別小説

ガラスの靴4

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「ガラスの靴」

4・試練



 いとこ同士にあたる、二歳のジョーとカナデ、三歳のコキュウが遊んでいる。幼児ってのはなんにも考えていないのだから、目新しい相手と遊べるのが嬉しいだけなのだから、気楽でいいなと思う。
 いや、なんにも考えていないわけではないのだろう。楽しいな、とかは考えているはずだ。だけど、僕みたいに頭の中を悩ましさでいっぱいにはしていないだろう。

 広い広い敷地の中の広い広い庭。アンヌと僕の夫婦とひとり息子の胡弓が住んでいるマンションは、アンヌの収入がいいので大きいほうだ。胡弓と一緒に遊びにいく公園だって小さくはないが、この庭はあの公園と同じくらい広いのではないだろうか。

「笙が専業主夫だって話すかどうか? うーん、どうだろ」
「言わないほうがいいかなぁ」
「田舎ってのはうるさいからな」
「そうなんだね。知らなかったよ」

 実は僕は、アンヌの育ちについても知らなかった。
 東北地方の豪農の娘、タイと日本のハーフである母と、大きな農家の跡取りである父の間に生まれたのがアンヌだ。母親はエンターティンメント系の職業だったらしく、アンヌはその血を濃く受け継いでいるのだろう。

 そんな両親の間に生まれ、母を早くに亡くし、父の後妻に育てられたアンヌには、六つ年下の弟がいた。うるさいという田舎では、子どものころにも近所からなんだかんだ言われたのかもしれない。

 いまだに詳しくは話してくれないが、だからこそアンヌは高校を卒業すると家を出て都会に行った。親なんか関係ない、あたしはあたしで好きにするんだ、と本気で言い、ロックミュージシャンとして成功したのだから素晴らしい。アンヌは僕の尊敬する最高の大黒柱だ。

 ふと、だけどアンヌの親は孫が見たいんじゃないのか? と思い立ったのは僕で、せがんで彼女の実家に連れてきてもらった。二十歳で新垣家の跡取りになったアンヌの弟の貞光は、十一歳年上の奥さんと、二歳の双生児の息子がいると知った。

「だけど、サダはおっさんくさいだろ。おまえとひとつしかちがわないなんてとてもじゃないけど見えないもんな」
「うん、正直、老けてるよね。歳を知らなかったら、操子さんと同い年くらいかなって思うもん」
「だろ。だから操子さんとだったら似合いなんだよ」

 自分も僕よりも年上のせいもあるのか、アンヌはソーコさんをかばう。サダもおかんも嫌いだよぉ、とぼやいて、ここに到着してからは部屋にこもっていたアンヌだが、胡弓が外で遊びたいと言ったので、やむなく庭に出てきた。

 胡弓が昼寝をしている間、僕は操子さんと話していた。お義兄さんと呼ばれたのをやめてもらったのはいいが、笙さんはなんの仕事をしてるの? と質問されて困ってしまったのだ。
 僕から見れば義母、アンヌとは血のつながりはない波津子さんは、まだ若いのもあって育児を引き受けているようだ。引き受けているというよりも、大事な三代目なのだから嫁には面倒見させずに私が見る、ってところか。

 「桃源郷」というアンヌのロックバンドのドラマー、吉丸さんには内縁の同性の妻、というか夫というか、立場的には妻と呼ぶほうがふさわしい美知敏がいる。僕はミチとはパパ友なので吉丸さんのお母さんについても聞かされるが、都会の祖母と田舎の祖母ってずいぶんちがうんだなぁ。

 それはともかく、育児をさせてもらえない操子さんは、独身時代の趣味を続けたいらしい。なのになのに、田舎のひとが邪魔をする。近所の人々というのは無関係ではないのだそうで、役にも立たない英会話や読書やピアノなんて、時間の無駄、金の無駄だと言われるのだそうだ。

 そんな田舎で、僕は専業主夫だなんて言っていいのか? 子どもたちが無邪気に遊んでいる姿を眺めながら、アンヌも僕も悩ましさ全開になっているのだった。

「いとこだけあって、うちの子たちと胡弓くんは似てますね」
「このくらいの年の子って似てるかな」

 よく言えば貫録たっぷり、悪く言えばおっさんにしか見えない、貞光が庭に出てきた。

「姉は主婦や母には向かない女かと思ってましたが、それなりに子育てもしてるんですね」
「ええ、まあ、アンヌさんには仕事があるから、僕も……」
「義兄さんも手伝ってくれてるんですね。義兄さんのほうが姉よりもお母さんみたいだから」
「そうですかぁ」

 はっきり言わなくてもいいんじゃない? 様子を見ようか、とアンヌと相談したので、貞光の台詞には曖昧に応対している。アンヌは子どもたちと鬼ごっこをはじめ、きゃっきゃっという声が庭に響いていた。

「それにしても、義兄さんはご奇特な方だ」
「そう?」
「まあちょっと小柄だけど、綺麗な顔をしてるってのに、なにもあんな女と……」
「アンヌさんも綺麗ですよ」
「綺麗ではあるけど……僕はね、絶対に処女としか結婚したくなかったんだ」
 
 はぁ? と問い返したくなったのを、からくも我慢した。

「過去に男性経験のある女はもっての他。肉体関係がない程度のつきあいをしていたくらいだったら許すけど、できればそれもないほうがいい。男とつきあったって結婚前に身体を許すような女も断じてお断り、そういう主義だったんですよ」

 あんた、できちゃった婚じゃなかったのか? 僕は心で突っ込みを入れた。

「操子と知り合ったときには、僕はまだ二十歳。彼女は三十をすぎてましたよ。だけど、男とはつきあったことがないんだって言ってました。太目のブスなんだからそういうこともあるだろうけど、うちの姉みたいに身持ちの悪い美人よりは、純潔なブスのほうがいいかなって」

