ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS春物語「Pillow Talk」

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フォレストシンガーズ

「Pillow Talk」

 茨城県にある恵の実家にも結婚の報告と挨拶に行き、高知県の俺の実家にも報告をした。電話に出た母に結婚すると告げると、しばし絶句してから母は言った。

「誰とね?」
「大学のときからの彼女、恵」
「ずっとつきあってた?」
「そうやきに。言わんかったか」
「聞いたかなぁ。それで、仕事は?」

「俺は歌手になるって言うてたけんど、結婚したらプロでもない歌手では食っていけん。恵の親父が茨城県で会社をやっとるきに、そこで雇ってもらえるって決まってるんや」
「……それは、よかったんぞね?」
「よかったんだろ」

 土佐弁を矯正して標準語のかっこいい男になるつもりが、大阪弁だのなんだのも混じってしまって変な言葉遣いになった。けれど、そんなことはどうでもいい。家にも近いうちに一度、帰るから、と言い置いて電話を切った。

 なのに、である。

「ヒデ、できてなかったの」
「……なにを? できたから結婚しようって話になったんだろ」
「そうなんだけど、私もなにかと悩んでたから不規則になってただけみたい。できてなかったよ」
「そっか」

 医者に行くなり薬を使うなりしてきちんと確認したのではなかったのか。気が抜けている俺に、恵はおずおずした様子で問いかけた。

「そしたら、結婚はやめる?」
「今さらやめられるはずがないろう」
「……だよね」

 はめられたか? いや、今さらそんなことを言うのも男らしくないだろう。俺は人生を賭けるつもりだったフォレストシンガーズを脱退したのだ。これからは妻のために生命を賭すのもひとつの生き方だ。これぞ男の生きる道、そう考えているしかなかった。

 フォレストシンガーズからの脱退を表明したすぐあとに、学生時代から暮らしていたアパートは引き払った。逃げたのではなくて、誰かが説得しにきたりしたらいやだからだ。

 じたばたするのはやめて、それからは結婚準備に忙殺されていた。高知の親の家に帰って親戚のおじさんやおばさんたちに囲まれて宴会をやったり、結婚式や新婚旅行のプランを嬉しそうに立てている恵につきあったり。結婚式も新婚旅行もどうでもいいが、女はどうでもよくはないのだろうからつきあうしかなかったのだ。

「だけど、ヒデはお父さんの会社でも新入社員なんだし、私も働くとはいっても金持ちじゃないし。じきに子どももほしいんだもんね。節約しようね」
「そのほうがいいだろうな」

 ほぼ家族だけの地味な結婚式。新婚旅行も国内にした。春の房総半島が美しいと恵が言うので、そこならば近くていいだろうと、ふたりしてやってきた。

「お疲れさん、結婚式ってけっこうしんどいよね」
「恵は疲れただろ。俺は言われるままにやってただけだけど、旅行が近場だったのは助かったな」
「ほんとは海外、行きたかったけどなぁ」
「俺は海外って行ったことないぞ。おまえはあるのか?」
「学生のときにグァムと韓国には行ったよ」
 
 男と? などと質問するのは野暮だろう。恵が俺以外の男とベッドの経験があるのは気づいていたが、俺なんかは数も覚えていないほどに女とは浅く広くつきあってきたのだから、恵の男性経験をあれこれ言う気はない。暗黙の了解として、そんな話は避けるだけだ。

「海が荒れてるね」
「……桂浜はいっつもこのくらいの荒れようだよ」
「いつかはヒデの故郷にも行きたいな。お母さんがね、遊びにきてねって言ってた」
「そりゃ言うだろうけど、そのうちにな」
「散歩に行きたかったのになぁ」

 結婚式は短い時間だったから、午後には電車に乗って夕方には房総半島にたどりついた。夕食前に散歩をしようと恵は言っていたのだが、雨が降ってきたようだ。

「三泊四日するんだから、散歩は明日でもいいだろ。恵も俺も朝も昼もたいして食ってないんだから、うまいものを食って寝ようぜ」
「それもいいかもね」
「今夜は初夜なんだもんな」
「私たちも初夜っていうんだろか」
「新婚第一夜を初夜っていうんだよ」

 くすぐったそうに笑う恵が色っぽく見える。
 背は高めで中肉で、胸のでかい色黒な女だ。茨城県の海近くで育ったから、陽灼した肌が地になってしまったと恵は言う。俺も高知の海育ちで色黒だから、似たタイプなのかもしれない。気の荒いところも似ているから、喧嘩になるとひどいものなのだが。

 ふたりしてホテルのレストランに行き、フルコースディナーを注文する。新婚初夜なのだから、恵はオレンジいろのドレスを着ている。俺もスーツを着て、似合うよ、素敵、なんて言い合って照れて笑った。

 日本酒とビールが好きな俺も、ムードに合せてシャンパンを飲む。料理に合わせて白と赤のワインも飲む。高知に帰ったときに母と親戚のおばちゃんたちが作ってくれた皿鉢料理のほうがうまかったな、と思っても言わない。

 どことなし醒めてはいるが、すこしは酔った。食事をすませて部屋に戻る。こうしてひとつのベッドで眠るのもはじめてではないが、今日からは夫婦だと思うと感慨はちがっていた。

「窓ががたついてるね」
「立派なホテルなんだから、なんちゃあないきに」
「茨城で土佐弁で喋っても通じないかもよ」
「うん、これで最後にするよ」

 どちからからともなくベッドにすわって、どちらからともなく抱き合う。愛してる、好きだ、などとは言い合ったこともないけれど、夫婦になったのだから縁はあるのだろう。ワインの香りのキスをかわして、ベッドに倒れ込んだ。

 窓の外は春の嵐。俺の腕の中で乱れている恵も嵐のようで、こっちの相性はいいんだから、俺たち、うまく行くよな、と恵の耳元に囁いた。

END







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~ Comment ~

NoTitle

結婚なんていつでもやめようと思えばやめれますよ。
・・・なんて、破滅論者の戯言はやめましょうかね。
要するに覚悟の問題だと思います。
流されるままに生きていくのが人ですが
我慢はダメだと最近よく思います。

LandMさんへ

いつもコメントありがとうございます。
このストーリィはヒデのその後を知っていただいていないと、そっかー、といった感じにはならないかと思いますが、それはそれとしまして。

なんにしたって、やめようと思えばやめられますよね。
そのふんぎりをなかなかつけられないのも人間なのかもしれません。
我慢はしすぎるとよくありませんから、適当なあたりで発散しましょう。
私も意地悪心を小説を書いて発散しています、すみません(^^ゞ
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