ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS春物語「Eye of the tiger」

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フォレストシンガーズ


「Eye of the tiger」

 デジカメを構えて、俺は家族のうしろに立つ。ベストショットを狙っている父親と、そんなことは意識もしていない息子と妻、よくある休日の光景だろう。

 ウィークディなので混み合ってはいない動物園に、長男と次男を連れてきた。次男の壮介は赤ん坊なのでなんにもわかっていないのだろうが、ベビーカーの中で機嫌よくふにゃほにゃ笑っている。三歳の長男、広大は虎の檻の前に立ち、うわぁーーっ!! と大声を上げた。

「前にも動物園で見たけど、覚えてないかな? テレビだとか絵本だとかで見たことあるよね。パパの好きなトラッキーの仲間だよ」
「トラッキー?」
「そうそう、虎さんだからね」
「キー太くんは?」
「キー太くんはラッキーの弟だよね。そう、キー太くんは子どもの虎なの。広大はかしこいね」

 もとはプロテニス選手だった妻の恭子は、スポーツが大好きだ。プロ野球には興味なかったらしいが、俺が熱烈に野球好きなので、俺とともに俺のひいきチームの応援をしてくれるようになった。
 
 父親がファンであるチームを嫌う息子もいるようで、章なんかは親父さんが応援するチームを、だからこそ嫌いだ、俺はプロ野球なんか嫌いだ、アニメを見られなかったのはプロ野球中継のせいだ、と言っている。が、広大は素直なので洗脳されてくれた。

 大きくなったらまた変わるのかもしれないが、今のところは広大は恭子と俺と同じチームのファン。とりわけチームのマスコットである虎の着ぐるみたちが大のお気に入りだ。

「キー太くん、いないの?」
「子どもの虎は……あそこにいるよ。ほら、お母さん虎もいる。子どもが三匹、三頭っていうのかな。見に行こうか」

 息子と手をつないで、恭子が母子虎のいるほうへ移動していく。俺は次男のベビーカーを押してついていく。桜の花びらが風に乗って飛んでくる、のどかな春の午後だ。

「……キー太じゃないよ」
「そうね。本物の虎だもんね。だけど、可愛いでしょ」
「可愛い? 大きいね」
「子どもでも猫よりは大きいよね」

 当然、着ぐるみと本物の虎はちがう。恭子があそこにいると言ったものだから、広大はキー太がいると思い込んだのか、落胆の表情でいる。けれど、仔虎が母親にじゃれかかったり、仔虎同士でころげ回ったりしているのを見ているうちに、可愛いね、と言うようになった。

 動物の子どもは可愛い。恭子も俺も犬好きだから、将来は一戸建ての家を買って犬を飼おう、子どももあと何人か増えて、大きな庭で子どもたちと犬が遊ぶ姿を見たい、と夢見ている。仔虎たちのじゃれ合いはそんな将来を垣間見させてくれるようだった。

 猫に比べれば仔虎でも太くたくましい四肢を持ち、鋭そうな爪をしている。それでも鳴き声は猫のようなもので、じゃれ合っている様子も猫に似ている。幸生はネコ科の動物はみんな好きだけど、虎はいらない、シゲさんにまかせる、と言う。それというのもトラッキーやキー太のせいだ。幸生は別チームのファンなので、トラッキーなんか可愛くないじゃん、と考えたいらしい。

「パパ、写真撮って」
「このアングルだと仔虎たちも写るな。ママ、壮介をだっこして」
「はーい」

 愛しい家族の写真を撮りながら、俺はなにかを思い出しそうになっていた。
 虎……なんだっただろうか? 子どものころに父親に連れられて高校野球を見にいって以来、大人になってからも幾度も甲子園に行った。トラッキーだって何度も見たが、そっちではないような。

 あのころはキー太はいなかった。ラッキー、トラッキーのガールフレンドという設定の女の子トラの着ぐるみはいたはずだ。かなり昔、ラッキーと……ラッキーってのは人間の女性が着ぐるみを着ているようだから、中に入っている人間女性と? いや、そんな記憶はない。

