ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS「チェリー」

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フォレストシンガーズ

「チェリー」

1・真次郎

 月曜日から金曜日までのウィークディの深夜、デビュー当時から我々がよく出演させてもらったラジオ局でも、「フォレストシンガーズ十周年記念番組」を放送してもらえることになっていた。その録音のために、ひとり目の俺はスタジオにいる。

 ひとりずつ、五日間、想い出を語って曲も流す番組だ。テーマは「忘れえぬひと」、恋人ではありきたりだから、俺は男を語ろうと思っている。三十四年生きてきて、忘れられない男だって何人も何人もいるのだから。

 兄貴たち……照れてしまって語れない。親父、聴いたら本人が恥ずかしがって怒りそうだ。兄貴たちにしてもしかり。俺の親父や兄だけあって、あいつらは照れると怒るのでやめておこう。
 小学校や中学校の先生、友人。遠すぎて追憶が美化されているのではなかろうか。

 高校のときには野島がいた。二十年近くも前に知り合って、たったの三年だけ親しくして疎遠になってしまった男友達。高校時代の友人は男でも女でもたいがいがそんなふうだ。
 大学のときの先輩、友人、後輩、大勢いすぎてひとりに絞れない。ひとりだけ選ぶとすれば乾隆也だが、ここで乾を語ると幸生にどれほど冷やかされることか。やめておこう。

「こんばんは、フォレストシンガーズの本橋真次郎です。桜の便りが聞かれるころになりましたね。僕が卒業した大学のキャンパスには桜の樹がたくさんありました。校庭っていうのはどこにでも桜があるのかな。桜の花が咲いていれば、ああ、桜だ、とわかるのですが、僕には花のない樹はなんなんだかわからなくて、一緒に歩いていた女の子には呆れられ、男には嘲笑され……といったていたらくで」

 この、一緒に歩いていた男女は乾隆也と山田美江子だが、これは前振りだからいいのだ。前振りが終わると曲をかける。各自の好みで選ぶ曲は、俺はこれだ。まずは一曲目「Never Gonna Let You Go」、セルジオメンデス。

「みなさんにも忘れられないひとっていますよね。いろんな意味での忘れえぬきみ、今夜はそんなテーマでお喋りさせて下さい。悪い意味で忘れられない男ってのもいるんですが、今夜はいい意味での忘れられないひとです。俺がフォレストシンガーズのリーダーとして生きていけるきっかけを作ってくれたのかもしれない先輩、男性ですよ。彼について語ります」

 ガキだった大学一年生の俺を導いてくれた合唱部の先輩たち、とりわけ、高倉さんと星さんと金子さんだ。金子さんは有名人なので省いて、高倉さんと星さんを語る。おふたりの先輩がこの放送を聴いてくれたとしたら、うちの親父や兄貴たちのように照れて怒ったりするのだろうか。
 

2・隆也

 「忘れえぬひと」をテーマに語ろうと決めてはいたものの、細かい内容は担当者の裁量にまかせようという結論だった。なるほど、本橋は大学の先輩か。

 放送されるのは後日だが、本人が高倉さんと星さんについて喋ったというのを聞いて、考えることが似てるんだな、とひそかに笑った。今日は俺の録音日、挨拶のあとで、曲を流してもらう。ふきのとうの「激しい雨」だ。

「若くて未熟だったころの僕に影響を与えてくれたひと、そういう存在は忘れられません。僕に音楽を教えてくれた人々についてお話ししたいと思います」

 誰が誰を語るのか、そこまでを決めていないとこういう形の番組はかぶる場合もある。早い者勝ちみたいなところもある。高倉さんと星さんは本橋も選ぶかな、と思ってはいたのだから、俺は本橋の知らない人物にしよう。

「僕に音楽を教えてくれたふたりの人物。それは祖母と本橋真次郎です。他にもいますが、このふたりが二大巨頭ってところですね。ふたりともに近しすぎて話しづらいですので、もうひとり。僕にクラシックの楽しさを教えてくれたひと、この存在も他にもいるのですが、そのうちのひとり、冬口冬馬氏です。ごぞんじの方もいらっしゃいますよね」

 大学生のころ、アルバイトしていたCDショップで声をかけてくれた紳士が、冬口さんだった。彼にまつわるちょっぴり苦い思い出ははしょって、彼との会話や彼に教えられたクラシックの曲について語る。俺はクラシックは聴くだけで、本橋や幸生のような素養もないのだが、深く広く美しい世界を教えてくれた冬口氏には感謝していた。

