ショートストーリィ(しりとり小説)

82「美しすぎて」

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しりとり小説82

「美しすぎて」


 パパとママはどうして結婚したの? 小さなころに姫女神が尋ねると、父はこう答えた。

「ママが最高に美人だったからだよ。顔の綺麗なひとは心も綺麗なんだ。ヒメカはママに似てよかったね。パパもママもきみをこんなに大切にしているんだから、きみはママに似てるんだから、大きくなったら最高の美人になるよ」

「愛していたからよ」
 シンプルにそう答えた母の言葉も、父の言葉もヒメカは信用していたが、高校生にもなると、母のほうはそれだけではなかったのではないかと思えてきた。

「ママは美人だよ。お金をかけてるからもあって、四十代になっても綺麗。独身のキャリアウーマンに見られただとか、二十代だと信じ込まれてるだとか言ってるけど、それはお世辞だと思う。でも、私が細かく見ても肌も綺麗だし、プロポーションもいいな」

「エステだとか行ってるんでしょ? プチ整形とかも?」
「エステには行ってるみたい。暇な専業主婦だもんね。テニスだの歌のサークルだの、華道だのなんだのって習う以外は、ヘアサロンやエステに行くしかないんだもん」
「家事はしないの?」
「家政婦さんがいるから。家政婦さんの作ったごはんのほうがおいしいから、私もママには家事なんかしてほしくないんだ」

「ヒメのパパは銀行の頭取さんだもんね」
「キリんちだって、官僚っていうんでしょ。同じようなもんじゃん」
「うちの学校の子の家って、たいていは金持ちだよね」

 同級生の稀莉亜とふたりして、校庭のベンチで話す。ヒメカとキリア、愛称はヒメとキリ。ヒメはキリに言った。

「だからさ、パパがママの顔が好きで結婚したのは本当なんだよ。ママって顔以外にとりえはないもん」
「ひどっ。そしたらママは? パパのお金?」
「そうなんじゃない?」
「それって悪いの?」
「悪くはないよ。私だって、今の生活以下の結婚生活なんて送りたくないから、金持ちと結婚したいもんね」

「私だってそうだよ。うちのママも美人で、パパは金持ち。ヒメも私もママに似てよかったね」
「そうだよね。キリも金持ちと結婚したいでしょ?」
「ってか、うちのパパぐらいの収入のある男としか結婚してやらない」
「だよね」

 結婚観が一致したので気をよくしていると、キリアの携帯パソコンが鳴った。近頃流行りのゆるゆるスローテンポな曲が流れ、キリアのママらしき女性の声が聞こえてきた。

「キリ? 今日はママ、お迎えに行けないのよ。車を使う用ができちゃったの。パパの車も使ってるし、キリの車は調子がよくなかったでしょ? タクシーで帰ってこられないかな?」
「いいよ」

 ありがとう、ごめんね、と言ってキリアのママは電話を切り、キリアの携帯パソコンも自動的に切れた。キリアはベンチから立ち上がって言った。

「ラッキー。送り迎えってのは窮屈なんだよね」
「タクシーで帰るの?」
「ううん、たまには歩いて帰る」
「歩いて? あたしもそうしようかな」
「たまにはいいんじゃない? ウォーキングってダイエットにいいんだよ」

 ヒメカも携帯パソコンを取り出し、音声でメールを発信した。ママ、今日はキリんちの車に乗せていってもらうから、お迎えはいらないよ。

 物騒な世の中だと親たちは言う。小学生は庶民だと集団登校をしているが、中学生にもなると個々で帰るようになる。高校生も庶民は電車やバスで通学しているが、この学校の生徒たちはまずまちがいなく、車で送り迎えしてもらっていた。

 キリアやヒメカクラスの家庭だと、父と母と子どもの車、最低でも三台は所有しているのが当然だ。子どもの車には運転手がついているのも通常で、ヒメカのための車は一日の大半の時間はガレージで眠っている。
 送り迎えをしているのだから、寄り道はできない。そのおかげでわが校の生徒たちには不良はいない、が学校関係者の誇りのようだが、抜け道はなくもない。

 十年ほど前に発売されたスマートフォンが進化した形の携帯パソコンは、ありとあらゆる情報を持ち主にもたらしてくれる。一時は高校生はパソコン離れしていると言われたものだが、ヒメカたちの世代は小さなコンピュータをスムーズに操れないとなにもできないに等しいのだった。

 校門から出てキリアとヒメカは歩く。道はパソコンが教えてくれるから問題ない。いささか遠いが、疲れればタクシーに乗ればいい。歩くという行為が新鮮で、ヒメカは解放感も覚えていた。

 それからは歩くのが楽しくなって、ヒメカは母に言った。このごろ太ってきちゃってさ、ダイエットのためには歩きたいの。放課後だけ、キリとふたりだったらいいでしょ?

