ショートストーリィ(musician)

「ザ・ライヴ!!」

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「ザ・ライヴ!!」

 
 この年齢で高校を卒業してすぐに働くのもいやだ。かといって受験勉強はしたくない。どうするべきか? 一ヶ月ほど考えた末に、笑子は両親に告げた。

「専門学校にする」
「専門学校って、なんの?」
「専門学校っていうのは、卒業したらやりたいことを専門的に学ぶ学校よ。笑子ちゃんにはやりたいことはあるの?」
「トリマーにする。犬は好きだもん」
「トリマーねぇ」

 両親は乗り気ではなかったようだが、結局は折れてくれた。
 ペットグルーミング専門学校に入学して約一ヶ月。期待していなかったわりにはけっこう楽しくて、これなら続けていけそうだと笑子は思う。ならば、友達がほしいなとも考えるようになってきた。

 あの子たち、明るくて可愛くていいな、と思っていたふたり組の女の子と、三人一組で実習をするときにグループになった。同性だって不細工な女の子よりは可愛くておしゃれな子と友達になりたいものだ。基礎の基礎のグルーミング実習を行った日、放課後に三人でお茶を飲むことになった。

「ラナちゃんとヨウカちゃんって、かっこいい名前だよね」
「でしょ。私たちの親、センスあるんだよね」
「エミちゃんの親はあんまりセンスないかも」

 あからさまに言われてむっとしたが、たしかに、蘭南、妖花という名前に比べれば笑子は平凡だ。けれど、蘭と南でラナ? 読めないね、だとか、妖しい花でヨウカ? すげぇ名前、と言われるよりは、ショウコさん? エミコさんね、程度の説明で済む、笑子の名前のほうが面倒でなくてよかった。

 彼女たちは自分の名前に満足しているようだから、それはそれでいい。三人で学校の近くのカフェに入り、パフェを注文し、お喋りをしていると、ヨウカが言い出した。

「あたしたち、芸能人と仲良くしてるんだ」
「彼氏ってわけでもなくて、その芸能人には彼女はいるから、なんていうのか、いい関係なんだよ」
「芸能人のファンで、そのひとたちと仲良くできるの?」

「ファンったってね……」
「あたしたちは中学生のときからのファンで、もう五年も応援してるんだから、ただのファンじゃないんだよね」
「そうそう、ほとんどスタッフみたいなものかな」
「へぇぇ」

 今日はこれから、その芸能人たちのライヴに行くのだとふたりは言う。いいなぁ、私も連れてってよ、と言いたくて言えなくて、笑子は寂しくなった。
 まだ私はヨウカちゃんとラナちゃんの本当の友達じゃないから、連れていってはもらえないんだ。もっと仲良くなったらその芸能人に紹介してもらえるだろうか。ライヴというのだからミュージシャンだろう。これはますます、ラナとヨウカの友達にならなくては。

 その日はパフェを食べてお喋りしただけで、ラナとヨウカとは別れて家に帰った。
 専門学校は専門的ななにかを学びに行くところ。そんなことはわかってはいるが、まだ一年生だ。友達がいなくては楽しさが半減する。高校時代の友人とは徐々に疎遠になってきているのだから、早くラナとヨウカに溶け込みたい。

 その芸能人とやらとも親しくなりたい下心もあって、笑子はラナとヨウカと行動を共にするようになった。お昼休みにも三人でお弁当を食べ、芸能人の話を聞いた。

「あたしたちが一番、熱心で長いファンなんだよね」
「ちょうどデビューしたころから注目してて、応援するようになったの」
「それほど売れてるほうでもないから、あたしたちのことは大切にしてくれるよ。ヨウカちゃんとラナちゃんは特別だって言って、いろんな話もしてくれるの」
「きみたちが高校生のときに会ってたら、つきあえたかもしれないのにね、なんて言われたりして」
「それで、そのひとたちって音楽やってるの?」

 なぜか笑子の質問には答えてくれず、ふたりは話を続けた。

「だけどさ、最近、うざい奴がいるんだよね」
「このごろになってファンになったくせに、なれなれしく話しかけたりしてさ」
「にわかは引っ込んでろっつうんだよ」

 にわか……新しいファンはにわかと呼ばれるのか。ならば笑子もラナたちの仲間入りをさせてもらったとしても差別されるのか。それは嬉しくない。笑子はおずおず尋ねた。

「そのひとたち、なんて名前?」
「そんなの、エミちゃんは知らなくてもいいじゃん」
「だけど、そのひとだの彼だの、その芸能人だのってまぎらわしいし」
「……そうだね」