 後に続く幸生、章、シゲは誰を語るのか。本橋や俺が取り上げた人物とは彼らはさして触れ合っていないのだから、かぶる恐れはなさそうだった。


3・幸生

「こんばんはーっ、FS特番ど真ん中の今夜は、ユキちゃんの担当です。三沢幸生、ちょうど実年齢が精神年齢の二倍になりましたが、たとえ実年齢が三倍になろうとも、俺は永遠の美少年です。ということで、うちの母が美少女だったころにヒットした曲からはじめましょう」

 ザ・テンプターズ「今日を生きよう」。この曲がヒットしたころには母は「少女」ではあったが、決して「美少女」ではなかった。そこはそれ、気は心ってやつだ。

「うちの先輩たちのトークを聴いていただければ、このたびのテーマについてはおわかりですよね。忘れられないひとといえば、男である僕らには女性であることが多い。フォレストシンガーズの男五人はごくごく普通の男ですから。普通じゃないってどんなの? なんて突っ込みはナシよ」

 本橋さんと乾さんが誰について語ったのかは知らないが、俺が女性について話すと口が止まらないであろうから、女の話はしないことにした。

「俺の印象に強烈に残っている男。紅顔の……「こうがん」にも多種ありますが、紅いろの顔の「紅顔」ですからね。その紅顔の美小学生だった俺を、歌に目覚めさせてくれた近所のおじさんです。彼に恋愛感情は持っていませんでしたが、彼のおかげで俺はまっとうな歌の道に進めたのです。彼と出会っていなかったとしたら、俺はドンファンへの道を……それもよかったかなぁ。って、ちがうっての」

 少年合唱団に所属して、こんな歌を歌っていたのをなつかしく思い出す。俺はソプラノに近い歌声を出して、ウィーン少年合唱団ふうに「野ばら」をフルコーラス歌った。


4・章

 通い慣れたスタジオ、何度もすわった椅子にかけてマイクに向かい、俺はラジオの仕事をしている。本橋さんと乾さんと幸生はなにを喋ったのか。俺とシゲさんの分がすんで放送される日になったら、社長がみんなで聴こうと言い出すかもしれない。

「俺がハードロック好きだってのはファンの方だったら知ってくれてるよね。フォレストシンガーズファンでロック好きのひとが、章だったらロックをかけるだろうと期待してくれてるかな? ご期待に応えて、Thin Lizzy「Jailbreak」。どうぞーっ」

 忘れられないひと、忘れられないロック、俺の想い出はロックと結びついている。俺がいっとう最初に組んだロックバンドの話をしよう。

「ガレージキッズっていうんだ。俺は稚内の高校二年生で、仲間たちも同じ学校の同い年の奴らだった。トオル、セイジュ、カツロウ、アキラ。トオルの家のガレージを借りて練習してたから、ガレージキッズって名前にしたんだよ。トオルは東京にいるって聞いたんだけど、今もいるかな。セイジュもカツロウも、聴いてくれてたらいいんだけどな。うん、もしも聴いてたらファックスでもくれよ。待ってるからね」

 稚内の高校生には、少なくとも俺には、不満が山ほどあった。そんな不満をぶつけにぶつけても怒らない奴がロックだ。下手なギターと、それだけは自信のあった歌とに想いのすべてをこめてシャウトした。

「章は歌がうまい、って、他のことでは罵ってばかりいる奴らが、それだけは褒めてくれるんだ。俺はハードロックを歌うために生まれてきた男、なんてね、この声なんだし、まちがいなくそうなんだってうぬぼれて、俺の一生はロックに捧げるって誓ってた。ガレージキッズの誰もがロックで生きてはいないけど、魂はロックしてるだろ? 言っててちょっと恥ずかしいけど、いいじゃん、今夜は言わせてよ。でね……」

 おそらくは俺がもっとも、ロックに近いところで生きているはずだ。フォレストシンガーズの歌はまったくロックではないけれど、音楽にちがいはない。突き詰めて考えると、ちがうんだけどね、になるのだが、大筋ではちがいはないのだから。


5・繁之

 サラ・ヴォーン「パリの四月」、歌詞の意味は知らないが、四月なのだから似合いの曲かと思って選んだ。その曲が終わって挨拶をして、俺は話しはじめた。

「しつこくて男らしくなくて、ひとりよがりなのかもしれない。そう思ったこともあります。俺は忘れられずにいて、会いたいと望んでいるけれど、あいつにしたら俺なんかはとうに忘れて、幸せにやってるのかもしれない。だったらそれでもいいんだけど、なんて思っては、それでもしつこく考えていました」

