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小説369(スカボローフェア)

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thCAISZOL0ハーブ
フォレストシンガーズストーリィ369

「スカボローフェア」
1

 強い風に川のおもてにさざ波が立つ。さざ波だもんな、俺の気持ちの波立ちが静まっていないのもこの程度だ。人生で経験するさざ波なんてなにほどでもない。
 初恋というわけではない。この子、好きだな、と感じたことは幾度だってある。
 けれど、恋愛感情を持っていると意識した女の子とふたり、彼女は水着姿で、ふたりっきりでプールサイドにいたなんて初体験だった。それは単なる偶然のたまもので、近所のプールで彼女と会っただけだったのに。
 好きになったきっかけだって、兄さんに叱られた彼女が、本庄くんっ、助けてっ!! と叫んで俺に駆け寄ってきて、俺の腕に飛び込んできたってこと。俺ってなんて単純なんだろ。そんなことで恋してしまうなんて。
 わかっていても、恋してしまったのはどうしようもない。
 恋のきっかけも彼女の兄、俺の恋をぶっこわしたのも彼女の兄。俺が在籍している大学合唱部の男子部キャプテン、金子将一だ。彼は妹に、こんな冴えない奴はやめておけ、俺がもっといい男を紹介してやる、と言って、俺の前から連れ去っていった。
 いや、兄がなにも言わなかったとしても、俺が告白できていたとしても、リリヤさんはつきあってはくれなかったかもしれない。所詮、あんな美少女は俺には高嶺の花。告白する前にこわれた恋は恋とも呼べない。
 ふやけた気持ちを叩き直すには運動が一番だ。金のかからない運動をしようと走りにきて、川べりに出てきていた。
「そこに書いてあるでしょっ!!」
 川面のさざ波を見ていたら、知っている声が聞こえてきた。あの声は? 見回すと、河川敷が広くなったところがあって、そこで中年男がふたり、ゴルフの練習をしているようだ。彼らのかたわらには大きな看板が立っている。俺の位置からでもくっきり読めるように「ゴルフ禁止!!」と大書してあった。
「子どもや犬も散歩に来るからでしょ。したらいかんもんはやったらいかんきに!!」
 叫んでいる高い声はヒデだ。ヒデがおじさんたちに抗議している。おじさんたちはせせら笑っていて、おーおー、兄ちゃん、威勢がいいねぇ、正義の味方だねぇ、などとあしらっていた。
 見回すと、ヒデがおじさんたちに駆け寄っていこうとしていた。相手はおじさんふたり。肥満気味の中年男だったらふたりでも、ヒデのほうが強いはずだ。が、彼らはゴルフクラブを持っている。それがなくても止めなくてはならない。
「ヒデ、やめろ」
「ああ? シゲ、なんでおまんがこんなところにおるちや?」
「土佐弁全開になってるぞ」
「……うるさい、ほっとけ」
