ショートストーリィ(花物語)

花物語2014「六月・バラが咲いた」

 ←「I'm just a rock'n roller」21 →FS梅雨物語「あじさい通り」
thCA0G5VJ0.jpg
花物語2014・水無月

 注:ちょっとだけエロっぽいシーンが出てきますので、R18です。

「バラが咲いた」


「バラが咲いた バラが咲いた まっかなバラが
 淋しかった僕の庭に バラが咲いた
 たったひとつ咲いたバラ 小さなバラで
 淋しかった僕の庭が 明るくなった
 バラよバラよ 小さなバラいつまで もそこに咲いてておくれ
 バラが咲いた バラが咲いた
 真っ赤なバラで淋しかった僕の庭が 明るくなった」

 男性にすれば高い声が、古い感覚の歌をうたっている。ローザは咄嗟にものかげに身をひそめ、視線だけで彼を追いかけていた。

「あなたの薔薇になりたいな」
「時枝ちゃん、なんの用?」

 背の高い女が、さらに背の高い彼を見上げる。時枝と呼ばれた女はゆるく羽織っていた白いバスローブを肩からすべらせて地面に落とし、挑戦的な目つきで彼の前に立った。

「綺麗な身体をしているね」
「そりゃあそうでしょ。私はモデルなんだもの。顔もプロポーションもいいからモデルになったんだよ」
「ふむ」

 全裸になった時枝を、男が抱き寄せる。男の骨ばった両手が時枝の細い腰を抱き寄せ、男は時枝を面白そうな目で見つめる。体勢が変わったので、ローザには時枝のうしろ姿しか見えなくなった。

「あ……」
「小娘が、なにを思ってこんなこと……」
「あ、あ、そんな……やめてよ」
「してほしかったんじゃないのか?」
「そうじゃなくて……ちょっと、関根さん……やだ、それ、いや」

 なにをしているのかは、ローザには明確にはわからない。時枝の腰を抱いていた男の片方の手が、彼女の尻を包む。その手の指先が妖しくなまめかしく淫らに動いているような気がして、ローザは身動きできなくなっていた。

 男の指が……え? なにをしているのだろう。ごくっとつばを飲み込みたくなって、その音が男の耳に届きそうで、ローザは息を殺した。
 指の動きが……あんなこと……あんなこと……男のひとの指が女のひとの、秘密の場所に……大人ってあんなことをするの? "いけないことは甘美なこと"、そんなフレーズが浮かぶのが、悪魔の囁きにも思えた。

 見てはいけない。いけないのに、"いけないことは甘美なこと"。ローザはそのシーンから目が離せない。

「や……め……」

 や……めて、と言いたいのか、けれど、男はやめない。ゆっくり指を動かし続け、やめ、やめ、て、と時枝は呟き続けていた。

 やがて、ふんっと鼻を鳴らして、関根という名前らしき男が時枝を抱いていた手を離した。時枝はバスローブを地面から拾い上げ、関根を無言で見上げてから身をひるがえす。バスローブを羽織って走り出していく時枝の表情が見えた。彼女は頬を真っ赤にし、目元を潤ませて息を弾ませ、恨みがましいような様子でくちびるを噛んでいた。

 十二歳だったローザが目撃した、あれはいったいなんだったのか。

 五月の連休に父と母に連れられて、祖父の別荘に滞在したときのことだ。祖父の別荘は高原にあり、春から秋にかけて庭いっぱいに咲き誇る花々と、瀟洒な建物とが近隣では有名だった。
 女性雑誌の撮影に貸してほしいと頼まれることもあるのだそうで、祖父はそれを自慢にして快く貸し出していた。

 私はモデルなんだから、モデルなんだから綺麗なのは当たり前だ、みたいに言っていた時枝の台詞を思い出してみると、彼女は雑誌のモデル。関根は出版社サイドの関係者だったのか。
 少女にとってはあのシーンはひどく刺激的で、エロティックでもあり、不思議な感じもした。なにが不思議なのかははっきりとはわかっていなかったのだが。

「ああ、関根先生、紹介しますよ。うちの新人です」
「高見ローザです、はじめ……」
「ん? どうかした? はじめまして。関根です」

 大学を卒業して出版社に就職できたのは、祖父のコネがあったからもある。ローザが配属されたのは音楽雑誌の編集部で、新人は使い走り待遇のようなものだ。それでも有名人に紹介してもらうことだってある。関根という四十代くらいの男は演出家なのだそうで、世間一般的には有名人ではないはずだが、顔を見た瞬間にあのときの光景がよみがえってきた。

 ちょうど十年前、祖父の別荘で時枝という名の女に迫られていた関根。二十二歳になったローザには、あの想い出の意味がわかるようになっている。時枝は色仕掛けで関根に接近し、関根はそんな時枝を馬鹿にしたような態度で退けたのだ。

 成長していくにつれて大人の女性向け雑誌も読むようになり、社会人になって出版社勤務になったにも関わらず、ローザは時枝という名のモデルを見かけたことはない。別の名前を使っているのか、すでに仕事をやめてしまったのか、そこまで有名でもないからか。

 演出家といえば一般人に知られるような職業ではないから、関根の存在を知らなかったのは当然かもしれない。ローザ? ハーフ? ああ、高見先生のお孫さん? 上司と話している関根の怜悧に整った顔を見ていると、十年前の追憶が鮮やかな映像のように脳裏に映る。