 返事を拒否されるのかと思ったら、ヨウカが教えてくれた。

「アイくんとジェイくんっていうんだ」
「ああ、それだったらわかりやすいよね。あんまりはっきり言って、アイくんとジェイくんに迷惑かかったらいけないから、ごめんね」

 どうやら彼らのイニシャルらしいのだが、固有名詞がないよりはいいだろうと笑子はおのれを納得させた。

「うざい奴ってのはマミっていうんだけど、これも仮名だよ」
「こういう話って、どこから漏れるかわかんないから念のため」
「そんな、私は言いふらしたりしないよ」
「エミちゃんを疑ってるわけじゃないから気にしないで」
「でね……」

 気にしないでと言われても気になる。疑っていないのだったら実名を話してくれてもいいじゃないか、と思っても言い出せず、笑子は続きを聞いているしかなかった。

「ヨウカはジェイくん、あたしはアイくんって、担当が決まってるんだよ。どこかのアイドルグループと同じ。ちがうのは、アイドルのファンはみんなできゃあきゃあ言ってるだけだけど、あたしたちは仲良くしてもらって、お茶したりごはんにも行ったりできるってところだね」
「なのにさ、マミもついてきたがるの。あいつはアイくんとジェイくんのどっちってわけでもなくて、どっちでもいいから仲良くしたいんだよ」
「ばばあのくせにさ」

 アイくんとジェイくん、ふたりだけしかいないグループなのだろうか。歌のユニットなのか、お笑いユニットなのか、お笑いだとしたら笑子はあまり興味がないので、それだけでも知りたかったのだが、ヨウカもラナもはっきりとは言ってくれなかった。

「ばばあって、いくつぐらい?」
「三十ぐらいじゃないの。ブスだしさ」
「あんなの、アイくんやジェイくんが相手にするはずもないのに、わかれよ。痛いんだよ」
「あんなファン、いらないよね。エミちゃんもそう思うでしょ?」

「あんまり売れてない芸能人のファンって、何人ぐらいいるの?」
「あたしたちが一番のファン、ファンってよりも身内に近い。スタッフというか友達っていうか、彼女未満っていうか」
「あとは二十人ぐらい?」
「三十人はいるんじゃない?」

 それって……芸能人としてやっていけるのだろうか。素朴な疑問が浮かぶ。ねえ、そのひとたちってプロなの? 笑子の質問には答えてくれず、ヨウカとラナはマミの悪口で盛り上がっていた。

 今日はライヴだよぉ、とヨウカとラナが言っていた日、私も行きたいとは言わずに、放課後になって笑子はふたりを尾行した。
 こんなときには大都会はよい。どこに行っても人間だらけなので、笑子ひとりぐらいは人ごみにまぎれてしまえる。電車に乗って繁華街に行き、うしろは気にもしていないヨウカとラナのあとからついていく。駅とファッションビルとをつないでいる大きな歩道橋を渡って、ふたりはファッションビルのほうに歩いていった。

 若い女性ばかりの人だかりができている。誰かを待っている様子の彼女たちの間に、ヨウカとラナも入っていく。はーい、こんばんは、おーっす、あのねあのね、とか言っている、女の子たちの声が聞こえていた。
 人だかりからはやや離れた場所に立って、笑子はそちらを見ていた。近くにすわり込んでギターを弾いている男性がいるが、彼を取り囲んでいる人間などはいない。やがて、きゃっ、きゃー、という女の子たちの嬌声に迎えられて、ふたり組の男性が登場した。

「アイくんっ!!」
「ジェイくんっ!!」
「はいはーい、ようこそ」
「あんまり騒がないでよね」

 にこやかに嬌声に応えた彼らが、楽器を演奏しはじめる。どちらがアイなのかジェイなのか、笑子には不明だが、ひとりがギター、ひとりがハモニカを演奏していて、女の子たちはうっとり聴き入っているようだ。

