ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「ち」

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フォレストシンガーズ

「散りぬるを」


 すねたりふくれたりして子どもみたいになった私を、金子さんはよくこの店に連れてきてくれた。
 恋心でいっぱいになって、そんな気持ちを口にはできなくて喧嘩を売る私を、金子さんはおおらかに受け止めてくれた。たったひとつしか年上じゃないのに、大人だったのは妹を同じように扱ってきたから?

「放送部の部室はどこですか」

 入学したばかりの大学のキャンパスで声をかけた先輩、きみの声は綺麗だね、合唱部に入らない? って勧誘されて、私は彼にひきずられていった。そのくせ、放送部にも未練があった。なぜなら、私が犬山の高校を卒業して東京に来たのは、女子アナになりたかったからだ。

 金子さんを引っ張って放送部に行き、キャプテンに金子さんが因縁をつけられたり。
 毅然として金子さんが撃退したキャプテンの、東郷まあちゃんとなぜか私がつきあうことになったり。
 他の男性とつきあっているのに、私の心の中には金子さんがいて、そうと察したまあちゃんが怒って私にきつく当たり、殴られたこともあると知った金子さんが彼に抗議してくれたり。

 愛理ちゃんは金子くんが好きなんだよ、と、もしかしたら金子さんと同年で親しくしていた、服部さんが言ってくれたのかもしれない。誰がなんと言おうとも、金子さんは私を恋愛対象だとは見てくれなかったから、私も好きだとは言えなかった。だらしのない愛理は、なのにいまだに彼を想っている。

 三年前の浅い春、卒業していった金子さんとお別れしてからは、男のひとには目が行かなくなった。まあちゃんとも別れてしまって、つきあってほしいと告白してくれた男性もいるけれど、金子さん以外見えない。もう二度と会うはずもないのに、しつこい愛理。

 ふたりでこの店に入って、金子さんはコーヒーを飲んでいた。俺はケーキってそんなに好きじゃないな、そういえば子どものころにリリヤがさ、と妹の話をしていた、穏やかな表情を想い出す。私はリリヤちゃんに嫉妬しながら、ケーキを食べていた。

 学校に行くためにはここを通らざるを得ないから、店の外観が見えるたびに金子さんを想い出す。私ももうじき卒業だから、それまでは哀しい想い出に浸っていよう。

「うう、腹減った」
「あら、三沢くんだよね。私に聞こえるように言ったでしょ。お金がないの?」
「聞こえました? そんなつもりはないんですよ。女性にごちそうしてもらおうだなんて、三沢幸生はそんな浅ましいことは考えていません」
「女子部とはいえ、私だって合唱部の先輩なんだもの。後輩にはおごってあげるよ。ちょうどケーキが食べたくなってたところだったの。入ろうよ」
「沢田さんがそう言って下さるのなら」

 去年の新入生、三沢幸生くんとは合宿のときにふたりきりで話した。小さくて可愛い顔をしていて、みっつ年下なだけとは思えないほどに幼く見えるから、おごってほしそうにされても当然のような気がする。おなかをすかせた子どもを飢えさせておくなんてかわいそう、というか。彼は金子さんとは正反対なタイプだ。

「ほんとはね……」
「ほんとは?」
「いいの。ケーキ、食べる?」
「すみません。俺、甘いの得意じゃないんですよ」
「そしたらカレーとかハンバーグとかでもいいよ」

 ほんとはね、卒業する前にこの店にもう一度入ってみたかったの。金子さんと入れたら最高だけど、彼には会うことはない。ひとりで入るのは躊躇してしまうから、年下の男の子とだったらちょうどよかった。

「じゃあ、ハンバーグカレーでもいいですか」
「うん、いいよ。私はミルフィユにしよっと」

 ケーキなんか食べると太るなぁ、おごってもらっているのに文句を言う私に、沢田さんはふっくらしてるのが可愛いんだから、好きなだけ食べたらいいんだよ、と言ってくれた。お世辞は言ってくれるけれど、金子さんは私を「愛理」とは絶対に読んでくれなかった。

「沢田さん、もうじきご卒業ですよね。就職は決まってるんでしょ」
「ラジオのアナウンサーになるの」
「おっ、かっこいい」
「ほんとはね、テレビのアナウンサーになりたかったんだけどね」
「ほんとはね、ってそれですか」

 運ばれてきたカレーを前に、いただきまーす、と三沢くんは手を合わせる。可愛いなぁ、こんな男の子を見ていると、私はおばさんになった気分だわ。

 ミルフィユにフォークを入れると、金子さんを想い出す。紅茶を飲むと金子さんを想い出す。あのとき、金子さんはなんと言った、どんな顔で微笑んだ、あの低くて響きのいい美声で、沢田さんは泣き虫で困ったもんだ、と言ったのも、男の暴力を我慢してはいけない、私が悪い、なんて考えちゃいけない、と言ってくれたのも想い出す。

「それでね、本橋さんったらね……」
「本橋くんって……ああ、男子部のあの身体が大きくてがさつっぽい三年生だよね」
「俺のお喋り、うるさいですか」
「うるさくないけど、本橋くんの話よりも乾くんの話が聴きたいかな」
「沢田さん、乾さんがタイプなんですか」
「そうよ。私は乾隆也ファンクラブの会長なの」
「へええ、そんなファンクラブがあるんだ」

