ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS春物語「ポイズンビー」

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フォレストシンガーズ

「ポイズンビー」

 眠たい春の午後、昨夜は夜更かしをしていたのだから、遅起きをしても眠い。冷蔵庫も戸棚も空っぽだったので朝メシも食わないままに、顔を洗って適当に服を着て、俺はアパートの外に出た。
 
 このごろ運動不足だから、ひと駅歩こうか。生活全般が不規則で不健康で、それほど多忙ってわけでもないのに疲れが溜まっている。埃っぽく生あたたかな都会の空気の中を歩く。時間の余裕はあるから歩いていれば目も覚めるだろうし、なにか買って食ってもいいし。

 そのつもりでたらたらと歩いていたら、足が止まった。
 アパートの最寄りの駅からひとつむこうの駅までの間の、小さい会社やビルや飲食店の並ぶ通りだ。繁華街というほどでもなく、都会の駅前だったらどこでもこんなふうだろう。稚内とはえらいちがいだな、と何年たっても故郷を思い出してしまう。

 そんな中に古びたビルがある。そのビルの前にロープが張られていて、車が数台停まっている。人もばらばらと群れている。警察もいる。ロープの近くに女がいて、マイクを手に喋っていた。

「……現場からお届けしました、スタジオにマイクをお返しします」

 なにかのリポーターか。最後しか聞けなかったので、なにが起きたのかはさっぱりわからないが、事故か事件か。交通事故ではなさそうだ。
 我々のファーストアルバムが発売されたばかりのころに、俺はアパート近くで交通事故を目撃した。被害者が重傷という人身事故だったのもあって、俺は単なる目撃者なのに警察に連れていかれて尋問された。当時の俺は無名のシンガーだったから、不審がられて質問が過酷になったのもあった。

 あのころに比べればすこしは有名になったとはいえ、フォレストシンガーズの木村章なんて、警察は知らないだろう。つかまらないようにしなくちゃ、と用心しいしい、リポートを終えたらしき女の顔を見た。見た途端にまたもや足が止まった。

「綺麗に撮れた?」
「誰も亜紀さんの顔なんか見ちゃいないよ」
「私の顔じゃなくて……私の顔もあるかな。覚えててくれるひともいるよ。あ、小林亜紀だ、なつかしいなって、どこかのテレビ局からオファーがあるかもしれないじゃん」
「ないない」

 話している相手はテレビ局か下請けプロのクルーだろう。俺の知らない男と軽口の応酬をしている女は、タレントの小林亜紀だ。俺は彼女を覚えている。
 フォレストシンガーズがデビューして間もないころだから、今から三年ほど前か。当時の我々は社長の方針で、テレビのバラエティ番組に呼ばれると出ていた。あれは深夜番組の中の「突撃!!」というリポートコーナーだった。

 深夜の街に出ていって、道行く人に突撃インタビューをする。仕込みもあったが、時には本当におかしな奴に遭遇して焦ったり逃げたりもした。

 番組自体が視聴率も取れない寂しいもので、他のコーナーにも無名の芸人やタレントたちが出ていた。そのひとりが小林亜紀。かつてはそこそこ売れていたタレントだったのだが、三年前でも人気は下降線一方だったようだ。

 落ちはじめた人気を止めるのはむずかしい。なのだから、現在の小林亜紀は世間からは忘れられたに等しい存在なのだろう。本人も言っていた通り、仕事もなくてワイドショーのリポートでもしているのか。俺だって彼女と関わりたくなんかなかったのだが。

「章くん?」
「あ、どうも」

 立ち止まって見ていたものだから気づかれた。アキとアキラ、名前が似てるんだね、と話して、ちょっとだけ仲良くしたこともある女だった。

「なつかしいねぇ。章くんは歌手、続けてるの?」
「まあね」
「見ての通り、私もまあまあがんばってるよ。義理のあるプロデューサーに頼まれて、お昼の番組のリポートやってるの。もうすこし待機してるから、お昼でも食べにいかない?」
「いや、俺は仕事で……」
「いつ終わるの? 終わったらデートしようよ」

 断るタイミングを逃してしまって、亜紀と約束した。
 じゃあ、あとでね、と手を振っている亜紀は、先入観を省けば可愛い女だ。俺と変わらぬ背丈だから小柄ではないが、ほっそりしていて服装のセンスがよくて化粧がうまい。年はいくつだったか。すこし年上だったはずだが。

 年上の女は嫌いな俺だが、ひとつぐらいだったら許容範囲だ。タイミングどうこうではなくて、断りたくなかったから約束したのだろう。

 駅につくと新聞を買った。亜紀のいた現場は昨夜、酔っぱらい同士の揉め事で人が殺された場所らしい。俺んちの近くで人殺しか。怨念が漂っていたりしないのかな、そう思ったりもしたが、都会では毎日人が死ぬ。思い煩っていては生きていけない。

 忘れることにして、今日の仕事をこなした。
 結局朝メシは忘れていたので腹が減って、ライヴのリハーサルで出た弁当が美味に感じられた。事実、うまい弁当だったらしくて、シゲさんと本橋さんはふたつずつ食っていた。

