別小説

ガラスの靴3

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「ガラスの靴」

     3・帰省

 うららかな気候というのはこういう天気を言うのだろう。小学校に入学したときから、国語算数理科社会の全教科と、体育や音楽も苦手だった僕だが、妻のアンヌはロックミュージシャン、むずかしい歌詞の歌も歌う上に頭もいいから、言葉なんかも教えてもらった。

 もっともアンヌはヴォーカリストで、詞や曲を書くわけではない。隣同士のブランコにすわって我が子たちが遊んでいるのを眺めている美知敏の夫である、ドラムの吉丸さんは作詞作曲をするのだから、美知敏、通称ミチは僕よりももっと配偶者にさまざまに教えてもらっているはずだ。

「主夫業には慣れてきた?」
「まあ、すこしはね。だけど、主夫って大変だよね。僕は笙くんを尊敬しちゃうな」
「いやいや、それほどでも……」

 来年には幼稚園に入園する予定の僕の息子は胡弓、僕の名前にちなんで和楽器の名をつけた。三歳になる胡弓がアンヌのおなかに宿っていたときに結婚したのだから、三度目の結婚記念日がすぎたところで、僕は二十三歳だ。
 専業主夫というのは珍しいようだが、僕らは平凡な女と男の夫婦である。妻のアンヌはまあまあ成功したミュージシャンだから、胡弓と僕はまあまあいい暮らしをさせてもらっている。

 一方のミチは、男だ。夫の吉丸さんは再婚で、来闇という二歳の息子がいる。コキュウ、ライアン、今どきだわねぇ、と言われる名前だろう。

 男同士とはいえ彼らは事実婚の夫婦で、ミチは専業主夫。吉丸さんはアンヌのバンド「桃源郷」のドラマーだから、アンヌとは昔からの仲間だそうだ。もしかしたら吉丸さんとアンヌは過去になにかあったのかなと思わなくもないのだが、今のアンヌは僕に、笙、あたしはおまえ一筋だよ、と言ってくれるのだからいいことにしよう。

 それに、結局のところは吉丸さんはゲイなのだ。なにかしらまちがったらしくて女性と結婚してライアンが産まれたものの、ミチと不倫して離婚してしまったのだから。

 いっぷう変わっているといえばいえる同士の、ミチと僕は近くに住むようになって親友になった。専業主夫をしているパパ友なんてのは貴重な存在なのだから、ミチはライアンの実の父ではないとはいえ、父というよりも継母みたいなものだとはいえ、僕と似た立場の友人は希少で貴重なのだった。

 桜の花もちらちらと咲いている、うららかな春の公演で、ミチと僕はお喋りしている。このあたりはマンション街で、ミチと僕は同じマンションの階ちがいで暮らしている。戸主がミュージシャン、専業主夫の夫である僕、それに準じた立場の妻? 夫? どっちでもいいか、のミチ。

 そんな珍しい僕らを、子ども連れのママたちがちらっ、ちらっと見る。桜もちらちら、視線もちらちらの昼下がり。ライアンと胡弓は砂場で仲良く遊んでいた。

「吉丸さんのお母さんはなんか言ってた?」
「子育てって疲れるのよね。ミチくんはよくやってくれてて安心だわって」
「メイドってか、ハウスボーイみたいに思ってるのかな」
「そうかもしれないね」

 薄々は気づいているのだろうが、進歩的な女性なのか、自分が孫育てから解放されたのだからラッキーだと思っているのか、吉丸さんの母は息子夫婦に干渉しないのだそうだ。
 夫だの妻だのとややこしいが、吉丸さんとミチに関しては世間の夫婦とは一方の性別がちがっているだけなのだから、ミチを妻として語ろう。

「ミチの親は?」
「僕の親は田舎にいるんだから、僕は都会でドラマーにお願いして内弟子にしてもらって、その男の子育ても手伝ってるって言ったら、音楽をやる人間には昔ながらの子弟制度も残ってるんだねって、感心してたよ」
「そっか、そんならいいね」
「笙くんの両親は賛成してくれてたんだったよね。アンヌさんのほうは?」
「僕らは結婚式もやってないから、アンヌさんの親には会ったこともないんだよ。アンヌさんの実家も田舎だとは聞いてるけど、まかせっぱなしにしてるから」

 昼間にミチとそんな話をしたせいか、アンヌの実家が気になってきた。
 なにしろ僕らには息子もいる。うちの両親は我が家に遊びにきたり、僕が胡弓を連れていったりすると相好を崩して喜んでいる。アンヌの親も胡弓に会いたいのではないだろうか。

