぉ、この野郎、今度の演奏は本来のテンポになっていたので歌おうとすると、彼が俺をぎろっと睨む。万が一喧嘩になったら俺ではこいつには負けそうなので、黙ってヴァイオリンを聴いていた。

「Just Like Singing
 In The Rain
 You Ask Me Why 恋など
 You Ask Me Why いつでも
 はずれてばかりの天気予報さ

 バカンスはいつも雨
 まるでついてない Bad Luck
 心決めたのに雨
 チャンスもないのかい
 気づいておくれよ Don't Cry
 ごらん君の真上にかかった Rainbow」

 悔しいけど、奴のヴァイオリンはかなりうまい。そりゃあこうしてお客の前で弾いて糧を得ているのだからプロなのだろう。当然だ。
 けど、俺だってうまいんだよ。フォレストシンガーズは歌だけはうまいって評判なんだ。なのに売れないのは、うまいだけでは限界があるのかな、なんて説もちらほらあるけれど。

 名誉挽回もさせてもらえずに、俺は悔しい気分でヴァイオリンを聴いている。蘭子は目を閉じて、俺ではなく彼にもたれかかりそうな勢いだ。天気はいいけど心は晴れない。このひとときだけが暗くても、あとの時間はふたりきりだよね。

 レストランに行ったらこいつがまたいるのかもしれないから、今夜は俺が夕食を作ろう。俺の腕では料理でも名誉挽回までは行かないであろうことが、こころもとなくももどかしいのだが。

YUKI/25歳/END








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