ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「と」

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フォレストシンガーズ

「刀光剣影(とうこうけんえい)」


 有為転変とかいう四文字熟語もあって、俺の人生、そんなところもあったなぁと思う。
 月代をぼさぼさにした素浪人が刀を抜き、こっちも浪人にしては着るものがこざっぱりして、顔も綺麗な武士に斬りかかる。綺麗なほうの浪人は鮮やかに身をかわして刀をよけ、素手で素浪人を撃退するのだった。

 そんなこと、あるわけないがかや。本橋さんや俺だって喧嘩は強かったけど、抜身の剣と素手では闘えんぞ、と言いたいのだが、言ってもしようがない。これはドラマだ、ドラマの撮影だ。

 なんだって神戸の電気屋がドラマの撮影をこんなかぶりつきで見せてもらっているのかといえば、俺がもとフォレストシンガーズのメンバーだからだ。その過去がなければ話をすることもなかったであろう、知り合いが何人もできていた。

 大学を卒業してすぐに、当時の彼女にできちゃったと言われ、フォレストシンガーズから脱退した。できてはいなかったのだが結婚し、実際にできちゃったころにフォレストシンガーズデビューを知った。そんなことで荒れた馬鹿な男は妻と離婚して、ひとりで放浪の旅に出た。

 放浪していたころにはひねくれまくっていた小笠原英彦は、もとの仲間たちと再会してほぼ元通りに仲間に入れてもらうようになってから、生来のお気楽青年に戻ったような気がする。青年といっても三十代半ばだが、中年のつもりはない。

「神戸のテレビのスタジオで、時代劇の撮影があるんだって。ヒデさんも会ったことがあるんじゃない?」
「誰に?」
「ドラマの主役の藤波さん」
「藤波さんって藤波俊英か。会ったことなんかないぞ」

 電話で幸生が言っていた藤波俊英という名の俳優だったら知っている。彼とは面識はないが、彼の大学の後輩、沢崎司、真柴豪とだったら会った。彼らは大学では剣道部に入っていて、二年年上の藤波さんは四年生の年にはキャプテンだったのだそうだ。

 合唱部のキャプテンといえば、金子将一、渡辺敦詞、本橋真次郎、実松弾。俺の在籍中にはこの四人がその地位にいて、金子さんと本橋さんは肝の座った器の大きな男だ。あとの二名は全然ちがうが、金子さんと本橋さんだったら剣道部のキャプテンにも負けな……いや、無理かな。

 体育会系ではなく、本物の体育会のキャプテン、あの真柴豪や沢崎司も彼の前では小さくなるという藤波俊英にはぜひ会ってみたい。幸生が事務所の社長に頼んでくれて、スタジオに入らせてもらえることになった。

 音楽系のスタジオにならばちょくちょく入っているが、テレビドラマのスタジオははじめてだ。素浪人は時代劇の悪役俳優、主役の美男浪人が藤波さん。ふたりともに殺陣も達者なので迫力満点。俺は固唾を呑んで撮影を見学していた。刀の刃からも殺気が散っているようだ。

「お待たせしました。ヒデさん、でいいかな」
「あ、はい、はじめまして」
「金子くんからヒデさんの話は聞いてるよ」
「金子さんとはお知り合いですか」
「そうなんだ。同い年だからね」

 沢崎や真柴が本橋さんたちと同い年。その先輩なのだから、藤波さんは俺よりも三つ年上だと知った。俺だって体育会「系」合唱部出身。気に食わない奴ではなかったら年上の男の前ではへりくだる癖がついている。

「飲みにいこうか、いい店、知ってるでしょ」
「どこでもいいってわけではありませんよね」
「あまり客のいない店がいいな」

 仕事が終わって着替えてきた藤波さんと、テレビ局で個人的に向き合う。俺が女だったとしたらよろめいてしまいそうないい男だ。背が高くてがっちりしていて、俺はダイエットをして健康的な体格になれていてよかったと思う。だらしなく太ったままだったら彼とは会いたくもなかった。

 行きつけの店はあるのだが、いつもあそこでは芸がない。俺の知ってる店っていわれてもなぁ……考えてから、ふたりでタクシーに乗った。

「「來武」……ライヴって読むのか? ミュージシャンらしい店の選び方だな」
「俺はミュージシャンじゃなくて電気屋ですが、ここはいつも空いてるからご案内したんですよ」
「いい店なのに?」
「マスターがちょっと……」
 
 住宅街にあるので、常連しか入らないのかもしれない。俺の住まいからも近くて、俺はひとりででもたまに来る。俺のいちばんの行きつけ、神戸港の「Drunken sea gull」といいここといい、俺の好きな店はマスターが変人である傾向アリのようだ。

「ヒデさん、また別の男を連れて……」
「なんやねん、その言い方は」
「うわ、いい男」

 彼は関西人ではないようで、どことも知れないなまりのある標準語を使う。ここにはミュージシャンの有名人を連れてきたこともあるので、マスターはそれを言っているのだ。その言い方では俺が男好きの遊び人みたいではないか。
 カウンターにすわると、マスターは藤波さんをうっとりと見て、おしぼりを手渡した。

「マスター、あんた、こっちやったか?」
「こっちってどっち? 私は綺麗なひとは男でも女でも好きなだけです。あの、俳優さんですよね」
「はい、藤波俊英と申します。本日はよろしく」
「きゃあ、はいっ!!」
「幸生みたいな声を出すなや」