「おまえってほんと、主婦みたいだよな」
「僕は主夫だもん。アンヌさんは親が心配じゃないの」
「うちの実家は弟が跡を継いでるんだよ。親父は死んじまって、義理のおかんと弟と弟のヨメと、そのガキどもが暮らしてんの。あたしももう長く帰ってないんだよね」

 結婚前にも、あたしは大人なんだから親は関係ない、と言い切ったアンヌだ。その夜、遅くなって帰ってきたアンヌを質問攻めにすると、ようやく答えてくれた。

 農家の主人であり、広い土地を所有していたアンヌの父は、中年になってからアンヌの母と結婚した。アンヌの母はタイ人とのハーフだったそうで、アンヌが日本人そのものではない顔をしているのも道理なのだった。
 ダンサーだかなんだったか、アンヌも詳しくは知らないらしいが、母は早く亡くなって、後妻にやってきた女性がアンヌの弟を産んだ。現在ではその女性とその息子、その妻とその子どもの家庭になっているのならば、アンヌが帰りたくもないのもわかる。

「田舎なんだね。農家なんだね。僕は行ってみたいな。胡弓にも田舎を見せてあげたいな」
「おばあちゃんったって、血のつながりはないんだよ」
「叔父さんやいとこにはあるでしょ」
「まあそうだな」
「弟さんっていくつ?」

 指折り数えて、アンヌが言った。

「二十四だな」
「若いんだね。それでもう結婚してて子どもがいるの?」
「二十一で年上の女と結婚して、双生児の男の子が産まれたとは聞いてるよ」
「僕と近い年なんだ。会いたいな」
「おまえ、遊びにいきたいだけだろ」

 ばれちゃったのだが、たまには遠出しようか、とアンヌがうなずいてくれた。翌朝になってから伝えると、田舎のおばあちゃんちに行くの? と胡弓も喜んでいた。

 満開になった桜が散ったころ、三人でアンヌの実家へとドライヴに出発した。運転は僕で、今日はアンヌがうしろの席でママしている。アンヌの実家はたいそう不便な場所にあって、車で行かないとたどりつかないのだと言う。胡弓も僕も完全な都会生まれの都会育ちだから、田舎に遊びにいくとなるとうきうきしていた。

 丸一日近くかかってたどりついた、アンヌの田舎。ここは東北地方になるのだろうか。アンヌが連絡してくれていたので、弟夫婦とお母さんと双生児の息子たちもそろってお出迎えしてくれた。

「姉さん、お久しぶりです。義兄さん、はじめまして。貞光です。こちらは母の波津子。こちらが妻の操子。息子の奏と丈です」
「いらっしゃいませ」

 これで僕よりもひとつ年上なだけ? 三十五歳くらいに見える貞光と、ほんとにそれくらいの年齢なんじゃないかと思える操子さんが頭を深く下げ。そのうしろでお母さんも微笑んでいる。双生児は二歳か。カナデとジョーとは、名前たけは今どきだ。

「疲れたよ。胡弓も疲れただろうから昼寝させてくる」
「あ、アンヌさん、待って」
「笙は好きにしな」

 運転していたのは僕なんだから、僕のほうが疲れてるのにな。とは言うものの、僕までが引っ込んでしまっていいのだろうか。ここは主夫のつとめとして、妻の家族と親しくなるべく努力しなくてはならない? 僕が悩んでいるうちに、お母さんと弟は子どもたちの手を引いて応接間らしき部屋から出ていってしまう。操子さんと僕だけが残された。

「ほんと、広いおうちですね」
「はい。あの、お義兄さんはどんなお仕事をなさってるんですか」
「アンヌさんから聞いてません?」
「ご主人と息子さんと三人で、遊びにいくとおっしゃっていただけです。私は義姉さんに会うのははじめてですし、音楽をやってらっしゃってわりと派手な女性だとだけ聞いていたんですけど、真面目そうですよね」
「いやぁ、ははは」

 いつもの過激なメイクは控えめにして、黒髪のかつらをかぶるとアンヌは地味な美人に変身する。僕の両親にはじめて会いにきたときにもそうやってごまかしていた。

「お義兄さんのことはなにも聞いてないんですよ」
「そうなんだ。あのね、操子さんって僕より年上でしょ。笙って呼んで下さい。お義兄さんなんて呼ばれるともぞもぞしちゃうよ」
「年上だってわかります?」

 まずかったかも、と思ったが、あとの祭りだ。

「そうなんですよ。私はもう三十五なんです。老けて見えます?」
「老けてるってか、三十五歳くらいかなって思ったから……」
「年相応に見えますか。まだしもよかったわ」

 すこしふっくらした体型で、背は高いほうだ。アンヌも背は高いが、お母さんは小柄なようだから、弟の貞光も小さめででっぷりしていた。操子さんは貞光よりも背が高いだろう。

