ショートストーリィ(グラブダブドリブ)

グラブダブドリブ「Love is over」

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グラブダブドリブ


「Love is over」


 ざわざわとお喋りしている声が聞こえてくる。疲れているのか、会話が聞き取れなくて、私は頬杖をついてキリコを見上げた。

「英語で喋ってるみたいよ」
「英語?」
「そう。監督が言ってたじゃない。外国人のエキストラを集めるって」
「言ってたかな。そしたら、私たちとは関係ないね」
「関係はないんじゃない?」

 長く腰を据えてここでロケをするということで、簡易控室のようなものが作られている。プレハブだから夏は暑くて冬は寒いだろうが、冬になる前には撮影も終わるだろうから我慢して、と言われていた。
 控室の窓から外を見ると、キリコが言った通りに、外国人の若者たちがバスから降りてきた。若い欧米人男女が集まっているシーンがあるから、そのためなのだろう。淡い色の髪をして、思い思いのファッションをした二十代男女だ。

「んん、彼、かっこいいな」
「外国人って若いうちはかっこいいよね」
「ヒカル姉さん、見て見て。キリコは彼、タイプだな」
「どの彼? うん、かっこいいかも」

 姉さんと呼ばれてはいるが、キリコは私の妹ではない。二十歳になったばかりの新人女優、カリコ・キリコという奇妙な芸名を持つ彼女は、私の妹役というわけでもないのになついてきて、姉さん、姉さんと呼ぶ。実際に十以上も下なのだから、おばさんと呼ばれるよりはいいだろう。

 窓の外、ぞろぞろ歩いていく外国人の若者たちの中で、キリコがタイプだと言ったのは、ひときわ背の高い金髪の青年だった。あれだったらほんとにいいよね、美形だよね、とキリコと言い交していた日本語がわかったのか、彼が振り向いてウィンクした。

 寒くなる前には撮影は終わるとの約束は守られて、十一月にはクランクアップした。映画完成のお祝いを内輪でやるというので、私もちょっとだけ顔を出すつもりで、パーティ会場に出向いた。
 主催者は監督になっているが、姿は見えない。親しいひとはまだ来ていないのか帰ってしまったのか、こんなだったら私も帰ろうかと思っていたら、薔薇の花が差し出された。

「レディ・ヒカルっていう薔薇」
「ええ? そんなのあるの? あなた……」

 ストロベリージャムのようなこっくり深い紅い薔薇を差し出しているのは、あのときの金髪青年だった。

「あなたってエキストラじゃなかったの? 俳優ではないよね」
「バイトだけど、監督の秘書だとかって女性に気に入られて、このパーティにも出ろって言われたんだよ」
「日本語、うまいのね」
「俺はイタリア語と英語とフランス語とドイツ語とラテン語と日本語と……」
「どこの国の人間?」
「両親と姉妹はイギリス人だよ。俺は国際人」

 群を抜く長身、見とれたくなりそうな美貌、月並みな形容ではあるが、ギリシア神話の男神のような筋肉質のボディ。彼はジェイミー・パーソンと名乗った。

「大学生? 留学生かしら」
「ガキのころにも日本にいたことがあって、こっちに知人もいるんだ。今はアメリカの音大に通ってるんだけど、ちょっとさぼって遊びにきてたんだよ。仕事もあったし、宿もあったからそのままずっといる」
「いくつ?」
「あなたよりは十くらい下でしょ」
「そんなはずないじゃない」

 年齢は秘密にしているので、鴇田ヒカルは二十代だと世間では信じられているはずだ。ジェイミーは十代には見えない。ジェイミーは薔薇をもてあそびながらにやっとした。

「二十一だよ、俺は。十は離れてるでしょ」
「五つくらいよ」
「そういうことにしておきましょうか」
「……」

 にやにやと言われて腹が立ってきたので、その場から離れた。映画の主演女優がただのエキストラにからまれているというのに、誰も救いの手も伸べてくれない。本来だったら私に話しかけられる身分でもないこんな坊やのひとりやふたり、まちがえて話してしまったとしても、簡単に撃退できるのに、そうできなかった自分にも腹を立てていた。

 早足で歩いていても、ジェイミーはついてくる。私も長身だが、イギリス男には身長はかなわない。そんなにも背が高くないほうがいいのでかまわないのだが、見上げなくてはならないのも腹立たしかった。

「監督の秘書って、丸山かな」
「そんな名前だったかな」
「キミの今の宿って、あの女のマンション?」
「だとしたら妬ける?」
「……生意気なガキ」
「その台詞、ぞくぞくするなぁ」

