ショートストーリィ(しりとり小説)

83「テルミー」

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しりとり小説83

「テルミー」

 
 子どもたちを寝かしつけにいっている妻のパソコンが開いていたので、小宮山速人はなんの気なしにディスプレイを見た。

 開いているのはフリーメールの送信ボックスだ。こういうものは無断で見てはいけないのはわかっていても、好奇心には勝てない。ずらりと並んだ送信済みメールの中に、「美しい人が真面目に話す会」宛の発信があるのが気になった。

「はじめまして、登録したばかりの麗華と申します。レイカ、麗しく華やか、この名前がこんなにも似合う女性はあなたしかいないと、周囲の人々は口をそろえます。本名ですけど、姓は尋ねないで下さいね。既婚ですから。

 身長は168センチ、体重は50キロくらいかしら。若いころにはモデルをやっていまして、今もアルバイト感覚でミセス向け雑誌のモデルをやってます。
 自分ではあまり言えませんけど、夫は今でも私の美貌にぞっこんみたい。もうじき四十歳ですので、美魔女ってのを目指そうかなぁ、なんて思っています(笑)

 若いころからそれはそれはもてました。
 私が卒業した大学からは有名人が大勢出ているのですが、私とは同年配の彼も、あの彼も、麗華ちゃんの恋人になりたい!! ってひざまづいて告白してきましたよ。私は中学生のころから彼氏が途切れた時期がないので、有名人の彼らのうちでは、その間隙に告白してきたひとはいなくて、つきあえなかったの。残念でした。

 卒業して本格的にモデルになって、そうしたらますますもてるようになって、っていうか、二十代のころにはもててはいたんだけど、恐れ多くて告白もできないって感じだったのかな。意外に告白してくる男性が少なくて、もてるというよりも崇め奉られてましたね。

 えーっ、麗華ちゃんがあんな男と?! って、みんなにびっくりされるような地味な、身体だけは大きな保育士の夫と結婚して、私も子持ちになりました。

 三十代の間はわりともてるのが落ち着いていたんですが、子どもたちの手が離れて余裕ができてきたせいかしら。モデルはアルバイトで、現在では大企業で総合職をやっていて、内面が輝いているせいかしら。またもてるようになってきたんです。

 夫は私がもてるのが嬉しいみたいですよ。
 僕が麗華ちゃんを束縛したりしたら、きみのその輝きが失せてしまう、きみの幸せが僕の幸せなんだから、きみは自由にはばたくといい、疲れたら帰っておいで、なんてね。言うことだけはかっこいいんです(笑)

 リアル世界には内面も外面も美しくもない人も多くいますが、この会は美しい男女限定とのこと。むろん中身の美しさも重要ですよね。そんな会に入ってみなさんと交流して、いっそう美に磨きをかけたいと思っています」

 入会するにあたっての自己紹介文なのだろう。一ヶ月ほど前のそのメールを読んだ速人は、受信ボックスも開いてみる。そちらには会の仲間たちからのメールが続々届いていた。
 子ども部屋はしんとしているので、もしかしたら寝かしつけているうちに妻も寝てしまっているのかもしれない。そちらにも注意を払いつつ、速人は最近のメールを開いてみた。

「チャットルームで麗華さんの話題が出ていましたよ。あなたは誰からメールをもらっても返事をしない。警戒なさっているのでしょうね。
 そりゃあ、あなたのように美しくハイスペックな女性ならば、どんな男だって恋してしまう。恋をしたら会いたくなって、会えば独占したくなる。

 そうはなりたくない貞淑な人妻のあなたに、僕は恋をしてしまいました。麗華さんにご主人がいらっしゃること、僕からすればそのほうが好都合です。
 その女性の一番になりたいという願望がない僕は、二番目のほうがいいのです。

 麗華さん、お願いです。せめて電話をして下さい」

 末尾に携帯電話らしきナンバーが記してあった。
 この彼が言っている通り、妻の送信ボックスには、「美しい人が真面目に話す会」宛のメールは他にはない。速人には驚愕してしまいそうな内容の最初のメールは、入会希望の自己紹介だったのだろう。

 妻は「美しい人が真面目に話す会」に入会した。この会はいわゆるSNSか。美男美女限定……それはいいとして。
 美男美女限定の会ならば、麗華という女以外にも美女は大勢いるのであろうに、こんなにたくさんのメールが来ている。このメールの発信者たちは、出会い系サイトとして会を使ってでもいるのだろうか。

 他のメールも内容は大同小異で、麗華さんは返事をくれない、といった恨み言が書いてあるものも多かった。麗華を名乗っている妻が送信メールを削除してしまったわけではなくて、発信していないのだろうと思えた。

「……ジョークなのか。そうだろうなぁ。だってなぁ……」
 重たげな足音が聞こえてきたので、テーブルに載っていたノートパソコンを消し、速人は妻に声をかけた。

「カヨちゃん、お疲れ。ココアでも淹れようか」
「ココアだけじゃ足りないわ。ケーキはなかった?」
「晩メシ、食ったばかりだろ。ま、いいけどさ。たしかここに……」

 駄菓子っぽいチョコレートケーキでも、ケーキはケーキだろう。はぁ、眠いとか言いながら、速人が淹れてやったココアを飲んでいる妻の前に、箱入りケーキを置いた。

「ありがと。あーあ、痩せたいなぁ」
「……そんなものを食いながら言っても、説得力ないぞ。カヨちゃん、身長、体重はどのくらい?」
「身長は168センチ、体重は……はかりたくないっ」

 身長だけは正直に書いていたようだが、体重はおそらく、自己紹介の二倍まではいかないにせよ、それに近いだろう。

 ジャージーの上下に身を包み、はあ、ねむっ、明日も仕事だぁ、がんばろうっ、とぶつぶつ言っている妻は、速人とは同じ職場で働く保育士である。大学時代からのつきあいだから、彼女がもてたことなんかないのを速人はよく知っている。

