ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FSファンシリーズ「Be my baby」

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フォレストシンガーズ

「Be my baby」

 
 狭いアパートだから、収納場所がきわめて乏しい。このすべてを片づけるとしたらトランクルームでも借りなくてはいけなそうだし、どこから手をつけていいのかわからないし。でも、このまんまだったら彼女に嫌われるだろうか。

 女の子のアイドルに無我夢中というのも、おたくみたいだと軽蔑されるかもしれない。俺の趣味はどうなんだろ。女性の考え方もいろいろだろうから、深く悩まずに誘えばいいのだろうか。

 高校を卒業してフリーターをやりながら、俺はストリートミュージシャンをやっていた。駅前の大きな歩道橋の上で歌ったりするのが、俺の精いっぱいの活動だった。正社員にもなれず、歌で身を立てるなんて夢のまた夢で、学歴もなく収入も少ない俺には、彼女は長らくいなかった。

 諦めたわけでもないのだが、歌は趣味にしておこうかと考えるようになって、二十二歳にして就職した。大学新卒新入社員とはほぼ同い年だから、俺も大学を卒業して就職したのかと思っている同僚もいそうだ。伯父のコネで入社させてもらった家電量販店の配送センターで働くようになって一年、今年の新入社員の中原千絵子に出会った。

「中原さん、俺とつきあってくれない?」
「ええ? 私、高卒ですよ」
「それがどうしたの? 俺も高卒だよ」
「そうなの?」

 千絵子は倉庫のほうの事務員、俺は同じ職場の検査係だ。検査のほうには大卒もいるから、千絵子も俺を誤解していたらしい。

「俺はコネ入社したから、肉体労働じゃない職種に就かせてもらってるんだよ。高卒はいやかな?」
「野村さんこそ、高卒はいやかなって」
「俺は高卒なんだから、大卒の女のほうがつきあうのはつらいよ。だけど、女性は学歴を気にするだろ」
「私はしません」

 大卒女性はいやだというのは俺の本音だが、千絵子の場合は、自分も高卒なのだから仕方ない、だったのかもしれない。理由はなんだっていいけれど、一週間ほど後には千絵子が告白を承諾してくれて、俺たちはカップルになった。

 つきあうようになって約半年、千絵子を俺のアパートに誘おうと思いつつ躊躇している。千絵子は実家暮らしだから彼女の住まいには行けない。はじめての夜はこんな狭いアパートよりも、ホテルのほうがいいのかなぁ。

「野村さんのアパートで、一緒に晩ごはん、食べたいな」
「え……あの、お母さんやお父さんにはなんて言うの?」
「会社の女性の先輩のアパートに泊めてもらうって」
「そっか」

 迷い続けていたら、千絵子のほうから言い出してくれた。こうなったら受けなくてはいけない。俺たちの会社は年中無休で、元旦以外は決まった休日はない。なのだから一日だけ休みを合わせた。千絵子がアパートにやってくると決まった前日、俺は部屋の中を見回してしつこく悩んでいた。

 けれど、今から片づけたって間に合わない。ありのままの俺を見てもらおう。変な奴だと思われてふられるんだったら、それはそれで……そんなことになったら俺はショックで寝込みそうだが。

「へ……ぇ……」
「びっくりした?」

 当日、千絵子を駅まで迎えにいってアパートに伴ってきた。玄関から入ると小さい台所、その奥が居室になっている。そこに足を踏み入れた千絵子は、切れ長の目が真ん丸になりそうなほどに見開いた。

「俺、歌が好きでね」
「歌が好きってのは聞いてたけど……」
「聴くのが好きだったんだけど、高校のときに自分でも歌いたくなった。友達とコーラスグループってのか、ゴスペルグループを組みたくて誘ったんだよ」

 ロックバンドだったらやりたい、と男友達は言う。あたしたちとやらない? と声をかけてくれた女の子もいたが、女の子とはやりにくそうで俺が避けた。

「そんなのばっかりで全然まとまらないままに、高校を卒業したんだよ。俺は歌いたいけど仲間がいない。学生じゃなくなってフリーターになったらさらに仲間なんか見つからない。区の合唱サークルを覗いてみたら、定年退職したあとのじいさんやら、主婦やらのグループばっかりだ。鬱々しながらひとりで歌っているしかなくて、ストリートミュージシャンをやっていたんだよ」

