番外編

番外編104(いきしちに)

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番外編104

 このシリーズは五十音の各段ごとに、その文字が頭にある単語を使っての寸劇です。
 第二弾、「い段」です。


「いきしちに」


1・いちご・繁之 


 広尾の高級スーパーマーケット、普段は近所の庶民向けスーパーで買い物をしている主婦の恭子と、たまにはこんな店もいいよね、と言い合って入ってみた。

「あ……」
「あのひと、そうだよね」
「うん、こういう店にだったらいるんだな」
「シゲちゃんだって……」
「いや、俺はちがいすぎるよ」

 ひそひそ話の対象になっているのは、サングラスをかけた夫婦だ。がっしり背の高い男と、すらっとあかぬけた女。男は有名なシンガーで、女はその妻だろう。彼はモデルと結婚したとだけ伝わっていて、奥さんはおもてに出てきてはいなかった。

「ふたりともかっこいいな」
「うんうん、だけど、もしかしたら奥さんじゃなかったりして……」
「そんなはずないだろ」
「あるかもよ」

 意地悪な顔をして笑う恭子を、そんな失礼な……とたしなめる。
 意識してみると、店内には有名人もちらほら歩いている。この付近には超高級マンションもたくさんあって、そんなところにはこのたぐいの人種が住んでいるのだ。一般人だって芸能人や文化人を見ても騒ぎもしない。

 シンガーだとはいえ、俺は人種がちがう。こんなスーパーに入るだけでももの珍しくて、うわ、高いな、高いけどこれ、うまそうだし、買おうか? えー? もったいない、などと恭子と会話しながら、楽しく歩いていた。

「おいしそう。これだったら広大も大好きだし、買っていい?」
「いいけどさ」

 昔は苺といえば初夏の果物で、母が時々買ってきてくれた。我が家は酒屋なので両親も家で働いていて、たまさか姉と四人でおやつに食べた。あのころの苺はすっぱくて、牛乳と砂糖をかけてもらうのが嬉しかった。

 この高級スーパーに売っているのは、ものすごく大粒の苺だ。冬の真っ盛りの高級苺は、一粒が何百円もする。これくらいなら買える収入はなくもないが、なんとなく反感を覚えた。

「こんな季節にこんな高い果物を食べさせたら、広大の感覚が変になっちまわないかな」
「金銭感覚?」
「それもあるけど……」
「おいしそうだけど、もったいないかな」
「そんな気もするよ」

 苺を前にふたりで話していると、こんな店に似合いの高級そうな洋服を着た女性がそばに立ち、無造作にその苺を二パック、カゴに放り込んだ。

「貧乏くさっ」

 ごく小声だったが、俺には聞こえた。恭子には聞こえなかったようで、やっぱりやめとこうか、と呟いている。
 あの女性のその台詞を聞いて、思い出したひとがいる。ああ、彼女の名前はイチゴといった。フォレストシンガーズがデビューしたかしないかのころに会った、乾さんの学部の後輩だった。

 やけに俺に対してつんけんしていたのは、彼女は乾さんが好きだったからなのだろう。そうとも気づかずに、なんで俺は嫌われてるんだろ、とうろたえていた俺。苺さんが俺を邪魔にした気持ちも、今になればわかる気もする。

 彼女は美人だし、こんな奥さんになっているのかな。金持ちと結婚して主婦になって、イチゴ、苺が大好き、とか言って、高い苺を平然と買っているのではないだろうか。


2・きうぃ・多香子 

 なにを思ってか、まったくの虚言だったのか、実はなにかしらはあったのか、母が、多香子のお父さんは乾隆之助さんだと告げた。中学校を卒業したばかりだった私は本気にして、彼について調べた。

 最初は遠くから見ていただけの隆之助さんは、金沢の和菓子屋「翠月堂」のご主人だ。まずまちがいなく彼は私のお父さんではないらしいが、母がそう言っているのは彼も知っていて、徐々に親しくなっていっていた。

「果物のお菓子を考案してるんですよ」
「これ、おじさまが描かれたんですか」

 乾さん、と言うと彼の実の息子、乾隆也さんと混同しそうだ。隆之助さんと呼ぶには年齢がちがいすぎるので、おじさまと呼ぶようになっていた。
 和菓子の職人でもあり、店舗の責任者でもある隆之助おじさまは、和菓子デザイナーでもあるらしい。漫画家さんとも話しましてね、と言いながら、スケッチブックを見せてくれた。