 たくさんの薔薇が咲いていた祖父の別荘の庭。薔薇が咲いた、と歌っていた男の声、真っ白なバスローブを脱いだ女の白い素肌。その腰を抱いていた関根の手は、愛撫ではなく嬲るような動きをしていた。

「高見先生はお元気ですかな。昔、先生の別荘を借りて撮影をさせてもらったのを覚えてますよ」
「は、はい、祖父はまだ元気ではあるんですけど、創作意欲が減退したとか言ってほとんど隠居暮らしです」
「おいくつになられたんですか?」
「八十歳ですから、隠居したらいいんだよって父なんかも言ってます」
「そうかぁ、久しぶりにお会いしたいな」

 版画家である祖父は、別荘の庭に咲く花々をモチーフにした作品を次々に発表していた。本宅もあったのだが、老齢になってからは別荘で暮らす時間のほうが長くなっていた。

 すると、関根はあの日のことを記憶しているのだろう。ローザがそこにいたことは知らないのだろうが、あのときは……そうそう……などと呟いているのは、時枝の行為までも思い出しているのか。そんな連想をすると、ローザのほうこそ赤面しそうだった。

「ローザさんはハーフってわけではないんだよね」
「そうです。母も日本人なんですけど、祖父の趣味で、父の弟の娘たちもリリーとミモザって名前をつけられています。いとこたちも日本人なんですけどね」
「あなたは美人だから、ローザって名前はお似合いだね。いとこさんたちも美人なんでしょ」
「え、ええ、まあ」
「そりゃあ、あなたのいとこさんなんだものね」

 さらっとお世辞を言ってくれる関根は、時枝を嫌っていたからあんなふるまいをしたのだろうか。現在四十代であろうから、当時は三十代。彼が編集部を辞したあとで調べてみたところによると、関根には結婚歴も離婚歴もない。業界人なんて遊び人ばっかりだとローザでさえも思っているのだから、あのシチュエーションならば美人のモデルと遊ばないほうが不思議だった。

 だから私は子ども心にも、不思議だと思ったんだろうか。仕事が終わって帰宅してから、ローザは十年前の追憶を分析してみる。
当時は子どもだったからか、今でも人生経験豊富でもないのだから、わからない。わからないがゆえに、関根に大きな興味を持つようになった。

 
「バラが散った バラが散った いつの間にか
 ぼくの庭は前のように 淋しくなった
 ぼくの庭のバラは散ってしまったけれど
 淋しかったぼくの心に バラが咲いた
 バラよバラよ 心のバラいつまでも ここで咲いてておくれ
 バラが咲いた バラが咲いた
 ぼくの心にいつまでも散らない まっかなバラが」

 高見先生にお会いしたいと関根に頼まれて、ローザが祖父とコンタクトを取った。祖父と関根の再会が実現したのはそれから一年ののち。祖父が億劫がったせいで遅くなったのだが、その期間にはローザは関根といくらか親しくなれていた。

 十一年前と同じ庭に、ローザはいる。高くて明るい歌声が聞こえてくる。祖父との会話をすませたようで、関根が庭に出てくる。そしたら……時枝さんも出てくるんだろうか……出てきてほしくない、私が……自分の心の動きが自分でも理解できないままに、ローザは関根の前に立った。

「思い出したよ。前にこの別荘を借りたときに、小さな女の子……ってほど小さくもない女の子が、覗き見してたな。あれはきみだったんだね」
「知ってたの? 私だったら……」
「この庭の薔薇には魔力でもあるんだろうか。きみも脱ぐつもりか?」

 脱げというのだったら脱いでもいい、そんなつもりになっているローザに、からかうような声で関根は言った。

「据え膳食わぬは男の恥だなんて言葉もあるけど、僕にはそういう欲望がないんだな。これは一種の病気なんだろ。恋愛感情はなくても女を抱ける男ってのもいるんだけど、僕にはどっちもない。寂しいような気がしなくもないんだな。僕がそんな男だと知っていて、きみは抱かれてみたいと思う?」
「それは……本当のこと?」
「判断するのはきみだろ」

 妖しくなまめかしい薔薇の香りが、ローザの判断力を鈍らせる。関根は十年前にも、その後にもあったのかもしれないこんなシーンにも、同じ表情をしていたのか。薔薇ではなく彼の視線の魔力にたぶらかされてしまいそうな……ローザはからかうように彼女を見つめる関根のまなざしに、ただ、魅入られていた。


END



 


スポンサーサイト



【「I'm just a rock'n roller」21】へ  【FS梅雨物語「あじさい通り」】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

NoTitle

売り言葉に買い言葉・・・。
・・・はしないのが私なのですがね。
基本的なところでシャイなところがあるので。
恥ずかしがりやですね。
こういうシチュエーションでは。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。
LandMさんのご感想って、いろんなふうに解釈できますよね。
コメントをいただくといつでも、ああかこうかと考えて、それがまたいい刺激になっております。

シャイな男性はこんなふうに迫られたらどうするのでしょう?
とにもかくにも個室に行こう、ふたりきりになろう、がベーシックですかねぇ。
こういう迫られ方をしたときはほんとに、一般的には男女でものすごーくちがう反応を示すと思いますので、興味深いです。
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【「I'm just a rock'n roller」21】へ
  • 【FS梅雨物語「あじさい通り」】へ