「太るのはよくないわね。太りやすい年ごろだし……キリちゃんのお宅でもかまわないんだったら、ヒメちゃまもかまわないわよ」
「ありがとう、ママ」

 歩いていると車内にいては見えないものも見える。ヒメカたちの高校は私服なのだが、カジュアルな服装でもいかにも高級なブランド品だと、わかる者にはわかるのだろう。目ざとい者などは鞄についている校章を見て、ほら、あそこの高校の、と噂する。

 やっぱ私たち、特権階級なんだよね、とヒメカは思う。男の子たちの憧れのまなざしや、庶民高校の制服を着た女の子たちの嫉妬のまなざし。反感がこもっていなくもない年上の女性たちの視線、いやらしいとも思える年上の男性たちの視線までが、ある種快く感じられていた。

「あたし、あんたには負けないんだからっ!!」
「は?」

 そうして歩きはじめて二か月ほど経っただろうか。暑くなってきたら歩くのは中止にしようか、とキリアと相談しながら家路をたどっていると、ヒメカの前に立ちふさがった女の子がいた。庶民高校の制服を着た冴えない少女は、ヒメカに指をつきつけた。

「あんたなんか大嫌い!!」
「へ? 私、あんたを知らないんだけど……」
「なんなの? あんた、なんか変?」

 横で首をかしげているキリアとヒメカが顔を見合わせているうちに、庶民の少女は走っていってしまった。

「なんだ、あれは? キリもあの子、知らないよね」
「知らないよ。なに言ってたんだろ」
「さあ?」

 なにがなんだかわからないので、気にしないことにして歩き出した。
 高校からはヒメカの家のほうが近い。徒歩だと三十分程度で、ダイエットのためのウォーキングには最適な距離だろう。キリアの家まではさらに十五分ほど歩くので、彼女はいつも、あたしのほうがプロポーションよくなるもんね、と自慢していた。

 その翌日からは、学校を出て歩き出すと、庶民少女の姿を見るようになった。あれからは話しかけてはこないのだが、たびたびキリアとヒメカを見ている。時にはグループでふたりを遠巻きにして内緒話をし、あげくはみんなで哄笑したりまでした。

「なんなんだろ、気分悪いよね」
「だからってガラ悪く言い返したりしたら、あの子たちと同じになっちゃうね」
「あなたたちはお嬢さまなんだから、レベルの低い女の子たちと同類になったらいけませんよ、ってか」
「うちのママも言いそう」

 こっちはこっちで話し合って、つんっとしてむこうのグループのそばを通り過ぎた。
 しかし、気分が悪い。そんなことがたび重なったのもあり、夏になってきたのもあって、ウォーキングは一時中止すると決めた。

「ママ、明日からまた迎えにきてね」
「いいけど、歩くのはやめたの?」
「暑くなってきたからさ……それと、気分の悪い女がいるの」
「女?」

 帰り道に会う庶民少女の話をすると、母は言った。

「それはきっと、その子の好きな男の子がヒメちゃまに片想いしてるのよ。男子高校生にだって会うでしょ?」
「うん。私をうっとりした目で見てる男の子もいるよ」
「でしょ? その女の子、あんたには負けない!! って言ったのよね」
「あんたなんか大嫌いとも言ってた」

「そうよ、きっとそうよ。ヒメちゃまはとびきり可愛い女の子で、お金持ちの娘だっていうのも一目瞭然な上等で高級な女の子でしょ。そんなヒメちゃまに、その子の好きな男の子が憧れている。それで対抗しようと思ったんだろうけど、無駄だわね」
「……かもね」
 
 出た、ママのポジティヴ思考、とヒメカは思う。世の中のすべての事柄を自分に都合よく解釈するのは母の特技であるから、こうして外見を若く保てるのかもしれない。ヒメカはなにもしなくても若いが、将来のためには母の思考を見習おう。

「あなたも私も、美しすぎるって罪よね」
「……そうよねぇ。今日のママも綺麗よ」
「ヒメちゃまもとーっても美人よ。さすがに私の娘だわ」

 まあ、私のほうが上だけど、ママは衰える一方なんだから、褒めてあげなくちゃね。娘のそんな本心を母は知らないのだろう。あの庶民少女の本心もヒメカは知らないが、母を見習って、いいほうに考えておくことにした。

次は「て」です。

「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
宝井早苗、旧姓は八幡早苗。フォレストシンガーズとは大学が同じで、合唱部のお騒がせ女でした。
結婚して母になってからもフォレストシンガーズの世界に波風を立てていた彼女の娘、姫女神。本編はヒメカが主役です。
このストーリィは2020年前後が舞台で、現代とはあまり変化のない近未来です。




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~ Comment ~

NoTitle

・・・・。
・・・・・。
・・・・・・。
他意はあるのですが、
この手合いの女性とはあまり好きではないのですよね。
直にこういう人と会うと、多分私は相当警戒すると思います。

いや、美しいところではなくて。
むしろ、その生き方に関してですかね。

ふうむ。
私と言う人間性は難しいものです。
( 一一)

LandMさんへ

いつもありがとうございます。
この母のほう、早苗って女は嫌われキャラでして、この女は二度と出てきませんよね? 出てくるなっ!! とまで言われ、著者としては嬉しかったものなのです。

ですから、LandMさんがこういう女、好みだなぁ、とおっしゃったとしたら……いやいや、あり得ませんよね。
嬉しいです。

でも、世の中にはめんどくさい異性が好きだとか、精神的に病んでる相手を支えてあげるのが理想、だとかいう人間もいますので(たぶん、そういうことを甘く見てるのでしょうが)、人の好みっていろいろですよね。

美人と結婚して、うちの妻は中身も顔と合ってて美しいんだと信じて一生を終える、それはそれで本当に幸せだと思います。
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