色鮮やかな果物のお菓子。和菓子には似合わないかと思えるような果物も選ばれている。茶色の果皮に淡いグリーンやイエローのキウィもあった。

「この鳥……」
「キウィってニュージーランドの鳥がもとなんでしょ」
「見た目が鳥のキウィに似た果物だからって、それ、聞いたことがありますよ」
「だけど、この鳥は和菓子にはなりませんよね」

 そうかもしれないけど、隆之助さんの発想は面白い。キウィフルーツと並べて描かれた漫画チックな鳥の絵を見ていると、やっぱり隆也さんはこのおじさまの息子さんなんだな、と微笑ましくなってくる。私も彼の娘だったらよかったのに……とも言い切れないけど。

 だって、異父兄だったとしたら、隆也さんとは絶対に結ばれないもの。そうじゃなかったとしても、結ばれるはずもないのに。


3・しめじ・幸生 

 この猫たちは一匹の母から生まれてきたのか? ひと株のしめじを見て、俺はなぜだか猫を連想した。しめじのひとつひとつが仔猫。十匹ぐらいもいて、寄り添ってひとかたまりになった仔猫毛玉。俺もそこに混じっていい? ああ、幸せだなぁ。

「いや、この感覚って変態か? しめじから仔猫毛玉を連想するのは変態でもないんだろうけど、尋常な男だったら美女のかたまりを連想するんじゃないのか? そうなのか? どっちが普通なんだろ? どっちも変態なのか?」

 M気質であることやら、乾さんに限っては同性であっても恋心に近いものを時として抱くことやら、十八歳の美少女ユキになっての芝居をやることやら、よその男とは羞恥心のありかがちがう、もちろん女ともちがうことやらから、幸生は変態だと、特に章に罵られてきた。

 若いころには、俺は変態じゃないっ!! とムキになって言い返したものだが、三十をすぎたら開き直った。俺が変態だったとしたら誰かに迷惑かけるのかよ?

「俺にかけてるだろ」
「おまえはいいの。章は甘んじて受け止めればいいんだよ」
「いやだ」

 とか言っている章の顔を思い出しつつ、しめじを眺める。これをどうやって料理して食べたら美味なのか、ではなく、寄り添う仔猫たちを思い浮かべるとは、俺はやっぱり変態なんだろうか。しめじイコール美女集団、よりは変態度が薄いのか、わからなくなってきた。


4・ちーず・純也 

 母は俺の父親については多くは語らなかった。
 ガキのころには父親にすれば年を取った男が家にいたような気がするのだが、あれは祖父だったのだろうか。母が言いたがらないのだから、俺も尋ねないようにしていた。

「お母ちゃん、俺、ロックバンドやるから」
「……音楽が好きなんはやっぱり……」
「やっぱり?」
「ううん、ええよ。やりたいことはやらなあかんね。どうせ反対したってやるんやろうし」
「反対したいんか」
「ううん、ええよ」

 諦めにも似たいろを浮かべて、がんばりや、と母は言った。
 ロックバンドとはいってもアマチュアで、バイトで生計を立てていたのだが、ロッカーが母親と暮らしているなんてかっこ悪いとの思いもあって家を出て、女と同棲している。その女ってのが世間一般の常識からはかけはなれているので、俺は母の住まいには寄りつかなくなってしまった。

 そうしていてひょんなことから知った、親父の居場所。「Drunken sea gull」という神戸港近くのバーのマスターとして、彼はひとりで生きているらしかった。

「いらっしゃい……ああ」
「腹が減った。マスターの得意料理、作って」
「……ん」

 ああ、純也か、と言いたかったのだろうが、マスターはそこまでは言わなかった。枯れた雰囲気のある痩せた男は、ガキの俺が、このひとはじいちゃんなのかとうちゃんなのか、と悩んだこともあるその男だった。

 他には客のいない店で、マスターは俺にチーズトーストとビールを出してくれ、ギターを弾いた。子どものころからチーズが好きだった俺を見て、母は言っていた。遺伝かな、と。音楽好きもこのおっさんの遺伝だと言いたかったのか。

 地味ではあるがものすごく巧みだと、一応は音楽をやっている俺の耳でもわかるギター。俺がこのおっさんの血を受け継いでいるのならば、俺も相当な凄腕になれるのでは? 妙に嬉しくて、妙に悔しいギターのしらべだった。


5・にくまん・恭子 

 関西にしか売っていないと聞く、夫の定番大阪土産。私が肉まんだと言ったら、大阪では豚まんというのだと訂正された。

「今日のお昼は肉まんにしようか。パパが前に大阪から送ってくれたの、冷凍してあるんだよ。冷凍するとちょっと味が落ちるけど、落ちてもおいしいよね。広大は一個でいい?」
「肉まん、飽きちゃったよ」
「そう?」
「パパは?」
「パパはお仕事だから、一週間ほどは帰ってこないかな」

 寂しそうな顔をするのは、広大がそんなにもパパが好きだから。三歳になって、パパが留守だという意味もしっかりわかるようになってきたから。子どもって成長するもんだよね。だけど、ママだけだったら不満なの?

