連載小説1
「I'm just a rock'n roller」19
「I'm just a rock'n roller」
19
独身というのは面倒なようでもありうらやましくもあるけど、俺にはもう関係ないと、赤石耕平は達観しているつもりになっている。
恋だか遊びだか知らないが、そんなものにうつつを抜かしている場合ではないだろう。耕平が加入してからリリースした「かすめる香り」は、出足は好調だったらしい。おまえが入ったおかげで運が向いてきたかもしれないな、と社長にも言われたものだ。
好調とは言っても無名バンドとしては、程度だったのだから、ついたはずの火は燃え広がらず、ぶすぶすくすぶっている段階だ。
地上波放送のテレビでは若者向けの歌番組は乏しく、あってもアイドルばかりが出ている。ロックバンドの舞台はテレビではないのだろうが、顔を売るのはテレビがもっとも手っ取り早い。
「タイアップを取るのも有効な手段だから、ドラマの主題歌、CMソング、そういうのも手を尽くしてみたんだよ。でも、駄目だったな。ひとつだけ、やってみる? って言われたのがあったんだけど……」
おまえ、気が向かないだろ? なんですか? 社長と冬紀がやりとりし、そんなの、俺にはできませんっ!! と断固として冬紀が答えたのは、関西の田舎のスーパー銭湯のラジオCM音楽だった。
「そういうのってやりたくないのか」
「赤石、無理強いはさせるなよ。俺だって、これはいくらなんでもジョーカーのイメージじゃないと思ったんだよ。友永がやると言うならやらせてもいいけど、やりたくないよな」
「やりたくありません。スーパー銭湯のCMソングだったら、のんびりゆったり癒し系っての? 俺にはそんな音は書けません」
「赤石は作曲ってしないのか?」
「うーーん……」
曲が書けそうだったらやってみます、と耕平は社長に言ったのだが、できそうにない。伸也と尚はたまに曲を書くのだそうだが、そのたび冬紀にぼろくそに言われて引っ込める。作詞作曲は俺の領域だと、冬紀は決め込んでいる。
であるから、ジョーカーは耕平の加入前とたいして変わっていない。「ホーリーナイト」の仕事だけが定期的で、他は単発。テレビのヒット曲番組の「今週の注目曲コーナー」に出してもらう交渉を社長がしたのだそうだが、失敗に終わった。
山根ももこや悠木芳郎のPRも不発だったようだし、メンバーの友人知人、家族などがCDを買ってくれ、知り合いに宣伝してくれたのもごまめの歯ぎしりというか、大海に吹いたそよ風というか、なんの効果もないに等しかった。
そんな状況を打破するには、もっと練習するしかない。耕平にはそれ以外の手段は思い浮かばない。ジョーカーを世に出すためには社長が奮闘してくれているのだから、メンバーたちは彼に報いるためにも腕を上げるしかない。ジョーカーってうまいよね、と言われれば、徐々に仕事も増えていく。そうと心得てやるしかない。なのにどいつもこいつも、女にばかり気を取られて。
雑念を起こさないためには、ハードな練習をしてくたくたになるべきだ。青少年の健全な育成にはスポーツがいいと聞く。楽器の練習はスポーツ並に体力を使うのだから、思い切り練習するんだ。俺には妻がいて、扶美ちゃんにいい想いをさせてやりたくて……ってのも雑念だよな。
どことなし心がよそに飛んでいっているようにも見える伸也、そんな伸也を気にしている尚、冬紀はギターが大好きだから練習にも熱が入っているように見えるが、本当はなにを考えてるんだか……今夜は誰とデートしようかな、だったりして? と耕平は疑ってしまう。
それでもしっかり練習して、飲みにはいかずに家に帰った。入浴をすませて扶美の作ってくれた料理と発泡酒で、ふたりの夕食。耕平が伸也と恵似子の話をすると、扶美が言った。
「耕平くんは恵似子ちゃんの電話番号、知ってる?」
「メルアドだったら聞いたよ」
「なんだか気になるよね。武井くんは、まさか……とか言ってたんでしょ? まさかってなんなんだろ。私が訊いてみようかな」
