ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「ほ」

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フォレストシンガーズ

「ほのかに薫る」


 海外へひとり旅に出かける。長い休暇となるとそうするのが習慣になりつつあったのだが、今回は長いというほどの休暇でもない。国内旅行にしようか。
 仕事で旅をする以外は、いつだってひとり旅だ。他人とスケジュールを合わせるのは仕事のときだけでいい。ガキの時分にいつかは弟を旅行に連れていってやると約束したが、あいつはもはや、兄貴となんか旅行したくないだろう。俺だってしたくない。

 さて、どこにしようかと考え、鉄道行き当たりばったり旅に決めた。
 乗車券だけを適当に買い、東京駅から気の向いた列車に乗る。俺は鉄ちゃんではないので鉄道にはたいした興味もないが、めったに乗らなくなった新幹線以外の電車に乗ってみたくなったのもあった。

 新幹線か飛行機以外は、仕事での移動はほとんど車だ。ライヴツアーなんかだと街から街へと、フォレストシンガーズの車で走る。運転手とスタッフと、マネージャーやバックバンドのメンバーや、フォレストシンガーズの全員や、全員ではなくて二、三名が同乗する場合もある。

 大人数のライヴツアーだと、よそもたいていがそうしているらしい。機材はトラックに積まれて先行し、人間は別の車でステージ目指して走る。

 アマチュア時代に憧れたそんな旅には新鮮味はなくなったが、ステージは好きだ。歌うのは大好きだから、ライヴツアーは疲れはしても楽しい。何人かの専属運転手がいて、幸生がそのときの運転手に話しかけては、運転の邪魔をするな、とシゲさんに怒られたりもしていた。

 JRを気ままに乗り継いで、降り立ったのは群馬県、水上だった。北のほうに行こうか。歌だって旅情をテーマにすれば北になる。俺は北海道稚内出身なので、近頃ちょっとご無沙汰の雪景色がなつかしくなったのもあった。

 次に降り立ったのは新潟県越後湯沢。目的地はここでもいいか。新潟でうまいものを食って温泉にでも入ろうか。そんな気持ちにもなったのだが、もっと列車に乗りたくなって、もう一度そこらへんに止まっていた特急に乗り込んだ。

「金沢行き? あ……そっか。ま、いっか」

 偶然が偶然を呼んだような形ではあるが、必然だって混ざっていたのだろう。若かったころ、俺は乾さんに反発しながらも、暇があると彼のアパートを訪ねていた。乾さんに喋るとお節介を焼かれると承知の上で、なんだって喋っていた。

 金沢にはむろん、仕事でだったら幾度も来た。金沢でライヴをやったこともある。乾さんが生まれて育った家にも行った。
 北陸新幹線開通が間近だという、金沢駅にたどりついた。金沢ってのは地方都市でもあり観光都市でもあり、なんだかあかぬけた空気がある。加賀百万石、江戸時代から裕福な土地柄だからなのか。稚内とはちがって金持ちっぽい地方というのか。

 小さな荷物をぶらさげて、駅前を歩いてみる。ひとりでこんなところをのんびり歩くのははじめてだ。前に来たときには飛行機で、空港からは車だったから駅は通り過ぎただけ。フォレストシンガーズもいくらかは有名になってきたから、それって嬉しいけど不自由でもあるよなぁ、なのだった。

 とはいえ、フォレストシンガーズは五人グループであり、よほどのファンでもなければ、木村章というメンバーがいるとは知らなかったりもする。俺は小柄なのもあって目立たないから、ひとりで地方を歩いていても誰にも気づかれないことだってある。

 今にも雪が降りそうな平日の午後、誰にも気づかれないだろうと楽観することにして、ひとりで歩く。タクシーに乗れば簡単なのだろうが、それではつまらないのでバスにすることにして、入ったラーメン屋で店員のおじさんに質問してみた。

「犀川のほうですか。白菊町かなぁ。犀川ってのは広いですから、どこに行きたいかにもよりますけどね」
「白菊町ですか。ひとまずそこに行ってみますよ」

 どこのバス停から何番のバスに乗ればいいのか、も、店員のおじさんは調べて教えてくれた。しょうゆ味の和風ラーメンも美味だった。
 あのおじさん、俺のことは知らなかったみたいだ。気づかれると面倒に思ったり、気づかれないと寂しかったり、注文の多い奴だと我ながら思う。

 バスの窓から橋が見えてくる。川が見えてくる。ああ、乾さんの家はあっちだな。ここからだと遠いな。意外と金沢駅から距離のなかった、白菊町で降りて川のほうへと歩いていった。

 乾さんの親の家に招かれたときには、家の近所を散歩したりもしなかった。お母さんの品の良さに萎縮しそうになったり、うちの親父とは大違いのものわかりのよさそうなお父さんに圧倒されそうになったり。怖そうなおじさんでもないのに圧倒されそうになったって、なんでだろ。

 あのお母さんとお父さんに疲れさせられて、幸生でさえも無口になっていたのだから、俺はぐったりしてしまっていた。乾さんはだからこそ、あれからは金沢で仕事があっても俺たちを誘わないのだろう。あまつさえ、乾さん本人もあまり親の家には行っていないようだし。

 なので、ほんとうにこのあたりを歩くのははじめてだ。雪は降っていないが、積雪はすこしだけある。しごく普通の街の景色が、うっすらと雪化粧されるととても綺麗だ。稚内では薄化粧どころの積雪ではないから、こんな景色は望めない。金沢って綺麗だなぁ。