 合唱部で出会った血気盛んな土佐の少年、小笠原英彦。俺は高校のときにはいっぱしの不良で、よその学校の生徒と喧嘩もした、と自慢していた。本当はしたこともない武勇伝を語りたがる男もいるようだが、ヒデは本物であるらしい。
 なのだから、止めなくてはならない。
 むこうに非があるとはいえ、ふたりの男を相手どって喧嘩でもしたら、大学ってのは退学になるものだろうか? 警察沙汰になったら処分はありそうだし、合唱部にも迷惑がかかる。暴力事件で甲子園に出られなくなる高校野球部のニュースも聞くから、大学合唱部も同じかもしれない。
 実のところはどうなのか知らないが、そこまで考えてヒデを止めた。俺もヒデに駆け寄り、大声で言った。
「おまえが腕力で止めるんじゃなくて、警察に電話したらいいだろ」
「あれって法律で決まってるんか?」
「ゴルフ禁止? 地方自治体の法律みたいなもので決まってるんじゃないかな」
「警察は聞いてくれるか?」
「そりゃそうだろ。違反してるんだから、違法駐車を通報するようなものだよ」
「よし、そんなら電話してくる」
 あっちに公衆電話があったぞ、と言うと、ヒデが駆け出すふりをする。ヒデの声はもとより大きくて、俺も大声で喋っていたので、河川敷まで聞こえただろう。おじさんたちはそそくさと荷物をまとめて逃げ出していく。その姿を見送って、ヒデが言った。
「あいつら、ほとぼりが冷めたらまた来るんじゃないのか。俺が一発……」
「殴ったらいけないだろ」
「いや、殴るんじゃなくて説教を……」
「説教って、あんなおっさんが若造の話をまともに聞くはずないし、殴られそうになったらやり返すだろうが」
「そしたら正当防衛が成立するだろ」
「やりたかったのか」
「ちょっとな」
 困った奴だ。そういうことではいつかおまえは、喧嘩で大怪我するぞ、と言いかけた俺ににやりとして、ヒデは川のほうへと降りていく。走っていくヒデに続いて、俺も堤防を駆け下りた。
 間もなく冬がやってくる季節だから、川風はつめたい。つめたいのが気持ちいい。リリヤさんに恋した望みが完璧に断たれたのは夏の終わりで、あれから三ヶ月もたっているのに、俺はいつまでぐじぐじしてるんだ、そんな俺のふやけた心に、つめたい風が活を入れてくれる。
「シゲんちってここから近いのか?」
「そうでもないんだけど、なんとなくここまで来てしまったんだよ。ヒデこそ、おまえのアパートはもっと遠いだろ。なにをしてたんだ?」
「俺もジョギング」
 ジョギングをしていたという恰好ではないが、信じておこう。ヒデはジャケットのポケットから、焼き芋を取り出した。
「まだぬくみはあるよ」
「ちょうど腹が減ってたんだ」
 ありがとうとも言わずに、新聞紙に包まれた焼き芋に食いつく。俺は鈍感だって定評があるけど、おまえが俺を気にしていたのは知ってるよ。あんな綺麗な子を好きになったって無駄だ、俺のほうがまだしもリリヤには似合う、だなんて言ってたけど、俺に同情していてくれたのかな。
 同情してるなんてヒデは言わない。俺だって言われたくない。食い意地の張った俺のために、俺がもっとも喜びそうなもの、空腹の妙薬を持ってきてくれた。そのほうがいい。それがいい。