 パパはフォレストシンガーズの本庄繁之。スターの子どもだと重責を感じるのかもしれないが、シゲちゃんはそれほどでもないし……でも、将来は大スターになるのかな? スターになったら私、妻としてどうしましょ? と想像しようとしてもうまく行かない。スターにまではならないほうがいいかな。

 三歳の長男と、おなかには次男がいる。私はつわりもほとんどなくて、妊娠中には常にも増して食欲の出る体質なのは、広大を妊娠していたときと変わらなかった。

「ママみたい」
「……それを言わないでよね」
「だって、豚まんだもん。ママだもん」

 むかっとする。人が気にしてることを……妊娠中にどんどん食べたらどんどん太るって知ってるけど、食欲にはあらがえなくて食べてしまう。豚まんを三つあたためて、これで足りるかな、と思っている私に、豚まんってママみたい、だなんて。パパは遠慮して絶対に言わないのに。

「ママ、怒ったからね。わがまま言う子はお昼ごはんはナシよ」
「いいもん」

 早くも反抗期? 三歳ってむずかしいお年頃? 広大はすねてしまい、豚まんを食べている私を見ないふりをして、おもちゃを出してきた。

「豚まん、やっぱり食べる?」
「うん……」

 おずおずそばに寄ってきた広大に、豚まんをひとつ差し出す。
 太ったママは嫌い? と問いかけると、涙がいっぱいに溜まった目をして、広大はかぶりを振って、ママ、大好き、と言ってくれた。


6・ひもの・前田操 

「前田さんは結婚はしてないんだったか」
「はい、独身です。結婚歴もありません」
「今どきは四十代独身も珍しくもないからね……おっと、失礼。え? 前田さん……」
「三十歳になったばかりです。生年月日をまちがえたり、虚偽の記述をしたりはしていませんから」
「わかりましたよ。まことに失礼しました」

 履歴書を見ていたオフィス・ヤマザキの社長、山崎敦夫氏に言われたことは、たいていのひとが考えるであろうからショックでもなかった。

 以前に勤務していた音楽事務所を退職して、オフィス・ヤマザキに雇用されたのは、社長が私をフルーツパフェのマネージャーにしようと決めていたからだったらしい。フルーツパフェのもとマネージャーは結婚退職したそうで、彼女は四十歳をすぎていたらしいが、前田さんよりも若く見えたよ、などと言っていたひともいた。

「今どきはそういうことを言うとセクハラになるもんな」
「そういうことって?」
「いや、いいよ。では、勤務日になったらよろしく」
「よろしくお願いします」

 そういうことってなんだろう? セクハラになりそうなこと? 結婚の予定は? とか? あるわけないでしょ。彼氏いない歴三十年だわよ、私は。

 なにはともあれ、再就職先が決まってひと安心だ。フルーツパフェというのは男女デュオで、モモ&クリの若い夫婦が可愛いハーモニーを聴かせてくれる。オフィス・ヤマザキは小さな音楽事務所だから、スターといえば杉内ニーナさん、次なるポジションはフォレストシンガーズで、フルーツパフェがNO.3というか、他には目ぼしい人材はいないというか。

 心新たにマネージャー業をがんばろう、今夜はすこしおいしいものを食べようか。ひとりで外食してもつまらないから、おいしいものを買って帰ろう。お刺身が食べたくなって、デパ地下の鮮魚売り場に足を向けた。

「玄海灘から直送のアジの干物。絶品だよ。そこの奥さん、今夜のおかずにどう?」
「……」
「干物とはいっても新鮮だよ。まるで奥さんみたいでしょ? 奥さんもこれを食べると若返るよ。十は若返って二十代に見えるよ。いやぁ、二十代は言い過ぎでも三十そこそこには見えるって。明日の朝、鏡を見たらコラーゲンの効果でお肌はぴかぴかつるつる。だまされたと思って買っていって」
「だまされませんから」

 口から出まかせを言っている魚屋のおじさんは、頭をかいてターゲットを別の女性に向けた。彼女にも同じような台詞で、十は若返って二十歳前に見えるよ、と言っている。そっちの女性はどう考えたって私よりも年上だが、他人には私のほうが老けて見えるのだろう。