「……芸能人? 見たこともないな」
「芸能人っていうんでもないけど、僕らの仲間としては人気あるんだよ」
「え?」

 地面に近いところで声を出しているのは、すわり込んでギターを弾いていた男性だった。

「あいつらが来たら、僕なんか邪魔になるだけだな。きみもあいつらのファン? 行けばいいのに」
「私はファンってわけでもないんだけど……そしたら、彼ら、芸能人ではないの?」
 
 すわったら? と態度で示されて、笑子も彼の隣に腰を下ろした。ギターとハモニカに続いて歌いはじめた彼らのユニット名は「リンゴジャム」だと教えてくれてから、笑子と話している彼は永吉と名乗った。

「僕も彼らも同じころから、ここでストリートライヴをやるようになったんだよ。こういうのってなんのせいかな。顔か、実力か。いつの間にかリンゴジャムは人気が出て、彼らが言うには、デビューしないかって話も来てるんだそうだ。本当か嘘かは知らないけどね」
「そうなんだ」

 では、彼らは芸能人とは呼べないではないか。ファンが二十人か三十人か、というのもそれならばうなずける。ラナやヨウカも彼らがプロではないからこそ、言葉を濁していたのだろう。

「だけどさ、僕のひがみも入ってるんだろうけど、ほら、あのグループなんかは……」
 あのグループとは、ストリートパフォーマー出身で大スターになった、リンゴジャムと似たタイプの男性ユニットだ、そっちならば笑子も知っていた。

「あんなもんじゃなかったよ。僕もちらっと見にいったことはあるんだけど、近寄れないほどにファンがいたもんね。アマチュアのころにだよ」
「そういうものなのね。ね、永吉さんの歌、聴かせて」
「……本気で言ってる? ここでは聞こえないだろうし、あっちに邪魔にされそうだから、よそに行こうか」
「うん、聴きたいな」

 立ち上がると、永吉は中背で、地味な顔をしているとよくわかった。振り向いてみると、女の子の輪の中から頭が飛び出している、リンゴジャムのふたりが見える。歌も聞こえてくる。これのどこがいいの? あのふたりは背も高くて顔もいいみたいだけど……と思いながら、笑子と長吉は歩道橋の階段を下りていった。

「ここにホームレスのおじさんがいるんだけど、今日は留守だね。聴いてくれる?」
「うん、歌って」

 はじまった永吉の歌は、ルックスに似合った地味なものだった。けれど、笑子とは波長が合うと思える。歩道橋の上から聴こえてくるリンゴジャムの歌なんかよりもずっとずっと、胸にしみる、
 明日、ラナとヨウカに会ったら意地悪を言ってやろうかと、笑子は思っていた。あれでも芸能人っていうんだね、ほええ、とでも。

 しかし、そんな気はなくなってしまった。
 ラナもヨウカもリンゴジャムもどうだっていい。今の笑子はむしろラナやヨウカに感謝したいほどだ。彼女たちを尾行してきたからこそ出会えた、永吉。ナガヨシとナカヨシは似ている。彼はまったく芸能人でもなく、そうなる見込みもなさそうだが、仲良しにだったらなれそうな予感がしていた。

END







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~ Comment ~

NoTitle

音楽というのは応援は大切ですね。
そういうスタッフに近い人たちによって支えられているわけなので。
そういう人たちを増やしていくことがファンを重ねていくってことなんでしょうね。人間力は大切ですねえ。

LandMさんへ2

こちらにもありがとうございます。

音楽にしてもその他の芸術的なことにしても、作家でも芸能人でもファンがいないとなりたたない部分はありますよね。
で、カンチガイするファンもいたりして。
そのあたりの兼ね合いもむずかしいかもしれません。

NoTitle

わあ。路上ってやっぱり良いですよね。
規制も多いみたいですが、身近でフレンドリーな路上は大好きです。
あと、路上の良いところは、一生懸命さと素人っぽさ。なんちて。
ファンとかが付いちゃうとなんだかなあ。
ライブハウスへどうぞって思っちゃうんだなあ。

