ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「り」

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フォレストシンガーズ

「理性の"り"」


1・章

 ロックが歌えないとつまらないと思っていた時期もあるが、売れてくると気持ちも楽になってきた。フォレストシンガーズにはロックナンバーと呼べるほどの曲はないが、ソフトロックに近い歌だったらいいかな、などと相談もしていて、章、曲を作れよ、と言われるのが嬉しい今日このごろ。

 ハードロックのほうが好きだけど、ソフトなロックだって作れなくはない。アレンジ次第で曲調ってのはどうにでもなる場合もある。アルバムに収める曲を頭の中で作りながら、俺は夜の街を歩く。

 ライヴツアーで訪れたはじめての街だ。俺は旅好きでもなく、歌えるから、仕事だから旅をするのだが、はじめての街には探求心だって起きる。本日、この街にたどりついてリハーサルをすませ、ライヴは明日の夜なので今夜は自由時間だった。

 予想よりも都会だな。どこに行こうかな。ライヴハウスがないだろうか。好みに合うロックを聴いてすこしだけ酒を飲んで、ひとりの夜はそんな感じがいい。

 そのつもりで入った小さなライヴハウスで聴いたバンドは下手だった。
 下手だからといってそれだけで拒絶するつもりはないが、俺の感性がいやがっている。駄目だ、これは。出よう、演奏の途中で腰を上げようとしたら、綺麗な女の子の咎めるようなまなざしにぶつかった。

 音楽は失敗だったからこっちにしようかな。
 帰りかけていた足を方向転換して、彼女のほうへと歩こうとする。と、別のまなざしにぶつかった。え? なんだってこんなところにおまえがいるんだよ?

「おまえのしたいことはお見通しだよ、章。明日も仕事なんだからさ」
「幸生……」
「そういう節操のないことはしないの」
「あ、あっ、ああ」
「一緒に帰ろうね」

 こんなところでフォレストシンガーズの三沢と木村が口争いをしていると知られたら、いいネタにされそうな。俺たちもそのくらいには有名になってきた。だから言えなくて、幸生に従う。けれど、本当は言いたくてしようがない。
 ナンパはやめておけって、おまえにだけは言われたくないんだよ、三沢幸生!!
 

2・幸生

 三沢さんの好きな食べ物は? 当たり障りもない質問だからだろう、よく訊かれる。甘いものは嫌いだから、スイーツも和菓子も甘い酒も甘い味つけの料理も好きではないが、俺には特に大好物ってのもないような。

「これ、好きでしょ」
「おー、美江子さん、さしいれを持ってきてくれたんですか? うわっ、これ、好き」

 宇都宮市でのライヴがあって、当地出身の美江子さんは実家に里帰りしていたらしい。昨夜は夫も連れてお母さんやお父さんとすごしたのだそうで、本橋さんの居心地はどうだったのかな? なんて、独身男としては未経験のことを想像してしまう。

 本橋さんの居心地はともかく、美江子さんがお母さんとふたりで作ってくれた家庭料理を持ってきてくれたのだ。うまそうな色の肉じゃががタッパーに入っていた。

「う、うまい」
「これ、前に幸生くんのお母さんが教えて下さったレシピ通りに作ったんだよ。父も母も、これはおいしいって言ってたわ。本橋くんも、ああ、この味、なつかしいな、なんて言ってた」
「うちのおふくろの味ですか。うまーい」
「幸生くんもなかなか……」

 マザコンだね、と言いたいのかもしれないが、味に関しては男はマザコンだ。母の味で育ったのは幸せなんだと開き直って食べていると、箸が止まらなくなってきた。

「ん? あ、シゲさん、おはようございます」
「……いかにもうまそうだから気持ちはわかるけど、おまえ、よく食うなぁ」
「……はい、よく食います」

 ホールの楽屋にやってきたシゲさんに、観察されていたらしい。
 気がつくと大きなタッパーの肉じゃがが三分の一近く減っていた。なのだから言われてもしようがないが、シゲさん、よく食うな、とだけはあなたには言われたくないんですけど。


