別小説

ガラスの靴6

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「ガラスの靴」

6・拒絶

 尊敬する部分は無尽なほどにあるが、アンヌには友達が大勢いるというのもそのひとつだ。ロックバンドのヴォーカリストという職業柄、アンヌの生活は不規則ではあるが、身体は丈夫にできているらしくて、産休だって短かった。専業主夫の夫がいるので育休もほとんど必要なく、じきに仕事に復帰して弱音も吐かずにがんばっている。

 今夜も夜中に、アンヌは友達を連れて帰宅した。結婚してからはたびたび友達をマンションに連れてくるのは、可愛い夫の僕と、同じくらい可愛い息子の胡弓を自慢したいからもあるのだろう。

「売り出し中の作曲家、三隅斗紀夫」
「こんばんは、お噂はかねがね」
「はじめまして、笙でーす」

 音楽関係者にだって美形じゃない男女はいるわけだが、アンヌは面食いだから友達だって顔で選ぶ傾向がある。斗紀夫くんはアンヌの友達には珍しく、流行とはかけ離れた顔をしていた。

 やや太目でやや低身長。アンヌの異母弟、貞光に似たタイプだ。アンヌは弟は大嫌いだそうだが、それでも親しみを感じて斗紀夫くんと親しくなったのだろうか。二十八歳だという斗紀夫くんは、このたび、彼が作曲したアイドルソングがはじめてヒットしたのだそうだ。

「トキオ・ミスミってペンネームなんだよ。作曲家もペンネームでいいんだよな」
「いいんじゃないかな」
「ついこの間までサラリーマンやってたんだけど、やっと会社をやめたんだよね」
「まだ作曲で食べていかれるかどうかは不明だけど、背水の陣を引いたんですよ」
「笙、おまえ、背水の陣って知ってるか」
「アンヌが教えてくれるから、そんな言葉もいろいろ知ったよ」

 手早くこしらえたおつまみを並べて三人でウィスキーを飲んでいると、斗紀夫くんが驚いた顔になって尋ねた。

「おまえって、アンヌさんはいつも笙さんをそう呼ぶの?」
「そうだよ」
「……で、笙さんって専業主夫なんだよね」
「そうだよ。斗紀夫くん、僕は年下なんだから、笙って呼んで」
「新鮮な夫婦だなぁ」

 近所の主婦あたりは、男なのに主夫? 新垣さんのご主人って働いてないの? 主夫ってかヒモなんじゃないの。あの顔だったら、あの奥さんだったら、ああいう変わったのもあるのかもね、と噂する。アンヌの収入がいいおかけで高級マンションに住んでいるので、噂は少ないほうだ。

 都会の金持ちには、こっちに迷惑かけないんだったら好きにすれば? のスタンスの人間が多い。アンヌの実家みたいな……なんだっけ? 因循姑息というか、固陋というか、の慣習にはとらわれていなくて、僕には都会のほうが暮らしやすいとつくづく思う。

 その上にアンヌの友人は音楽関係者が大部分だ。そういう人種は新しいものをよしとするから、アンヌの故郷とは真逆だ。僕にとっては斗紀夫くんの感想のほうが新鮮だった。

「斗紀夫さんは彼女はいるの?」
「いない」
「彼氏がいるとか?」
「僕はゲイじゃないよ」
「ゲイに偏見はある?」
「別にないけど、僕は男と恋人同士にはなりたくないな」

 そのあたりが一般的な男の感覚だろう。僕だってアンヌの仕事仲間の吉丸さんは好きだが、吉丸さんの事実上の妻、彼の息子の継母、ただし男、である美知敏のかわりにはなりたくない。
 そういったごく一般的な男であるらしい斗紀夫くんと、次に会ったのは日曜日の繁華街。アンヌは土日に休むような職業ではないので、仕事に出かけている。胡弓は孫を預かるのが大好きな、僕の母に預けてひとりでショッピングをしていた。

「……斗紀夫くん、お、美人」

 むこうは僕に気づいていないが、斗紀夫くんがいた。ガラス張りの喫茶店の中で、綺麗な女性と向き合って真面目な顔をして話をしている。気になって見つめていると、目が合った。斗紀夫くんが僕を見ているのに気づいた連れの女性が、彼の視線をたどって僕に気がついた。