 金子将一ファンクラブも作ったのよ。金子さんが卒業してしまったから、次は乾くん。乾さんの話は……えーっと、ああ、そうだ、三沢くんが話しはじめたのを聞いて笑っていても、私の心はじきに遠くへさまよっていってしまう。ふと気がつくと、三沢くんの丸い目が私の心を探るかのように凝視していた。

「ごちそうさまでした」
「もういいの? 出ようか」
「沢田さん、ケーキは?」
「ダイエット中だから半分でいいのよ」

 ダイエットなんかしなくていいよ、と言ってくれたひとはいない。三沢くんは先輩にお節介など焼かない。ケーキを残して席を立ち、支払いをすませると、三沢くんが言った。

「ダイエットだったら食後に歩くっていうの、いいんじゃありません?」
「そうだね。ラジオとはいってもアナウンサーになるんだから、すっきりした身体のほうがいいに決まってるわ。歩こうか」
「俺のお気に入りの場所に案内しますよ」
「うん」

 手、つないでいい? 三沢くんがにっこりする。そういえば合宿でも手をつないだっけ。彼の頬にキスもしてあげた。彼だってもう二十歳になるのだろうに、私には小学生の男の子くらいにしか見えない。はっきり言っては失礼だろうから心でくすっと笑って、三沢くんと手をつないだ。

「ちょっとだけ風が強くなってきましたね。寒くないですか」
「こうして手をつないでるとあったかいよ」
「てへっ、俺もあったかいな。嬉しいな」
「嬉しいの? 三沢くんって好きな女の子とか、彼女とかいる?」
「好きな子はいたんですけど、ふられました。今はちょこっとつきあってる女の子はいますけどね……」
「悩みでもあるの? よかったらお姉さんに話して」

 合唱部の女の子とつきあっているのだと、三沢くんは言う。誰だろう。四年生は一年生とはさほどに交流もないので、見当はつかなかった。

「だけどね、どうしてなのかな。俺は女の子とは喧嘩をしない主義なのに、彼女には苛々することもあるんです」
「どうしてだか自分でわからないの?」
「わからなくもないけど……」

 言葉を途切れさせて、三沢くんは歩いていく。私も黙って一緒に歩く。金子さんとも手をつないだことはあったよね。抱っこされたこともあった。もう一度、金子さんのぬくもりに触れたくて。

「そういうことってあんまり他のひとに話さないほうがいいのかな。ほら、男らしい行為ではないでしょ」
「三沢くんでも、男らしいとかって気にするんだ」
「多少はしますよ」

 そんな奴、男じゃない、なんて言い方を、金子さんはしたよね。私の連想はなんでもが金子さんにつながっていって、心が浮遊していく。三沢くんは途切れ途切れに話し、私は半分は上の空で相槌を打って、ただ、歩いていた。

「うわ、すごい風だ。沢田さん、大丈夫ですか」
「私のほうが身体は大きいんだから、三沢くんこそ大丈夫?」
「その言い方は傷つきますよっ」
「ごめんごめん」

 ほら、あそこ、と三沢くんが指差したほうに、立派な屋敷がある。重厚な木製の塀はケヤキとかヒノキとか? 塀から咲きこぼれているのは桜の花だった。

「今ごろ、桜?」
「ソメイヨシノじゃなくて、早咲きの桜なんですって。乾さんに聞きました。この風で散っちゃうかな」
「散る花も綺麗だよね」

 黙ってしまって、ふたりして花吹雪に見とれていた。
 こうして花が散るように、私の想いも散ってしまえばいい。本当の春が来るころには社会人になって、ぼーっと金子さんのことばかり考えてはいられなくなる。散る花に連れられて、私の未練も綺麗さっぱり散っていけばいいのに。

ERI/22歳/END








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~ Comment ~

NoTitle

タイトルにぴたりとはまって、少し切ない女心のお話でしたね。
愛理ちゃん、まだまだ金子君が忘れられないようで、その思い出と悲しい余韻に浸ってる途中なんでしょう。
女の子って実は、そういう時の自分も嫌いじゃないのかなって・・。

そこに現れたユキちゃんは、愛理ちゃんにとって慰めになったかな?
まったく違う、弟のようなユキちゃんを眺めながら、やっぱり心は金子君。
ん?乾くんのことも憎からず思ってたと?
金子君を忘れるための恋なのかな。
女心は、すぐに散ってしまう桜のように心もとなくて。

私は、「手をつなごう」とか言ってくる可愛い男子にキュンだけどなあ(笑)もう言われないなあ・・・><

limeさんへ

コメントありがとうございます。
愛理(エリ)はあまり女性に好かれる女ではないみたいで、男性にも時々は嫌われる、けれど、金子くんは可愛がってくれた、とそんなふうに描きたかったのですが、ちゃんと書けていますでしょうか。

恋に恋してる自分に酔ってる。
そんなところ、たしかにありますよね。
私も若いときにはそうだったかな……今だったら、恋してる自分なんて気持ち悪いですがv-12

愛理は金子くんにめろめろに恋してて、彼が卒業してしまったので代償行為のように、乾くんのファンクラブを作っていたのです。
彼女、面食いなんですよね。
なのに、たいしてハンサムでもない乾くんに……美形でも男性的な金子くんへの片想いにこりごりして、ちょいと植物的な乾隆也に走ったの……か、な?

手をつなごう、と言う可愛い男の子。
うーん、今の私にだったら、幼稚園児以下しか言ってくれないかも。いやいや、近頃の子どもだったら、私が「おばちゃんと手をつなごうか」と言っても、不審者を見る目で見られて逃げられそうですね。
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