 ひとりで歌うんじゃなくて、グループで歌いたい。フォレストシンガーズみたいなヴォーカルグループを結成してプロになりたい。そう思っていても仲間がいないのでやむなく、ひとりで歌うしかなかった二十歳のころ、外で歌っていたらヤクザみたいな男に因縁をつけられた。

「ショバ代よこせ、みたいな? 俺はびびっちまって固まってたよ。相手は強面のおっさん三人。俺はひとりっきりだ。逃げるしかないのかな、逃がしてもらえるんだろか、どうしようどうしようどうしよう、それしか考えられなかったよ。みっともないね」
「普通はそうでしょ」

 馬鹿にされなかったのに気をよくして、俺は続けた。

「そこに、サングラスをかけた背の高い男があらわれたんだよ。そんなこと、あるんだな、俺の一生で一番、嬉しかったことって言ってもいい。いや、二番目かもな。一番目はチエちゃんが俺の告白にうなずいてくれたことだから」
「……で? その男って誰だったの?」

 ふたりともに照れて口ごもってから、俺は続きを言った。

「チエちゃん、フォレストシンガーズのリーダーは知ってる?」
「このひとでしょ」

 壁の目立つところに貼ってある、フォレストシンガーズのポスターを千絵子は指さす。五人のメンバーの中央にいる黒いシャツの男、本橋真次郎だ。

「そう、このひと。このひとがね、このひとだったんだよ。俺は、もももも……もももも……ってなっちまって、ああ、こんな街の真ん中で本橋さんっ!! って叫んだらいけないのかな、とも思ったから、ももも、ももも、ってさ」
「本橋さんが助けてくれたの?」
「そうなんだ。そのあと、本橋さんがここに来てくれたんだよ」
「そのころからこんなふうだったの?」
「うん」

 こんなふう、俺が千絵子を招き入れるに躊躇した理由だ。
 本棚にはフォレストシンガーズ関連の本が何冊も。フォレストシンガーズのインタビュー記事の載った雑誌やら、フォレストシンガーズ全曲集の楽譜やら、ファンクラブ会報やら。

 CDは半分がフォレストシンガーズ。DVDもフォレストシンガーズ。ポスターや切り抜きもいっぱい貼ってあって、本橋さんがここに来てくれた証拠のように、彼のサインがポスターの隅っこにある。あのときには色紙にもサインしてもらって、そっちは宝物としてしまい込んであった。

「大ファンなんだよ。憧れだったんだよ。あの日はここで俺の歌を聴いてもらったり、本橋さんとデュエットしたり、サインしてもらったり、しっかりしろって怒られたり、歌手になりたいんだったら……って忠告してもらったり。チエちゃんがこうして来てくれる前には、一番幸せだった日だったよ」

 改めて部屋を見回す千絵子のまなざしには、嫌悪感は宿っていないと思える。もちろん本橋さんとはそれ一度だけの触れ合いで、写真を撮ってもらえばよかった、彼の歌を録音しておけばよかったと後悔したものだ。サインなんて、冷静に考えればどこでだってできるのだから証拠にもならない。

 けれど、千絵子は俺を嘘つき呼ばわりはしない。ほーっと息を吐いて言った。

「そんなだったらこの感じ、わからなくもないな。いい想い出なんだね。それで、健太さんは歌手になるのはやめたの?」
「俺には無理そうだからね。遠回りしたけど就職もできたから、歌は好きなだけでいいよ。フォレストシンガーズの大ファンはやめられないけど、ライヴに行っても見てるだけ、聴いてるだけだよ」
「そのほうがいいかもね」
「チエちゃんはフォレストシンガーズは好き?」
「嫌いじゃないよ。ああ、ギターもあるんだ。健太さんの歌が聴きたいな」

 野村さんと呼んでいた千絵子が、健太さんと呼ぶようになったのは距離が縮まったと考えていいのだろう。俺はギターを取り上げ、フォレストシンガーズもカバーしていた英語の歌を歌った。

「The night we met I knew I needed you so
And if I had the chance I'd never let you go
So won't you say you love me
I'll make you so proud of me
We'll make 'em turn their heads
Every place we go
So won't you please」

 女性を口説くときにも、告白するときにも我々の歌をB.G.Mにどうぞ。
 そう言っていたのは乾さんだった。俺は告白はすませたけれど、今夜は一歩前進だ。そのときにはフォレストシンガーズのアルバムを流そう。


END





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