3・繁之

 合唱部の夏の合宿では、二年生が一年生を指揮しながら準備をする。到着した合宿所全体の掃除をしたり、厨房に食材を運び込んだり、楽器や楽譜を整理したりもする。

 今年は俺たちが二年生になったから、はじめて合宿にやってきた一年生たちにいろいろと教えながら、片づけをしていた。そうしていると、男子たちの部屋で女子の声が聞こえてくる。女子部の部屋とは離れているのだが、なにか用事があったのだろう。気にしないで俺は俺の仕事を続けていると、三年生の先輩が言った。

「私たちの部屋の布団、湿ってるんだよね。干したいんだけど重いの。本庄くん、手伝ってくれない?」
「いいですよ」

 この海辺の所在地である市が管理している建物なのだから、合宿所を担当している職員がいる。そのひとたちが事前の準備はしてくれているはずだが、各部屋の布団を干してくれているのかどうかは知らない。俺たちは去年だって今年だって布団が湿っているとは気にもしなかったが、女性は清潔好きなのだから干したいのだろう。

「だったら私たちの部屋もお願い」
「布団干せたら気持ちいいよね」
「合宿所の布団って古いから重いのよ」
「本庄くん、私たちの部屋のもね」
「……そんな干し方、駄目っ!! こうするんだよ」
「あーあー、不器用だね」

 文句を言われながらも、あの部屋もこの部屋もと頼まれて、何枚の布団を運んだだろうか。干せるスペースがなくなってしまったのでようやくおしまいになって、俺は自分の部屋に戻って畳に伸びた。

「なにやってんだよ、おまえは」
「……布団干し」
「知ってるけど、俺たちの部屋の掃除もろくにしないで」
「この部屋の布団も干すか」
「そんなもん、どうでもいいよ」

 寝そべっている俺を見下ろしているのは、小笠原英彦だった。

「女に頼まれるといやとは言えないんだよな。軽いんだよ、おまえは」
「……そうかなぁ」

 布団は重かったぞ、と言うのはつまらないギャグであろう。この場合、軽いと言われるのは適切なのだろうか? 精神的軽さにかけては俺はおまえにはかなわないのだから、ヒデ、俺はおまえにだけは軽いと言われたくないんだよ、と言い返してもいいものなのだろうか。


4・英彦

 誰かが言いつけたらしくて、男子合唱部キャプテンの金子さんに呼び出されて説教されていた。
 そこに入ってきたのは二年生の本橋さん、本橋さんは四年生の金子さんに丁重に挨拶してから言った。

「取り込み中ですか。俺は出直してきましょうか」
「いや、いいんだよ。本橋、おまえからも小笠原に言ってやってくれ」
「なんですか。小笠原はなにをやったんだ?」
「喧嘩です」
「この場合、やむをえなかったのかもしれないが、話し合いで解決するってことをやってみなくちゃ」
「なんの理由で?」

 街を歩いていると、男子高校生が三人、団子みたいに固まってむこうから歩いてきた。そいつらのゆく手にはおばあさんがいて、ゆっくりゆっくり歩いていた。危ないな、と思って見ていると、案の定、高校生はおばあさんに罵声を浴びせ、軽く押したりもした。

「とろいんだよ、ばばあ」
「邪魔だっての、どけよ」
「ばあちゃんがそんなところにいるから、当たるんだろ」

 それで頭に来ない俺ではない。そこに割って入り、おまえら、文句あるんだったらかかってこい、と言ったのだ。ひとりが俺に殴りかかってきたので足払いをかけてやり、それから短時間だけバトルをやったのだが、なぜか彼らはじきに逃げていった。

 悪いことに大学の近くだったから、合唱部の女の子に目撃されていたらしい。誰だかは知らないが、その子が金子さんに密告したらしいのだった。

「そっかぁ、すると、高校生は小笠原が強いから逃げたんだな。おまえ、けっこうやる……いえ、短慮に喧嘩なんかしちゃいけないぞ。金子さんが言われる通りだ。まずは話し合いだろ。話せばわかるはずだよ」
「はい」