 誰に? そんな質問が来たとしても無視しよう。

「なんの相談もなく消えてしまった奴です。俺は何年も何年も、そいつに会いたかった。会ったとしたらどうしよう、こうしようか、とうだうだ考えていると腹が立ってきて、会えたら殴ってやろうかとまで思ったこともありますよ。温厚なシゲさんが? はい、俺は想像でだったら人を殴ります。実際に殴ったことは……あったかな? 忘れました」

 章を殴ったことはあるのだが、秘密事項だ。

「そんな奴に会えました。だからもういいんです。あいつと会えるようになったんだから、それでいいんです。そりゃあ僕にだって、忘れられないひと、もう一度会いたいひとってのはいますよ。女性も? いやぁ、妻も聴いてますから……いえいえ、いませんよ。女性はいません。なんたってもてないシゲです。僕は初恋の女性と結婚しました」

 いくらなんでもこれは嘘だ。恭子も信じてはいないだろうし、信じるファンの方がいたとしたら、いくら俺だって、と抗議したくなるが、そういうことにしておこう。

「普段から会っているひとではありませんよね。もしもフォレストシンガーズの他の四人に会えなくなったとしたら、彼らのことは絶対に忘れないだろうけど、今はいつでも会ってますから。幸生には、シゲさんの顔は見飽きなくていいよね、味があるもんね、と言われて、飽きられないっていうのはいいのかもしれない、と思ったりしていますが……話がそれました。忘れられずにいたあいつは……」

 ひとりごとみたいに喋っているから、こんな話もできるのだろう。放送される日には俺は別の仕事だから聴かなくてもいい。誰かが録音して聴かされたとしたら……赤面しまいそうな気がしていた。


6・英彦

「君を忘れない 曲がりくねった道を行く
 産まれたての太陽と 夢を渡る黄色い砂
 二度と戻れない くすぐり合って転げた日
 きっと 想像した以上に 騒がしい未来が僕を待ってる

 「愛してる」の響きだけで 強くなれる気がしたよ
 ささやかな喜びを つぶれるほど抱きしめて

 こぼれそうな思い 汚れた手で書き上げた
 あの手紙はすぐにでも捨てて欲しいと言ったのに
 少しだけ眠い 冷たい水でこじあけて
 今 せかされるように 飛ばされるように 通り過ぎてく」

 エンディングにはこんな曲がかかり、くすぐったいような気分になる。シゲ、おまえ、俺のことを言ってたのか? ひとり、ラジオに向かって呟いた。
 
「おまえはほがーに俺に恋しちゅうのか。うげ、気持ちわる」

END








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~ Comment ~

NoTitle

フォレストシンガーズ十周年は色々と企画があって楽しいですね。
シンちゃんが乾さんのことを語ると幸ちゃんが冷やかすっていうのにぷぷ。

十年やってくれば、思い出すことたくさんありますよね。
シゲさんが殴りたくなるほどに忘れられないヒデのことにじーん。
オンエアーの向こう、ヒデの土佐弁のリアクションが良いですね。
チェリーを久々に歌いたくなりました^^

けいさんへ

いつもありがとうございます。

フォレストシンガーズストーリィはだいたい、十周年、十一周年あたりで時を止めてますので、同じような時期にいっぱいイベントがありますね。
現実的に考えると忙しすぎかもしれませんが、見逃してやって下さいませ。(^^;

リーダーったらぁ、乾さんのこと愛しちゃってるのに、認めないんだよね。俺は認めてるよ、乾さんが好きだよ。シンちゃんはライバルだね。

シゲさんもヒデさんも照れ屋だから素直に言わないんだけど、気持ちはこうなんだよね。
けいさん、こんなつたない物語でわかってやって下さって嬉しいです。

と、幸生も申しております。

スピッツの歌はじっくりしみじみいいですね。私は「猫になりたい」がいちばん好きです。

NoTitle

。。。意外に。
家族には恋愛は全く語らない男ですね。
私は。家族に恋も男も語らない男です。

もとより、私は生まれてこの方。
家族に付き合っていたという事実すら教えていないですからね。
それなりに付き合ってきましたが。
恥ずかしいのですかね。
( 一一)

LandMさんへ2

いつもいろいろ読んでいただいて、ご感想も下さってありがとうございます。

私も家族には恋愛話なんかしませんでしたよ。
恥ずかしいですし、ごたごた言われるのもわずらわしいし。
それって普通かと思ってましたが、する人もいるんですよね。

「男も語らない」とおっしゃるのは、男としてどうこう……とかいう意味でしょうか。
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