「Are you going to Scarborough Fair?
Parsley, sage, rosemary and thyme
Remember me to one who lives there
For once she was a true love of mine」

 川面を渡る風に乗って、ヒデの歌声が流れていく。すこぉしハスキーでいい味わいのハイトーンだ。「彼女はかつて、私の恋人だった」この歌詞のそんな意味を、ヒデは知っていて歌っているのだろうか。


2

「Have her make me a cambric shirt
Parsley, sage, rosemary and thyme
Without a seam or fine needle work
And then she'll be a true love of mine」

 どうして今、その歌を? 口をとがらせた幸生が俺を見つめる。
 大学一年生のときの恋は幼くて、告白すらもできずにこわれて消えた。あれから三年がすぎて、俺ははじめて本当の恋をして彼女ができたと思い込んだ。
 そんなの、思い込みだったんだよな。あのひとは本当は本橋さんが好きで、本橋さんにふられた腹いせに俺を利用しただけ。自嘲の笑みを浮かべて、あのときのほうがまだよかったな、と思い出す。三年前の幼い恋のほうがましだった。
 ビキニ姿の同い年の女の子にときめいたり、不可抗力で抱きしめた彼女の華奢な身体の感触を思い出して疼いたり、あれは俺がガキだったからなのか。
 女性だったらこんな経験は大きな痛手だろうけど、俺は男じゃないか。綺麗な女性が俺をホテルに誘ってくれて、はじめての経験をした。まぶしいほどに美しい彼女の裸身を見て、その肌を抱きしめた。大人のキスもセックスも、彼女とがはじめてだった。
 美人と寝られて得しちゃったな、って笑い飛ばせばいいのに、俺にはそうはできなくて。
 しっかりしろ、そんな気持ちは走ってはじき飛ばせ。乾さんにも言われたように、俺はそれを実行している。今日は幸生がアパートに遊びにきたので、走るの? ええ? やめようよぉ、とぶーぶー言う後輩を叱咤してここまでジョギングしてきた。
 あの日、ヒデが歌っていた歌を歌っていると、焼き芋が食いたくなってくる。俺には失恋でセンチになるなんて似合わない。腹減った、と呻いているのが似合うのだ。
「腹減ったな」
「これだけ走ったら腹も減りますよね。本庄先輩、ごちそうさまです」
 うむ、だなんていばってうなずいて、食い物屋のある通りへと足を向ける。寒い、と言ってくっつきにくる幸生を軽く突いて遠ざけながら歩いていると、幸生が言った。
「昔々、あるところに、貧しいランナーがいました」
「なんだ? おとぎ話か?」
「そうそう、聞いてね」
 おとぎ話にランナー? とは思ったのだが、歩きつつ幸生の話を聞いた。
「貧しいランナーはお金もないし、恋人もいなくて寂しい日々を送っていました。そんなある日、彼は車に撥ねられそうになった猫の親子を助けたのです」
「ふむふむ」
「母猫は彼に感謝して、毎日、狩りをした虫やらネズミやらを運んできてくれました」
「虫やらネズミやらは嬉しくないな」
「そうでしょ? だから彼は言ったんですよ」
 こんなもんは人間は食わないんだよ、人間の食いものを持ってこい、とランナーに命令された母猫は、ごみ箱をあさって捨てられた弁当を持ってきました。
 ところが、それもランナーは拒否します。残飯なんか食えないよ、と言われた母猫は困り果て、ある夜、美女に姿を変えてランナーの寝間に夜這いをかけました。
「おい、それじゃおとぎ話じゃないだろ」
「いいえ。先があるんですよ。ランナーはもちろん、化け猫が変身するなんて知らないから、喜んで彼女を抱いたのです。彼女もランナーがけっこう気に入ったようで、夜ごと忍び込んできました。そうして一か月余り……」
「うん?」
「ある朝、目覚めたランナーの枕元には、三匹の仔猫が残されていました。母猫は生まれた仔をランナーに押しつけ、身軽になってどこかに旅立っていったのでした」
「それ、猫と人間の間の仔か?」
「さあねぇ、どうだったんでしょうね」
 ふふふ、と幸生は不気味な笑い声を立てる。これではおとぎ話ではなくてホラーではないか。
 しかし、下らない話を聞いている間はくよくよしないでいられた。ここに入ろうか、と幸生を促して、安くてヴォリュームのある定食を出す大衆食堂ののれんをくぐる。幸生はたいして食わないから、残したら俺が食ってやろう。
「その話の続きは?」
「ここまでですよ。だからね」
 だから美人って信用できないんだよね、と幸生は話をしめくくる。この物語はそういう教訓を含んでいるのか? そうではなくて、俺はあのひとは嫌いだよ、と幸生が言っていた、俺をあざむいた女性を語ったのか?
 どっちだっていいけれど、幸生の慰めはこんなふうか。後輩のくせに生意気に、先輩を慰めるなんて思うなよ。そう言ってやろうとしたのだが、言えなかった。

 
3

 このひとはどうしてこう敏感なのだろう。俺とは人種がちがう、と何度となく考えたことを、今夜もまた考える。
 先ごろようやくプロになれたフォレストシンガーズの最高責任者は、リーダーの本橋さんだ。本橋さんと同い年でベストパートナーで、ライバルでもあるらしい乾隆也。俺は彼がうちの影の黒幕だと決めていた。
「シゲ、うまいラーメン屋があるんだって?」
「え? 誰かから聞きました?」
「幸生が言ってたよ。シゲさんに連れてってもらったラーメン屋、中華料理屋だったかな」
「……それだけですか?」
「それ以外になにかあるのか」
「いえ、ありません」
 そしたらいいんだけどな、と言いたげに、乾さんは質問を終えた。
 アマチュア時代には公園で練習していたのが、プロになれたらスタジオで歌える。それだけでも大進歩だが、仕事はあまりない。今夜も事務所が我々のために借りてくれた練習用スタジオに集合して、みんなでレッスンだ。

「Have her wash it in yonder dry well
Parsley, sage, rosemary and thyme
Where ne'er a drop of water e'er fell
And then she'll be a true love of mine.