 三十歳になったばかりなのに、おばさんくさくて恋愛経験もない私には干物がお似合い? 干物女なんて言葉が浮かびそうになって、頭をぶるっと振った。


7・みつば・蜜魅 

 三人姉妹の末っ子で、三のつく名前をと頭をひねりにひねって、両親が考えた。小山田三津葉とは字数が多すぎるものの、女の子は結婚して姓が変わるのだから、との気持ちもあったらしい。

 みつば? と訊かれて、「みつは」以外の読み方ができるとは考えが足りなかった、と母はうなだれたようだが、つけてしまったものは致し方ない。おやまだ・みつは、との語感は悪くないから、私としても嫌いな名前ではなかった。

「みっちゃんの漫画が本になるの?」
「そうなのよ。なったの」

 商業的にデビューする私の初のコミックス「美貌のしらべ」を手渡すと、母はまじまじと表紙を見てから言った。

「みつみ? みつみって読むの? これはペンネーム?」
「あ、ああ、そうよ」
「みつ・みとか?」
「姓と名の区切りとかはどうでもいいんだ。蜜魅、みつみ、いろいろと総合してペンネームとして悪くないでしょ」
「そうね。でも、みっちゃん、やっぱり自分の名前が好きじゃないんだ」
「そうじゃないけど……」

 親は自分のつけた名前を子どもに誇りに思ってほしいものなのか。ペンネームなんて不快なのか。そこまでは考えが足りなかったが、本名ではない名前を名乗って仕事をしている人間は全世界にいるではないか。母にも割り切ってもらおう。

「八百屋さんで三つ葉を見るたびにねぇ……」
 百万遍も聞いた気がする、みつは、みつばのエピソードを今日もまた聞かされて、はじめて聞いた顔をして笑ってみせた。


8・りんご・桃恵 

 フルーツパフェにはなんの果物が入ってる? 缶詰の白桃や黄桃は入っるけど、栗なんか入っていたっけ? 事務所の社長が名づけたフルーツパフェというデュオ名は可愛いし、モモクリと呼ばれるのもいやではないけれど、今日は苛々してクリちゃんに意地悪を言いたくなってきた。

「パイナップル、メロン、缶詰のみかんなんかが入ってるけど、栗っていえば天津甘栗とか栗きんとんとかじゃん。和風か中華風じゃん。モモちゃんの名前は桃恵だけど、クリちゃんはジュンだし」
「僕の苗字の栗原から……」
「そんなの知ってるけど、フルーツパフェっていうんだから、もっとフルーツを増やそうよ」
「増やすの?」
「そうだよ」

 テレビで共演したお笑いトリオの、フルーツポンチ。フルーツパフェとまぎらわしい名前なので私は気に入らなかったのだが、彼らは見た目もかっこよくて歌もうまい。アップル、オレンジ、メロンとの芸名も、フルーツパフェよりもフルーツポンチらしかった。

「アップルさんはほんとは歌手になりたかったんだって。ネタとして彼の歌を使ってはいるけど、もっと売れたらCDを出したいって言ってたよ」
「フルーツポンチね。最近はお笑いにもかっこいい男がたくさんいるよね」
「だからさ、アップルさんもうちに入ってもらおうかな。オレンジさんやメロンさんにも入ってもらおうかな。ううん、いっそ合併しようか」
「モモちゃん……」

 さっと青ざめるクリちゃんが可笑しくて、もっと言いたくなった。

「なんだったら私はアップルさんとデュオをやるから、クリちゃんはアップルさんがいなくなったフルーツポンチに入れてもらえば?」
「お笑いトリオで僕はなにをすればいいの?」
「決まってるじゃん。苛められっ子キャラ」
「そんなのいやだよ。モモちゃん、ひどいよ」

 これだけでべそをかいているクリちゃんを見ていると、苛々しているのだか愉快なのだかわからない気持ちになってくる。愉快なほうがちょっとだけ勝っているって、モモちゃんってエスなんだろうか。

END






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ふうむ。30代ですが、色々と考える時期ではありますね。
そろそろ落ち着くことも考えるこの頃。
お見合いとかもしてみてもいいかもしれないですねえ。
・・・と真面目に考える昨今です。
恋愛をしてなくても、人生を謳歌していれば干物ではないと思いますよ。

LandMさんへ2

たくさん読んでいただいて、こちらにもコメントありがとうございます。

友人が結婚したいと言いますので、お見合いしてみたら? と言ってみて怒られたことがあります。
お見合いしてまで結婚したくなーい!! みたいな感じでしたが、まじめに結婚したいのならお見合いもいいと思いますよ。

「干物女」これも一時流行りましたね。
はやり言葉ってやはり寿命が短いですよね。
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