 だったらなんだ? 虎、虎、虎……ハーモニーの練習をするにはふさわしいタイガーラグって歌があって……あの歌と関係あるのだろうか。
 写真を撮り、他の動物も見にいき、桜広場みたいになっている場所で恭子が作ってくれた弁当を広げる。大きなおにぎりをほおばる広大の写真も撮る。壮介もちょっとだけジュースをなめて、最高に幸せな一家団欒。

「あー、うまかった!!」
「広大もちっちゃいのによく食べるよね」
「ママも食べただろ」
「食べました。こんなにたくさん作ったの、みんななくなっちゃった」
「ごちそうさまーっ!!」

 三人で声をそろえると、壮介までがうきゃきゃっ、と唱和した。

「いいなぁ、パパだって広大だって、いくら食べても太らないんだもの」
「恭子も運動してるんだから太らないよ。ダイエットなんか考えなくていいって」
「太った恭子も好き?」
「う、うん」
「ためらいがちな返事だね」
「ためらいがちってか……」

 すいているほうではあるが、周りに他人が皆無ってわけでもない。フォレストシンガーズの本庄繁之一家だと認識している人間はいなさそうだが、人前でいちゃつくのが恥ずかしいのは昔からだ。恭子もその点は知っているので、あいかわらずね、と笑っていた。

「広大は眠くなってきたんじゃないの? 帰ろうか」
「そうだな、俺が抱いていくよ」
「うん、お願い」

 三歳児と赤ん坊連れでは、長時間のレジャーは無理だ。荷物は軽くなったので恭子が持ち、ベビーカーを押す。俺はすこしぐずっている広大を抱いて軽く揺さぶる。駐車場までゆっくり歩いていく途中で、虎の檻の前を通りがかった。

 こっちの子どもたちも昼寝の時間のようだ。南国の樹が植えられている根元に、母虎がゆったり寝そべっている。その腹のあたりに仔虎が三匹、気持ちよさそうにころがっている。お互い、子育てもがんばろうな、と話しかけようとしたら、母虎と視線が合った。

「あっ!!」
「シゲちゃん、どうしたの?」
「いや……そんなはずはないが……いや、あのさ、うん、いや……」
「どうしたのよ?」

 鮮明に思い出した。虎の寿命ってどのくらいだろう。猫よりは長いのか短いのか、いずれにしても十年以上は生きるだろうから、あり得なくはないのかもしれない。

 十年近く前、幸生とふたりして練習用スタジオ近くの公園で保護した、小さな虎の仔。あのころの幸生は虎も好きだったようで、抱き上げたら離せなくなったらしくて、スタジオに連れて帰った。
 猫だったらともかく、虎なんだから誰かが飼うわけにもいかず、どうしようかと困っていたら、母虎を連れた男がスタジオにやってきた。

 彼は虎のブリーダーだったようで、仔虎を迷子にさせるなんて無責任だと言った本橋さんと睨み合いになり、俺たちも焦った。屈強そうな男と本橋さんが喧嘩でもして、虎をけしかけられたら……と考えたのだったか。

 結局は男が詫びて、母虎も仔虎も彼とともに帰っていった。幸生は仔虎に情が移ったようで、しばらくめそめそしていた。あの仔虎に幸生がつけた名前がラッキーだったのだ。ラッキーということは、仔虎はメスだったはずだ。

 ってことは……目が合った瞬間に思い出したってことは、この母虎はあのラッキーなのでは?
 そんなはずないか、とも思う。なくもないかな、とも思う。
 そもそも、虎のブリーダーなんているのか? あの男についてはみんなに尋ねてみれば、俺が夢を見たのかどうか判明するはずだが、そんなことはなかったよ、と言われたら寂しいからやめておこう。

「そうだよ。ほんとにそうなんだよ」
「なに?」
「帰ったら話すよ」
 
 本当にそんなはずが、あったのだと思いたい。母虎があのラッキーだったのかどうかは別問題としても、俺が若くて独身で、フォレストシンガーズが無名だったころのそんな出来事を、妻と息子に話してきかせたかった。

END





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