笑子ちゃんと永吉くんが仲良しになれると良いですね。
なれそうだな^^

けいさんへ

コメントありがとうございます。

我が家からだと歩いてでも行けなくもない場所で、あのコブクロが路上ライヴをしていたらしいです。
そのあたりを通りかかると、ここでねぇ……なんて見回してしまいます。

けいさんの故郷ではあのゆずが。
どっちもアマチュアのころからすごい人気だったでしょうね。

ほんとのアマチュアで路上ライヴをしていたり。
どこかの小さなイベント会場で、デビュー間もないくらいの誰かが無料ライヴをしていたり。

そこからほんの一握りがスターになるんですよね。
きびしい世界だなぁ。

笑子と永吉くんのその後。
もしも書けたらまた書きたいと思っています。
このカテゴリの中の「明日天気になあれ」なんかは、そのたぐいのストーリィなんですけどね。

いや、もう

あかね節、という気がしました(^^)
そうかぁ、路上だったのですね。ファンにとっては「芸能人」というのか何というのか、とにかく至上の人、なんですよね。
そもそもビッグネームになる前から目をつけて(?)、自分が育てたって思いたい、っての分かる気がします。いえ、シンパシーというわけじゃなくて、そういうの、あるある、という感じ。あまり手の届かない人じゃなくて、ちょっと手を伸ばしたら届きそうと思わせる辺りがポイントなのでしょうか……(AKBもそもそもそういうのを目指していたんでしょうね)
で、面白いのは、このキラキラネームのふたり(にしても、妖花はちょっとどうよ、って感じですよね。でもいるんだよなぁ、こういう親。その名前はないぞ、って思うけれど)の頑なさ。
自分たちも、ちょっと後ろめたい感じ(違う?)があるから、エミちゃんにあまり知られたくなかったのかしら。それとも、ファンをあまり増やしたくないのかしら(自分のお気に入りの店を人に知られたくないように)。
でも、すごく等身大で、そしてあかねさんのさらりと流しながら、ちくっと刺しつつ、でもどこかに優しさを残した物語。楽しませていただきました。

大海彩洋さんへ

いつもコメントありがとうございます。
私なんかもいい年をしていても、たまに芸能人と街で会ったりするとちょっと嬉しいかな、ですし、若い子は芸能人に憧れますよねぇ。
ちょっと手を伸ばしたら届きそうな……売れない芸能人に目をつけるってのもありますよね。
プロ野球の二軍選手だとか。

デビュー前のロックバンドをラジオで聴いて、それ以来ずーっとファンで、それが突然ブレイクして、そのころからファンになった人ってのを、古いファンは馬鹿にしていたりしてね。

キラキラネームにつきましては、もはや「月」という名前を普通に「ルナ」と読めるようになってしまいました。
ひと昔前だと、「茜」でもけっこう派手な名前でしたけど、いまやそんなの平凡ですものね。

妖花はいそうですよね。
さすがに怪花(なんて読むんでしょ? かいか、とか)はいないでしょうけど、え? いたりして?

NoTitle

こういうインディーズのバンドのファンの気持ちというのは、なかなか複雑なものがありそうな気がします。応援しているのだから有名にはなってほしいけど、あんまり人気が出てファンが膨大になってしまったら、ただの一ファンである自分からは遠い存在になってしまうんじゃないか・・・と思ったり。

今って、路上でやる人、どうなんだろう?
YouTubeが出てきてから、そういうのって減ってるんでしょうかね?あの動画サイトで有名になった人ってけっこういるけれど・・・(でもミュージシャンでは知らないけど・・・

わー、壁紙が素敵!
そうか、クリスマスなんですよね。
すっかり忘れていました。
西幻のところもクリスマス仕様にしようかな。

西幻響子さんへ

コメントありがとうございます。
 
売れてはいないミュージシャンを応援している人たちには、私は特別!! 感があるかもしれませんね。
スターとはちがって、ファンサービスもしてくれるでしょうし。

路上ライヴって、今でもよくあるのでしょうか。
ひと昔前なら私もけっこう見ましたが、最近はあまりそういう場所にそんな時間に行かないので、西幻さんのご指摘があって、はて、どうなんだろ? なんて悩んでしまいました。

去年でしたか、エアロスミスが来日したときに、スティヴン・タイラーがあちこち出没しては、ストリートミュージシャンとコラボしていたってのがありましたから、やってるところではやってるのかな。

それにしてもほんと、早いですね。
クリスマス、もうじきですよね。
西幻さんのブログもクリスマスになさいます? 楽しみにしていますね。
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