Have her find me an acre of land
Parsley, sage, rosemary and thyme
Between the sea and over the sand
And then she'll be a true love of mine」

 恋愛がらみの話になると、ヒデが歌っていたこの歌が思い出される。
 ラーメンと恋愛が結びつくのは、俺が中華料理屋の娘に恋をしていたからだ。二十四歳にもなって恋は数えるほどしかしてこなくて、そのどれもが片想い。俺はいまだ女性とまともに交際をした経験もなくて、ホテルに行ったのはまやかしの相手だけ。
 またまた告白もできずに、それどころか、俺は彼女に恋してるのかな? と考えているうちに終わってしまったのが、さなえさんへの想いだった。
 デビューしてから見つけた庶民的な中華料理屋で働く、可愛い女の子。幸生と一緒にその店に入って、告白しろよ、と幸生にたきつけられていたら、こんな会話を聞いた。
「さなえちゃん、結婚式はいつ?」
「まだ決まってないんだけど、もうじきかな」
 いいタイミングだか悪いタイミングだか知らないが、店の外から男の声も聞こえた。
「さなえ、まだか?」
「もうちょっとだから待ってて」
 気の毒そうに俺を見た幸生。俺はやけ食い以外の逃避方法を思いつかなくて、テーブルの上の料理を全部食った。
 だからって腹具合が悪くもならず、夜中にはまた空腹を覚えていたのだから、俺の食欲も精神も健康だ。失恋がなんぼのもんじゃい。恋人なんかいなくてもいいんだ。俺には歌があるんだから、もてなくてもいいんだ。
 だけど、このままだと俺は一生、独身かな。寂しいな。
 うまいラーメン屋云々という話を乾さんがしたのは、ただひとり、俺の失恋を知っている幸生が話したのか? そうではないはずだ。幸生は仁義を知っているから、俺が言ってほしくないことは言わないと信じている。
 ってことは、俺が最近は少々しょぼくれているのを見ての、乾さんの察しのよさ発揮ってところだろう。こんな歌を歌うとよけいに気にかけられてしまいそうだ。
「遅くなっちまった。ん? シゲさんのソロ? お、リーダー、まだ来てなかったんですか。俺が二番目だったのかな」
「乾も来てるみたいだぜ」
「幸生はまだ? 遅刻だ。ぶん殴ってやって下さいね」
「章、おまえ、嬉しそうだな」
 そりゃそうですよ、と笑っている章と本橋さんの声に続いて、幸生の高い声も聞こえてきた。
「うひゃあっ、ぎりぎりセーフっ!! おっはようございます」
 こうしてみんながやってきて賑やかになれば、俺の落ち込み気分は霧散していく。そうだよな、おまえは大丈夫だよな、と言いたいにちがいない乾さんの微笑みに、俺は力強くうなずいてみせた。
 

4

 誰かとは正反対、脳内のある部分が俺に似ているらしき本橋さん。こんなときには本橋さんと飲んでいるほうがありがたかった、

「Plow the land with the horn of a lamb
Parsley, sage, rosemary and thyme
Then sow some seeds from north of the dam
And then she'll be a true love of mine.