 もちろん、モデルなんぞできるはずもない。学生時代にはもうすこし細かったかもしれないが、肥満体女性ファッションのモデル以外の需要は、彼女にはないであろう。

「怒る気にならないし……」
「なにが?」
「いいんだよ。そんなに眠いんだったら寝てこいよ」
「洗いもの、してくれたんだよね。ありがとう、じゃあ、おやすみ」

 速人の頬にキスをして、カヨは流しにカップを運んでから寝室へ消えていく。速人もチョコレートケーキをひとつ、口に放り込んで思う。

 あの文章はカヨのストレス解消なのだろうか。保育士として主婦として母として、日夜奮闘しているにも関わらず痩せないカヨの幻想でもあるのか。美男美女限定とはいっても、写真を提出するわけでもなさそうで、自己申告だったらなんとでも言えるのだから、主催者もシャレでやっているのかもしれない。

 そう思うと、妻を咎める気にもならない。妻が男たちにメールをもらっても無視しているのは、会うわけにもいかないからだろう。電話もしていないと信じよう。妻だってシャレでやっているのだ。
 あんなものは恋愛ドラマにはまるのと似たようなこと。見なかったふりをしていよう。妻にやましい点があったら、あんなふうに夫の目につく場所にパソコンを出しっぱなしもしないだろうから。

次は「みー」です。

「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
この太った夫婦は、フォレストシンガーズの大学の合唱部の先輩です。高倉さんや星さんのさらに先輩ですので、本橋くんたちとは学生時代には触れ合いはありませんでした。







 
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~ Comment ~

続きますね

このしりとり。どこまで行くのだろう。あかねさんの飽くなき(?)創作意欲に本当に敬意を感じます。
そしてこの夫婦の日常の一コマ。いつものことながら面白いですね。
美人の妻、旦那は「妻がモテるのが嬉しい」なんて夫婦、おらんやろ~と思っていたら、実は三味線の比較的有名な女性奏者さんの旦那さんが完全にアッシー君状態で、しかも子供(女の子複数)まで三味線をしていて親子なのに美人姉妹演奏家みたい、って方がおられます。で、この旦那曰く「(美人の)妻と子供たちが楽しそうに演奏してるのをみるのが楽しくて」……う~む。絵に描いた餅のようだ。
で、こちらのお話は本当に絵に描いた餅だったのですね。
でも、きっと現実ってこんなものなんだろうな。ネットという世界が無かったら、こんなストレス発散もできないんですね。だから、このくらいのストレス発散、許されますね(*^_^*)

NoTitle

ま、美人を真面目に考えるのは嫌いではありません。
他人に選ばれる人生より自分を磨く人生の方が楽しいと思いますからね。まだ、そちらの方が好きになれます。

大海彩洋さんへ

いつもありがとうございます。

「キャラクターしりとり」のほうはとっくに行き詰ってしまっているのですが、こっちのしりとりはタイトルだけですから、時としてでっちあげをやったりもして、どうにか続いております。

美人の妻がもてるのは嬉しい、小説にだったら時々ありますが、現実にはどうなんでしょうね。
美人の妻と娘というんだったら、あの美女たちは俺のもの~~誰にもやらないよぉ、って感じで気持ちいい男性もいらっしゃるのかもしれませんね。

この小説の夫婦は、まぁ、夫が寛大ってことで。
このカップルの学生時代をちょこっと書きまして、最近もフォレストシンガーズのシゲと再会して保育園話を書いたりしていますので、ここにも出てきてもらったのです。
奥さんがこんなことをしていたら、怒る男性もいそうですよね。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

「美」というものについて真面目に考察する、いいですね。
人間、やっぱり外見も大切かもしれません。
外見だけで中身はさっぱりっていうのはよくないでしょうけど、中身の好みも人それぞれですから、自分に合った性格の悪さは楽しいかも、なんて思っております。

NoTitle

本当にこの旦那様は心が広いですね。
この奥さんも、これでストレス解消できるならば幸せな事かも。
うーん、でも、これでストレス解消は、わたしならできないなあ~。
そう言うことをしている自分に自己嫌悪かも。

そして、ネット上でこんな文章を見つけたら、どんな美人なんだろうと憧れる前に、なんだか鼻白んでしまって(笑)
たとえば相手が男性で、「俺はかっこいいんだ」とか書いてあるブログがあったら、ちょっと避けてしまうかも。
やはり、奥ゆかしさあっての美学。

だけど、外見の美しさを保とう、磨こうとするのは男女問わず大事ですよね。幾つになっても、きれいでいたいと思うのはとても大事だと思うんです。
この奥さんも、その寝る前の間食を抑えたら、もっと素敵な日々が待ってると思うのになあ・・・。
でも、旦那さんはいいのを掴みましたよね(笑)

limeさんへ

いつもありがとうございます。
旦那さん、いいのをつかみました、とおっしゃるのは、よく働いて稼いでくれる奥さんだからでしょうか?
カヨちゃんは働き者ですから、食べないともたないんですよね。こんないい奥さんだったら、太っていようと変なストレス解消をしていようと、我慢しなさい、ですよね。

ネットには時々、私は美人で学歴もあって、専門職で働いていてかっこいい夫と可愛い子どもがいて、収入もよくて~なんて自己申告なさってる方、いますよね。
意地悪なおばさんは、ほんまかいな? と思ってしまいます。

ああいうの、たぶん半分以上はカヨちゃんと似たようなものですよねぇ。
最近は、はいはい、言っててちょうだいね、状態になってしまいました。
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