ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「る」

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フォレストシンガーズ

「流浪の民」

 この歌、合唱部で歌ったな。混声合唱向きの歌だと聞かされて、夏合宿で練習した。ソロのパートは女声が武田みーちゃん、男声は俺だった。
 思い出すと次々にほどけてくるものだけど、タイトルはなんだったか。

 クラシックの歌曲?
 職場のラジオがNHKFMを流しているようだから、職場のカラーにはそぐわない曲がかかるのだろう。そうだ、タイトルも思い出した。思い出すと同時に気分がよくなくなった。

 妻と離婚したことには未練などない。せいせいしている。娘だって、あんなうるさい赤ん坊、いないほうが安眠できていい。「流浪の民」だなんて歌を聴いていると、俺もさすらい人になって、この歌みたいな境遇になったんだなぁ、俺には似合いの生活だよな、と感じるだけなのに。

 働かずに各地を放浪して暮らしていかれたらベストだが、それは無理なので適当に働いている。年齢だけは若いから、体力もあるから仕事は選ばなかったらいくらでもある。ろくなものを食っていないので不健康な贅肉がつきつつあるが、女にももてなくもないから不自由はしていない。

「ぶなの森の 葉がくれに 宴ほがい賑わしや
 松明あかく照らしつつ 木の葉敷きて倨居する
これぞ流浪の人の群れ 眼ひかり 髪清ら ニイルの水に浸されて 煌ら煌ら輝けり
 燃ゆる火を 囲みつつ~燃ゆる赤き 焔、焚火 」

 ジプシーの歌だよ、ジプシーってものを理解していない日本人には、難解な詩だな、と言ったのは、当時のキャプテンだっただろうか。原詩だって日本語訳だって、あのころでも今でもむずかしい。結婚してからは音楽は嫌いだと言うようになっていたから、歌もほとんど歌わなくなった俺には、ソリストなんてとうていつとまらなくなったはずだ。

 仕事を終えて職場から出ていったあとも、「流浪の民」のメロディが耳元に聞こえる。この歌を歌っていた青春時代は楽しかったな。青春なんて高校生までだとの説もあるが、結婚したら完全に青春が終わる。今さら言っても詮無いけど、俺は結婚が早すぎた。親父になる資格なんかなかったんだ。

 うちの両親もけっこう早く結婚して、親父はギャンブルが好きだから、パチンコや競馬で無駄金を使って妻である俺のおふくろに怒られていた。酒も煙草もやっていたが、子どもたちにとってはいい父親だった。俺は酒はともかく、ギャンブルはパチンコをたまにやる程度、煙草は金がもったいないから吸わない。それでも瑞穂にとっては、最低の父親だった。

 大学生のころには見栄っ張りで、気性の荒い台風女だった恵は、出産してからはいい母親になった。女には母性本能があって、そっちが強くなりすぎて夫なんかどうでもよくなり、子どもにばかり意識が向かう。恵にもその傾向はあったが、そのせいで仲が悪くなったのではない。

 すべては俺が悪いから。俺が過去にとらわれすぎていたから。音楽は嫌いだと言っていたのも、本当は好きすぎたから。木村章なんかがフォレストシンガーズのメンバーとしてデビューしたのが悔しくてうらやましくて、そこにいたのは俺のはずなのに、と思ってしまうから。

 こんな男と結婚したおまえが不運だったんだよな、恵。恵は強い女だし、両親が近くにいるんだから、俺なんかは忘れて恵を育てていくだろう。俺なんかはいないほうがいい。再婚だってすればいいよ。どんな男だって俺よりはましだろうからさ。

 だけど、瑞穂には会いたいかなぁ。一生会えるはずもないと思えば、瑞穂にだけは未練もつのる。故郷からも東京からも離れた北国をさまよって、生活費を稼ぐためだけに仕事をして、食って寝る以外にはなんにもしたくもない日々の中では、ふっと瑞穂を思い出す。

「ドライヴにでも行こうか、明日は休みなんだから、たまには瑞穂をお母さんに見てもらって……」
「休みの日にでも瑞穂と遊んでやろうって気にならないの? ドライヴだったら瑞穂も連れていこうよ」
「赤ん坊を連れていくと、渋滞に巻き込まれたりしたときにおまえが大変だろ」
「そんなら行かない」
「……勝手にしろ」

 たまにはふたりきりで昔のように……と目論んでも、恵に拒絶されてしまった。俺たちは学生時代から甘い恋愛をしていたわけでもなく、ラヴラヴカップルにはほど遠かったが、結婚する前はすこしは恋愛感情だってあったのに。
 夫婦なんてこんなものか。うちの親父とおふくろにも甘さなんかひとかけらもなかったもんな。瑞穂がもうちょっと大きくなったら、俺がガキだったころのように、家族そろって遊びにいったりもできるよな、もうひとりくらい、子どもを作ってもいいかな。

 漠然とだったら考えていたそんな将来を、ぶっこわしたのは俺だ。悪いのはフォレストシンガーズ。そんなこと、ありゃしないのに、責任転嫁ばかりしている。

 アパートに帰る気にならず、職場から反対方向へと歩いていく。まだなじんでいない東北の小さな市だ。どっちに行けばどこに出るのかもわからずに歩く。さまよったりさすらったりって、俺の性には合っている。こうして歩いていて、おまえはなにを望んでいるんだ、ヒデ?

 高知の高校のときに、好きだった女の子だとか。
 東京の大学生だったころに、触れ合った女の子だと。

 けっこう数だけはいる、なつかしい女の子と偶然出会ったらいいな。小笠原くん、久しぶり。ヒデくん、元気だった? 明るい声で女の子が話しかけてくれて、お茶でもどう? 食事は? お酒は? ベッドにつきあってあげようか、なんて、誘ってくれたらいいな。

 でも、現実的に考えると。
 こんなうらぶれたむさくるしいおっさんと、誰がお茶を飲んだりベッドに入ったりしてくれるんだよ。そんな女はいたとしても、そっちもわけありのうらぶれ女だ。俺だってそのほうがいい。落ちぶれた姿を昔なじみの眩しい女たちに見られたくはない。

 だったらなにを望んでる? 幸生にでもばったり会って、ヒデさん、なにやってんのっ?! 一緒に東京へ帰ろうって……アホか、おまえは。

 嘘だよ、なにも望んでなんかいない。もしも望みがひとつだけあるとしたら、消えてしまえたらいいな、ってことくらいだ。積極的に死にたいとは思わないが、生きていたいとも思えなくて、跡形もなく消えてしまって、誰の記憶にも残らず、誰ひとり思い出しもしない、そうだったらいいな、と思うばかりだった。

「いちばん哀れな女は、忘れられた女」

 そんなフレーズを教えてくれたのは、乾さんだったか。哀れなのかな? 忘れ去られてしまったほうがさっぱりしていいじゃないか。

HIDE/27歳/END









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~ Comment ~

NoTitle

忘れられる存在というのは悲しいものですけどね。
なかなか。
その方がさっぱりするのかもしれませんが。。。
どうなんでしょうね。
まあ、私はどちらも願う性格ですが。

LandMさんへ

いつもコメントありがとうございます。

モトカレやモトカノにだったら、場合によっては忘れてもらったほうがありがたいような……やっぱり記憶の中に美しく残りたいような? どっちがいいかはシチュエーションによりますよね。

友達だったら、忘れられたら寂しい気もします。
むこうは完全に忘れてて、こっちだけ覚えてるのは悔しいような気がしなくもないですね。
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