If she tells me she can't, I'll reply
Parsley, sage, rosemary and thyme
Let me know that at least she will try
And then she'll be a true love of mine」

 あ、この歌。
 有名な歌なのだから、バーでかかるってことも不思議ではない。大学生になってはじめての失恋と、この歌を歌っていた、今はどこにいるのかわからない奴を同時に思い出す。
 あれから六年、春にはさなえさんに失恋とも呼べない失恋をして、夏の終わりにはまた失恋をした。恋人はいっこうにできない俺は、失恋だったら人並みにしている。今回は恋と呼んでもさしつかえないだろうが、淡い淡い出来事だった。
 沖縄の離島で仕事があって、まだ夏が残っている現地に出かけていった。
 章が美江子さんと喧嘩をして飛び出していったり、その夜に島が台風に直撃されて、本橋さんと幸生が章を探しにいったり、発見した章が歩けなくなっているとの幸生の報告を聞いて俺も出向いて、章を背負って帰ってきたり。
 あれも青春だったのかなぁ、なんて思ってしまう夏の終わりに、俺は恋をした。
 民宿の娘のリエさんも、俺を好きになってくれたらしい。両想いの恋は俺にとっては初だったけれど、島の娘とは結婚できない。第一、結婚する前のプロセスを踏めない。どうにもこうにも成就するはずもない恋だった。
 リエさんには俺の想いが伝わったようだが、乾さんには衝動的に告げてしまった。他のひとは知らないはずなのだが、幸生と章と美江子さんは感づいているような? 女性はこういうことには聡いものだし、幸生も章も本橋さんや俺ほどは鈍くないし。
 乏しい恋愛経験しか持ち合わせていないからこそ、いつまでも引きずる。そんな気持ちが残っている俺は、本橋さんと酒を飲んでいるのがいい。彼はリエさんと俺のことには気づいていないようだから、
 小さくて可愛らしい外見をしていて、男が可愛いと言われて喜ぶな、と本橋さんに言われても、嬉しいんだもん、と言ってのける幸生。彼はその子どもっぽさがいいほうに作用して、妙に女性にはもてるらしい。
 とにもかくにも顔がいいし、小柄なのは幸生と同じでもシャープな雰囲気を持っていて、ナナメに構えているところも悪くはないらしい。もとロッカーの章にはロックバンド時代からのファンもいて、これまたもてる。
 長身でスポーツマンタイプで、顔は怖そうなのだそうだが、その分男性的でかっこいい。本橋さんだって当然もてる。外見も中身も男らしいのだから、惹かれる女性はたくさんいるだろう。
 そして、乾さんは文句なしにもてる。俺は乾さんがうらやましいのだが、こんな立場になったら疲れるだろうから、代わってほしいとは思わない。ただ、あの台詞だけは腹立たしいので本橋さんに質問してみた。
「乾さんの台詞、知ってますよね」
「あいつの台詞ってどれだ?」
「こっちが好きになれない女性に恋されても嬉しくない。そんなもて方なんかしたくないってやつです」「ああ、言ってたな。それがどうかしたか?」
「いえ、別に」
 そっか、もてる男にはもてる男の台詞は腹立たしくないのだ。俺のひがみだったのだ。たいへんに納得してしまった。
 