 頭のてっぺんから上ずった声を出して、マスターは藤波さんにばかりかまいたがる。「Drunken sea gull」のマスターならば客にかまわないのだから、あちらにするべきだったか。

「時代劇の撮影を見学してきたって? いいなぁ、今度は私も連れてって下さいな」
「そう誰でもは呼べないってよ」
「ああ、そういえばヒデさんは強いんだろ。金子に聞いたよ」
「なにが強いんですか? 俺は武道なんかはやってませんが」

 さすがに客同士で会話をはじめると、マスターは一歩下がった。軽い料理とウィスキーと水と氷を用意してくれて、棚に向かってなにやらやっている。

「強いって言ったら……わかるだろ」
「酒は強いですよ」
「土佐の鯨なんだってな」
「藤波さんはどちらの出身ですか」
「函館」

 函館? その地名でなにかを想い出しそうになる。藤波さんも、ん? と呟いて首をひねっている。高校生のとき、受験勉強がいやになって逃亡したくなって、函館までひとり旅に出た。あのときに函館山で出会った大学生……ああっ!! と同時に叫んだ。

「忘れてましたよ。あのトシさん」
「そっかそっか。ヒデさんには会ったことがあるような気がしてたんだ」
「ヒデって呼び捨てにして下さい」

 高校三年の冬、受験勉強が切羽詰ってきて焦れていた。風の強い函館山で、寒いと言ったら彼に笑われた。俺は温暖な土佐生まれ、坂本龍馬の生まれた土地で育ったんだから、北海道は寒いんだよ、函館生まれといっしょにはならんぜよ、と反発して、そのくせ、彼に憧れもした。

「トシさん、役者になって土方歳三を演じるんだって言ってましたよね」
「言っただろうな。よく覚えてるね」
「夢はかないましたよね」
「うん」

 おまえは? とは問い返さないのは、金子さんから俺の境遇を聞いているからか。俺にはあのころは夢なんかなかった。大学生になってから歌手になろうと決めて、その夢は破れたけれど、作曲で多少は臨時収入があるようになったのだから、それはそれでよかったのだ。

「だからさ、強いってのは……金子が言ってたな。合唱部の女の子が、小笠原くんが喧嘩してますっ!! って告げ口をしにきて、男なんだから喧嘩くらいするだろって思ったって」
「思い出しますね。金子さんに説教されましたよ」
「告げ口した女の子の手前、しただけだろ。金子がおまえに説教してたら本橋が入ってきて……」
「そうそう、暴力を使う前に先に話し合え、とかって本橋さんが言って……」

 いや、その台詞ほど本橋にそぐわないものはない、小笠原は思ってるだろ、あんたにだけは言われとうないきに、本橋さん、と、上手な土佐弁で言った金子さんの声も思い出した。

「俺もけっこう喧嘩はしたんだよ」
「さっきの撮影シーンだって喧嘩なんだから、トシさんの場合は仕事に役立ってますよね」
「そうだな。殺気がみなぎり、今にも戦いが起こりそう……激しい殺し合い。刀はきらめき、剣の影はちらつく……刀光剣影。俺の人生、すべからくこの心意気だと思ってるよ」
「……かっこいいですね」

 このかっこいい外見の男には、そんな言葉がよく似合う。俺はずっとずっとださくて情けない人生だけど、有為転変人生の好転中だと考えよう。かっこよくなくてもいい。俺は藤波俊英ではなく小笠原英彦なのだから。

END







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~ Comment ~

NoTitle

ヒデさんに、そんな出会いが。
あれ?ユキちゃんはなんで、二人が出会ってたことを知ってたのかな?
夢叶った憧れの人の話は、ちょっとヒデさんには眩しかったでしょうか。
でも、ヒデさんは良くも悪くも前向きですね。
凹んで腐るよりも、よっぽど男らしいと思いますよ^^
ほんのちょっと、やせ我慢はいってそうではありますが・・・。

limeさんへ

いつもありがとうございます。
ユキ、知ってたのかな? 実はヒデが酔って喋って、本人は忘れてて、ユキのほうは覚えていた……のかもしれません。

ほんのちょっと、というよりもかなり強がり、入ってますね。
私はけっこう、やせ我慢は男の美学、なんて偏見があって、あ、でも、女もやせ我慢するのは悪いことじゃないな、などとも思っています。

ヒデは昔はいじけてへこんで腐ってひがんで……だったのですが、一応は吹っ切って、そのほうがいいですよね。
反面、ヒデのもと妻はフォレストシンガーズが嫌いだったりするのですが。

この間、私の好きな男のタイプ、内面についてのみ考えてみたのです。
そうすると……変な奴が好き、という結論に達しました。私はいたって普通の人間ですが、趣味だけは変なようです。
たはは(^^;

NoTitle

夢の役がもらえるというのはいいことですよね。
特に歴史だとそれは感慨深いものがありますからね。
私も歴史上の人物を演じてみたいですけどねえ。。。
まあ、身分不相応ですが。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。
役者になると他人を演じられる。
私はそんなの、こっ恥ずかしくてやりたくないですが、そういう快感を覚える人種はいるもんですよね。

この藤波俊英という人物も、私の古くからのキャラです。
昔はけっこう、小説のキャラとしての女性ファンを獲得していたものでした。

LandMさんだと歴史上の人物は、誰がお好きですか?
私だったら……いっそ西太后あたり、やってみたいですね。
貫録不足すぎますが。
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