「お節介だろ」
「私は武井くんの仲間の奥さんだよ。恵似子ちゃんから見たら彼氏の友達の妻、恵似子ちゃんとだって友達同士みたいなものじゃん。うん、メールしてみる」
その理屈は破綻していないか? ではあるのだが、耕平にはうまい反論は見つからない。食事がすむと耕平が皿洗いを引き受け、扶美は恵似子にメールをしていた。
「恵似子ちゃんから返事が来たよ。アパートにいるみたいだから、電話してみる」
「恵似子ちゃん、迷惑がってないか」
「話したかったみたいよ」
勝手にこんな真似をすると、伸也が怒るのではないかとも思う。しかし、こうなったら扶美を止められなくて、彼女のしたいようにやらせた。扶美は恵似子から聞いた電話番号にかけ、ふたりは長時間話していた。
「つまりね」
「うん」
電話を切った扶美は、耕平と向き合った。
「この間、武井くんは恵似子ちゃんとのデートをキャンセルした。恵似子ちゃんはひとりぼっちでつまらないから、友達の香苗ちゃんのマンションに遊びにいこうとしたのね。香苗ちゃんってのも耕平くんたちとも知り合いなんでしょ? 金持ちの娘で可愛い子で、恵似子ちゃんとは親戚で友達で、なんだよね。そんな子に乗り換えられたら、恵似子ちゃんだってたまんないよ」
「え?」
「そうなの。その日、香苗ちゃんと武井くんがキスしてるのを、恵似子ちゃんが見ちゃったんだって。言いたくないって言うのを聞き出すの、大変だったんだからね。武井くんが耕平くんだったりしたら、ぶっ飛ばしてるところだよ。武井くんにもやっていい?」
「ぶっ飛ばすのか……いや、それはまずい」
「まずいのはわかるけどさ、最低な奴!!」
怒っている扶美の気持ちはわかるが、友永冬紀だったらともかく、武井がそんなことをするだろうか。恵似子が嘘をつくはずはないだろうから、とすると……耕平は腕組みをして考え込んだ。
つづく
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独身というのは面倒なようでもありうらやましくもあるけど、俺にはもう関係ないと、赤石耕平は達観しているつもりになっている。
恋だか遊びだか知らないが、そんなものにうつつを抜かしている場合ではないだろう。耕平が加入してからリリースした「かすめる香り」は、出足は好調だったらしい。おまえが入ったおかげで運が向いてきたかもしれないな、と社長にも言われたものだ。
好調とは言っても無名バンドとしては、程度だったのだから、ついたはずの火は燃え広がらず、ぶすぶすくすぶっている段階だ。
地上波放送のテレビでは若者向けの歌番組は乏しく、あってもアイドルばかりが出ている。ロックバンドの舞台はテレビではないのだろうが、顔を売るのはテレビがもっとも手っ取り早い。
「タイアップを取るのも有効な手段だから、ドラマの主題歌、CMソング、そういうのも手を尽くしてみたんだよ。でも、駄目だったな。ひとつだけ、やってみる? って言われたのがあったんだけど……」
おまえ、気が向かないだろ? なんですか? 社長と冬紀がやりとりし、そんなの、俺にはできませんっ!! と断固として冬紀が答えたのは、関西の田舎のスーパー銭湯のラジオCM音楽だった。
「そういうのってやりたくないのか」
「赤石、無理強いはさせるなよ。俺だって、これはいくらなんでもジョーカーのイメージじゃないと思ったんだよ。友永がやると言うならやらせてもいいけど、やりたくないよな」
「やりたくありません。スーパー銭湯のCMソングだったら、のんびりゆったり癒し系っての? 俺にはそんな音は書けません」
「赤石は作曲ってしないのか?」
「うーーん……」
曲が書けそうだったらやってみます、と耕平は社長に言ったのだが、できそうにない。伸也と尚はたまに曲を書くのだそうだが、そのたび冬紀にぼろくそに言われて引っ込める。作詞作曲は俺の領域だと、冬紀は決め込んでいる。