5

 男が相手だったら、俺はもてないんだよ、悪かったな、と切れることも可能だが、女性にだと微量の見栄を張りたくなる。素に近い俺を見せられる数少ない女性が美江子さんだ。
 みんな、彼女がいるに決まっているのに、時おりフォレストシンガーズ対女性グループの合コンが企画される。俺たちはまったく有名ではないから一般人と同じだが、女性は音楽をやる男たちには興味を持ってくれるらしい。
 たいていは人づきあいのいい幸生が話を持ってきて、双方のスケジュールを合わせて合コンが開かれる。他の四人には彼女はいるはずなのに、女性と楽しく話すだけだったらいいんだな、ということで、俺も参加する。
 合コンではカップルが成立する場合もある。カップル成立ではなく、送っていこうか、となってふたりで帰っていった男女が、その後どうにかなるケースもあるだろう。幸生と章が昨夜の成果は、とこそこそ話していて、俺を見て話題を変えたこともあった。
 なぜかと言えば、俺だけはまったく、カップルが成立しないから。俺には正真正銘彼女はいないのに、俺だってミュージシャンなのに。
「合コンってほどでもないんだけど、五人組の女の子とのパーティみたいなものだね」
 今回は美江子さんが企画してくれて、五対五で女性グループと飲み会をやった。美江子さんも加わっていた合コンもあったが、昨夜はいなかった。
「みんなは?」
 本日の仕事は夜なので、午後にはスタジオに出勤した。美江子さんはとうに事務所に出ていたようで、差し入れを持ってスタジオにやってきて俺に尋ねた。
「集合時間にはだいぶ早いんで、まだ来ないんじゃないかな」
「シゲくんは早かったんだね。昨夜はどうだった? 楽しかった?」
「ええ、まあ」
 楽しくなくはなかったのだが、昨夜もいつもと同じだった。
 色っぽいムードというよりも、誰が誰を送っていくということになって、俺はミナさんと一緒に店を出た。すこしばかり太目ではあるが、俺はぽっちゃりした女性は好きだ。他の四人の女性たちよりはかなり控えめで、お喋りも少なかったのはつまらなかったのだろうか。
「木村さんとカヨかな」
「なにがですか」
「一番、ありそうなふたり」
「ありそう……ああ、そうなんですか」
「三沢さんとマキは最初からカップルでしょ」
「そうなんですか」
「ちがうの?」
「俺は知りませんが」
 外に出ると喋ってくれるようになったミナさんは、苛々しているようにも見えた。
「乾さんって素敵だよね。だけど、私には合わない感じ」
「合わないんですか」
「そうだよ、私は平凡すぎるもの。太ってるしね」
「いえ……」
 こんなとき、あなたは太っていないよ、魅力的だよ、と乾さんなら言うのだろう。けれど、俺の口はそうは動いてくれなかった。
「本橋さんも嫌いなタイプじゃないけど、背の高い男のひとはもてるから、相手にしてもらえない。私には……ね」
「はあ……」
 それってどういう意味だろう。あんたぐらいだったら、と言いたいのか。
「ああ、ここまででいいわ」
「そうですか、気をつけて」
「他にもお客さんはいるし、早く行って」
「……はい、おやすみなさい」
 バス停で別れて、それでおしまいだった。そんな話を思い出すままにすると、美江子さんが言いにくそうに言った。
「シゲくんは恋人でもない女性と……はっきり訊くけど、そういうことにはなりたくないの?」
「そういうこと……ああ、そういうことですか。そりゃあ、そういうことって恋人とそういうことになるものでしょ」
 はっきりしていないが、そういうこと、で通じるのだからいいのだろう。
「それってほのめかされてるような気もするんだけど、彼女の口調のニュアンスもあるし、ほんとにそうだったかどうかは、私はそこにはいなかったからわからないし、そうだとしてもシゲくんはいやなんだったら仕方ないし。合コンでは真面目な恋は見つけにくいのかもね」
「……ほのめかす?」
「いいのよ、いいの」
 美江子さんにも匙を投げられてしまったのか。差し入れのいなり寿司をテーブルに乗せて、彼女は事務所に戻っていく。俺はため息つきつき、その背中を見送っていた。


6

 スカボローフェアを歌ってくれよ、との頼みを、章が聞き入れてくれた。

「Love imposes impossible tasks
Parsley, sage, rosemary and thyme
Though not more than any heart asks
And I must know she's a true love of mine.

Dear, when thou has finished thy task
Parsley, sage, rosemary and thyme
Come to me, my hand for to ask
For thou then art a true love of mine」