 不満でいっぱいになって、だけど、本橋さんも先輩なんだから言えないよなぁ、噂によると本橋さんだって、と思っている俺の心の台詞を、かわりに金子さんが言ってくれた。

「どうも本橋にはあまりにもふさわしくない役割だったな。本橋、小笠原はきっと考えてるよ。本橋さん、あなたにだけは言われたくないきに、ってさ」



5・真次郎

テレビには小さくて可愛らしいおばあちゃんが写っている。俺はもう長いこと、祖父母には会っていないなと思う。通常、人には祖父母は四人いるもので、俺だって例外ではないのだが。

 父も母もきょうだいが多く、下のほうだ。きょうだいが少ないとか末っ子だとか長男、長女だとかいうのではなかったら、親はそれほど目をかけないものだと、少なくともうちはそうだったと両親ともに言うので、俺は子どものころから祖父母とはほとんど触れ合ってこなかった。

 それでも想い出はある。
 小学生のころ、兄たちに連れられてスキーに行った。双生児の兄たちは高校生で、両親は兄たちに俺を託すのにはなんの心配もしていなかった。

「それよりはおばあちゃんよ。おばあちゃんに気をつけてあげてね」
「わかったよ」

 そのときに同行したのが、父方の祖母。けっこうな高齢の祖母がどうしてついてきたのかは知らないが、とにかくついてきた。四人で民宿に泊まることになって、母は祖母を心配していた。

 例によって兄たちは俺を鍛えるのだと張り切っていて、いつもと同じに手荒に扱われていた。兄たちは空手家なのだが、水泳もスキーもうまい。器械体操やフィギュアスケートなどは無理だろうが、たいていのスポーツは得意だ。
 俺だってスポーツが苦手ってわけではないのだが、急にスキーをやれと言われてもできるはずもない。そうそう、思い出した。

 父方の祖母はスキー好きで、若いころにはいい腕前だったのだそうだ。彼女の夫である祖父はインドア人間でスポーツは嫌い。俺たち兄弟がスキーに行くと聞きつけて、ならば私も、と言い出したのだそうだ。

 色鮮やかなスキーウェアをまとったおばあちゃんは、兄たちに苛められている、もとい、遊ばれている、もとい、からかわれている、もとい、鍛えられている俺を見て言っていた。

「エイちゃん、ケイちゃん、そんなに弟に荒っぽいことをするもんじゃないわよ。そういうやり方じゃスキーは教えられないの。やめなさい。おばあちゃんが教えてあげるから。シンちゃん、むこうに行こうね。あんたたちはふたりでやってなさい」

 優しく言って祖母は俺を別の場所に連れていき、優しくスキーを教えてくれた。
 兄たちにどんなに手荒に扱われても、いつだって誰も守ってくれなかった。俺だっていたいけな子どもだったのだから、生まれてはじめて守ってもらって感激だった。その数日間、祖母に優しく丁寧に教えてもらったおかげで、俺のスキーは上達したのだった。

 あたたかな事務所の中で、テレビの中の雪を見ている。スキーを教えてくれたおばあちゃんは、俺が二十歳になる前に逝ってしまった。
 雪国のおばあちゃんらしい、白い髪の老婦人が白い景色の中にいるのを見ていると、なんだか目の前がぼーっとしてきた。と、うしろで乾隆也の声がした。

「へぇぇ、おばあさんを見て泣いてるのか? へぇぇ……意外に……」
「なんだよ」
「シンちゃんもグランマ・コンプレックスのケ、あるのかな」

 おまえにだけは言われたくないんだよ、嬉しそうに言うな。


6・隆也

「だからさ、乾さんだろ。今さら言うまでもないけどね」
「言うまでもないけど、なんでなんだよ?」
「そりゃあさ……」
「そりゃあ?」

 まだ誰も来ていないだろうと思ったら、楽屋の中から声が聞こえる。似たタイプの年齢よりも幼く高い声、今さら……と言ったのは章で、答えているのが幸生だった。

「章が女だったら、と考えてみたらわかるだろ」
「俺が女だったら?」
「そうそう、ユキちゃんが女の子だったら……きゃあん、そりゃそうよ。きゃっきゃっ」
「気持ちわりいんだよっ、とも言うまでもないけど……俺が女だったら……」

