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FS2014・五月「青葉繁れる」

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FS五月ストーリィ

「青葉繁れる」

 フリーライターとしては失格なのかもしれないが、私は音楽系ライターではないのだからいいのだ。
 音楽専門誌の記事を書くために、フォレストシンガーズのファンのつどいに紛れ込むように命じられた。本当は行くはずだったライターさんが切迫流産の恐れがあって入院してしまったせいだそうだ。

 妊娠中の女性に潜入取材だなんて、そんなこと、よくやらせるよなぁ。で、フォレストシンガーズってなに? だった私は、事前にフォレストシンガーズの資料を渡されてざっと読んでから、本来行く予定だったライターさんの代理として、ファンのつどいに参加した。

 五人の男性からなるヴォーカルグループ、フォレストシンガーズ。デビューしてから十年以上になるが、知名度が上がってきたのはこの数年だそうだ。ファンクラブはわりに古くからあって、近年はメンバー数も増加してきているそうな。

 本を読むのが好きで音楽には興味がない。そういう若い子は少数派かもしれないが、私は中学生のときからそんなタイプだった。堅物文学少女のなれのはてが、比較的堅い記事を得意とするフリーライター。妥当な進路だったはずだ。

「……目に青葉、山ほととぎす、初ガツオ、って言いましてね」
「あ、ヒデさんのブログに、カツオのタタキねたが載ってたよ」
「ヒデは土佐出身だから、カツオのタタキは大好物みたいですね」
「青葉とほととぎすはわかるんだけど、カツオは海のものでしょ? どうしてそこに出てくるの?」
「今ごろの風物詩を並べたんですよ」
「並べただけ?」
「私だったら、目に隆也、声あきらくん、初ユキちゃん、なんて詠むなぁ」
「お、高田さん、うまい」

 ヒデさんって誰だろ? そんな名前のメンバーはフォレストシンガーズにはいないけど?
 疑問に感じながらもそっちに聞き耳を立てる。五月のファンのつどいは高原への一泊旅行で、第一日目の今日は到着早々のガーデンパーティだ。合コン形式、とはいっても、男性はフォレストシンガーズの五人、女性はファンの集団だから、人数的には女性が四倍ほどいる。

 こじんまりした集まりで、四つの輪ができている。その中でもいちばん大きな輪が乾隆也を囲むもので、彼が私も興味のある短歌の話をしていたので、聞き耳を立ててしまった。

「シゲさん、これもおいしいですよ」
「ありがとうございます。ここ、料理はいけますね」
「シゲさんって気持ちいいわ。おいしそうに食べるんですもの」
「ねえねえ、私、料理を持ってきてるの。内緒でここへ持ってきていいかしら」
「それだったら私も、クッキーを作ってきてるのよ。シゲさんに食べてもらいたくて」
「あ、あ、お気持ちはありがたいんですが、ここへ持ってくるのはちょっと……」
「だったらあとで部屋に食べにきて下さいな」
「山本さんったら、ヌケガケ、ずるいわ」

 ここは妙に女性たちの平均年齢が高そうで、本庄繁之を囲んで食べものの話で盛り上がっている。ランチパーティのようなものなので、女性たちは料理のレシピ交換もしているようだった。

「でも、ローリングストーンズって下手だし……」
「たしかにね、テクニックは抜群ってわけではないと思うよ。あなたは上手なバンドでないと認めない?」
「ええ。私はキースの歌もミックのギターも好きじゃないな」
「……友澤さん、さかさま」
「へ?」
「まあいいんだけどさ、俺はストーンズは好きだよ」
「どこがいいの?」
「どこがって、細かい理由なんかどうでもいいんだ。聴いてて心地よい。音楽はそれでいいんだよ。正直、ミックと歌合戦でもやったら俺が勝つかも、なんて思ってるんだけどね」
「うわあ、すごい自信」
「うんうん、木村さん、歌は最高だもんね」

 正反対にこちらは女性たちの平均年齢が低そうだ。木村章を囲んでの話題は音楽だろうか。ローリングストーンズという名前は知っているが、古すぎて化石化しているのでは? なにがさかさまなのかもわからなくて、そこから離れて、歌声が聞こえているほうへと歩いて行った。

 若葉の緑に陽光が照り映えてきらめく、小鳥たちも歌っている。そんな中で、小鳥とコーラスしているような高くて綺麗な男性の声に、女性たちがうっとり聴き惚れていた。

「君と僕のために大きくなったりんごの木
僕はりんごが一つ一つ落ちるのを見てた
そしてその頃の一瞬一瞬を思い起こす
 僕が君の頬にキスをして
 君が去ってしまった日を

 今は僕らは大きくて
クリスマスツリーは小さい
そして君はどんな時期なのか聞かない
でも君と僕
僕らの愛は消して死なない
でもきっと僕らは
 5月のはじめが来ると涙を流すことになる」