 素晴らしく高い声だ。歌唱力に関しては木村章はアート・ガーファンクルにも負けてはいない。裏声にはならずによく伸びる声だから、音域はガーファンクルよりも広いかもしれない。
 性格はあまりよくないみたいだが、それにも慣れた。彼がフォレストシンガーズに入ったばかりのころは、こいつは嫌いだ、好きになれない、とガキっぽい感情を持っていたが、章にだっていいところはある。人の欠点ばかりあげつらうのはよくないのだ。
「なぁ、章」
「はい」
 歌い終えた章に拍手してから、俺は尋ねた。
「恭子に言ったんだって? シゲさんは悪魔だって」
「やっぱ告げ口するんだよな。そうは言ってませんよ」
「悪魔みたいだって言ってたんだろ」
「悪魔みたいな口をきくことがあるってだけだよ」
「悪魔みたいな口?」
「いいからいいから、飲んで」
 嫌いだと思っていた奴ともふたりきりで酒を飲むようになった。
 ここは夏のイベントをやっている海辺にほど近い、ややさびれた町のバーだ。常連客はおっさんばかりで、フォレストシンガーズなどは知らないと見える。それでなくても俺たちはまだまだ無名だから、こんな店で酒も飲めるのである。
 まあまあ、どうぞ、とごまかされて、俺が悪魔みたいだと章が言ったと聞いたのはうやむやになってしまいそうだ。
 このイベントが終わって秋になったら、俺は川上恭子と結婚する。あんなにもてなくて、彼女すらもまともにできたことのない俺に、神さまが与えてくれた素敵な女神さまだ。いや、神さまに与えられただなんて、恭子に失礼なのだろうか。
 ラジオ番組のDJをペアでやると決まったときには、テニス選手? タイプじゃないな、などと不遜な考えを持った。
 だが、彼女は可愛くてあたたかくて優しくて、なによりも俺を好きになってくれた。ぼやぼやしていたら彼女から告白してくれていただろうから、俺が先に言えてよかった。
 はじめての彼女にはじめてプロポーズして、婚約者になった。間もなく俺たちは夫婦になる。周囲のひとたちはこぞって祝福してくれている。章だって祝福はしてくれているのだが、恭子に変なことを言ったと聞いたのは気になっていた。
「悪魔……悪魔……」
「人の心にはちっぽけな悪魔が一匹ずつ、棲んでるものなんじゃないかな」
「むずかしいよ」
「その悪魔ってのにはさまざまなタイプがいるんだよ。俺の中にも悪魔はいて、シゲさんの中の悪魔よりもタチがよくないのかもしれない」
「具体的に言ってくれないか」
「言ってるよ」
 言ってない、と思うが、章とは頭のできもちがうようだから、理解できないほうが悪いのか。
「よかったね、おめでとう、シゲさん」
「う、うん、ありがとう」
 ま、いっか。俺は恭子と結婚できるのが幸せで、これからはもう、もてるのもてないのと悩まなくてもいいのも幸せで、恭子に対しては悪魔なんかじゃないんだから、章の台詞なんかどうでもいい。ありがとう、と章に言うと表情がゆるみそうになって、慌てて酒を飲んでごまかした。

END






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~ Comment ~

懐かしい……

スカボローフェア、何だか青春だったなぁ。
懐かしいです。でもこの歌詞、実は意味がよく分からんままです。
イギリスの民謡なんですよね……いつもこれを聞くと五番街のマリーと微妙に被っていたりして(1番だけ)。
サイモン&ガーファンクルの歌はベトナム反戦ソングだったのかな。あの頃の時代をまさに感じる曲だったような気がしました。
フォレストシンガーズが感じる時代ってどんなんだったのかなって、思いました。思い出とか歌から感じる時代とか。やっぱり恋のことが大きいのかしら。
それにしても、途中に出てくる猫の話、かなり怖いような……だって、仔猫が3匹!?

大海彩洋さんへ

いつもありがとうございます。

英語の歌って私の場合は、普段は歌詞を意識しないで聴いていることのほうが多いです。ふと、この歌詞、どういう意味? と感じると、今だったらネットで調べればけっこうわかりますよね。

スカボロフェアーは市というか、ああ、フェアか、そうだったんだ、なんて、今さらながらに気づきました。
私のデジタルウォークマンには、S&Gとブラザースフォアの歌が入っています。
パセリセージローズマリーアンドタイム……ばっかり印象に残っていましたね。

仔猫が三匹、置いていかれると怖いですね。
え? これ、俺の子? そんな馬鹿な……。
幸生は口から出まかせが得意ですので、まったく深く考えていないと思われますが、彼だったら猫が産んだ俺の子……やっぱり怖いですよね。

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