であるから、ジョーカーは耕平の加入前とたいして変わっていない。「ホーリーナイト」の仕事だけが定期的で、他は単発。テレビのヒット曲番組の「今週の注目曲コーナー」に出してもらう交渉を社長がしたのだそうだが、失敗に終わった。
山根ももこや悠木芳郎のPRも不発だったようだし、メンバーの友人知人、家族などがCDを買ってくれ、知り合いに宣伝してくれたのもごまめの歯ぎしりというか、大海に吹いたそよ風というか、なんの効果もないに等しかった。
そんな状況を打破するには、もっと練習するしかない。耕平にはそれ以外の手段は思い浮かばない。ジョーカーを世に出すためには社長が奮闘してくれているのだから、メンバーたちは彼に報いるためにも腕を上げるしかない。ジョーカーってうまいよね、と言われれば、徐々に仕事も増えていく。そうと心得てやるしかない。なのにどいつもこいつも、女にばかり気を取られて。
雑念を起こさないためには、ハードな練習をしてくたくたになるべきだ。青少年の健全な育成にはスポーツがいいと聞く。楽器の練習はスポーツ並に体力を使うのだから、思い切り練習するんだ。俺には妻がいて、扶美ちゃんにいい想いをさせてやりたくて……ってのも雑念だよな。
どことなし心がよそに飛んでいっているようにも見える伸也、そんな伸也を気にしている尚、冬紀はギターが大好きだから練習にも熱が入っているように見えるが、本当はなにを考えてるんだか……今夜は誰とデートしようかな、だったりして? と耕平は疑ってしまう。
それでもしっかり練習して、飲みにはいかずに家に帰った。入浴をすませて扶美の作ってくれた料理と発泡酒で、ふたりの夕食。耕平が伸也と恵似子の話をすると、扶美が言った。
「耕平くんは恵似子ちゃんの電話番号、知ってる?」
「メルアドだったら聞いたよ」
「なんだか気になるよね。武井くんは、まさか……とか言ってたんでしょ? まさかってなんなんだろ。私が訊いてみようかな」
「お節介だろ」
「私は武井くんの仲間の奥さんだよ。恵似子ちゃんから見たら彼氏の友達の妻、恵似子ちゃんとだって友達同士みたいなものじゃん。うん、メールしてみる」
その理屈は破綻していないか? ではあるのだが、耕平にはうまい反論は見つからない。食事がすむと耕平が皿洗いを引き受け、扶美は恵似子にメールをしていた。
「恵似子ちゃんから返事が来たよ。アパートにいるみたいだから、電話してみる」
「恵似子ちゃん、迷惑がってないか」
「話したかったみたいよ」
勝手にこんな真似をすると、伸也が怒るのではないかとも思う。しかし、こうなったら扶美を止められなくて、彼女のしたいようにやらせた。扶美は恵似子から聞いた電話番号にかけ、ふたりは長時間話していた。
「つまりね」
「うん」
電話を切った扶美は、耕平と向き合った。
「この間、武井くんは恵似子ちゃんとのデートをキャンセルした。恵似子ちゃんはひとりぼっちでつまらないから、友達の香苗ちゃんのマンションに遊びにいこうとしたのね。香苗ちゃんってのも耕平くんたちとも知り合いなんでしょ? 金持ちの娘で可愛い子で、恵似子ちゃんとは親戚で友達で、なんだよね。そんな子に乗り換えられたら、恵似子ちゃんだってたまんないよ」
「え?」
「そうなの。その日、香苗ちゃんと武井くんがキスしてるのを、恵似子ちゃんが見ちゃったんだって。言いたくないって言うのを聞き出すの、大変だったんだからね。武井くんが耕平くんだったりしたら、ぶっ飛ばしてるところだよ。武井くんにもやっていい?」
「ぶっ飛ばすのか……いや、それはまずい」
「まずいのはわかるけどさ、最低な奴!!」
怒っている扶美の気持ちはわかるが、友永冬紀だったらともかく、武井がそんなことをするだろうか。恵似子が嘘をつくはずはないだろうから、とすると……耕平は腕組みをして考え込んだ。
つづく
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