 観光地に行くつもりはないから、犀川のほとりを走ってみたくなった。バスの路線はないようだし、タクシーだと運転手との会話がわずらわしいので、レンタカーにしよう。

「木村章……自由業……木村章さんって……」
「田中、お客さまの申込書を覗くな」

 若い女の子が覗くんだったらいいけどね、とも言えず、俺は顎を撫でていた。どうやらレンタカー店の女の子は俺を知っているようで、好奇心で覗いていたのだろう。上司に叱られて首をすくめている女の子は可愛い。俺も自己顕示欲が満たされて嬉しかった。
 
 レンタカーに乗って犀川沿いを走る。雪はやんだので悩まされなくてすむ。俺って生まれたときから現在まで、ユキに悩まされてるよなぁ、と苦笑しながら運転していたら、若き日が思い出されてきた。

 車窓には犀川、ここは金沢市。金沢といえば乾隆也。俺を悩ませる元凶のふたりは、三沢ユキオと乾隆也。幸生はユキと自称しているし、乾隆也は雪国、金沢の出身だ。
 乾さんとはじめて会ったのは、大学合唱部。俺が一年だけ籍を置いたサークルでだった。しかし、本橋さんとの初会話の印象は鮮烈に残っているのだが、乾さんとの初会話の記憶はあやふやだった。

 初対面は合唱部室でだったはず。三年生の乾さんはキャプテンの補佐役みたいなものだったから、キャプテンは頼りない、副キャプテンは無能だとの評判だったから、本橋さんと乾さんが裏で暗躍していたはずだ。

 けれど、俺は合唱部なんて好きでもなかったから、印象が強くないのかもしれない。大学を中退してからは、たった一年間の学生生活はすべて忘れたいと願っていたから、本当に忘れてしまったのもある。学生時代の乾さんとの想い出……そんなのってないかも。

 中退してロックバンドで活動し、バンドを解散してから幸生と再会し、アマチュアだったフォレストシンガーズに引っ張り込まれてからだったら、腐ってしまいそうなほどに乾さんとの関わりはたくさん、たくさんあった。ひとつずつ思い出すと叫び出しそうだから、頭を振って運転に専念しようとつとめる。

 なぜ叫び出しそうなのかといえば、理由にもさまざまある。
 恥ずかしかったり悔しかったり、腹立たしかったり切なかったり、思い出したくもないのに思い出す。ふてくされて、田舎に帰って漁師になるとうそぶいて叱りつけられたり、女に手を上げるなと説教されたり……あいつの言い分は正論だけにむかつくのだ。

「やばい。事故るぞ」

 思い出したくもないのに思い出して頭がぼやっとしそうなので、車を止めた。見つけたコンビニで熱いお茶を買い、車の中で飲みながら川を眺める。このあたりだと乾さんの親の家に近いはずだ。再び雪が降ってきたのもあって人通りはない。俺は川と雪を交互に眺めていた。

「あれ、梅の花だよな」

 このあたりにはけっこう大きな屋敷もある。こんな雪の中でつぼみがほころびかけている花を見つけて、ふいにこんな歌が浮かんできた。

「梅がえにきゐる鶯春かけて 鳴けどもいまだ雪はふりつつ」

 鶯は雪の中では鳴かないが、シチュエィションは似ているかもしれない。
 作詞をするのに花の名前を知らないの? と美江子さんには呆れられる俺たちの中では、乾さんだけが唯一、花には詳しい。梅と桃と桜の区別もつかないような他の四人に、乾さんが教えてくれた。

「ばあちゃんだよ。うちのばあちゃんは華道の先生だったし、庭で花を育ててもいたから、ガキのころからあれはなんの花、漢字ではこう書く、って教えられたんだ。ガキのころに覚えたものはずっと覚えてるんだな」

 言い訳ともつかない台詞を口にしつつ、これが梅だよ、と乾さんが樹木に咲く花を示した。俺なんかは母に教わってもろくに聞いてはいなかったが、乾さんは興味を持っていたから覚えていたのだろう。

 ばあちゃんか。
 梅といえば清澄な香りも思い出す。まだつぼみの梅の花は香らないのかもしれないが、そんなこんなを思い出すと、会ったこともない乾隆也のばあちゃんまでが浮かぶ。
 目を閉じると、梅の咲いた枝を手にした、小柄で性格のきつそうなばあちゃんが思い浮かべられる。あの枝でガキだった孫をひっぱたいたりして?

「そんなことをしたら梅の花が散ってしまうから、叩いたりはしません。それよりもね、章さん、あんたはね……」
「あ、いいから。おばあちゃんにまで説教されたくありませんから」

 なんだって空想でまで説教されなくちゃなんないんだよ。
 慌てて目を開けると現実の光景。川と雪と追憶。犀川って荒々しい川なんだよ、と言っていた乾さんの台詞も思い出される。犀川ってなんだか、乾さんに似てるよな、うん、いろんな意味でさ。

END




 

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~ Comment ~

NoTitle

。。。ミュージシャンか。。。
考えてみると遠征遠征になってしまいますよね。
あるいは東京で収録か。
いや、とてもエネルギーにいる職業ですよね。
芸能人も音楽も。
それを与えてくれる彼らにあっぱれなことを感じますね。
こういう音楽家の日常を見ていると。
(*^-^*)。

また新連載が始まります。
次は浮気ものなのであかねさん好みかもですね。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

えーと、私、別に浮気ものが好きなわけでもないんですけど、そう思われても仕方ありませんね(^^ゞアセアセ

ミュージシャンはやはり、みなさまに自分の作る音楽を聴いていただくのが本当の仕事だと思っています。
地方遠征となるとしんどいでしょうけど、テレビよりはCDとライヴが命。
私は勝手にそう思っていますので、私のミュージシャンキャラはわりとテレビ嫌いなんですよね。
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