「十一歳も年上ですから、ずいぶん反対されたんです。妊娠してるのがわかって、やっとお嫁にもらってもらえたんですよ。年齢だけじゃなくて、いろんなことで反対されて……」
「同居なんですよね」
「もちろんです」

 僕への質問はどうでもよくなったのか、操子さんは自分語りをはじめた。

「私は仙台でOLをしていたんです。三十すぎても独身で、東京でだったら珍しくもないんでしょうけど、地方は結婚が早いから肩身が狭かった。そんなころに、仕事の関係で農家の主人の集まりに出席したんですよ。新垣家はもう、貞光の代になってましたから、彼が出席してました。豪農といっていいおうちばかりだから、農家の嫁でもいいかなぁって、そう思っていたから貞光に気に入ってもらって、つきあうようになって……」

 仙台といえば東北では都会だ。農家の嫁がどんなものなのかもうひとつわかってなかったと、操子さんは弱々しく微笑んだ。

「十一も年上の嫁? できちゃった結婚? それだけでも散々に笑われて、図書館に行くと、あーら、さすがに都会出身の大学出の嫁はちがうわね、勉強家ね、って皮肉を言われるんです。独身のときにやっていた英会話の勉強だとか、ピアノだとかも続けたいんですけど、先生がいませんし、なんの役にも立たない趣味なんて金と時間の無駄だって言われますから、こっそり独学でやってます」
「お母さんが無駄だって言うの?」
「お母さんはあまり言わないんだけど、近所のひとが……」
「なんで? 関係ないじゃん」
「関係なくはないらしいですよ」

 カルチャーショックを受けるようなことばかり並べられて、僕はだんだんと呆然としてきていた。

「で、お義兄さん、笙さんはなんのお仕事を?」
「えっとぉ……僕がなんの仕事をしているのかも、近所のひとには関係なくないんですよね」
「そりゃあそうですね」
「では、ちょっと、アンヌさんと相談してきます」
「……笙さん?」

 専業主夫の立場としては、僕の一存では事実を答えられない。夫婦がふたりともに満足しているんだったらいいじゃないか、と思っていた僕にとっての、初の試練なのだろうか。田舎を甘く見ていたかも?

つづく







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~ Comment ~

NoTitle

ふうむ。私は年相応に見られる方ですが。
まあ、まだ年相応で見られて良い年齢なのですが。
…もう少し歳食ったら、髪を染めた方がいいかあ?
・・・とおもうようになってきましたね。
ま、気持ちは若く持ちたいものです。
( 一一)

LandMさんへ

いつもありがとうございます。
私は昔は若く見られましたけどね。
もう、若く見られても意味ないかな、って年齢になってしまいました。

男性は髪を染めていない方も多いようですけど、やっぱり豊かな髪で色が濃いほうが若々しく見えるっていうのはありますね。
髪の量は大丈夫ですか?

女性も髪が少なくなってくるとかなり哀しい感じになりますよね。
私はそこんところは今のところは大丈夫ですが。
人間は年月には絶対に勝てませんよねぇ。

NoTitle

笙の周りには、常識とはちょっとかけ離れた人たちが多いですよね。ミチさんとか^^

だけど田舎ではそういうもろもろをカミングアウトするのは難しいんでしょうね。
良いような、悪いような、狭い常識の空間ですものね。
(私が田舎暮らしがいやで飛び出したのはそのせいでもあるんですが、今いる場所も、やっぱりそうでしたね^^; 日本は、やっぱり日本で)
人のうわさをしたり、自分の固定観念で人を見る人は、何だか苦手です。

limeさんへ

いつもありがとうございます。
こういうのって日本特有というか、アジア特有というか、やたら他人が気になるひとって多いみたいですね。
欧米人は気にならないのかな? 気にするやり方がちがうのかもしれませんね。

テレビで見たのは、
「瀬戸の花嫁」とかいって、結婚したカップルが小舟に乗って島中にお披露目をする。
「素敵」と司会者が喜んでいましたが、私はぞーっとしました。
離婚でもしたらなんと言われるんだろ?

友達に聞いたのは、
彼女のご夫君が亡くなってしばらくたったころ、お化粧をして外出したら「主人が亡くなったばかりやのにそんな赤い口紅つけて」と陰口をきかれたそうで。

友達のエピソードは大阪ですから、どこにでもそんなことを言うひとはいるんですね。
私は大阪生まれの大阪育ちですが、大阪はけっこう古いかもしれません。

田舎といってもいろいろで、田舎の方には怒られそうなストーリィになってしまいましたが、私のすかすか脳みそを振り絞って「変な奴ら」を書いているわけだと解釈していただければ幸いです。
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