 実はフォレストシンガーズの歌ははじめて聴いた。三沢幸生のソロだからフォレストシンガーズのハーモニーとはいささかちがっているのだろうが、あ、なんて素敵、と一瞬で感じた。
 好きなタイプの音楽、好きなタイプの声、そんなものは意識したこともなかったのだが、こういう高くて澄み切った、甘さもある男性の声は大好きだ。私もすこし離れた場所に立って、彼の歌を全身で満喫していた。

「楽しんでいただいていますか」
「……ああ、はい、あの、えと……」
「えーっと、自己紹介しないといけないのかな。本橋です」
「あ、リーダーさん」
「そうです」

 長身で筋肉質で、突然ぬうっと出てこられると怖そう、とも思ってしまいそうな男性だった。フォレストシンガーズのファンのつどいに来ている女が、リーダーの本橋真次郎を知らないのか? もぐりか? と疑われそうで、私は焦って言った。

「三沢さんの歌が素敵すぎて、ぼーっとしてしまっていたんです。すみません」
「いや。俺のほうこそいきなり声をかけてすみません。おひとりで歩いてらしたようだったんで」
「……ひとりで来ましたから」
「そうなんですか。どうしてなんだか、俺のそばに来て下さる方がいらっしゃらなくて、俺もひとりなんですよ。散歩でもしましょうか」
「いいんですか」
「どうぞ」

 腕を差し出されて、きょとんと顔を見上げた。おいやでなかったらどうぞ、と再度言われて、腕を組もうってこと? と気づくと、顔が熱くなってあとずさりしてしまった。

「失礼。おいやでしたら無理にとは申しませんよ。ああ、五月の空気って気持ちいいな。散歩もおいやですか」
「いえ、すみません。嬉しいです」

 うーんと伸びをしている本橋さんに、小走りで駆け寄った。
 メンバーは五人なのに四つの輪だったのは、本橋さんを囲む女性がいなかったからか。リーダーなのに人気ないのかしら? 大きくて怖そうだからかな。なんとなく気圧されそうなムードを持った男性だから、私も話しかけづらくて黙って歩いた。

「いつごろから我々のファンでいて下さるんですか」
「えーっと、最近です」
「最近ですか。新しくファンになって下さる方ってのも嬉しいですよ。ライヴには来て下さったこと、あります?」
「あの、はい、いえ、まだ」
「どちらにお住まいでしたっけ? ああ、すみません、根掘り葉掘り質問しちゃいけませんね。えーっと、なんとお呼びしたらいいですか」
「私? みなみって」
「みなみさん? 姓とも名前とも……いいんですけどね、じゃ、みなみさん」

 ファンクラブの会員になっていたのは、仕事を依頼された音楽雑誌社の社員だ。彼女の姓が南なので、名乗るときにもみなみと言えと命じられていた。本名、言いたいな、仕事じゃないんだったらいいのにな、みなみさんじゃなくて、美栄子さんって呼んでほしいな、ちらっとそう考えてうつむいた。

「俺になにかご質問があればどうぞ」
「……ヒデさんって誰ですか」
「ヒデってのは俺たちがデビューする前の、オリジナルメンバーですよ。最近はブログで我々をネタにしてるんで、ヒデファンって方がいらっしゃるみたいです」

 ミックとキースがさかさまって? と尋ねると、キースってエターナルスノウの? と問い返されて意味不明になる。資料を熟読してくればよかった。こんな機会、ライターとしては絶大なチャンスなのに、勉強不足で質問すらも思いつかない。

「本橋さんってあまり人気、ないんですか?」
「え? あ、まあね、どんなときでも乾が女性にはもてますから、俺には女房もいますし、もてなくてもいいんですけど、歌い手としての人気はほしいですね」

 質問を思いつかなくて失礼な発言をしてしまった私に、苦笑いの本橋さんが答えてくれた。

「……すみません。変なことを聞きまして。奥さん、いらっしゃるんですね」
「ええ、いますよ」
「うわ、すみません。疑ってらっしゃるでしょ」
「なにを疑うんですか。スパイだとでも? うん、たしかにね。俺たちのファンだって方は、俺の女房は山田美江子だってたいていはごぞんじですが、知らない方がいらしてもそう不思議はないですよ」
「美江子さん……」
「そうです」
「……私も……」
「ん?」
「いえ、いいんです」

 あなたの奥さんと私、同じ名前です、南美栄子っていうんです、と言ってもかまわなかったのかもしれないが、言えなかった。正直に、仕事で……と言ったほうがいいのかもしれないが、それも言えなかった。
 
「五人で歌って下さるんでしょうか」
「え? ああ、夕食のときにミニライヴをさせていただく予定です」
「嬉しい。楽しみです」
「……ありがとうございます」

 少なくともそれだけは嘘じゃない。五人の歌を生で聴きたい。一瞬、本橋さんに恋してしまいそうになったらしい私を、木漏れ日が笑っている。繁る青葉ごしに降り注ぐ五月の陽ざしが、同名のミエコさんがうらやましくてたまらない、心の中の湿っぽさを乾かしてくれるようだった。

 
END






 
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