「え? 入ってこいって? いいの? 僕に話したいことでもあるの? 来いって言うんだったら行くけどさ……あれ? そっちから出てくるの?」

 まごまごしているうちに、斗紀夫くんと彼女が店から出てきてしまった。ヒールの高いパンプスを履いているので斗紀夫くんよりも背の高い、プロポーションのいい美人が僕に挨拶してくれた。

「斗紀夫くんとは前に同僚だった、菅野と申します」
「こんにちは、僕、笙」
「ここではなんだから、よそに行きません? 笙くんって斗紀夫くんとは仲良しなんでしょ。客観的な意見が聞きたいんです」
「仲良しだよ。いいよ」

 一度は僕がおもてなしをしたのだし、アンヌの友達は僕の友達でもあるという主義なので、仲良しなのはまちがっていない。斗紀夫くんはぶすっとしていて、菅野さんがこっちへと、僕らを促した。

 よその店へと向かう道々では、私、いくつに見える? 三十五くらい? そう……うん、笙くんって正直だね、などという、よくある会話やら、へぇ、笙くんって主夫なの? いいご身分ね、おかげさまで、とのいやみな会話やらをしていた。

「ここならいいかな。この店だったら他人の会話は他の席に聞こえないのよ。夜にはけっこう混むんだけど、昼間だったらすいてるね。笙くん、聞いて」
「いいよ」

 ついこの間、斗紀夫くんは会社をやめて専業作曲家になったと先日、僕んちに遊びにきたときに聞いた。同じ専業でも主夫と作曲家じゃ……そんなにちがうかな。焼き肉の煙と煙草の煙の差くらいじゃない?
 差はどうあれ、斗紀夫くんと菅野さんは前の会社で親しくしていた。つまり、つきあってたってことなのだろう。

「授かったの」
「……できちゃったってやつだよ、きみらと同じだね」
「笙くんたちもそうなの?」
「そうだよ。アンヌが妊娠したから結婚したんだ」
「アンヌさんから授かったって聞いたとき、笙くんはどう思った?」
「びっくりしたかな」

 あのころ、僕はアニメ専門学校の学生だった。二十歳にもなっていない僕が彼女からできちゃったと聞いて、他になにを考えられただろう。

「あとはアンヌがいろいろ決めてくれて、僕の親にも挨拶しにきてくれて、結婚したんだ。アンヌはどうしても生みたいって言ってたし、アンヌはロックバンドでプロになるって決まってたから、そうしているうちにじわじわ嬉しくなってきて、胡弓が産まれたときには最高に嬉しかったよ」
「そういうものでしょ」

 力強くうなずく菅野さんの横で、斗紀夫くんはただただぶすっとしていた。

「男性は子どもを授からないと、結婚する気にならないものなのかもしれない。斗紀夫くんだってまだ二十代なんだから、結婚は早いと思っていてもしようがないのよ。だけど、授かったら結婚するべきじゃないの?」
「そうだね。産むんだったらそのほうが、子どものためにはなるよね」
「笙くんって意外と常識的ね。専業主夫をやってる男なんて変人かと思ってたけど、斗紀夫くんよりはまともだね」
「……ってことは、斗紀夫くんは結婚したがってないの?」

 もう一度、菅野さんは強くうなずき、斗紀夫くんが暗い声で言った。

「はめられたんだよ」
「はめられたとはひどい言いぐさね」
「菅野さんは黙ってて」
「眸って呼んでよ」
「菅野さんは黙ってて。笙くんに僕の言い分も聞いてもらうんだから」

 この態度を見ていると、このふたり、つきあってたんでもないのかなと思えてきた。

「僕ははっきり言って不細工だよ。こんなルックスなんだからもてない。それでもいいと思ってた。僕には作曲家になるって夢があるんだから、彼女なんかいなくても、結婚なんかできなくてもいいつもりだった。結婚したいとも思ってなかったんだよ」
「私は斗紀夫くんの夢を応援してあげるって言ったじゃないの」
「それ、青田買いともいうよね」
「そんなんじゃないよ」