 章が女だったらなんだというのだ? 中に入っていくと会話がとぎれてしまいそうだから、立ち聞きしている。ガキのころにもこうやって、祖母とお客の会話を立ち聞きしていたなぁ。

「わかんねえよ」
「章って想像力、ないよね」
「おまえほどには変な方向への想像力はないよ。そんなもん、なくてもいいよ」
「いやいや、想像力ってのは大切だよ。詩を書くにはたいへんに大切だし、曲を書くにも必要だろ。なあなあ、章って作曲するときに鼻歌でやる?」

 話が別のほうへと進んでいるようだ。

「俺は作曲は得意じゃないから、やるとしたらいつもギターだったんだけど、ギターやピアノだとワンパターン化するんだよな。鼻歌のほうが決まりきった形にならなくていいって言ってたソングライターがいたよ」
「俺は最近、パソコンとソフトを使ってやってみたりもしてるんだ」
「パソコンソフトか。使い勝手はどう?」

 作曲話が佳境に入っていったところで、ドアを開けた。
 こんにちはーっ、乾さん、とふたりが声をそろえる。高く綺麗な声が見事にハモる。俺がドアの前まで来たときの会話はなんだったのか。乾さん、と聞こえたから気になるが、立ち聞きをしていた手前問い質せない。探る方法はないものかと考えていると、章が言った。

「つまるところ、乾さんって顔も悪くないから、そのせいもあるのかな」
「うん、悪くはないよね。そのせいもあるんだろうな」
「顔のいい男は得だね」

 なんだなんだ? 俺の顔がいいって? 章、おまえにだけはそれを言われたくないんだけど……と言っていいものかどうか、俺の顔なんておまえと較べればごく凡庸だろう、と言うべきなのかどうか。
 そして、俺の顔がいいからってのが先の会話とつながっているのならば、乾隆也がもてる要因は? とでもいうような話だったのか。それだってはっきり聞いたわけでもないのに口にできない。胸の中でもやもやもやっの靄が渦巻いていた。

END




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~ Comment ~

NoTitle

お久しぶりです!ブログリニューアルされたんですね。紫陽花が涼しげで暑さが和らぎます(^^)
久しぶりにフォレストシンガーズのお話読んでなんだかほっとしました。
章くんは相変わらず女の子大好きなんですね(笑)章くんと幸生くんは女性の趣味が似てたりするんでしょうか?
シゲちゃんお布団干してって頼まれてそのまま請け負っちゃってる姿が目に浮かぶようです(笑)そういうシゲちゃんすごく好きです(笑)
ヒデちゃんは正義感強いですね。男らしいっていうか、喧嘩っ早いというか(^_^;)でも最近の男性にもこういう部分足りない気がして見習ってほしいですb
そしてみんなお互いにお前だけには言われたくないって思ってるんですね(笑)なんだかんだで仲良しでバランスが取れたメンバーだと思います♪

たおるさんへ

コメントありがとうございます。

アキユキは女好きです。はい(^o^)
以前に読者さまのおひとりから、「そんなことぱかりしていると地獄に落ちる」と言われましたが、きっとそうでしょう。
でも、今どき、女に興味ないという男性もいるそうですから、女好きは人類の発展のためには大切かと……かな?

シゲのこの人の好さも他人のためにはなると思うのですが、ヒデは行き過ぎてはいけませんね。彼がいつか刑務所に入るのではないかと、シゲは心配しています、

バランスが取れた仲良しメンバーと言っていただけると嬉しいです。
現実では三十代の男性たちのグループがどうなのか、実態は知りませんが、物語でくらいはこういうのもいいですよねぇ。
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