 たしかに操子さんはそうだろうけど、僕は身持ちの悪い美人のほうがずーっといい。

「農家ってのは嫁の来手が少ないんですよ。そんなこんなもあって、早めに妥協して結婚しようと決めたんだ。僕は跡取りなんだから、絶対に子どもがほしい。母としても操子が妊娠していたら反対はしにくいだろうと思って、既成事実を作ったんですよ。自分から言い出したくせに、操子が僕の提案を飲んだときには……やっぱこいつも結婚前に男と寝るのか、とかね、打算で結婚したいんだろな、とかね、矛盾したことを考えたものです」

 操子さんの台詞とは微妙にちがっているが、どっちでも大差はない。特にはなにも言わずにうなずいている僕に向かって、貞光は続けた。

「そんなだったから、最初から冷めてましたよ。ま、子どもがほしかったのと、農家の跡取りとしては妻がいないと格好がつかないってのもあったから、これでいいんですけどね、後悔はしてるかな。そんなに急がなくてもよかったかなって。義兄さんもそう思いません?」
「僕は後悔なんかしてないよ」
「あんな女で満足ですか」
「僕はアンヌさんを愛してるもん」

 ふひゃあーっ、と変な声を出して、貞光はおおげさにのけぞってみせた。

「愛? そういえば僕の友達ってか、青年団の仲間にいますよ。愛し合ってるんだって。それを聞いたうちの母が笑ってましたね。今どきの夫婦だったら愛し合ってるってのもあるのかもしれないけど、私たちのころは、夫婦仲がいいとご近所に馬鹿にされたものだよって」
「夫婦仲がいいといけないんですか」
「夫婦の仲がいいなんて気持ち悪いでしょ」

 カルチャーショックの連続で、僕にはまともな返答はできなかった。

「昔は特にそうだったらしいですよ。うちの母は双生児の孫ができて満足していて、嫁にはあまりかまいませんけど、母が嫁に来たころには姑がそれはそれはうるさくて、父もかばってもくれなくて、近所のひとには辛抱が足りないって言われるし、若嫁会の仲間にとっても仲のいい夫婦がいたんでいびってやってストレス解消していたとか」
「妬いてたのかな」
「妬きはしないでしょ。仲良し夫婦なんて気持ち悪いんだから」

「僕たちは仲良しですよ」
「都会の人間は世界がちがうからね。僕だったらあんな女、どんなに美人でも金持ちの娘でも、絶対に結婚しないもんな」

 あんな女と言われているのは聞こえていないようで、アンヌは子どもたちとはしゃいでいる。聞こえていたなら弟をぶっ飛ばしにくるだろうから、アンヌが子どもたちと遊んでいてよかった。

「ところで……」
「あ、ああ、僕の仕事?」
「質問しても返事をしない、言葉を濁す。なにかいかがわしい仕事をしてるんじゃないでしょうね」
「えーっと、そうねぇ」

 ものはためしに言ってみた。

「だとしたらどうする?」
「そうですね」

 彼には姉のアンヌに対する愛情だったらあるのか。子どもは可愛い、母は大切、そういう人間としての情はあるようだが、姉は半分しか血がつながっていないのだからどうだろ? 奥さんに対する台詞には照れってものも含まれるらしいが、僕にはそういった照れはないので意味がわからない。

 その意味でためしてみたら、貞光は僕をじっと見つめた。僕も彼をじっと見つめ返して、にやっとしてやる。彼もにやっとしてから言った。

「なんだったらうちに居候させてあげましょうか。小作人みたいな仕事だったらあげられますよ」
「ありがとう。でも、僕は今の僕に満足してるから大丈夫」
「……ふーん。ま、いかがわしくないんだったらいいんですけど、そこんところは大丈夫ですね?」
「うん、大丈夫」

 主夫がいかがわしいなんてことは絶対にないのだから、そこんところは絶対に大丈夫だ。
 貞光はそれ以上にしつこくは問いかけてこない。僕も彼ら夫婦については言わない。夫婦の数だけ夫婦の関係ってのはあるんだよ、ってことにしておこう。

 ただ、弟の悪口だったら言ったけれど、義妹の操子さんを悪くは言わず、子どもたちと楽しそうにたわむれているアンヌには惚れ直した。僕はやっぱり、都会の今どき夫婦のほうが性に合っているんだから。

つづく




 

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~ Comment ~

NoTitle

うわ~、ダメだな。貞光って、人間的にダメです。
田舎ってやっぱり凝り固まった観念があるだろうけど、貞光はそれを考慮しても人間的な愛情が欠如してる。
女は男のために存在するって思ってるような・・・。
操子さんは、よく我慢していますね。
器量がよくないからって、あきらめてるんでしょうか。
うーん、なんかここの家は安らぎってものがないですよね。
アンヌが帰りたくないのも分かる気がします。

limeさんへ

いつもありがとうございます。

こんな奴と結婚するぐらいなら、独身のほうがずーっといい、と思っていただけるような男を書きたかったので、そう言っていただけて嬉しいです。

それでもやっぱり結婚したいって女性もいるんですよね。
男性の場合、どんな女でもいいから結婚したい、とはあまり言わないような?
まあ、サダくんは暴力や浮気はないようですから、割り切ったらいいのかもしれませんが。

アンヌもね……これからけっこう……だったりします、
笙も……だったりしますので、これはそういうお話だということで、ご不快だったらすみません。軽ーく流して下さいね。
けれど、私が絶対にいや!! な逸脱は書かないつもりです(^^ゞ
それでも読んでいただけるととてもとても嬉しいです。
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