 どうしてこんなに腹立たしいのだろう。この場では言えないが、本当に十も年下のエキストラ。顔が綺麗なだけのガキを相手に腹を立てている私が悔しくて、ひっぱたいてやりたいのを我慢するのがつらかった。

「俺は別に、誰のものにもならないんだから、あなたのことも抱いてあげてもいいよ」
「……抱いてほしいってキミが言うんだったら、私が抱いてあげてもいいよ」
「ああ、いるね、そういうことを言いたがる女って」
「あんたねぇ……」
「なに? 殴ってもいいよ」

 ホテルの広間からは出て、人気の少ない廊下を歩いていた。ここまでは一般の客は入ってこられないが、マスコミ人種がうろついている可能性はある。こんなところで外国人の若い男といさかいを起こしていたら、目立ってしようがない。我慢を続けて歩き続けた。

「ああ、あなた、タクシーを呼んで」
 むこうから来たホテルの制服姿の女性に声をかけると、彼女は立ち止まった。急に声をかけられて驚いたのか、彼女が返事をする前に、ジェイミーが言った。

「タクシーじゃなくて、部屋を用意して」
「え……は……あの……」
「いいでしょ、マイハニー?」

 あろうことか、私はうなずいてしまったのだった。

「Love is over 悲しいけれど
 終わりにしよう きりがないから
 Love is over ワケなどないよ
 ただひとつだけ あなたのため」

 業界のパーティで、バンドが古い歌を演奏していた。
 二度か三度、ジェイミーとは寝た。別れたときにも悲しくもなかった。私の世界にさりげなく入ってきたジェイミーは私の知人とも知り合っていて、このごろあいつ、見ないわね、と呟いたら、海外に行くって言ってたよ、と誰かが教えてくれた。

 それだけの仲だったジェイミーは、今やグラブダブドリブとかいうロックバンドでスターになっている。あのころ、私を慕っていたカリコ・キリコも三十歳をすぎて、スター女優になっている。ジェイミーもキリコも私とは生息地がちがってしまったから、会うこともなかったのに。

「紹介するよ、ジェイミー、鴇田ヒカルさんだ。ほら、「輝くために」ってテレビドラマで……」
「俺はテレビドラマは観ないんだけどね」
「知らないのか? 相当に視聴率がいいんだぜ。あのくらいは観ておかないと。うん、ま、でも、忙しいもんな。鴇田さんはヒロインの母親役、かっこいいシングルマザー役のベテラン女優さんだよ」
「はじめまして、ジェイミー・パーソンです」

 愛想のいい微笑を浮かべて頭を下げるジェイミーは、当時の私の年齢になっているのだろうか。すこし恰幅がよくなったが、若々しさは変わらない。私が抱いてやったあのころと比べれば、大人になったのはまちがいないが。

「はじめまして。ご活躍でいらっしゃるのね」
「まあね」

 この白々しい微笑は、とぼけているの? それとも、本当に忘れてしまった? 今までに何人の女と寝たの? と尋ねたら、数えきれないほど、と答えた二十一歳のジェイミーの表情と同じだ。あの台詞も嘘ではなかったのだろうし、あれからだってもっともっと、何人もの女と寝たのだろうし。

「あたしはあんたを忘れはしない
 誰に抱かれても忘れはしない
 きっと最後の恋だと思うから」

 こっちだってあんたのことなんか忘れたわ。最後の恋……そんなのお笑い沙汰。ただ、ジェイミーを見ていると、若かったころが思い出されるだけ。今のキリコのようなトップ女優だった私は、年齢を偽ってはいても、あのころはたしかに若かったから。
 
END







 
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~ Comment ~

NoTitle

ふふ。ジェイミーったら罪な奴。
こんな切ない思い出を残して行ってしまうなんて。
しかも再会・・・
まあ、はじめましてで良いのかもしれませんね。
あ、結構読み逃げしつつ、このシリーズもつまみ食いさせていただいています(^^;)

けいさんへ

いつもありがとうございます。
グラブダブドリブショートは基本、英語タイトルですので、英語はまったく解さない私が……お恥ずかしい限りですが。
変なことを書いている可能性はおおいにありますので、お気づきの点はご指摘くださいね。

ジェイミーは三十歳ぐらいで結婚するまでは、女友達、セフレ、モトカノ、学校友達、幼なじみ、仕事仲間などなどなどなど、女たちと入り乱れてつきあっていましたゆえ、どの女とベッドに入ったのか、どの女とは友達でしかなかったのか、を本気で忘れています。

そんな男は現実だといやですが、どうも私は、自分の書くフィクションの男はこういうタイプがお気に入りなのですね。なぜかジェイミーは大好きで、困ったものです。
うむむ、しかし、こんな奴が現実にいたとしたら、近づきたくありませんが(^-^;
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