 一度だけ亜紀とは寝ている。それがあるのでみんなには、今夜は小林亜紀とデートだとは言いにくい。内緒にしておいて、みんなとは別れて待ち合わせ場所へと向かった。

 待ち合わせをしたのは、亜紀が指定した公園だ。亜紀も夕方までは仕事があるとのことで、俺の仕事場と彼女の仕事場の中間点あたりに決めた。俺はリハーサルだと言ったら亜紀は、あいかわらず売れてないんだ、と笑っていたが、彼女はなんの仕事だろう。どうだっていいんだから追及はしなかった。

 有名人でもない亜紀と俺なのだから、春の宵の公園で会っていても誰も注目もしない。なんだかけだるい空気の中、昼間よりは背が低くなった亜紀があらわれた。

「俺に気を使って、ヒールのない靴にした?」
「わかる? あたしって優しいじゃん? 章くんはお金もないんだろうから……うふふ」
「金はないけど、だからなに?」
「うふふ」

 コーヒーを飲んだり食事をしたり、酒を飲んだりするぐらいの金だったらある。割り勘にしようと言われるのかと危ぶんでいる? 亜紀のほうこそそんなに困窮しているのかと想像すると、言えなくなってしまった。

「散歩しようか」
「それでもいいけど、亜紀ちゃんは腹は減ってないの?」
「今夜はレコーディングの打ち合わせだったのね。歌を作ってくれたのは、三木本サユリ先生。サユミン先生って料理自慢なんだよね。あの年のおばさんになってるってのに、子どもがいないせいなのか、若い子に手料理を食べさせるのが趣味なんだよ。だからね、いっぱい持ってきてくれたの。サユミン先生の作った料理、おいしくもなかったけど食べなかったら睨まれるじゃん。無理に食べたからおなかは減ってないんだ」
「ああ、そう」

 そんな馬鹿な。おまえは俺がさっきの会話を聞いてなかったと思ってる? 仕事がなくてワイドショーのリポーターになったおまえに、三木本サユリが曲を提供してくれるはずがないだろ。サユミンだって落ち目だけど、もとの格が違うんだから、おまえとは現段階ではちがいすぎるよ。

 そうは言えなくて、そんなことも絶対にないとはいえないよな、と自分に言い聞かせる。亜紀の見栄である確率は九十パーセントほどだろうから、痛々しくも感じていた。

「章くんは減ったんだったら、ホットドッグでも買う?」
「あとで食いにいくからいいよ」
「あたしはこのあと、まだ仕事があるんだ。つきあってあげらんないな」
「そうなのか」
 
「ねえね、章くん、聞いて」
「聞いてるよ」
「歌だけじゃなくて、ドラマのオファーも来てるんだ。カリコ・キリコ主演のドラマで、相手役は桜田忠弘、あたしはタダくんの妹役なんだよ」
「そうなんだ」

 ドラマに出てみたいなぁ、と目を輝かせていた、三年前の亜紀を思い出す。タダくんだなどと桜田さんを呼ぶのまでが痛々しく思えた。
 その調子で、亜紀は今後の仕事について熱く語る。歌、ドラマ、映画、海外の賞を獲得する確約のあるノンフィクション番組、夢を語っているのではなく、決定事項として話している。大言壮語というよりも虚言だとしか思えなくて、俺は無口になっていった。

 右側を歩いている亜紀の声が、蜂のさえずりのように聞こえてくる。蜂なんてものは夜には巣に帰るのではないか? 耳元でぶーんぶーん、羽音が聞こえる。耳の中に毒を注がれている気分になってきた。

「章くんはあたしとホテルにも行きたかったんだろうけど、ごめんね。今夜は徹夜になりそうだから無理だよ。内緒だけど、章くんはロック好きだったから教えてあげる。誰にも言ったら駄目だよ」
「ああ」
「もうじきレッドツェッペリンが再結成されるらしいのね」
「オリジナルメンバーで?」
「もちろん」
 
 これだけでも嘘だ。レッドツェッペリンのオリジナルメンバーはすでに、彼の逝去によって一名欠けている。

「そしたら日本にも来るんだって。特別ゲストとして亜紀ちゃんにコンサートに出てほしい、花束を捧げてほしいって、熱望されてるんだそうだよ」
「誰が熱望してんの?」
「えーと、ドラムのひと」
「ああ、そう」

 まさにその、ドラムのジョン・ボーナムがこの世にいないのだ。俺がレッドツェッペリン好きだと言ったのを覚えていたのだろうが、俺の前でそんな話をするな。痛々しすぎて怒りたくなってきた。

「だからね、その打ち合わせもあるんだ。章くんとは散歩だけしかできないけど、また今度ね。今度はいつ会える?」
「忙しいんだったら、亜紀ちゃんはどこかで身体を休めたほうがいいな」
「やだ、ホテルは無理だって」
「うん、わかったから俺は帰るよ」
「……すねちゃったの? ごめんね」

 そうじゃなくて、このままでいると怒ってしまいそうだからだ。この嘘つき女!! って罵ってしまいそうだからだ。彼女が意識しているのかどうか知らないが、亜紀が発散する毒まじりの澱が俺をどろどろにしていく。

 哀れささえも覚えてきたから、俺は亜紀をあしらって公園の出口付近で別れた。おぼろ月のおぼろな光の中で、亜紀は毒蜂をまといつかせているような姿で、俺に手を振っていた。

END




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