 つめたい目で菅野さん、菅野眸というらしい彼女を一瞥して、斗紀夫くんは続けた。

「僕の書いた曲がCDになると決まって、お祝いに寝てあげるみたいに言われて、寝るだけだったらいいかなと思って軽い気持ちでベッドをともにしたんだ。それからも何度かは彼女と寝たよ。彼女のほうだって遊びだと言ってたから、僕は欲望処理にすぎないつもりだった。僕にも落ち度はあるって認めるよ」
「だったら、責任取りなさいよ」
「菅野さんの策略で妊娠したんだろ。原因を作ったのは僕なんだから、責任は取るよ。出産費用の負担はする、認知もする、それでいいだろ」
「この子を父親のいない子にするつもり?」
「認知はするって言ってるでしょ」

 うわうわうわ、僕にはむずかしすぎる。
 胡弓を想うと、菅野さんのおなかの中にいる子どもがかわいそうだとの気持ちも起きる。けれど、本当に策略だったのだったら、そんな女と結婚したくない斗紀夫くんの気持ちもわかる。どっちとも言えなくて、僕は向かい側にすわった菅野さんと斗紀夫くんを見比べていた。

「笙くん、私って魅力的よね?」
「見た目は綺麗だね」
「中身だっていいはずよ。学歴もあるし、英語も得意なの。職場では総合職だけど、結婚したら作曲家の斗紀夫くんのサポートに徹したっていい。こんな素敵な奥さん、斗紀夫くんだからこそ手に入れられるのよ。あなたの才能がものを言ったんだから、喜びなさいよ」
「僕は結婚はしない」
「頑固ね。笙くん、なんとか言ってやって」
「……うーん」

 こんなとき、アンヌはなんて言うんだろう。自然に妊娠してしまっているのならば、わが身と引き比べて菅野さんに同情し、結婚しなさいと斗紀夫くんに命令するかもしれない。
 だが、斗紀夫くんが言っているのが本当だとしたら、菅野さんに対して怒るかもしれない。

 妊娠ってのは女のひとにしかわからないことで、深く深く考えれば、菅野さんのおなかにいる子が斗紀夫くんの子どもだとも決まっていないわけで、もっと言ったら、DNA鑑定なんかしていないのだから、胡弓だって僕の子だとは断定できないわけで。

「やだ、そこまで考えたくないよ。僕はアンヌを信じてる。アンヌを愛してるんだ」
「笙くん、いきなりどうしたの?」
「僕にはわからないから、ふたりで決めて」

 ちょっと待って、と言っているふたりの前から、席を立った僕はふらふら歩き出した。これ以上ここにいたら、とんでもないことまで想像してしまう。
 聞きたくもない相談を聞いてあげたのだから、なんの結論も出てはいないけど、この店の勘定はおごってもらおう。

つづく





 
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~ Comment ~

NoTitle

む~、この斗紀夫と菅野さんの話を聞いてると、イラッとしてきますね。
まったく自己中で、責任感とか倫理観とかが欠如してる。
こんな話を聞かされる笙も、気の毒に・・・。
しかし、笙の周りってこんな変な人たちばっかりなのでしょうか。
笙夫婦が、すごくまともに見えてくる・・・。
ガラスの靴という、なんとなくメルヘンな清純なイメージとは離れていくような気もしますが、逆にそこに何かあるような気もしてきます。
とにかく笙君、こんな二人にはもう関わらないほうがいいですよ><

limeさんへ

いつもコメントありがとうございます。

いやぁ、変な奴ばっかりと言っていただけると嬉しいです。
変な奴でもあり、いやな奴でもありますよね。
私が描くといやな奴がコミカルになる、笑える、というご感想をもらうのもしばしばですので、ほんとにいやな奴が書きたいなぁと。

笙とアンヌも決してまともではありませんが、周りがかなり異様ですから、フツーに見える傾向はあるかもしれませんね。

責任感、倫理観がないとおっしゃるのは、斗紀夫のほうでしょうか、相手の菅野のほうでしょうか?
両方ですかね?

もっともーっとアンモラルなストーリィが書きたいのですけど、自分でも書きたくない限界もありますし、むずかしいですよね。

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